十二歳。
木ノ葉隠れの里にある忍者学校では、卒業試験の日を迎えていた。
七年前、五歳だった枢流陀心は、うずまきナルトとともに忍者学校へ入学した。
当時の二人は、まだ幼く、忍者としての知識も経験もほとんどなかった。
チャクラの扱い方も、忍術の基礎も、体術の正しい型も、一から学ぶ必要があった。
それから七年。
二人は十二歳になり、卒業試験を迎えるまでに大きく成長していた。
心は、もはや入学当初の少年ではない。
金色の髪に、透き通るような青い瞳。クラピカと瓜二つの美しい顔立ちは、成長したことでますます整い、同年代の女子たちから圧倒的な人気を集めていた。
そして、外見だけでなく実力もまた、同年代では抜きん出たものになっていた。
体術、忍術、座学。
どの分野でも優秀な成績を収め、うちはサスケと常に一位、二位を争っている。
サスケが一位を取れば、次の試験では心が一位を奪い返す。
心が勝てば、サスケが鍛錬を重ねて追い抜く。
そんな競争を、二人は何度も繰り返してきた。
今では互いの実力を認め合い、負けたくないと思えるライバル同士だった。
体術では、二人が組み手をすれば周囲の生徒たちが見物に集まるほど。
忍術についても、習得した術の数だけでなく、発動の速さや精度まで高い水準に達していた。
さらに、心には同年代の生徒たちが知らない技術もあった。
チャクラコントロールを磨くために始めた木登りの修行。その鍛錬を続けるうちに、心はチャクラを身体の各部へ瞬間的に集中させ、急激に加速する技術を発展させた。
それを独自に磨き上げ、瞬身の術として使えるようになっていたのである。
飛雷神の術のような空間移動ではない。
あくまで身体能力とチャクラ操作を組み合わせた高速移動だが、体術と組み合わせれば強力な武器になる。
そして、もう一つ。
心が長年取り組んできた緋の眼の制御も、大きな進歩を遂げていた。
今では、朝から夜まで一日中、緋の眼を維持することさえ可能になっている。
サングラスをかけ、緋の眼を発動したまま日常生活を送る。
ドラゴンボールのセル編で、悟空と悟飯がスーパーサイヤ人の状態を日常に近づけようとした修行を参考にしたものだった。
もちろん、緋の眼とスーパーサイヤ人が同じ仕組みというわけではない。
それでも、心の身体には確かな効果が現れていた。
緋の眼を解除したあとの疲労は、以前と比べて大幅に軽減されている。
完全に負担がなくなったわけではないが、かつて十秒ほど維持しただけで意識を失いかけていた頃とは、比べものにならなかった。
心は、自分の一族に受け継がれた力を、少しずつ自分のものにしていた。
*
「よーし! 今日こそ卒業だってばよ!」
忍者学校の教室で、ナルトが拳を握りしめた。
その隣で、心は苦笑する。
「今日は本番なんだから、少し落ち着けよ」
「落ち着いてられるかってばよ! オレは今日、忍者になるんだ!」
「その意気だ。ただ、試験で失敗したら元も子もないぞ」
「大丈夫だってばよ! 分身の術だって、ちゃんと練習してきたんだからな!」
ナルトは胸を張った。
原作とは異なり、今回のナルトは分身の術を習得していた。
その理由の一つは、心とともに続けてきた修行にある。
体術の鍛錬を重ねるだけでなく、二人はチャクラコントロールにも時間を費やしてきた。
特に、木登りの修行は大きかった。
足裏にチャクラを集中させ、木の幹に身体を固定する。
必要な量を流しすぎても、少なすぎても失敗する。
その繰り返しによって、ナルトのチャクラ制御も少しずつ改善されていた。
相変わらず細かな調整は苦手だったが、以前のようにチャクラを大きく乱すことは減っている。
その結果、ナルトは分身の術を習得することに成功していた。
「ナルト、準備はできたか?」
「もちろんだってばよ!」
「なら、普段どおりやればいい」
「おう!」
ナルトが笑顔で答えた。
そのとき、教室の向こうから声がした。
「心くん!」
振り返ると、山中いのがこちらへ駆け寄ってきた。
十二歳になったいのは、以前よりも大人びた雰囲気をまとっていた。
しかし、心に対する態度は、入学した頃から変わっていない。
いや、むしろ年を重ねるごとに積極的になっていた。
「今日、試験が終わったら一緒に帰らない?」
「悪い。今日はナルトと約束があるんだ」
「またナルト!?」
いのが頬を膨らませた。
「心くん、最近いつもナルトと修行してるじゃない!」
「卒業したら、今までより忙しくなるかもしれないからな。今日は二人で話しておきたいんだ」
「そ、それなら……明日は?」
「明日なら、予定がなければ大丈夫だよ」
「本当!? 約束だからね!」
いのの表情が一気に明るくなった。
「うん、約束だ」
心が微笑む。
その瞬間、いのは胸を押さえた。
(やっぱり心くん、最高……!)
彼女は今でもサスケのことを格好いいと思っている。
しかし、心への気持ちは、それとは別のものになっていた。
整った顔立ちだけではない。
努力家で、頭の回転が速く、誰に対しても自然体。
そして、ナルトのように周囲から距離を置かれがちな相手にも、分け隔てなく接する。
いのにとって、心は憧れであり、恋愛対象であり、どうしても振り向かせたい相手だった。
「ねえ、心くん。卒業したら、私たちって同じ班になれるのかな?」
「それは先生たちが決めることだから、何とも言えないな」
「そっか……。でも、同じ班になれたら嬉しいな」
「そうだな。一緒に任務ができたら、楽しそうだ」
「……っ!」
いのの顔が赤くなる。
心はそれに気づかず、試験会場へ向かう準備を始めた。
その様子を見ていたナルトが、呆れたように言った。
「心、お前って本当にすげえよな」
「何が?」
「いや、何でもねえってばよ……」
ナルトは肩をすくめた。
どうやら心は、自分がどれほど女子に人気があるのか、いまだに理解していないらしい。
*
卒業試験は、順番に行われた。
試験内容は分身の術。
受験者は教室の前に立ち、指定された術を実演する。
心にとっては、難しい試験ではなかった。
チャクラを練り、印を結ぶ。
「分身の術!」
煙とともに、心の隣に分身が現れた。
姿形は本体と寸分違わない。
動きも安定しており、術の完成度は十分だった。
「よし、合格だ」
「ありがとうございます」
心は一礼して教室を出た。
続いて、サスケも問題なく合格した。
彼の分身もまた、非常に完成度が高かった。
さすがはサスケ、といったところだろう。
そして――。
「うずまきナルト!」
「はいだってばよ!」
名前を呼ばれたナルトが、勢いよく前へ出た。
心は教室の外で、静かに待っていた。
以前なら、心配になって見ていられなかったかもしれない。
だが、今は違う。
ナルトは何度も失敗しながら、修行を重ねてきた。
チャクラの制御も、以前よりは確実に改善されている。
ナルトは一度、深呼吸をした。
それから印を結ぶ。
「分身の術!」
煙が上がった。
その隣に、ナルトと同じ姿の分身が現れる。
多少ぎこちなさはあるものの、形は崩れていない。
術は成立していた。
教師が分身を確認する。
「……よし。合格だ」
「……え?」
ナルトは目を丸くした。
次の瞬間。
「やったあああああ! 合格だってばよおおおお!」
教室中に響き渡る歓声。
ナルトは飛び上がり、何度も拳を突き上げた。
「オレ、忍者になれたんだってばよ!」
「おめでとう、ナルト」
教室の外で待っていた心が、笑顔で迎えた。
「心! オレ、やったぞ!」
「ああ。ちゃんと努力した結果だよ」
「へへっ……! やっぱり、お前と修行してきてよかったってばよ!」
ナルトは照れくさそうに鼻をこすった。
心は、その言葉を嬉しく思った。
ナルトの成長は、心自身の成長とは違う意味で価値がある。
彼は決して、最初から器用なタイプではなかった。
失敗も多い。
苦手なことも多い。
それでも、諦めずに何度も挑戦してきた。
だからこそ、今日の合格には大きな意味があった。
「よし、これで二人とも下忍だな」
「おう! これからも一緒に頑張ろうぜ、心!」
「ああ」
二人は拳を軽くぶつけ合った。
そのときの心は、まだ知らなかった。
ナルトが合格したことで、本来なら起こるはずのなかった変化が生まれた一方で、原作の運命は別の形で動き始めていることを。
*
試験が終わったあと、心はナルトと別れた。
「じゃあ、また明日な!」
「おう! また明日だってばよ!」
ナルトは手を振り、里の通りを歩いていった。
心は、その背中を見送った。
そして、少し考えたあと、静かに後を追うことにした。
理由は、はっきりしていた。
原作では、ナルトが卒業試験に落ちたあと、ミズキが彼に近づき、禁術の巻物を盗み出すようそそのかす。
だが、今回はナルトが試験に合格している。
普通なら、ミズキがナルトを利用する理由は薄れているはずだ。
しかし、心は知っていた。
ミズキがナルトを利用しようとする可能性は、まだ残っている。
(ナルトが合格したからといって、何も起きないとは限らない)
心は距離を保ちながら、ナルトの後を追った。
しばらく歩くと、ナルトが人気の少ない場所へ入っていくのが見えた。
そこにいたのは、一人の忍者だった。
忍者学校の教師、ミズキ。
心は物陰に身を潜め、二人の会話に耳を傾けた。
「ナルト、卒業試験に合格したそうだな」
「おう! オレ、ちゃんと分身の術ができたんだってばよ!」
「そうか。それはよかったな」
ミズキは笑顔を浮かべた。
だが、心にはその笑顔が不自然に見えた。
「ところでナルト。お前は、もっと早く強くなりたいと思わないか?」
「え?」
「今のままでは、火影になるのも大変だろう。だが、ある方法を使えば、普通の忍者よりもずっと早く強くなれるかもしれない」
ナルトは目を輝かせた。
「本当か!? どうすればいいんだってばよ!」
ミズキは周囲を確認してから、声を潜めた。
「火影様が保管している、禁術の巻物を知っているか?」
心の表情が変わった。
(来たか……!)
やはり、原作と同じ展開が始まろうとしている。
ミズキはナルトに、禁術の巻物を盗み出すよう持ちかけた。
巻物の中には、通常の忍術とは比べものにならないほど強力な術が記されている。
それを習得できれば、短期間で実力を伸ばせるというのだ。
「でも、勝手に持ち出していいのか?」
ナルトは不安そうに尋ねた。
「心配するな。これは、お前が強くなるために必要なことだ。火影様も、きっとお前の努力を認めてくださる」
ミズキは、巧みに言葉を重ねた。
ナルトは迷っていた。
卒業試験には合格した。
それでも、火影になるという夢を叶えるには、まだまだ強くならなければならない。
ミズキの言葉は、そんなナルトの向上心につけ込むものだった。
「……分かった。オレ、やってみるってばよ!」
ナルトが決意を固める。
心は目を細めた。
(ナルトを利用するつもりか。やっぱり、放っておけないな)
ミズキの話を聞き終えると、ナルトはその場を離れた。
心はすぐには動かなかった。
まずはミズキの動向を確認し、それからナルトを追う。
やがて、ナルトは火影の執務室へ忍び込み、禁術の巻物を持ち出した。
その手際は、決して完璧ではない。
しかし、ナルトなりに考えて行動しているのが分かった。
心は、彼が巻物を抱えて里の外れへ向かうのを確認すると、一定の距離を保って追跡を続けた。
*
森の中。
ナルトは大きな巻物を地面に広げていた。
「よーし……! これで強くなって、火影に一歩近づくんだってばよ!」
ナルトは巻物を開き、記されている術を読み始めた。
その最初の方に書かれていたのは、多重影分身の術だった。
通常の分身の術とは違い、実体を持つ影分身を大量に生み出す術。
術者のチャクラを分割して複数の分身を作り出すため、膨大なチャクラを必要とする。
その危険性から、禁術に指定されている。
ナルトは説明を読み、目を輝かせた。
「影分身……しかも、たくさん作れるのか!?」
巻物を読み進める。
印の結び方。
チャクラの配分。
術を成立させるための注意点。
ナルトは一つひとつを確認し、さっそく練習を始めた。
「影分身の術!」
煙が立ち上る。
その中から、ナルトと同じ姿の分身が現れた。
「おおっ! できたってばよ!」
ナルトは驚きながら、自分の分身を見つめた。
通常の分身の術とは違い、目の前の分身は実体を持っている。
ナルトは何度も術を試し、少しずつコツをつかみ始めていた。
やがて、心はナルトの前へ姿を現した。
「ナルト」
「うわっ!? 心!? なんでここにいるんだってばよ!」
「お前がミズキ先生と話しているのを見たからだ」
ナルトの顔が強張った。
「……聞いてたのか?」
「ああ」
「そ、そうか……」
ナルトは気まずそうに頭をかいた。
「悪い。勝手に巻物を持ち出しちまったってばよ。でも、オレ、もっと強くなりたくて……」
「理由は分かってるよ」
心は巻物に目を向けた。
「それより、もう多重影分身の術を使えるようになったのか?」
「おう! まだたくさんは出せねえけど、何回か試したらできたんだってばよ!」
ナルトは得意げに笑った。
心は巻物の内容を確認した。
前世の知識があるとはいえ、実際の術式を見たことがあるわけではない。
それでも、ここに記された術の仕組みを理解することはできた。
チャクラを分割し、複数の実体を持つ分身を作り出す。
影分身が得た経験は、解除されたときに術者へ戻る。
危険性は高いが、修行に活用できれば大きな利点になる術だ。
「俺も試してみる」
「えっ? 心もやるのか?」
「ああ。こういう術は、実際に使ってみないと分からないことも多いからな」
心は巻物の記述をもう一度確認した。
術の構造は複雑だが、理解できないほどではない。
心は印を結び、チャクラを練った。
「影分身の術!」
煙が上がる。
心の隣に、もう一人の心が現れた。
姿も、表情も、服装も、本体と寸分違わない。
分身は心と目を合わせ、同時に頷いた。
「……成功だな」
「すげえ……! 心、もう覚えちまったのかよ!?」
「仕組みを理解できたからな。あとは、分身の数を増やしたときのチャクラ配分を確認する必要がある」
心は冷静に答えた。
ナルトは呆然とした。
自分が苦労して習得した術を、心は巻物を確認しただけで使いこなしてしまったのだ。
しかし、ナルトはすぐに笑顔を取り戻した。
「へへっ! やっぱり心はすげえってばよ! でも、オレだって負けねえぞ!」
「その調子だ。互いに試してみよう」
二人は巻物を読み進めた。
そして、心は次の術に目を留めた。
そこには、水の性質を持つチャクラを利用する忍術が記されていた。
水遁の術。
心は記述をじっくりと読み込む。
チャクラの性質変化。
水を生み出し、操るための理論。
印の順番。
術を成立させるための注意点。
心はすでに忍術の基礎を学び、複数の術を習得していた。
だからこそ、巻物に記された内容を理解するのも早かった。
(なるほど……水の性質変化をこう使うのか)
心は頭の中で術の構造を組み立てた。
そして、印を結ぶ。
「水遁――」
チャクラを練り、口元へ集める。
「水流弾の術!」
勢いよく水が放たれ、目の前の地面へ叩きつけられた。
水しぶきが散る。
ナルトは目を見開いた。
「うおおっ!? 心、今度は水遁まで使ったのか!?」
「ああ。巻物に書かれていた術の一つだ。理論は理解できたから、あとは練習して精度を上げるだけだな」
心は放たれた水の量と勢いを確認した。
初めて使った術としては、悪くない。
ただし、まだ改善の余地はある。
水の量、放出の速度、チャクラの消費量。
いずれも、反復練習によって調整していく必要がある。
心は巻物を読み進めながら、ほかの術についても確認した。
習得できそうな術は多い。
しかし、何でも片っ端から覚えればいいというわけではない。
術の威力だけでなく、使い勝手や消費するチャクラ、実戦での応用性も考える必要がある。
そのときだった。
「ここにいたのかナルト」
その声に、二人は同時に顔を上げた。
木の上に、一人の忍者ーーミズキがいた。
「ミズキ先生!」
ナルトはミズキに笑顔を向ける。
だが、彼はナルトを見下ろし、口元を歪めた。
「よくやったナルト。あとは、お前を始末して巻物を手に入れるだけだ」
ナルトの顔から笑みが消えた。
「……ミズキ先生?」
心は、静かにミズキを見上げた。
やはり、ここから先も原作と同じように進むらしい。
ただし、今回は違う。
ナルトは卒業試験に合格している。
そして、心もここにいる。
原作ではイルカがナルトを守るために立ち向かう場面だ。
しかし、今の心には、もう一つの選択肢があった。
緋の眼を発動したまま、心は一歩前へ出る。
「ミズキ先生。説明してもらおうか」
サングラスの奥で、緋色の瞳が静かに輝いた。
「どうしてナルトに、こんなことをさせた?」
ミズキの表情が、一瞬だけ強張った。
その視線が、心へと向けられる。
「……枢流陀心。お前までいたのか」
「ああ。ナルトは俺の友達だからな」
心は、静かに構えを取った。
「ここから先は、好きにはさせない」
森の空気が張り詰める。
七年間の鍛錬を積み重ねてきた少年と、ナルトを利用しようとした裏切り者。
そして、ナルトを守るために駆けつけるイルカ。
運命は、原作とは少し違う形で動き始めていた。