「落ち着くのじゃ!」
ゴツンッ!
「痛っ!」
朱明のチョップが、心の頭に炸裂した。
「な、何するんですか!」
『お主がいつまでも騒いでおるからじゃ! まずは落ち着け!』
心は頭を押さえながら、その場にしゃがみ込んだ。
「……すみません。少し取り乱しました」
『少しどころではなかったがのう』
朱明は呆れたように息を吐いた。
心は深呼吸を繰り返す。
一度、二度、三度。
ようやく冷静さを取り戻してきた。
「……はい。もう大丈夫です」
『本当かの?』
「本当です」
『ならばよい』
朱明は腕を組み、少し考えるような仕草を見せた。
『ふむ。お主の話では、その中忍試験とやらの本戦が始まるまで、残り一週間と二日程度ということかの?』
「はい。正確な日数は、こちらに来てから何日経ったかにもよりますが……おそらくそれくらいです」
『ふむ……』
朱明は頷いた。
そして、次の瞬間。
『それなら心配いらん』
「え?」
朱明は、心を見ながらニヤリと笑った。
『ワシがお主を乗せて送ってやれば、一日で到着するのじゃ』
「…………え?」
一瞬、心は言葉を失った。
「い、一日で帰れるんですか!?」
『そうじゃ。ワシの本来の姿なら、これくらいの距離は大したことではない』
「本当ですか!?」
心の顔が一気に明るくなった。
これなら間に合う。
本戦にも参加できるし、仲間たちとの約束も守れる。
何より、大蛇丸の襲撃に備える時間も確保できる。
「ありがとうございます、朱明様!」
『ほっほっほ。礼はまだ早いぞ』
朱明は、再び含みのある笑みを浮かべた。
『お主も、その本戦とやらに参加するためには準備が必要じゃろう?』
「まあ、そうですね」
『ならば、一日は帰宅に使う。残りの三日間は本戦に向けた準備に使うと考えよう』
「三日間ですか?」
『うむ。そして、残った時間で修行をする』
朱明は指を折りながら計算する。
『一週間と二日。つまり九日間じゃ。一日で帰り、三日間を準備に使う。そうなると、修行に使える時間は五日間ということじゃな』
「五日……」
『なかなかタイトな予定じゃが、時間がないのだから仕方あるまい』
朱明は立ち上がり、心に向かって笑った。
『では、始めるぞ!』
「はい!」
心も勢いよく立ち上がった。
◇
『まずは、契約を結び直すぞ』
朱明が最初に告げたのは、口寄せの契約だった。
「契約を結び直すんですか?」
『そうじゃ。枢流陀一族との契約は、今も残っておる。じゃが、長い年月が経ち、契約の力も薄まっておるようじゃ』
朱明は心の手を見た。
『子供へと契約が受け継がれること自体は問題ない。じゃが、今の時代に合った形に整え直した方がよいじゃろう』
「なるほど……」
『今後、お主が必要な時にワシら朱雀一族を呼び出せるよう、契約を新しく作り直す。もちろん、ワシらもお主の呼びかけに応じられるようにな』
「分かりました。お願いします」
『うむ。では、こちらへ来るのじゃ』
朱明に案内され、心は集落の外にある広場へ向かった。
そこには、古びた石碑が立っていた。
表面には、見慣れない文字が刻まれている。
「これは……?」
『昔、枢流陀一族と契約を結んだ時に使ったものじゃ。契約の記録が残っておる』
朱明は石碑に手を触れた。
すると、石碑に刻まれた文字が淡く光り始める。
『ここに血を垂らすのじゃ』
心は頷き、指先を噛んだ。
一滴の血を石碑へと落とす。
朱明も同じように血を垂らすと、二人の血が淡い光に包まれた。
『これでよい。契約は新しく結び直された』
「ありがとうございます」
『これで、お主は朱雀一族を口寄せできる。じゃが、誰でも好き勝手に呼び出せるわけではないぞ。呼び出す相手との関係や、呼び出すためのチャクラも必要になる』
「分かりました。無理な呼び出しはしないようにします」
『うむ。よい心がけじゃ』
心は自分の手の甲を見た。
そこには、新しい契約の印が刻まれている。
これで、必要な時に朱明たちの力を借りられる。
もっとも、彼女たちを戦いに巻き込むつもりはない。
今回の契約は、あくまでも今後の修行や連絡のためにも役立つものだ。
◇
『さて、次は本題じゃ』
朱明は、広場の中央にある平らな岩を指さした。
『お主がこれから学ぶのは、自然エネルギーを自分の意思で感じ取り、自分の意思で身体に取り込み、そして体内に留める方法じゃ』
「はい」
『今のお主は、緋の眼を発動させれば自然エネルギーを取り込んでおる。じゃが、それはお主の意思で行っておるわけではないのじゃろう?』
「そうですね。緋の眼を発動させると、勝手に身体へ流れ込んでくるような感覚があります」
『ならば、まずはそれを変えねばならぬ』
朱明は、岩の上に腰を下ろした。
『自然エネルギーを扱うには、まず自然エネルギーそのものを感じ取らねばならぬ。感じ取れぬものを、意識して取り込むことなどできぬからのう』
「どうすればいいんですか?」
『座禅じゃ』
「……座禅?」
『そうじゃ。まずはそこに座り、目を閉じる。そして、身体を一切動かさず、自然エネルギーを感じ取るのじゃ』
朱明は、心の目を見た。
『一ミリも動くでないぞ』
「一ミリも……ですか?」
『うむ。呼吸も乱さず、余計な力も入れず、ただ自然と一体になることを意識するのじゃ』
心は頷き、岩の上に座った。
背筋を伸ばし、目を閉じる。
身体の力を抜き、呼吸を整える。
(自然エネルギーを感じ取る……か)
心は、普段の感覚を思い出した。
緋の眼を発動させると、周囲から何かが流れ込んでくるような感覚がある。
しかし、それは意識して感じ取っているわけではない。
今は緋の眼を発動させず、自然エネルギーそのものを感じなければならない。
(……集中しろ)
風が頬を撫でる。
木々が揺れ、葉が擦れ合う音が聞こえる。
鳥の鳴き声。
遠くで流れる水の音。
それらを一つずつ意識しながら、心は感覚を研ぎ澄ませていく。
だが、自然エネルギーらしきものは感じられない。
(……分からないな)
焦りが生まれそうになる。
しかし、心はそれを押し込めた。
今は五日間しかない。
だからといって、焦っても仕方がない。
まずは一つずつ、確実に身につける。
『……よいか、心』
朱明の声が聞こえた。
『自然エネルギーは、そこら中に存在しておる。じゃが、目で見えるものでもなければ、耳で聞こえるものでもない』
心は目を閉じたまま、耳を傾ける。
『お主が普段感じておるチャクラとは違う。自分の内側にある力を探すのではない。自分の外側にあるものを感じ取るのじゃ』
(外側……)
『風も、土も、水も、木々も。そして、そこに生きるものも。すべてが自然の一部じゃ』
心は、さらに集中した。
『自然エネルギーを取り込もうとするでない。まずは、ただ感じるのじゃ』
(感じる……)
その言葉を繰り返しながら、心は静かに座禅を続けた。
一時間。
二時間。
それでも、何も感じ取れない。
朱明は、心の様子を見ながら静かに頷いていた。
『焦るでない。最初はそんなものじゃ』
心は返事をしなかった。
一ミリも動かない。
ただ、自然の中に身を置き続ける。
これが、心の新たな修行の始まりだった。
◇木ノ葉隠れの里――ナルト◇
「……まだできんのか」
自来也は、目の前で何度目か分からない口寄せの術を試みるナルトを見て、深いため息をついた。
「だってよ! ちゃんとチャクラを練ってるのに、全然呼び出せねえんだってばよ!」
ナルトは不満そうに頬を膨らませる。
「お前のチャクラが足りんからじゃ。自分のチャクラだけでは、大きな口寄せ獣を呼び出すのは難しい」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
「九尾のチャクラを使え」
「九尾の?」
「ああ。お前の中には、通常のチャクラとは別に、九尾のチャクラがある。それを引き出すんじゃ」
自来也はそう言って、ナルトを見た。
しかし、ナルトは首を傾げるばかりだった。
「どうやって引き出すんだってばよ?」
「それを今から教える」
自来也はナルトを連れ、森の中にある崖へと向かった。
崖の下は深く、底までかなりの高さがある。
「おい、エロ仙人。ここで何をするんだ?」
「お前の中にある九尾のチャクラを引き出す」
「だから、それをどうやって――」
「こうするんじゃ」
自来也はナルトの背中を押した。
「うわあああああああああっ!」
ナルトの身体が崖の下へと落ちていく。
「エロ仙人ぃぃんんんんんん!」
自来也は崖の上から、その様子を見下ろしていた。
「さて……どうする、ナルト」
落下していくナルトの身体に、強烈な風圧が襲いかかる。
地面が迫る。
このままでは死ぬ。
「くそっ……! こんなところで死んでたまるかってばよ!」
その瞬間、ナルトの意識が暗闇へと沈んだ。
気がつくと、目の前には巨大な檻があった。
その奥にいるのは、巨大な狐。
九本の尾を持つ、九尾だった。
『小僧……』
「お前が九尾……!」
九尾は赤い瞳でナルトを見下ろす。
その凄まじい悪意の重圧と禍々しいチャクラに、ナルトは一瞬、本能的な恐怖で身体を強張らせ、ガタガタと足が震えそうになる。
(……す、げえ……これが、俺の中にいるっていうバケモノ、九尾の妖狐……!)
一瞬、呑まれそうになるナルト。だが、心の顔が脳裏によぎり、震える足を一歩前へ踏み出した。
まっすぐ九尾の巨眼を見据えてーー。
「悪いっ!九尾!お前の力を貸してくれってばよ!」
ーー頭を下げてお願いするナルト。
九尾の瞳が、面白そうに細められる。
『……くっくっ。ワシに頭を下げてお願いをするか』
「……正直すげぇビビってる。だけど、お前がなんでそんなに怒ってるのか、人間を憎んでるのか……。心と色々話したり、修業してきた今の俺なら、なんとなく分かるってばよ。お前だって、理由もなく暴れてたわけじゃねえんだろ……」
『…………』
「力を貸したくねぇ気持ちもわかるってばよ。……だけどよ!このままじゃ俺もお前も崖の底に激突して死ぬんだ!それだけは確かだろ! お前だって、こんなところで俺と一緒につまんねえ死に方すんのは嫌だろ!?」
ナルトはお腹の封印の前に、ぎゅっと拳を握りしめる。
「だから頼む……。俺に力を貸してくれってばよ!」
真っ直ぐな、しかし確かな覚悟が宿った瞳。
九尾はなにかを確かめるようにしばらくナルトを見つめた後、豪快に笑った。
その瞬間、檻の隙間からドクドクと溢れ出すのは、禍々しくも圧倒的な紅いチャクラ。
『ハハハハハ! 面白い小僧だ!……よかろう。ここまで来た褒美にワシのチャクラをくれてやろう!』
檻の隙間から溢れ出すチャクラが赤黒い奔流となって、ナルトの身体へと流れ込んでいった。
「うおおおおおおおっ!」
現実のナルトの身体が、赤いチャクラに包まれる。
落下していた身体が、強烈なチャクラによって支えられた。
ナルトはすぐさま印を結ぶ。
「口寄せの術!」
血を使い、両手を地面へと叩きつけた。
次の瞬間――。
ドォォォン!
割れんばかりの爆音と共に、辺り一面に巨大な白煙が立ち込める。
次の瞬間、ナルトの視界に飛び込んできたのは、崖の底ではなく、見たこともないほど巨大な赤錆色の肌だった。
「おい……。自来也ァ!!」
地響きのような大音声が、周囲の岩壁を震わせる。
ナルトが必死に しがみついているのは、巨大なカエルの頭の上だった。
ヤクザの親分さながらにキセルをくわえ、鎖帷子にハッピを羽織ったその大ガマ――ガマブン太は、ぎょろりとした目を動かして辺りを見回した。
「わざわざこんな所に呼び出しやがって、何の用だコラ!!
……ん? いねーな……。あいつ、ワシを呼び出しといて、
どこへ行きやがった……」
「ひ、ひえええええ~~っ!! な、何だ、このデカいカエルはぁ〜〜っっ!?」
ナルトの情けない悲鳴が、響き渡っていた。
◇
崖の遥か上方、少し離れた岩山の陰から、その様子をじっと見つめる自来也がいた。
特製の望遠鏡を片目に当て、ナルトが落ちていった谷底を覗き込んでいた。
「ぶはっ! なんだあの情けねー声は」
ナルトの情けない声が聞こえて、自来也は肩を揺らして吹き出した。
「しっかし、よりにもよってガマブン太を呼び出すとはのぅ」
レンズの向こうでは、ブン太が不機嫌そうに目を動かし、「誰だ、ワシの頭の上に乗っとる不届き者は?」と地響きのような声で凄んでいる。
自来也は思わず口元をニヤつかせた。
九尾のチャクラを引き出せなければ死。
そんな超スパルタな賭けに、あのバカは見事に勝ってみせたのだ。
だが、望遠鏡のピントをガマブン太の頭頂部に合わせると、自来也はすぐに苦笑いを浮かべることになった。
そこには、大ガマの体毛に文字通り這いつくばり、今にも泣き出しそうな顔でしがみついている教え子の姿があった。
「……やっぱり才能ないのぉ」
自来也は望遠鏡を懐に収めると、ふう、と一つ息を吐いた。
「さて……ガマブン太に見つかると面倒だし、
ワシはそろそろずらかるかの」
九尾のチャクラを引き出すことはできたが、
まだ九尾のチャクラを自在に扱えるわけではない。
それでも、確かな前進だった。
「心との約束もあることだし、明日また顔を出してやるとするかの」
ガマブン太がナルトを振り落とそうと躍起になっているのを最後に、
自来也は背を向けた。