◇うちはサスケ視点◇
我愛羅の砂が地面を這うように、全方位から不気味に広がっていく。
サスケはその動きを写輪眼で冷静に捉えながら、一定の距離を保っていた。
(速い……だが、見切れないほどじゃない)
この一ヶ月、サスケはカカシとの修行で何度も死線をくぐってきた。
千鳥を習得するための修行だけではない。
実戦さながらの体術訓練。写輪眼による動体視力の強化。相手の動きを読み、攻撃を見極める訓練。
そして、もう一つ。
(纏……!)
サスケの身体を、薄いチャクラが覆った。
心から教わった、チャクラコントロールだけで身体にチャクラを纏わせる技術。
通常のチャクラ強化とは違い、身体の表面にチャクラを維持し続ける繊細な制御が必要となる。
サスケはカカシとの修行の合間にも、これを繰り返し練習していた。
最初は数秒維持するだけでも難しかった。
だが、今は違う。
全身に纏ったチャクラが、身体能力を底上げしている。
「来いよ……!」
我愛羅が咆哮と共に腕を振るう。
砂の腕が巨大な質量兵器となってサスケへ迫った。
サスケは正面からそれを受けない。半歩だけ身体を横へすらし、クナイの腹で拳の軌道をわずかに逸らす。そのまま相手の砂の腕にスッと手を添え、敵の突進の勢いを利用して身体を反転させた。
「なっ……!」
我愛羅の巨体が、己の勢いに引っ張られてわずかに前傾する。
その一瞬の隙を、サスケの強烈な回し蹴りが我愛羅の無防備な脇腹へと突き刺さった。
「ぐっ!」
我愛羅の身体が後方へ大きくよろめく。
サスケは寸分の無駄もなく追撃に移る。
右のストレート。左の鋭い肘打ち。軸足を狙った低い位置へのローキック。
一つ一つの攻撃に大振りなモーションはない。だが、すべての打撃が的確に急所を穿つ。
リーとの戦いで見た超高速の体術。そして、心が戦いの中で体現していた、相手の力を受け流し、最小限の動きで最大効率のカウンターを叩き込む戦い方。
サスケはそれらを完全に己の肉体へと吸収し、自分の技として磨き上げていた。
「どうした? お前の砂の絶対防御は、その程度か!」
我愛羅がプライドを切り裂かれ、全方位から砂の壁を倒し込んでサスケを押し潰そうとする。
だが、サスケは無駄に跳ばない。
身体をわずかに傾け、砂の流れのわずかな隙間に合わせて流麗に足を運ぶ。
ズドンと砂の拳が地面を激しく砕く。
サスケはその拳の文字通り紙一重の脇をすり抜け、我愛羅の顎へと鋭いアッパー気味の蹴りを捉えた。
「ぐあっ!」
我愛羅の身体が大きく天を仰いで揺れる。
(おしている……!)
サスケは確かな手応えを感じていた。
焦りは一切ない。あとは千鳥を確実に叩き込む、最大のタイミングを見極めるだけだ。
しかし――。
「……許さないーー全員殺す」
我愛羅の喉の奥から、獣のような低い声が響いた。
彼の身体から、先ほどまでとは比較にならない量の土砂が溢れ出す。右腕が巨大に膨れ上がり、続いて左腕もトゲトゲしい砂の腕へと変形していく。
もはや人間の腕とは思えない、悍ましい異形の姿。
「まだ変わるのか……!」
サスケは即座にバックステップで距離を取った。
我愛羅の両腕が、完全に化け物のような形へと変貌していく。見た目だけではない。その身体から放たれるチャクラの圧力が、森の空気を歪ませるほどに膨れ上がっていた。
「殺す……!」
我愛羅が地面を爆裂させて跳んだ。
「速っ!」
サスケは咄嗟に身をひねる。
巨大な砂の爪がサスケの鼻先を通り過ぎ、背後の大樹を何本も消し飛ばした。
(さっきより速度も威力も倍以上になってるな……!)
サスケはすぐさま反撃のクナイを突き出す。
だが、我愛羅の左腕のカウンターが真横から迫る。
「くっ……!」
即座に身体を深く沈め、風圧を頭上に感じながら攻撃をかわす。続く右腕の追撃も、纏のチャクラを盾に身体を回転させて最小限の軌道で受け流す。サスケの体幹は一切崩れない。
しかし、攻撃の威力と速度がケタ違いに増したことで、決定的な反撃に転じるコンマ数秒の余裕が削られていく。
「どうした……!」
我愛羅が獣の咆哮を上げる。
「逃げてばかりか!」
「……誰が逃げるかよ!」
サスケは我愛羅の猛攻をいなしながら、カウンターの千鳥を叩き込むためにその懐へ飛び込もうとする。だが、我愛羅の足元から伸びた無数の砂の触手がサスケの足首を捕らえにかかる。
サスケはそれを避けるために真上へと跳び上がった。その瞬間、我愛羅の巨大な砂の拳が、空中にいる無防備なサスケを狙い澄まして迫った。
「チッ!」
空中、逃げ場はない。だがサスケは冷静だった。空中で身体を驚異的な柔軟さでひねり、迫る拳の側面を足の裏で強く蹴ることで、自身の身体を空中へスライドさせて軌道をずらしたのだ。
トッと地面へ華麗に着地する。攻撃は一切喰らっていない。
それでも、サスケの呼吸はわずかに荒くなっていた。
だが、これだけ暴れ回る我愛羅の攻撃を、サスケは一撃も喰らっていなかった。
力任せの猛攻は確かに強力だ。しかし、どれほど速く、どれほど重くなろうとも、冷静に攻撃の「起こり」と「軌道」が読めるなら全て対処できる。
心との修行で、サスケはその戦術の真理を何度も骨の髄まで叩き込まれていたからだ。
「ええいいい! 死ねええええ!!」
我愛羅が怒り狂い、両腕を大きく天へと振り上げた。今までで最も巨大で、そして最も隙だらけの大振り。
(――今だ!)
サスケの右手に、爆発的な青白い雷光が集約される。
「千鳥……!!」
バリバリバリバリッ!!!
千の鳥の地鳴きが森全体を激しく震わせた。
サスケは纏のチャクラを全て足元へ爆発させ、弾丸の速度で我愛羅の懐へ突進する。我愛羅がその巨大な両腕を振り下ろすよりも遥かに早く、限界まで密度を高めた雷遁の槍を、我愛羅の胸元へと真っ直ぐに突き刺した。
「ぐあああああっ――!?」
強烈な雷光が我愛羅の絶対防御を貫通し、その肉体を深く穿つ。凄まじい衝撃波が走り、周囲にまとっていた砂の鎧が派手に弾け飛んだ。
サスケはそのまま我愛羅の身体を突き抜けるようにすり抜け、少し離れた位置に着地する。
右手からはチャクラの煙が上がっていた。
「……仕留めたか」
サスケは静かに振り返った。
我愛羅は胸を押さえ、血を吐きながら苦しそうに膝をついている。身体を構築していた砂が、ボロボロと地面へと落ちていった。
「はぁ……はぁ……」
サスケは不敵に息を整える。
勝った。そう確信しかけた、まさにその時だった。
「……痛い」
低く、悍ましい地響きのような声が我愛羅から漏れた。
「痛い……痛い……! ボクの……血だ……!!」
その身体が、先ほどとは次元の違う不気味な膨張を始める。
「何だ……!?」
サスケは驚愕して目を見開いた。
我愛羅の身体を覆っていた土砂が一気に爆発的に膨れ上がっていく。背中から生えた砂の尾が数十メートルもの巨木並みに巨大化し、腕も脚も完全に人間の形を失っていく。
「まさか……!」
我愛羅の肉体は完全に巨大な砂の塊に包まれ、森を見下ろすほどの巨大な獣の姿へと完全変態を遂げた。
不気味な紫色の紋様が刻まれた、砂でできた一本の巨大な尾。山のような巨体。そして、すべてを噛み砕く異様なほど大きな大口。
「グオオオオオオオオッ!!!」
大気をピリピリと震わせる超巨万の咆哮が、森の木々をドミノのように倒していく。
サスケは本能的な圧迫感に思わず後退した。目の前にいるのは、もはや忍ですらない。
巨大な一尾の化け物。
その圧倒的な“絶望”の存在感を前に、サスケの背筋を冷たい緊張が走る。
「……本物の、化け物だな」
サスケはクナイを強く握り締めた。
だが、その瞳の写輪眼は、恐怖ではなく闘志で未だにギラギラと燃え盛っている。
まだ終わっていない。
むしろ、ここからが本当の戦いだった。
◇心視点◇
「……なるほど」
俺は敵を倒しながら、朱明様の言葉をずっと考えていた。
もちろん、立ち止まって考えているわけじゃない。
襲いかかってくる敵を水遁で拘束し、影分身と連携しながら戦闘を続けている。
その合間に、頭の中で考えを整理していた。
大蛇丸は本来の身体を捨て、別の器へと魂を移している。
朱明様の言葉を信じるなら、身体と魂が完全には一致していない。
ならば、狙うべきは肉体ではなく魂。
「……精神や魂への攻撃か」
俺には幻術の知識はある。
だが、大蛇丸のような相手に通用するほど高度な精神攻撃を使えるわけではない。
そもそも、今から新しい術を習得する時間もない。
(何か方法はないか……)
俺は敵の攻撃をかわしながら、考え続ける。
そして、一つの結論に至った。
「朱明様」
俺は敵を倒しながら、朱明様へテレパシーを飛ばした。
『なんじゃ?』
「精神や魂にダメージを与えることが、大蛇丸の弱点で合っていますか?」
『うむ。正解じゃ』
朱明様の声が返ってくる。
『大昔から、体を乗り移る気持ち悪い奴というのはおっての。そういう奴は大抵、精神や魂に作用する技に弱いんじゃ』
「なるほど……」
『それに、乗り移るという行為そのものが、魂に少なからず負担をかけるものよ。あやつが何度乗り移りを行ったかは知らんが、魂は確実に消耗しとる』
「ですが、俺にそういった類の術はありませんが?」
『安心せい。嫌がらせ程度じゃが、いい方法があるぞ』
朱明様の声が楽しそうになる。
『くくく……口寄せじゃ』
「口寄せ……?」
『そうじゃ。新しい者を呼び出すのじゃよ』
「新しい朱雀一族の方ですか?」
『うむ。名は朱歌。歌うことが大好きな子での』
「歌……ですか?」
俺は思わず聞き返した。
戦闘中に歌を歌う朱雀一族を呼び出す。
それが大蛇丸への嫌がらせになるとは、どうにも想像できない。
『朱歌自身には、敵を吹き飛ばすような戦闘能力は一切ない。じゃがな、あの子の紡ぐ歌の旋律には、特別なチャクラの波動が含まれておる』
「どんな力なんですか?」
『聞いた者の細胞を活性化させ、体力とチャクラを回復させる力じゃ』
「回復能力……!」
それなら、戦闘中の援護として非常に優秀だ。
俺たちの味方にとっては、かなりありがたい能力だろう。
だが、それがどうして大蛇丸への嫌がらせになるのか。
『普通の者が聞けば、体力とチャクラが回復する。じゃがな……』
朱明様の声が少し低くなる。
『身体と魂が一致しておらぬ者や、魂が歪んでおる者が聞くと、逆に状態が悪化するのじゃ』
「……!」
『本来ならば回復させるはずの力が、歪んだ魂にはうまく作用せん。むしろ、その歪みを刺激してしまう。聞けば聞くほど、身体も魂も苦しくなるじゃろうな』
俺は思わず口元を緩めた。
つまり、大蛇丸にとっては天敵のような能力ということだ。
朱明様が言っていた、魂への嫌がらせ。
それが朱歌の歌だったのか。
「なるほど……大蛇丸にはかなり効きそうですね」
『じゃろう? しかも、朱歌自身に戦闘能力はないが、歌っておるだけでよい。戦場で敵に狙われぬよう守ってやればよいのじゃ』
「分かりました。ぜひ口寄せさせてください」
『うむ。あの子も喜ぶじゃろう』
「ありがとうございます、朱明様」
『なに、気にするでない。ワシもあの蛇のような男は気に入らんからの』
朱明様の声には、どこか楽しげな響きがあった。
『それにしても、身体と魂が一致しておらぬとはのう。まったく、気持ち悪い奴じゃ』
「……同感です」
俺は大蛇丸のいる方向へ視線を向けた。
これなら、大蛇丸に対して有効な手段になるかもしれない。
朱歌の歌を聞かせる。
ただそれだけで、あいつの魂に負担を与えられる。
しかも、味方には回復効果がある。
「よし……」
俺は次の敵を見据えた。
まずは、この襲撃を片付ける。
そして、機会を見て朱歌を呼び出そう。
大蛇丸には、少しばかり特別な歌を聞かせてやることにしよう。
◇自来也視点◇
「はあああっ!」
ワシは大蛇丸の懐目がけて猛烈に突進した。
「火遁・炎弾!」
至近距離から吐き出した爆炎が大蛇丸を丸ごと包み込む。
しかし、大蛇丸はその業火を文字通り切り裂いて飛び出し、長い草薙の剣を鋭く振るってきた。
「くっ!」
ワシは身体をグッとひねってかわす。
だが、極限まで伸長された刃がワシの肩をかすめ、真っ赤な血が飛び散った。
「相変わらず大振りで、まだまだね、自来也」
「お前さんに言われたかないわい、大蛇丸!!」
ワシは即座に後方へ跳び、素早く地へ印を結ぶ。
「土遁・黄泉沼!!」
大蛇丸の足元の屋根タイルが一瞬にして底なしの泥沼へと変貌した。
「……あら、足止めのつもりかしら?」
大蛇丸は骨のない蛇のように身体を異様に収縮させ、泥沼の吸い込みをあざ笑うように容易く抜け出してきた。そのまま、不気味なスピードでワシの眼前へと迫る。
「しつこいんだよ、この白ヘビ野郎が!」
ガマヒロが横から巨大な二本の刀をブンと振り下ろす。大蛇丸は身体を反らし、その圧倒的な刃の軌道を紙一重でかわした。
「貴方も、少し鬱陶しいわね」
「うるせぇ!」
ガマヒロがさらに刀を連続で振り下ろす。
大蛇丸はひらりと後方へ跳び、地面に着地した。そのわずかなランディングの隙を突き、ワシは膨大なチャクラを口に練り上げる。
「火遁・大炎弾!!」
先ほどを遥かに凌駕する巨大な大火球が大蛇丸へと容赦なく迫った。大蛇丸は冷徹に両手を合わせる。
「口寄せの術!」
ドスンと現れた巨大な赤紫の蛇が、その肉体盾にしてワシの大炎弾を正面から受け止めた。
「チッ……!」
炎が巨大蛇の皮膚を激しく焼き焦がす。だが、その炎のカーテンを突き破るようにして、大蛇丸本体が草薙の剣を構えて突っ込んできた。
「……もらい、よ」
鋭い切先がワシの胸元へと肉薄する。
「させるか!」
ガマヒロが横から強引に刀のハラを差し込み、金属音と共に大蛇丸の剣を弾き飛ばした。
「助かったぞ、ガマヒロ!」
「礼は後だ自来也! まだまだ仕掛けてくるぞ!」
大蛇丸の袖口から、無数の細い蛇がガマヒロの腕目がけて飛び出す。ワシとガマヒロは左右に分かれてそれを辛うじて回避した。
(クソ、本当に厄介な奴じゃ……)
初代様と二代目様を封印できたとはいえ、未だに戦況の優位は掴めていない。
先生も先ほどの戦いで深い負傷を負っている。
護衛の暗部二人もチャクラが限界に近い。
この閉鎖された結界のなか、このまま泥泥の消耗戦になれば、こちらが先に力尽きる可能性もあった。
「自来也」
先生の声が聞こえた。
「無理はするな。ワシはまだ、木ノ葉の火影として戦えるぞ」
「先生こそ、無茶は禁物ですからね! 昔のツケはワシらで払うんです!」
「ふっ……弟子にそこまで心配されるとはのう……」
先生が傷を負いながらも、全盛期のような鋭い眼光で閻魔を構え直した。大蛇丸はその様子をねっとりと見つめ、楽しそうに笑う。
「いいわね……。素晴らしい師弟愛。どこまでその美しい絆が耐えられるか、じっくりと壊してあげましょうかね」
「黙れ、大蛇丸!」
ワシは再び両手にチャクラを滾らせ、印を結んだ。
ここで倒れるわけにはいかん。
先生を守り、木ノ葉の里を守る。
そして、あの変わり果てたかつての友を、今度こそここで必ず止める。
ワシは相棒のガマヒロと共に、殺気を爆発させる大蛇丸目がけて再び突撃していった。