木ノ葉隠れの里に、四年の月日が流れた。
忍者学校に入学したばかりだった枢流陀心とうずまきナルトも、今では九歳。
あどけなさの残る少年たちは、少しずつ忍者としての顔つきを身につけ始めていた。
その中でも、ひときわ目立つ存在になっていたのが、枢流陀心である。
金色の髪に、透き通るような青い瞳。
顔立ちは、相変わらずクラピカと瓜二つだった。年齢を重ねたことで、以前よりも顔つきが整い、どこか中性的でありながら凛とした雰囲気をまとっている。
学校では女子たちから絶大な人気を集めており、うちはサスケと並んで、男子の中でも一、二を争う人気者となっていた。
そして、二人の関係もまた、入学当初とは大きく変わっていた。
単なるクラスメイトではない。
互いに実力を認め合い、負けたくないと思えるライバル。
それが、今の心とサスケだった。
もっとも――。
「今日の筆記試験、一位はうちはサスケ。二位は枢流陀心だ」
教師が結果を読み上げると、教室から歓声が上がった。
「やっぱりサスケくん!」
「でも、心くんもすごい!」
「今回は何点差なの?」
「一問差だ。うちはが百点、枢流陀が九十九点」
「ええっ、惜しい!」
女子たちが騒ぐ中、心は答案用紙を受け取った。
「また一問差か……」
「お前が最後の問題を間違えなければ、同点だったな」
隣でサスケが淡々と言った。
「分かってるよ。問題文を読み違えた。次は負けない」
「それはこっちの台詞だ」
二人は視線を交わす。
そして、どちらからともなく笑った。
四年前には、想像もできなかった関係だ。
心は、サスケの才能を認めている。
そしてサスケもまた、心の成長速度を認めていた。
入学したばかりの頃、心は体術も忍術も、基礎を学び始めたばかりだった。
それが今では、どの科目でも上位の成績を争うまでになっている。
特に体術では、サスケと互角に渡り合うことも珍しくなくなった。
忍術の基礎についても、習った術の仕組みを理解するのが早く、反復練習によって着実に精度を上げている。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
思うようにいかないこともあった。
それでも、心は立ち止まらなかった。
学んだことを復習し、足りないものを見つけ、鍛錬を続ける。
その積み重ねが、今の実力につながっていた。
「心くーん!」
授業が終わると、すぐに女子たちが集まってきた。
「今日、一緒に帰らない?」
「私も!」
「ねえ、今度の休み、何してるの?」
「心くんって、好きな子いるの?」
「ちょっと、抜け駆けしないでよ!」
質問が次々と飛んでくる。
心は苦笑しながら、どうにか答えた。
「悪いけど、今日はナルトと修行する約束があるんだ。また今度な」
「そ、そっか……」
「修行なら仕方ないよね……」
女子たちは残念そうに肩を落とした。
その様子を見ていたナルトが、心の肩を叩く。
「お前って、本当に人気あるよな!」
「そうか?」
「そうだってばよ! オレなんか、修行に誘ってくれるのはお前くらいだぞ!」
「なら、今日はいつもより厳しくするか」
「えっ!? なんでそうなるんだってばよ!?」
「人気者になるには、まず強くならないとな」
「オレは火影になるんだってばよ! 人気者にもなってやる!」
「それなら、まずは今日の修行を頑張ろう」
「おう!」
ナルトは拳を握りしめた。
この四年間で、ナルトも確実に成長していた。
特に体術は目覚ましい。
もともと身体能力が高く、体力もあるナルトは、心と一緒に修行を続けることで、動きの鋭さや反応速度を大きく向上させていた。
以前なら簡単に引っかかっていたフェイントにも、少しずつ対応できるようになっている。
ただし、問題もあった。
それは――チャクラコントロールである。
*
放課後。
里の外れにある、人通りの少ない訓練場所。
心とナルトは、いつものように向かい合っていた。
「よし、まずは体術からだ」
「今日は絶対に一本取るってばよ!」
「その意気だ」
合図と同時に、ナルトが踏み込んだ。
右の拳。
続けて左の蹴り。
さらに、身体をひねって死角からの一撃を狙う。
九歳の子供とは思えないほど、動きは力強かった。
心は拳を受け流し、蹴りを避ける。
ナルトは以前よりも攻撃の組み立てがうまくなっていた。単発の攻撃に頼らず、相手の反応を見て次の動きを変えている。
(いい動きだ。四年前と比べたら、別人みたいだな)
心は感心しながらも、手加減はしない。
ナルトの攻撃をかわし、足元へ踏み込む。
「うわっ!」
ナルトはバランスを崩しかけたが、すぐに体勢を立て直した。
そこから、反射的に拳を突き出す。
心はわずかに身体を傾けて避けた。
「今のはよかった」
「だろ!? オレだって、いつまでもやられっぱなしじゃないってばよ!」
「確かに。じゃあ、次はこっちから行くぞ」
「来い!」
その後も、二人は何度も組み手を繰り返した。
結果は、心の勝ち越し。
それでもナルトは、以前のように一方的に負けることはなくなっていた。
息を切らしながら、ナルトは地面に座り込んだ。
「はあ……はあ……。くそー、また負けたってばよ」
「でも、最後の動きはよかった。あの反応ができるようになったのは大きい」
「本当か!?」
「ああ。次は、その動きを自分から狙って出せるようにしよう」
「おう!」
ナルトは元気よく返事をした。
心は水筒を渡しながら、次の課題を考える。
体術については、ナルトの成長は順調だった。
問題は、やはりチャクラである。
「ナルト、次はチャクラコントロールの練習をしよう」
「うっ……」
ナルトの顔が、途端に曇った。
「なんだ、その反応は」
「いや、その……。体術ならいいんだけどよ、チャクラの練習って、全然うまくいかねえんだってばよ」
「だから練習するんだろ」
「分かってるけどさあ……」
ナルトは不満そうに頬を膨らませた。
心は苦笑した。
ナルトのチャクラコントロールが苦手なのは、今に始まったことではない。
身体能力が高く、チャクラの総量にも恵まれている一方で、細かな制御には苦戦していた。
チャクラを練ること自体はできる。
だが、必要な量を正確に調整したり、一定の状態を維持したりするのが苦手なのだ。
心は原作の知識を思い返した。
(ナルトは、四代目が施した封印の影響で、九尾のチャクラが混ざっている。自来也が封印を調整するまでは、チャクラコントロールに支障が出ていたはずだ)
もちろん、今の心にはナルトの封印を詳しく調べる手段も、確証もない。
それでも、原作の展開を知っている彼には、心当たりがあった。
(やっぱり、封印されている九尾が関係しているのかもしれないな)
ナルトの努力不足ではない。
むしろ、これだけ苦戦しながらも毎回練習に付き合っているのだから、努力家と言っていい。
だからこそ、心は焦らせないことにした。
「一気にできるようになる必要はない。少しずつ、できることを増やしていけばいいさ」
「……心」
「俺だって、最初から何でもできたわけじゃない。今も苦手なことはある」
「お前に苦手なことなんてあんのか?」
「当然あるよ」
心は即答した。
「できないことを一つずつ潰していく。それが修行だろ?」
ナルトはしばらく心を見つめていた。
やがて、にっと笑う。
「へへっ……そうだよな! オレだって諦めねえってばよ!」
「その調子だ」
こうして、二人は再びチャクラコントロールの練習に取り組んだ。
ナルトは何度も失敗した。
途中で集中が切れ、チャクラを流しすぎることもあった。
それでも、最後にはわずかな改善が見られた。
ほんの小さな進歩だ。
しかし、心はそれを見逃さなかった。
「今の感覚を覚えておくんだ。次に同じことができれば、少しずつ安定してくる」
「おう! 覚えたってばよ!」
ナルトは拳を握った。
その顔には、疲労よりも達成感が浮かんでいた。
*
ナルトと別れたあと、心は自宅へ戻った。
夕食を済ませ、必要な道具を準備する。
それから、机の引き出しを開けた。
中に入っているのは、一つのサングラス。
四年前、緋色の瞳を隠すために購入したものだ。
学校で一度だけ、サングラスをかけたまま登校したことがある。
結果は散々だった。
『心くん、どうしたの、その格好!?』
『なんか、怖いよ……』
『サングラス、似合ってないんじゃない?』
女子たちからは不評の嵐。
男子たちからも、妙な目で見られた。
本人としては、目の色を隠しながら緋色を維持する訓練をしたかっただけなのだが、学校生活では悪目立ちするだけだった。
それ以来、学校ではサングラスをかけないことにしている。
ただし、サングラスそのものを使わなくなったわけではない。
休日の修行や、里を歩くときには今も愛用していた。
心はサングラスを手に取り、窓に映る自分の顔を見た。
普段の瞳は、澄んだ青色。
だが、彼にはもう一つの瞳がある。
枢流陀一族に受け継がれた、緋色の瞳――緋の眼。
「……よし」
心は静かに息を吐いた。
意識を集中する。
心の奥底にある感情を呼び起こすのではなく、緋の眼を発動させる感覚そのものを思い出す。
かつては、強い感情に引きずられなければ発動できなかった。
だが、四年間の鍛錬によって、その制御は大きく改善している。
今では、ある程度意識的に切り替えられるようになっていた。
青い瞳が、鮮やかな緋色へと変わる。
心はサングラスをかけた。
鏡に映る自分の姿を確認する。
見た目には、ただのサングラスをかけた少年だ。
しかし、その身体の内側では、確かな変化が起きていた。
感覚が研ぎ澄まされる。
周囲の音が、普段よりも細かく聞き分けられる。
身体の隅々まで意識が通りやすくなり、筋肉の動きや呼吸の変化まで、以前より明瞭に感じられる。
そして、チャクラの感覚も変化していた。
(やっぱり、緋の眼を発動すると、身体全体の感覚が鋭くなる)
これは、単に目がよくなるという話ではない。
緋の眼を発動している間、心の身体能力は明確に上昇する。
反応速度も、動体視力も、身体を動かす際の感覚も、通常時とは違う。
その一方で、身体への負担も大きい。
以前は、十秒ほど維持しただけで、ひどい疲労に襲われることもあった。
だが、今は違う。
心は時計を確認しながら、緋色眼を維持した。
一分。
三分。
五分。
時間が経過しても、以前のようにすぐ身体が悲鳴を上げることはない。
もちろん、負担がなくなったわけではない。
長く維持すれば、疲労は蓄積する。
集中力も消耗するし、無理をすれば体調を崩す危険もある。
それでも、四年前とは比較にならないほど安定していた。
「……確実に、慣れてきているな」
心は小さく呟いた。
彼が参考にしていたのは、前世で見た『ドラゴンボール』の修行だった。
セル編で、悟空と悟飯がスーパーサイヤ人の状態を日常に近いものとして維持し、変身そのものによる負担を減らそうとしていた、あの修行。
心は、それを緋の眼にも応用できるのではないかと考えた。
緋の眼を特別な戦闘状態として扱うのではなく、発動した状態を身体に覚え込ませる。
普段から維持することで、変化した状態を当たり前のものに近づけていく。
もちろん、世界も能力の仕組みも違う。
スーパーサイヤ人と緋の眼が同じ原理であるはずはない。
だが、少なくとも心の身体には、一定の効果が現れていた。
緋の眼を維持したときの疲労は、以前よりも軽減されている。
発動を解除したあとも、倒れ込むようなことはなくなった。
維持できる時間も、着実に延びている。
(このまま続ければ、さらに長く維持できるようになるはずだ)
心は緋色の瞳のまま、手を握った。
身体の感覚を確かめる。
拳を握る力。
腕を伸ばす感覚。
足を動かすときの重心。
その一つひとつを、意識的に確認していく。
ただ緋の眼を発動しているだけではない。
緋の眼を発動した身体で、普段と同じ動作を行う。
そして、その状態に慣れる。
それが、心の目指す修行だった。
「……焦るな。少しずつだ」
心は、すぐに緋の眼を解除しなかった。
まだ、鍛える余地はある。
もっと長く維持できるようになれば、実戦での選択肢も増えるだろう。
緋の眼を使うたびに身体が消耗していては、長期戦では不利になる。
発動と解除を繰り返すだけでなく、発動した状態そのものに身体を慣らす。
それができれば、緋の眼をより自然に使えるようになるかもしれない。
そして何より――。
心は、自分の一族の力を恐れたまま生きたくなかった。
緋の眼が何なのか。
なぜ一族の者たちは、その力に溺れる者がいたのか。
なぜ枢流陀一族は、悪魔や戦闘狂と呼ばれるようになったのか。
まだ分からないことばかりだ。
しかし、分からないからといって、目を背けるつもりはなかった。
力を知ること。
力を制御すること。
そして、力に振り回されない自分になること。
そのための鍛錬を、心は続けていた。
*
翌朝。
心は、いつもより早く訓練場所へ向かった。
サングラスをかけ、緋の眼を発動させたまま歩く。
最初は、わずかな違和感があった。
普段よりも視界が鮮明で、周囲の音も気になる。
身体が普段と違う状態にあることを、常に意識してしまう。
だが、それも四年間で少しずつ薄れてきていた。
心は走り込みを始めた。
足の運びを確認し、呼吸を整え、一定の速度を保つ。
次に、木の幹へ向かって跳躍した。
枝に手をかけ、身体を引き上げる。
着地。
再び走り出す。
緋の眼を維持したまま、普段の鍛錬を繰り返した。
身体の反応が鋭くなっている分、普段と同じ動きをしているつもりでも、力加減がわずかに変わる。
だからこそ、丁寧に確認する必要があった。
しばらくして、訓練場所にナルトがやってきた。
「心ー! おはようだってばよ!」
「おはよう、ナルト」
「……って、またそのサングラスか?」
「ああ。今日は緋の眼を維持したまま修行するつもりなんだ」
「へえー。そんなことして、疲れねえのか?」
ナルトには緋の眼のことを、一族のことを話している。4年も一緒に修行している仲間であり、友達だ。隠し事はしたくなかった。
「疲れるよ。でも、以前よりは楽になってきた」
心はサングラスの位置を直した。
「緋の眼を使うたびに身体へ大きな負担がかかるなら、その負担を減らす方法を探したいんだ」
「なるほどな……。じゃあ、今日はその状態でオレと修行するのか?」
「そういうこと」
「よっしゃ! じゃあ、オレも負けねえってばよ!」
ナルトは拳を突き上げた。
心は微笑んだ。
「まずは走り込みからだ」
「えっ、また走んの!?」
「昨日より少し距離を伸ばそう」
「聞いてねえってばよー!」
文句を言いながらも、ナルトは心の隣に並んだ。
二人は走り始める。
ナルトの体術は、確実に成長していた。
まだ荒削りな部分は多い。
しかし、豊富な体力を活かした戦い方に、少しずつ技術が加わり始めている。
心は、そんなナルトの成長を嬉しく思っていた。
自分だけが強くなればいいわけではない。
共に修行する仲間が成長すれば、自分もまた刺激を受ける。
互いに競い、互いに高め合う。
サスケとの関係も、ナルトとの関係も、心にとって大切なものだった。
そして、心には次に試してみたい修行があった。
緋の眼の鍛錬だけではない。
チャクラコントロールを、もう一段階引き上げるための修行だ。
前世の知識を使えば、何をすればいいのかは分かっている。
足の裏にチャクラを集め、木の幹を垂直に登る。
いわゆる、木登りの修行。
原作でも、ナルトたちがチャクラコントロールを身につけるために行っていた訓練だ。
心は以前から、基礎的なチャクラ操作を練習してきた。
しかし、チャクラを練ることと、身体の一点に正確な量を送り続けることは別の技術である。
木登りの修行は、その精度を鍛えるのに適しているはずだった。
(俺自身のチャクラコントロールも、まだ伸ばせる)
心は、走りながら考える。
体術や忍術の成績は、すでにサスケと互角のところまで来ている。
だからこそ、次の課題を見つける必要があった。
もっと正確にチャクラを扱えるようになれば、忍術の精度も上がる。
緋の眼を維持した状態でチャクラを制御できれば、将来的にはさらに応用の幅が広がるかもしれない。
まだ、具体的な方法までは分からない。
だが、挑戦する価値は十分にあった。
「ナルト、走り終わったら、木登りの修行を始めようと思う」
「木登り?」
「ああ。足の裏にチャクラを集めて、木の幹を登るんだ」
「……それって、普通に登るのと何が違うんだってばよ?」
「手を使わず、チャクラだけで木に立つんだよ」
「手を使わずに!? そんなことできんのか!?」
「できるはずだ。チャクラコントロールの練習になる」
ナルトは目を輝かせた。
「面白そうじゃねえか! オレもやるってばよ!」
「そう言うと思った」
「よーし! オレが先に登ってやる!」
「競争じゃないぞ。正確にチャクラを扱うための練習だからな」
「分かってるってばよ!」
心は笑った。
――分かっていない顔だった。
だが、ナルトが興味を持ってくれたのは好都合だ。
二人で試行錯誤すれば、きっと得られるものがある。
木ノ葉の里には、まだ学ぶべきことが山ほどある。
緋の眼の制御。
チャクラコントロールの向上。
体術と忍術のさらなる研鑽。
そして、いずれ訪れるであろう大きな運命への備え。
九歳になった枢流陀心の修行は、まだ終わらない。
むしろ、ここからが本当の始まりだった。