◇朱雀の里――心◇
修行を始めて、一日が経過した。
俺は朝から同じ場所に座り、目を閉じていた。
周囲の音に耳を傾けるのではない。
風や木々、水の流れを意識するのでもない。
その奥にあるものを探していた。
自然エネルギー。
俺はこれまで、緋の眼を発動させている間、無意識のうちに自然エネルギーを吸収していた。
朱明の話を聞くまでは、それが何なのかさえ理解していなかった。
ただ、緋の眼になっているとき、身体の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。
それが自然エネルギーだったのだろう。
ならば、その感覚を思い出せばいい。
緋の眼を発動させず、今の状態で同じ感覚を探す。
今まで勝手に入ってきていたものを、自分の意思で見つけ出す。
「…………」
俺は集中を続けた。
何度も意識を周囲へと向け、感覚を探る。
そして、日が傾き始めた頃。
「……あ」
微かな違和感を覚えた。
風でもない。 音でもない。 匂いでもない。
それは、確かにそこに存在している何かだった。
俺はその感覚を逃さないよう、意識を向け続ける。
周囲に満ちている何か。
「これが……自然エネルギー?」
「ほう」
いつの間にか近くに来ていた朱明が、感心したように声を漏らした。
「感じ取れたようじゃな」
「はい。まだぼんやりとしていますけど……自分の周りに、何かがあるのは分かります」
「それで十分じゃ。初日にしては上出来じゃぞ」
俺は小さく息を吐いた。
緋の眼を発動させずに、自然エネルギーの存在を感じ取る。
たったそれだけのことだが、俺にとっては大きな一歩だった。
「明日からは、それを取り込む練習じゃ」
「分かりました」
「ただし、緋の眼は使うでないぞ」
「もちろんです」
俺は頷いた。
ここからが本当の修行だ。
そう思いながら、俺は再び周囲の自然エネルギーへと意識を向けた。
◇二日目――自然エネルギーを取り込む◇
二日目。
俺は昨日と同じ場所に座っていた。
「今日は、感じ取った自然エネルギーを自分の身体に取り込む練習じゃ」
朱明が説明する。
「緋の眼を発動させてはならぬ。自分の意思で、自然エネルギーを身体に取り込むのじゃ」
「分かりました」
俺は目を閉じ、周囲にある自然エネルギーを探った。
昨日の修行のおかげで、存在を感じ取ること自体はできるようになっていた。
問題は、そこからだった。
自然エネルギーを自分の身体へと取り込もうとする。
だが、何も起こらない。
「……駄目ですね」
「焦るな。感じ取ることと、取り込むことは別じゃ」
俺はもう一度試した。
周囲にある自然エネルギーを意識する。
それを自分の身体へ引き寄せるように意識する。
しかし、やはり何も起こらない。
今までの俺は、緋の眼を発動させれば自然エネルギーを勝手に吸収していた。
言ってしまえば、完全なオート操作だった。
それを、いきなりマニュアル操作に切り替えろと言われているようなものだ。
そもそも、今まで自然エネルギーを吸収していたという自覚すらなかったのだ。
感覚を掴むのは簡単ではない。
「……難しいですね」
「当然じゃ。今まで意識しておらなんだものを、意識して扱おうとしておるのじゃからな」
朱明は笑う。
「じゃが、お主ならできる。焦らず続けるのじゃ」
俺は頷き、再び集中した。
二日目は、ほとんど成果を得られないまま終わった。
それでも、諦めるつもりはなかった。
◇三日目――試行錯誤◇
三日目も、俺は自然エネルギーを取り込む練習を続けていた。
周囲に存在する自然エネルギーを感じ取る。
そして、それを自分の身体へと取り込もうとする。
何度も繰り返す。
だが、上手くいかない。
自然エネルギーを感じ取ることはできる。
しかし、それを自分の身体へ取り込む段階になると、感覚が途切れてしまう。
「くそっ……」
思わず小さく悪態をついた。
「どうした?」
「いえ、あと少しのところで感覚が掴めそうなのに、上手くいかなくて」
「それならば、あと少しなのじゃろう。何度でも試せばよい」
朱明はそう言って、俺の隣に腰を下ろした。
「心。お主は今まで、緋の眼を発動させるだけで自然エネルギーを取り込んでおったのじゃろう?」
「はい」
「ならば、身体が自然エネルギーを受け入れること自体はできるはずじゃ。今は、その入口を自分の意思で開く方法を探しておるのじゃ」
「入口……」
「そうじゃ。無理に引き寄せようとする必要はない。自然エネルギーを感じ、その流れを自分の身体へと導く。そう考えてみるのもよかろう」
俺は朱明の言葉を頭の中で繰り返した。
無理に引き寄せるのではない。
流れを導く。
それから、俺は再び目を閉じた。
まだ、成功はしない。
それでも、昨日までとは少し違う感覚があった。
◇四日目――最初の成功◇
四日目。
朝から修行を続けていた俺は、何度目かの挑戦をしていた。
自然エネルギーを感じ取る。
身体の周囲にあるそれを意識する。
そして、流れを導くように、自分の身体へと意識を向ける。
その瞬間だった。
「……っ!」
身体の中に、何かが入り込んできた。
ほんの一瞬。
だが、確かな感覚だった。
「朱明さん!」
「どうした?」
「今、入りました!」
朱明が目を見開く。
「ほう! やったではないか!」
俺は興奮を抑えながら、もう一度試した。
自然エネルギーを感じ取り、身体へと取り込む。
今度も、わずかながら成功した。
「できた……!」
「うむ。ようやく掴んだようじゃな」
俺は何度も繰り返した。
少しずつ、取り込む感覚が分かってくる。
そして、日が沈む頃には、緋の眼を発動させなくても、自分の意思で自然エネルギーを身体へ取り込めるようになっていた。
だが――。
「……あれ?」
取り込んだはずの自然エネルギーが、身体の中に留まらない。
まるで、穴の開いた器に水を注いでいるようだった。
入ってきたと思えば、すぐに抜けていく。
何度試しても同じだった。
「朱明さん。取り込むことはできるようになったんですが、身体の中に留めておけません」
「ふむ」
「それに、緋の眼のときみたいに自然エネルギーをチャクラへ変換することもできません」
朱明は俺の身体を観察するように見つめた。
「やはり、そこは緋の眼の力が必要なのじゃろうな」
「やっぱりそうですか……」
「今のお主は、自然エネルギーを取り込むことはできても、それを身体に留めたり、チャクラへ変換したりする仕組みが働いておらぬのじゃろう」
俺は自分の手を見つめた。
自然エネルギーを取り込むこと自体はできるようになった。
しかし、今の状態では取り込んでもすぐに抜けてしまう。
まだ、緋の眼のときのような作用は起きていない。
「まあ、最初の目的は達成した。明日は次の段階を試してみるぞ」
「次の段階?」
「緋の眼を発動させた状態で、今日までに身につけた取り込み方を使うのじゃ」
なるほど。
今までは緋の眼を発動させるだけで、自然エネルギーを自動的に吸収していた。
そこに、自分の意思で取り込む動作を加える。
それで何が起こるのか。
「分かりました」
俺は頷いた。
明日が楽しみだった。
◇五日目の朝――緋の眼と自然エネルギー◇
「では、やってみるのじゃ」
朱明の言葉に、俺は頷いた。
まずは緋の眼を発動させる。
瞳が青から鮮やかな緋色へと変わった。
身体能力が高まり、感覚が研ぎ澄まされていく。
いつもの感覚だ。
「その状態で、昨日までに練習したように自然エネルギーを取り込んでみよ」
「はい」
俺は周囲にある自然エネルギーを感じ取った。
そして、それを自分の意思で身体へと導く。
その瞬間――。
「っ!?」
今までとは明らかに違う反応が起きた。
身体の中へ自然エネルギーが流れ込む。
それだけではない。
まるで嵐が巻き起こったかのように、凄まじい量のチャクラが全身を駆け巡った。
「な、何だこれ……!」
身体の奥底から力が湧き上がってくる。
今まで緋の眼を発動させていたときよりも、明らかに強い。
チャクラが全身から溢れ、周囲の空気を震わせていた。
「ほう……!」
朱明が目を見開いた。
「やはり、そうなったか」
「朱明さん、これは……!」
「今までのお主は、緋の眼の力によって自然エネルギーを無意識に取り込んでおった。じゃが、今回は違う。自分の意思で取り込むことを覚えたうえで、緋の眼の力を使ったのじゃ」
朱明は俺の身体を見ながら続ける。
「緋の眼の力が、取り込んだ自然エネルギーを効率よくチャクラへと変換しておる。しかも、今までよりも多くの自然エネルギーを取り込めておるようじゃな」
俺は自分の拳を握った。
力がみなぎっている。
今までの緋の眼とは、明らかに違う感覚だった。
「これが……俺の新しい力」
「うむ。じゃが、浮かれるでないぞ。今の状態を維持できるか、どれほどの時間使えるか、まだ分からぬ」
「分かっています」
俺はゆっくりと緋色を解除した。
身体から溢れていたチャクラが落ち着いていく。
しかし、今の感覚ははっきりと覚えていた。
自分の意思で自然エネルギーを取り込み、それを緋の眼の力でチャクラへと変換する。
これまで無意識に行っていたことを、初めて自分の意思で行えたのだ。
「さて、修行はここまでじゃ」
「え? もう終わりですか?」
「今日は帰還の日じゃろう。忘れたのか?」
「あっ……!」
そうだった。
俺は中忍試験の本戦に間に合うよう、木ノ葉へ戻らなければならない。
「その前に、教えておくことがある」
朱明は真剣な表情になった。
「口寄せについてじゃ」
私は朱明の言葉に耳を傾けた。
「先日、契約を結び直したことで、お主は朱雀一族を口寄せできるようになった。じゃが、わし以外の者についても知っておく必要があるじゃろう」
「朱明さん以外の朱雀一族ですか?」
「そうじゃ」
朱明は少し呆れたように笑った。
「まったく、あやつらときたら……」
「何か問題があるんですか?」
「自由気ままなのじゃ。昔からそうじゃったが、今では全国各地を飛び回っておる。どこにいるのかも分からぬ者が多い」
「全国各地って……」
「山に住み着いておる者もいれば、森や海辺にいる者もおる。人里の近くで暮らしておる者もおるぞ」
「随分と自由なんですね」
「自由というより、好き勝手に生きておるだけじゃな」
朱明は苦笑した。
「わしは枢流陀一族との約束があったから、ずっとここに残っておった。あやつらは好きな場所へ行き、好きなように暮らしておる。じゃが、契約を結んだ以上、お主が呼べば応じる者もおるじゃろう」
「朱明さんは、ずっと一人でここに?」
「そうじゃ。枢流陀一族が戻ってくる日を待っておった」
朱明は、かつて枢流陀一族が暮らしていた村を見渡した。
その表情には、長い年月を過ごしてきた者だけが持つ、深い感慨があった。
「ようやく、その約束を果たせる相手が現れた。わしとしても、感慨深いものがある」
「……ありがとうございます。朱明さんがここに残っていてくれたおかげで、俺は一族の歴史を知ることができました」
「礼などいらぬ。むしろ、こちらこそじゃ」
朱明は笑った。
「これからは、お主が枢流陀一族の者として、わしらとの縁をつないでいくのじゃ」
俺は深く頷いた。
「はい」
◇帰還◇
「では、そろそろ行くぞ」
朱明は村の外へ出ると、身体を変化させた。
次の瞬間、目の前に現れたのは、巨大な朱い鳥だった。
その姿は、まさに朱雀。
「うわ……」
思わず声が漏れた。
「どうじゃ? なかなか立派じゃろう」
巨大な鳥の姿になった朱明が、得意げに声をかけてくる。
「はい。凄いです」
「よし、乗れ。木ノ葉まで送ってやる」
俺は朱明の背中へと飛び乗った。
羽毛は見た目以上にしっかりとしており、座り心地も悪くない。
「しっかり掴まっておれよ」
「分かりました」
朱明が大きく翼を広げた。
バサッ!
強烈な風が吹き抜ける。
そして、巨大な身体が空へと舞い上がった。
眼下に、枢流陀一族のかつての村が小さくなっていく。
俺は振り返り、その景色を目に焼き付けた。
この場所で知った一族の歴史。
朱雀一族との約束。
そして、自分の中に眠っていた力。
五日間という短い時間だったが、得たものは大きい。
「心よ!」
朱明の声が風に乗って聞こえた。
「これから先、困ったことがあればわしらを頼るがよい!」
「はい! ありがとうございます!」
俺は大きな声で返した。
朱明はさらに翼を羽ばたかせ、速度を上げる。
俺たちは木ノ葉隠れの里を目指し、空を駆けていった。
中忍試験本戦まで、残された時間はあとわずか。
俺は新たな力を胸に、仲間たちの待つ里へと帰還する。