◇サスケ視点◇
(何が起こっている?)
サスケは突然の異変に眉をひそめ、激しい困惑に包まれていた。
先ほどまで自分の試合を見ていたはずの観客たちが、ハラハラと舞い落ちる白い羽根と共に次々と眠りに落ちていく。
周囲の忍びたちも異変に気づき、慌ただしくクナイを構え始めていた。
(幻術か……!)
サスケはすぐさまチャクラを練って幻術を解き、対戦相手の我愛羅に視線を向ける。
我愛羅は頭を押さえ、まるで発狂したかのように身体をガタガタと震わせていた。
その我愛羅のもとへ、観客席からテマリとカンクロウが血相を変えて駆け寄った。
「我愛羅!」
「おい、しっかりしろ! 行くぞ!」
二人は我愛羅の身体を左右から担ぎ上げると、試合場を放棄して逃げるように離れていく。
向かった先は、演習場へと続く深い森の方向だった。
「待て……!」
サスケが反射的に地を蹴って追おうとした、その時。
「サスケ!」
審判を務めていた不知火ゲンマが、サスケの前に立ちはだかった。
「……あの三人を追え」
「何なんだ、一体……!? 里の奴らはどうした」
サスケが鋭い視線でゲンマを睨みつける。ゲンマは千本を小さく動かし、冷徹な声で応じた。
「――敵襲だ。お前はもう、ただ守られるだけの下忍レベルの忍びじゃない。木ノ葉の忍なら、己の務めを果たしてこい」
サスケは一瞬、白い羽根が舞い散る会場を見渡した。
敵襲。そして、あの我愛羅たちの不自然な逃走。すべてが繋がった。あの砂の怪物をここで逃がすわけにはいかない。何より、我愛羅との決着はまだついていないのだ。
「……フン。言われなくても、そのつもりだ」
サスケは不敵に口元を歪めると、我愛羅たちが去っていった森の奥深くへと、弾かれたように飛び去っていった。
◇サクラ視点◇
(これは……幻術!?)
サクラは周囲の異変にいち早く気づいた。
観客たちが次々と眠りに落ちていく不自然さに、持ち前の明晰な頭脳が警報を鳴らす。
サクラはすぐにチャクラを練り、幻術を解除した。しかし、視界に映る光景にサクラは息を呑む。
「そんな……!」
観客席に座っていた人々のほとんどが、ぐったりと眠りに落ちていた。
その中には一般の観客だけでなく、数多くの忍びたちまで含まれている。
一体、誰がこれほどの規模の術を仕掛けたのか。
ドォォォンッ!
「きゃっ!」
突然、凄まじい爆発音が会場に轟いた。
三代目火影たちが座っていた主賓席の建物が激しく崩落し、紫色の怪しい炎の障壁が立ち上る。
サクラは思わず耳を塞いでそちらを振り返った。
事態が飲み込めず、困惑していた時、足元から呑気な寝息が聞こえてきた。
「……んあー、サスケェ……がんばれってばよ……むにゃ」
サクラが視線を下げると、そこには床に寝そべって気持ちよさそうによだれを垂らしているナルトがいた。
「…………」
サクラの額に、ドクドクと凄まじい青筋が浮かび上がった。
ゴンッ!!!
「いったぁぁぁぁハァァン!!」
サクラの渾身の拳がナルトの脳天にクリーンヒットした。
「『がんばれってばよ』じゃないでしょーがァァ!! 今はそんな場合じゃないのよ!!」
ナルトは頭に巨大なタンコブを作り、涙目でのたうち回っている。
「い、いきなり何すんだってばよサクラちゃん! 痛ってぇぇええ!」
「周りを見なさいよ、このバカ!」
サクラが怒鳴った、まさにその瞬間だった。
背後から、ゾッとするような殺気が迫る。
「!」
気づくのが遅れた。音隠れの忍びが、サクラの無防備な背中を目がけてクナイを鋭く振り下ろしていた。
「しまっ――!」
サクラは咄嗟に身体をひねる。心とのこれまでの過酷な訓練の成果が、サクラの身体を反射的に動かさせていた。
クナイの軌道を完璧に見切り、自らのクナイで最低限の受け流しを行おうとした――その刹那。
ドサッ。
サクラが反撃に出るよりも一瞬早く、別の影が横から奔り、音隠れの忍びの首筋を的確に捉えた。忍びは声も上げられずに白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
「え……?」
「よく反応したな、サクラ。……ナルトも無事か?」
サクラが振り返ると、そこに立っていたのは、見事な速さで加勢に入ってくれた心だった。
「心!」
「いてぇーーえ?心?」
サクラは心が助けてくれたことに安堵の表情を浮かべ、その足元ではナルトがまだ頭を痛がっていた。
心は倒れた忍びを一瞥し、すぐに二人へ向き直る。
「サスケが我愛羅を追って森に入った。サクラ、ナルト。それと……そこで狸寝入りしてるシカマルを連れて、三人でサスケを追ってくれ」
「え?」
サクラは心の視線を追った。そこには、壁にもたれて完全に熟睡しているように見えるシカマルがいた。
「……シカマル?」
心が低く名前を呼ぶと、シカマルの身体がビクッと跳ね上がる。
サクラはすべてを察し、ジト目でシカマルを睨みつけた。
「……あんた、まさか起きてるの?」
「……いやぁ、俺は本気で寝てたかったんだよ……。なんで幻術を解くんだよ、お前らは……」
「嘘つきなさい! 巻き込まれたくないからって寝たふりしてたのね!?」
「はぁ……面倒くせぇ。なんで俺がこんな目に……」
心はそんな二人のやり取りを制するように、自分の手をパンパンと叩いた。
すると、心の肩から突然、小さな赤い鳥が姿を現した。
「えっ!?」
「鳥だってばよ! なんだこれ、すげー可愛いってばよ!」
ナルトが目を輝かせて手を伸ばそうとするが、小鳥はツンとそっぽを向いて心の首筋にすり寄る。
「俺が契約している口寄せ獣だ。この子がサスケのチャクラを追って、居場所まで案内してくれる」
「口寄せ獣って、こんなちっちゃい鳥もいるの……?」
サクラが驚く間にも、心は鋭い視線で三人を見据えた。
「悪いが詳しく話している時間がない。サスケは今、一人で我愛羅たちを追っている。……サスケを頼んだぞ」
「よくわかんねぇが、任せろってばよ!」
「分かったわ!心!」
シカマルは深いため息をつきながら、頭の後ろで手を組んだ。
「……はぁ、本当に死ぬほど面倒くせぇけど……しゃーねーな」
心は小さく頷くと、次の瞬間には風を置き去りにするような速度でその場から完全に消失した。
「相変わらず、とんでもねー速さだってばよ……」
ナルトが呆然とする中、赤い小鳥がパタパタと羽ばたき、森の方向へと飛び始める。
「ピー!ピピィ!」
着いてこいって言ってるかのようにサクラ達に向けて、小さな翼を羽ばたかせていた。
「しゃあんなろー! 行くわよ、ナルト、シカマル!」
「おう!」
こうして三人は、心の契約獣の赤い小鳥の案内に従い、サスケの後を追って深い森へと駆け込んでいった。
◇心視点◇
(状況は把握できている)
俺は上空の小鳥たちから網の目のように送られてくる報告を脳内で処理しながら、屋根伝いに次の戦場へと疾走していた。
被害は会場内だけに留まらない。木ノ葉の里の各所から、すでに戦闘の爆音と悲鳴が上がっている。砂隠れと音隠れの忍びたちが、完全に連携して里を侵食し始めていた。
木ノ葉の忍たちも応戦しているが、奇襲の混乱のせいで前線が崩壊しかけている場所がいくつもある。
『心! 東側の通りで木ノ葉の忍びが三人、敵に囲まれてるよ!』
『分かった。影分身を向かわせる』
走りながら、俺は素早く印を結んだ。
「影分身の術!」
ボンッ!
複数の影分身が現れた。
「東側を頼む。敵を無力化して、味方の援護を優先してくれ」
「「「「了解」」」」
影分身たちがそれぞれの方向へ飛び散る直前、俺はさらに付け加えた。
「――全員、緋の眼を発動させろ。それと、朱明様との修行でやった『自然エネルギーの意識的な吸収』をここで試す」
「実戦でいきなりアレをやるのか? チャクラのバランスが崩れたらリスクがでかいぞ」
分身の一人がリスクを指摘する。
「だからこそ、影分身のお前たちに先行してデータを取ってほしいんだ。緋の眼のチャクラ変換効率を高め、身体能力を引き上げてほしい。ただし、無理して取り込みすぎるなよ。もし暴走しそうになったら霧散するんだ」
「……なるほどな。消えた時のフィードバックで本体が感覚を掴むってわけか。了解だ、やってみるよ」
影分身たちの瞳が、一斉に鮮やかな、血のような緋色へと変化する。
影分身たちは自然エネルギーを吸収し、それを緋の眼でチャクラへと変換しながら、凄まじい加速力で戦場へと消えていった。
(ぶっつけ本番で本体が制御を失うわけにはいかない……)
もちろん、影分身から戻ってくる情報量が増えれば、精神的な負担も大きくなる。
それでも、今は少しでも多くの経験を積んでおきたい。
『西側の住宅街にも敵が入ったよ!』
『そっちは影分身を二体送る』
俺は新たに影分身を作り出し、同じ指示を与える。
『中央通りは木ノ葉の忍びが押されてる!』
『三体向かわせる。援護を優先してくれ』
小鳥たちからの報告を受け、俺は絶え間なく影分身を生み出し、里の各所へと配置していく。
緋の眼を発動させた分身たちが里を駆け巡る中、俺自身もまた、最大の戦力として敵の密集地帯へと速度を上げた。
◇自来也視点◇
「暗部の二人は後方から護衛を頼む! 決して前に出るなよ!」
「「はっ!」」
自来也の鋭い怒号に、二人の暗部が瞬時に後方へと下がった。
紫の炎が渦巻く『四紫炎陣』の内側。
前方には、風影の皮を剥ぎ取った大蛇丸が不気味に佇んでいる。
自来也と三代目火影・猿飛ヒルゼンは、一瞬の隙も与えぬよう、その一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませていた。
大蛇丸は、くくく、と喉を鳴らして歪に笑った。
「話はこれくらいにして、そろそろ始めましょうかね」
大蛇丸の両手が、目にも留まらぬ速さで印を結び始めた。
寅、巳、戌、辰――。
(あの印の配列は……まさか……ッ!?)
「いかん!! 先生!アレをさせたら終わりだ!!」
「分かっておる……! 手裏剣影分身の術!!」
ヒルゼンが投げ放った一枚の手裏剣が、空中で千枚、万枚へと増殖し、容赦なく大蛇丸へ殺到する。
自来也も同時に巨大なチャクラを練り上げ、口から猛烈な火柱を吹き出した。
「火遁・炎弾!!!」
手裏剣の雨と、すべてを焼き尽くす炎が大蛇丸の視界を埋め尽くす。しかし、大蛇丸は嘲笑うように口元を激しく歪めた。
「遅いわね……先生、自来也」
ズズズズズ……ッ!!!
激しい火炎を割り裂くように、地面から「初」「二」と刻まれた不気味な木製の棺桶が猛烈な勢いでせり上がってきた。
「止まれェェ!!! 忍法・針地蔵!!」
自来也の髪の毛が鋼鉄の針となって棺桶の動きを止めようとし、ヒルゼンの手裏剣影分身が三つ目の棺桶の蓋へと突き刺さる。
ドガァンッ!
激しい衝撃と共に、三つ目の棺桶は辛うじて地面へと沈み込み、呼び出しを阻止することに成功した。
しかし――残る二つの棺桶の阻止は間に合わなかった。
ギギギ……と、血の凍るような音を立てて、二つの棺桶の蓋がバタンと前に倒れる。
そこから漂ってくるのは、この世の者とは思えない圧倒的な死のチャクラ。
「……嘘、だろ……」
自来也の額から、ドッと冷や汗が溢れ落ちた。
棺桶の中からゆっくりと一歩を踏み出したのは、かつて乱世を終わらせ、この木ノ葉隠れの里を築き上げた『忍の神』――初代火影・千手柱間。
そしてその隣には、数々の高度な術を開発し、里の礎を盤石にした弟――二代目火影・千手扉間。
二人の伝説の瞳には生気がなく、皮膚はひび割れ、不気味な塵を纏っていた。
「初代様……二代目様……」
ヒルゼンの声が、かつてないほどの絶望と悲痛さで激しく震える。
大蛇丸は狂気的な歓喜に身を震わせ、両手を広げて笑った。
「さあ、先生。懐かしい師との再会よ……。自来也、貴方も伝説の三忍としての真価を、この偉大なる先祖の前で証明してみせなさい?」
死してなお周囲の空気を歪ませる初代・二代目のプレッシャー。
自来也は奥歯が砕けるほどに噛み締め、大蛇丸を睨みつけた。
(大蛇丸……お前、なんて術を実戦投入しやがった……! 歴代火影を味方につけた大蛇丸と、この狭い結界の中で戦うだと……!?)
「先生……覚悟を決めなきゃ、一瞬で首が飛びますぜ」
「……うむ。ワシの犯した過去の過ち、今度こそここで葬らねばならんのう」
紫の炎に隔離された絶望の空間で、伝説の三忍、そして『忍の神』たちによる、里の歴史上最も熾烈な死闘の幕が切って落とされた。