機動戦士ガンダムSEED GREYCHAIN 〜機動戦士ガンダムSEED二次創作〜 作:凰人吹雪
「──良かろう。では、明日の到着を楽しみにするとしよう」
「ええ、よろしくお願いしますね、ミナさん」
最後にフッと小さく笑い、ロンド・ミナ・サハクの姿が画面から消えた。
そして織衣は、背もたれに体を預けぐぐぐ、っと伸びをする。
「あー!もう!いつ見てもかっこいいわね、ほんと!」
「はしたないですよ、お嬢様」
めくれたブラウスから見えるヘソにエレーナがタオルを投げつけた。
「まあ、確かに格好いいですよねー」
「わかる?わかるわよね千尋。私はね、あれを目指し、そして超えてみせるわ」
フフン、と胸を張る織衣に、エレーナは笑みを絶やさず、
「サイズ感が……胸しか勝てないのでは?」
「誰がどチビよ」
「ご自覚がお有りではなかったのですか?……なんということ……」
悲しそうに目を押さえるそぶりに、織衣の頬がヒクヒクと震える。
「悪かったわね、身長が一五〇にも届かなくて……」
「ま、まあまあ。落ち着いてください織衣ちゃん」
コンプレックスを刺激され、声が一段と低くなった織衣を千尋が宥めるが、一六〇ある彼女が宥めても逆効果である。
「ふん!身長なんて飾りよ。バカにはわかんないかもしれないけどね!」
「ええ、私めから一〇センチほど差し上げれば多少はいい塩梅に……いえ、それでも千尋さんにも届きませんか」
「エレーナさん!」
ニヤニヤと笑うエレーナを嗜めるように、千尋が少し大きな声を上げた。
「フン!背が高いくらいで優秀なんて思い上がらないでちょうだい。……デブリ帯も抜けたし、休んでいいわよ」
安定航行に入ったのを目視で確認し、織衣が艦長として指示を出す。
「そうですか、それでは遠慮なくお先に……」
「アンタじゃないから。千尋、先休憩とんなさい」
通信席から立ち上がるエレーナを、織衣はピシャリと制した。
「え、ええっと……わたしは別に後でも……」
「操縦桿ずっと握ってるんだから、休める時に休んどきなさい。お前は死ぬまで働け」
自分には優しく声をかけながら、エレーナにはドスの効いた声をぶつける織衣。千尋が困惑しながらエレーナに視線を向けると、彼女は柔らかく微笑み、どうぞと手で示していた。
「わかりました。じゃ、先に休憩いただきますね」
そう言って千尋は操縦席を立つと、スカートの裾を持ち軽く一礼。
艦橋から退出していく背に視線を向けながら、控えめな彼女に織衣とエレーナは肩をすくめ合うのだった。
「お嬢様」
「ん?」
千尋が席を外し、しばらくして、ぼんやりと窓の向こうを眺めていた織衣に、エレーナが呼びかける。
「先日、定期報告の日でしたので、『異常なし。特記事項なし』と回答しておきましたので」
「んー」
興味なし、と顔の前で織衣が手を振る。
「なんか言ってた?」
「天海の名が汚されぬよう、お嬢様の動向には注意し続けるように、と」
「そ」
その名にどれだけの価値があるのやら、と独りごちる。
天海家はブルーコスモスの中でも比較的上位の家に当たる。が、先の戦争で盟主が死に、今の盟主となってからは、派閥の争いに負けて少し落ち目になっていると聞いた。
「ナチュラルだのコーディネイターだの、ほんっとくだらないわね」
「そう思われるのはお嬢様が特別だからでしょう」
ため息混じりに吐き捨てる織衣の背後へと音もなく忍び寄り、エレーナはその両肩に手を添えると、その手に少し力を込める。
「人は、自分の理解が及ばぬ生き物を、恐ろしいと感じるものですよ」
「そうかしら。相手が高みにいて理解ができないなら努力をすればいい。相手が低みにいて理解ができないなら導いてやればいい。それだけのことでしょ」
そして織衣は、自身が高みにいる側であると信じて疑わない。
「努力を忘れた、与えられた餌に満足して肥えた豚は喰われるだけよ。そこにナチュラルもコーディネイターも関係ないわ」
「なるほど……」
「ひゃんっ!なにすんのよ!」
突然、エレーナが肩から手を離し、二の腕、そして脇腹に触れた。
「つまり、お嬢様もそのうち角煮や生姜焼きへと至る、と」
「どっ、どういう意味よ!てか触んな!手つきがやらしいわね!」
エレーナの手を払うべく、暴れようとする織衣だが、体格と力には大きな差があり、その手を振り払うことができない。
「いえいえ……お嬢様、先月から三キロ増えておりますので。豚に一直線かと」
織衣の頬がサッと朱に染まり固まった。
「……ど、こで……」
「メイドでございますので。バイタルは逐一確認させていただいておりますよ?」
「………………」
「身長や筋肉量には変化がないようですが……おや、そういえば先日ベルトの穴を一つ緩めていた記憶が……っと!」
織衣が真っ赤な顔をして放った裏拳を軽いステップで躱し、エレーナは口角を上げて織衣の顔を覗き込んだ。
「間食のしすぎです、お嬢様」
「……その首、落としてやるからそこに直れ不良メイド」
震える声で床を指差す織衣だが、エレーナは意に介さず、ロングスカートの裾を揺らしながら楽しげに織衣の周りを歩き回る。
「恐れながら、お嬢様。私は天海家に雇われたメイドでございますので。雇用主はお嬢様ではございませんよ?」
「恐れてから言えッ!」
声を荒げる織衣と、不遜な態度を崩さないエレーナ。
「こういう時は……そう、確かこう申し上げれば宜しいのですよね。おじょうさま怖い、と」
「誰が中まで餡子たっぷりよ!」
髪を振り乱して立ち上がった織衣は、エレーナを睨みつけながら大きく息を吐いて、また椅子に座り直す。
「はぁ……あなた、ほんっと会った時から馬鹿にしてくれて……」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じますわ」
握った拳を振って返事に換えた。
────
「織衣。貴様を遊学へ出す。我が家は貴様には狭かろう」
「そうですか」
中学校へ通っていた頃の話だ。
父、孝徳の書斎へ呼び出され、告げられたのは、事実上の放逐。
ナチュラルとコーディネイターの争いをくだらないと鼻で笑っていた私と、ブルーコスモスに傾倒する父。
私たちの思想は、決定的に異なっていた。
「とは言え、貴様とあの娘の二人だけでは生活もままならぬだろう。故に侍従をつける。これに世話をしてもらえ」
父の傍に立つメイド服の女性が、淑やかに一礼。なるほど、監視役ということか。
「住居やその後の生活などは、これに全て用意させている。わかったならさっさと去れ」
「ええ、そうさせていただきますわ、お父様」
それが父と道を違え、そしてエレーナと初めて出会った記憶。
不安そうにする千尋を伴って家を出て、エレーナの運転する車で空港へと向かう。
「どちらへ向かいますの?」
「お住まいはコロニーへご用意させていただいております。オーブ首長国連邦の」
「そうですか」
ヘリオポリスだったか、そんな名前のコロニーがあったはず。
「織衣ちゃん……」
弱々しい声を上げる千尋に笑顔を見せる。
「そんな不安そうにしないの。人間、別にどこでだって生活できるわ。どうせ、周囲は……」
愚民しかいないのだから。その言葉を飲み込んで、窓の外に目を向けた。
────
「ヘリオポリスで静かに生活できるかと思えば、宇宙港で大立ち回り。小型の戦艦を奪ったかと思えばこれからここで生活していただきますって……あなたもほんと、出会った時からぶっ飛んでたわね」
呆れ顔の織衣に、エレーナは一礼を返し、
「お嬢様ほどではございませんよ」
「どこが。私よりよっぽど狂ってる。私の監視役のくせに、家には適当な報告ばかりして」
それで助かっているのは事実ではあるが。実家は恐らく、何処かのコロニーで穏やかに暮らしているとでも思っているのだろう。
「アレがこの生活を聞いたら、まとめて処分されるんじゃない?」
「お嬢様が敗北される、と?」
「まさか。返り討ちにしてやるわ」
「それでこそですわ、お嬢様」
エレーナの嬉しそうな笑顔に、
「ほんと、良い性格してるわ」
織衣は肩をすくめて、大きくため息を吐いたのだった。
艦橋の隅に小さな丸テーブルが置かれ、その上には軍用レーションが並ぶ。
千尋が休憩から戻り、良い時間だからと織衣はエレーナに食事の準備をさせていた。
機械の故障を防ぐため、それぞれの席では食事を取らないのが織衣の方針である。
三人が席に着くと、千尋が両手を組み目を閉じた。
「天にましますわれらの父よ、願わくは日用の糧を、今日われらに与え給え」
祈りを終え、千尋がレーションを手に取り、
「えと……?」
二人の視線が集中していることに気づき、首を傾げる。
「ああ、いや……頂きます」
織衣も手を合わせて、レーションに手を伸ばした。
「気にしないで。いつもちゃんとしてるから、改めて偉いなと思っただけよ」
「そう……ですか?」
「お嬢様は稀に無言でがっついておられますからね」
小首をかしげていた千尋が、エレーナの物言いにあははと乾いた笑いを見せる。
「そこ、うるさいわよ」
織衣も、別に食事への感謝を忘れたわけではないが、イライラしている時や忙しい時には、つい何も言わずに口に放り込んでしまう。
「聖約教だったっけ?確か」
口に入れた硬いパンを飲み込んだのち、千尋に水を向ける。その振る舞いからは、隠しきれない育ちの良さが見える。
キョトンとしていた千尋が、その言葉を咀嚼し理解するとぱあっと明るくなった。
「興味ありますか!?そう!そうなんです!聖約教で間違い無いです!」
「う、うん……いや、興味があるわけではないけど……」
「聖約教はですね!いわゆるキリスト教の分派で、その教義は──」
嬉しそうに捲し立てる千尋に、早まったかと顔を引き攣らせつつ、織衣は「へー」「そっか」「うんうん、それで」と相槌を打ちつつ。
エレーナに視線を向けると、涼しい表情で目を逸らした。
実情を知る織衣としては、なんとも否定しづらいものである。
聖約教、キリスト教の分派といえば聞こえはいいが、その実、ブルーコスモスが孤児の思想を矯正し、強制するためのカルト宗教である。
戦争孤児を集め、コーディネイターへの憎悪を植えつけ、世界を正常な人間の手で動かしていくべきである、と。
千尋もまた、戦争孤児であり、ブルーコスモスの運営する施設へ送られ、その宗教の中で育つこととなった。
「──汝隣人を愛せよと言うのが根底にありましてですね──」
「はい。ええ。はい……」
千尋が他の孤児と違ったところ。それは、素直すぎた、と言う一点に尽きる。
教義や聖書はキリスト教のものを流用していたため、それを文章通りに捉えてしまった結果「人」の垣根を取り払ってしまう。
ナチュラルが人、コーディネイターは化け物と教えられても、彼女の信仰には響かなかった。
教会では彼女を扱いきれず、小学校の卒業と同時に施設から追い出されることになり、そこに織衣の父が目をつけた。
『彼女であれば、娘の他者を蔑み、軽んじる性格を矯正できるかも知れない』と。
「──そもそも愛というのは他者に向けられるべきものであり、自身のみに向けるべきものでは──」
「うん。そうね。うんうん……」
結果、彼女は天海家へと引き取られることとなった。
施設内では幼名がつけられており、卒業時に自身で名前を決めるというしきたりだったため、その日を境に、彼女は結宮千尋を名乗るようになる。
憧れのあった日本での生活は、彼女にとってあまりに刺激的であり、織衣や、新たにできた友人とクリスマスを祝い、初詣に行き、その他宗教を否定しない多様性の文化に染められ、今の彼女が形作られたのである。
「──ですから、神様というのはいろいろなところにいて……って、聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる」
「本当に……はっ!」
気のない返事の織衣に、ようやく語りすぎたと気づいた千尋が赤面する。
「す、すみません、なんだか嬉しくなっちゃって……」
「気にしないで。千尋が楽しそうにしてるのは私も嬉しいから」
うう、と恥ずかしげに小さくなる千尋に、織衣は笑顔で返した。
ここにいる少女は、自らを聖約教の信者と信じながらも、自分なりの解釈で、自分自身の信仰を見つけた、真の意味での聖職者であった。
翌日。スターケージの航行は順調に進んでおり、仮眠から目を覚ました織衣が艦橋へと顔を出すと、
「おはようございます」
「ん、おはよ」
二人の声に軽く手を挙げて、レーダーを見ていたエレーナへと視線を向けた。
「距離、順調ですわ。何事もなければ、あと二時間ほどで到着するかと」
「そ。んじゃ、そろそろ着替えとくか……」
そう言うや否や、織衣は身につけていた大きなシャツとハーフパンツも脱ぎすてると、艦橋の隅に備え付けられたクローゼットから赤と黒を基調としたドレスを取り出した。
「入りますか?お嬢様」
「……」
小馬鹿にした声を黙殺し、ドレスを被る。
そして、コルセットの紐を力一杯引き絞った。
「う……くっ……」
少し息が詰まりつつも背中で結び、すぐ上のチャックを摘むと、首元へと引き上げようとして、
「…………」
「……ぷっ……ああ、いえ、なんでもないです」
「くっ……!」
悔しそうにドレスを脱ぐと、それを床へと叩きつけた。