機動戦士ガンダムSEED GREYCHAIN 〜機動戦士ガンダムSEED二次創作〜 作:凰人吹雪
母艦であるスターケージに着艦し、愛機のコックピットから小柄な姿が身を乗り出した。彼女はコックピットの壁を蹴ると、滑るように備え付けられたロッカーへと向かう。そして、被っていたヘルメットを持ち上げた。
「ふぅ……あー、しんど……」
その中からは、音を立てそうなほどに長い黒髪が流れだし、艦内に施された微弱な重力がそれをまとめ、足首へと落とす。
身長に合わせ特注した、灰色のパイロットスーツ。窮屈なそれのファスナーを下ろし、胸元を緩める。
そして、揺れを手で押さえ、大きく息を吐いた。
「ほんっと、窮屈ったら……」
「はしたないですよ、お嬢様」
彼女の悪態に、艦内スピーカーから含み笑いが返ってくる。
織衣は格納庫の天井をキッと睨みつけると、
「お黙りなさいエレーナ」
ピシャリと一言。他人を揶揄うのは大好きだが、揶揄われるのは許せない性質であった。
シャワーを軽く浴び汗を流すと、櫛を通しながら艦橋へと足を向ける。コツコツと高く響く足音は苛立ちの証。
シュイン、と開く扉をくぐり、見えた銀の後頭部めがけて手にした櫛を投げつける。
「お嬢様、物に当たるなんて……ご当主様がお嘆きになられますよ」
「お黙り」
ノールックでキャッチ。メイド服を身につけた女性、エレーナはニヤニヤと笑いながら、的確に織衣の逆鱗を撫でた。
「あは、は……はぁ……」
操縦桿を握る少女、結宮千尋は、艦橋を支配する非常に悪い空気に肩を落とすと、その動きに合わせて、金の髪がさらりと肩から滑り落ちる。
「すぐに移動。とっととここ離れるわよ」
吐き捨てるように言うと、織衣は艦長席に飛び乗った。
「エレーナ、エンジン始動!ぐずぐずしない!」
「ええ、すぐに、お嬢様」
「千尋!ひとまずこのデブリ帯を離れる!目標はアメノミハシラ!」
「は、はいっ!」
マルセイユ三世級を元にした改修艦、スターケージのブースターが点火、白い輝きを見せながら、ゆっくりと速度を増し、ナワバリとしていたデブリ帯から離れていくのであった。
「あーくそ、アイツらのせいで絶対赤字でしょこれ……」
デブリ帯で回収した換金物を頭の中で数えながらボヤく織衣は、器用に艦長席の上で胡座をかき、アームレストで頬杖をついて不貞腐れていた。
「そんなにですか?」
「前見て、前」
呆れた顔で前方を指差す織衣の仕草に、千尋は慌てて前を向き直る。シスター服の裾がふわりと広がって弧を描く。
「整備費用、待機したせいで無駄になった空気、逃げ回ったせいで無駄にした燃料。どう考えても赤字よ赤字……」
「ご当主様にご支援いただけないか問い合わせましょうか?」
「はン、冗談」
織衣の実家、天海家はブルーコスモスの中でそれなりの地位を築いている事業家だが、実家に泣きつくなど真っ平御免であった。
そもそも、放逐された身である。関わり合いになりたくないというのが本音だ。
「エレーナ、レーダー」
「感ございません。立て続けに二十機以上を失ったのですから、流石にもう追ってはこられないでしょうね」
「だといいけどね」
織衣は深々とため息を吐きながら、この二日間を思い返す。
デブリ帯で救助を求められ、ノコノコ顔出してみれば宇宙海賊だった、というだけの話ではあるのだが、この短い期間に追いかけ回され、結局六回も交戦する羽目になった。
織衣としては、敵が愚民とはいえ好き好んで殺しをしたいわけでもない。故にコックピットを狙わなかったのだが、それが海賊たちを増長させていたことを理解していない。
「連合のストライクダガーにオーブのアストレイ、ザフトのシグーにゲイツといろんなモビルスーツ持ってましたね。いっそ感心しちゃいます」
「千尋、感心しないで。……軍も軍よ、海賊にあんなもの出回らせるとか」
馬鹿ばかりで嫌になる、とばかりに織衣は肩をすくめた。
「展示会でもやってろっての」
「悲惨な戦争の象徴として、でございますか?」
余裕たっぷりな笑みを浮かべるエレーナを、織衣はまた鼻で笑う。
「バカの見本市としてよ」
一方その頃。
織衣たちが後にしたデブリ帯。
その一際大きなデブリに偽装された基地では、帰還したゲイツから一人の男が飛び降り、雄叫びを上げていた。
「おい!すぐ出せる機体は!」
「無理っすよ、カシラァ……もう動かせるのゲイツ二機とストライクダガー一機だけっすよ。メビウスでもよけりゃ出せるっすけど……」
「ンなもんただの棺桶じゃねえか!」
駆け寄ってきた整備員の頭に拳を振り下ろし悪態をつく。
「アニキィ、今はもうやめときましょうよ。機体の回収にも行けなくなっちまいますって」
「ばっかやろう、女も機体も極上だったろうが」
ゲイツのコックピットから降りてすぐ情けない声を上げるギヨーム・デュヴァルを、ボリス・ドゥレイェッチは叱り飛ばした。
「戦艦出すぞ、戦艦!流石に戦艦出しゃあいつらも靡く!火力がちげえんだからよ!」
祭りだとばかりに、周囲の男たちが大声をあげてその準備に取り掛かる。
「コンラート!アイツの向かった先は見てたか?」
「うぃっす、ヒトマル方向っす」
コンラート・ファルケンベルクの返答にボリスはニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
そして彼らは準備が整うや否や、ドレイク級戦艦に乗り込み、基地から出航。
意気揚々と、方角ヒトマル……アメノミハシラとは真逆の方角へと、突撃していった。
「──良かろう。では、明日の到着を楽しみにするとしよう」
「ええ、よろしくお願いしますね、ミナさん」
最後にフッと小さく笑い、ロンド・ミナ・サハクの姿が画面から消えた。
そして織衣は、背もたれに体を預けぐぐぐ、っと伸びをする。
「あー!もう!いつ見てもかっこいいわね、ほんと!」
「はしたないですよ、お嬢様」
めくれたブラウスから見えるヘソにエレーナがタオルを投げつけた。
「まあ、確かに格好いいですよねー」
「わかる?わかるわよね千尋。私はね、あれを目指し、そして超えてみせるわ」
フフン、と胸を張る織衣に、エレーナは笑みを絶やさず、
「サイズ感が……胸しか勝てないのでは?」
「誰がどチビよ」
「ご自覚がお有りではなかったのですか?……なんということ……」
悲しそうに目を押さえるそぶりに、織衣の頬がヒクヒクと震える。
「悪かったわね、身長が一五〇にも届かなくて……」
「ま、まあまあ。落ち着いてください織衣ちゃん」
コンプレックスを刺激され、声が一段と低くなった織衣を千尋が宥めるが、一六〇ある彼女が宥めても逆効果である。
「ふん!身長なんて飾りよ。バカにはわかんないかもしれないけどね!」
「ええ、私めから一〇センチほど差し上げれば多少はいい塩梅に……いえ、それでも千尋さんにも届きませんか」
「エレーナさん!」
ニヤニヤと笑うエレーナを嗜めるように、千尋が少し大きな声を上げた。
「フン!背が高いくらいで優秀なんて思い上がらないでちょうだい。……デブリ帯も抜けたし、休んでいいわよ」
安定航行に入ったのを目視で確認し、織衣が艦長として指示を出す。
「そうですか、それでは遠慮なくお先に……」
「アンタじゃないから。千尋、先休憩とんなさい」
通信席から立ち上がるエレーナを、織衣はピシャリと制した。
「え、ええっと……わたしは別に後でも……」
「操縦桿ずっと握ってるんだから、休める時に休んどきなさい。お前は死ぬまで働け」
自分には優しく声をかけながら、エレーナにはドスの効いた声をぶつける織衣。千尋が困惑しながらエレーナに視線を向けると、彼女は柔らかく微笑み、どうぞと手で示していた。
「わかりました。じゃ、先に休憩いただきますね」
そう言って千尋は操縦席を立つと、スカートの裾を持ち軽く一礼。
艦橋から退出していく背に視線を向けながら、控えめな彼女に織衣とエレーナは肩をすくめ合うのだった。
「お嬢様」
「ん?」
千尋が席を外し、しばらくして、ぼんやりと窓の向こうを眺めていた織衣に、エレーナが呼びかける。
「先日、定期報告の日でしたので、『異常なし。特記事項なし』と回答しておきましたので」
「んー」
興味なし、と顔の前で織衣が手を振る。
「なんか言ってた?」
「天海の名が汚されぬよう、お嬢様の動向には注意し続けるように、と」
「そ」
その名にどれだけの価値があるのやら、と独りごちる。
天海家はブルーコスモスの中でも比較的上位の家に当たる。が、先の戦争で盟主が死に、今の盟主となってからは、派閥の争いに負けて少し落ち目になっていると聞いた。
「ナチュラルだのコーディネイターだの、ほんっとくだらないわね」
「そう思われるのはお嬢様が特別だからでしょう」
ため息混じりに吐き捨てる織衣の背後へと音もなく忍び寄り、エレーナはその両肩に手を添えると、その手に少し力を込める。
「人は、自分の理解が及ばぬ生き物を、恐ろしいと感じるものですよ」
「そうかしら。相手が高みにいて理解ができないなら努力をすればいい。相手が低みにいて理解ができないなら導いてやればいい。それだけのことでしょ」
そして織衣は、自身が高みにいる側であると信じて疑わない。
「努力を忘れた、与えられた餌に満足して肥えた豚は喰われるだけよ。そこにナチュラルもコーディネイターも関係ないわ」
「なるほど……」
「ひゃんっ!なにすんのよ!」
突然、エレーナが肩から手を離し、二の腕、そして脇腹に触れた。
「つまり、お嬢様もそのうち角煮や生姜焼きへと至る、と」
「どっ、どういう意味よ!てか触んな!手つきがやらしいわね!」
エレーナの手を払うべく、暴れようとする織衣だが、体格と力には大きな差があり、その手を振り払うことができない。
「いえいえ……お嬢様、先月から三キロ増えておりますので。豚に一直線かと」
織衣の頬がサッと朱に染まり固まった。
「……ど、こで……」
「メイドでございますので。バイタルは逐一確認させていただいておりますよ?」
「………………」
「身長や筋肉量には変化がないようですが……おや、そういえば先日ベルトの穴を一つ緩めていた記憶が……っと!」
織衣が真っ赤な顔をして放った裏拳を軽いステップで躱し、エレーナは口角を上げて織衣の顔を覗き込んだ。
「間食のしすぎです、お嬢様」
「……その首、落としてやるからそこに直れ不良メイド」
震える声で床を指差す織衣だが、エレーナは意に介さず、ロングスカートの裾を揺らしながら楽しげに織衣の周りを歩き回る。
「恐れながら、お嬢様。私は天海家に雇われたメイドでございますので。雇用主はお嬢様ではございませんよ?」
「恐れてから言えッ!」
声を荒げる織衣と、不遜な態度を崩さないエレーナ。
「こういう時は……そう、確かこう申し上げれば宜しいのですよね。おじょうさま怖い、と」
「誰が中まで餡子たっぷりよ!」
髪を振り乱して立ち上がった織衣は、エレーナを睨みつけながら大きく息を吐いて、また椅子に座り直す。
「はぁ……あなた、ほんっと会った時から馬鹿にしてくれて……」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じますわ」
握った拳を振って返事に換えた。
────
「織衣。貴様を遊学へ出す。我が家は貴様には狭かろう」
「そうですか」
中学校へ通っていた頃の話だ。
父、孝徳の書斎へ呼び出され、告げられたのは、事実上の放逐。
ナチュラルとコーディネイターの争いをくだらないと鼻で笑っていた私と、ブルーコスモスに傾倒する父。
私たちの思想は、決定的に異なっていた。
「とは言え、貴様とあの娘の二人だけでは生活もままならぬだろう。故に侍従をつける。これに世話をしてもらえ」
父の傍に立つメイド服の女性が、淑やかに一礼。なるほど、監視役ということか。
「住居やその後の生活などは、これに全て用意させている。わかったならさっさと去れ」
「ええ、そうさせていただきますわ、お父様」
それが父と道を違え、そしてエレーナと初めて出会った記憶。
不安そうにする千尋を伴って家を出て、エレーナの運転する車で空港へと向かう。
「どちらへ向かいますの?」
「お住まいはコロニーへご用意させていただいております。オーブ首長国連邦の」
「そうですか」
ヘリオポリスだったか、そんな名前のコロニーがあったはず。
「織衣ちゃん……」
弱々しい声を上げる千尋に笑顔を見せる。
「そんな不安そうにしないの。人間、別にどこでだって生活できるわ。どうせ、周囲は……」
愚民しかいないのだから。その言葉を飲み込んで、窓の外に目を向けた。
────
「ヘリオポリスで静かに生活できるかと思えば、宇宙港で大立ち回り。小型の戦艦を奪ったかと思えばこれからここで生活していただきますって……あなたもほんと、出会った時からぶっ飛んでたわね」
呆れ顔の織衣に、エレーナは一礼を返し、
「お嬢様ほどではございませんよ」
「どこが。私よりよっぽど狂ってる。私の監視役のくせに、家には適当な報告ばかりして」
それで助かっているのは事実ではあるが。実家は恐らく、何処かのコロニーで穏やかに暮らしているとでも思っているのだろう。
「アレがこの生活を聞いたら、まとめて処分されるんじゃない?」
「お嬢様が敗北される、と?」
「まさか。返り討ちにしてやるわ」
「それでこそですわ、お嬢様」
エレーナの嬉しそうな笑顔に、
「ほんと、良い性格してるわ」
織衣は肩をすくめて、大きくため息を吐いたのだった。
艦橋の隅に小さな丸テーブルが置かれ、その上には軍用レーションが並ぶ。
千尋が休憩から戻り、良い時間だからと織衣はエレーナに食事の準備をさせていた。
機械の故障を防ぐため、それぞれの席では食事を取らないのが織衣の方針である。
三人が席に着くと、千尋が両手を組み目を閉じた。
「天にましますわれらの父よ、願わくは日用の糧を、今日われらに与え給え」
祈りを終え、千尋がレーションを手に取り、
「えと……?」
二人の視線が集中していることに気づき、首を傾げる。
「ああ、いや……頂きます」
織衣も手を合わせて、レーションに手を伸ばした。
「気にしないで。いつもちゃんとしてるから、改めて偉いなと思っただけよ」
「そう……ですか?」
「お嬢様は稀に無言でがっついておられますからね」
小首をかしげていた千尋が、エレーナの物言いにあははと乾いた笑いを見せる。
「そこ、うるさいわよ」
織衣も、別に食事への感謝を忘れたわけではないが、イライラしている時や忙しい時には、つい何も言わずに口に放り込んでしまう。
「聖約教だったっけ?確か」
口に入れた硬いパンを飲み込んだのち、千尋に水を向ける。その振る舞いからは、隠しきれない育ちの良さが見える。
キョトンとしていた千尋が、その言葉を咀嚼し理解するとぱあっと明るくなった。
「興味ありますか!?そう!そうなんです!聖約教で間違い無いです!」
「う、うん……いや、興味があるわけではないけど……」
「聖約教はですね!いわゆるキリスト教の分派で、その教義は──」
嬉しそうに捲し立てる千尋に、早まったかと顔を引き攣らせつつ、織衣は「へー」「そっか」「うんうん、それで」と相槌を打ちつつ。
エレーナに視線を向けると、涼しい表情で目を逸らした。
実情を知る織衣としては、なんとも否定しづらいものである。
聖約教、キリスト教の分派といえば聞こえはいいが、その実、ブルーコスモスが孤児の思想を矯正し、強制するためのカルト宗教である。
戦争孤児を集め、コーディネイターへの憎悪を植えつけ、世界を正常な人間の手で動かしていくべきである、と。
千尋もまた、戦争孤児であり、ブルーコスモスの運営する施設へ送られ、その宗教の中で育つこととなった。
「──汝隣人を愛せよと言うのが根底にありましてですね──」
「はい。ええ。はい……」
千尋が他の孤児と違ったところ。それは、素直すぎた、と言う一点に尽きる。
教義や聖書はキリスト教のものを流用していたため、それを文章通りに捉えてしまった結果「人」の垣根を取り払ってしまう。
ナチュラルが人、コーディネイターは化け物と教えられても、彼女の信仰には響かなかった。
教会では彼女を扱いきれず、小学校の卒業と同時に施設から追い出されることになり、そこに織衣の父が目をつけた。
『彼女であれば、娘の他者を蔑み、軽んじる性格を矯正できるかも知れない』と。
「──そもそも愛というのは他者に向けられるべきものであり、自身のみに向けるべきものでは──」
「うん。そうね。うんうん……」
結果、彼女は天海家へと引き取られることとなった。
施設内では幼名がつけられており、卒業時に自身で名前を決めるというしきたりだったため、その日を境に、彼女は結宮千尋を名乗るようになる。
憧れのあった日本での生活は、彼女にとってあまりに刺激的であり、織衣や、新たにできた友人とクリスマスを祝い、初詣に行き、その他宗教を否定しない多様性の文化に染められ、今の彼女が形作られたのである。
「──ですから、神様というのはいろいろなところにいて……って、聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる」
「本当に……はっ!」
気のない返事の織衣に、ようやく語りすぎたと気づいた千尋が赤面する。
「す、すみません、なんだか嬉しくなっちゃって……」
「気にしないで。千尋が楽しそうにしてるのは私も嬉しいから」
うう、と恥ずかしげに小さくなる千尋に、織衣は笑顔で返した。
ここにいる少女は、自らを聖約教の信者と信じながらも、自分なりの解釈で、自分自身の信仰を見つけた、真の意味での聖職者であった。
翌日。スターケージの航行は順調に進んでおり、仮眠から目を覚ました織衣が艦橋へと顔を出すと、
「おはようございます」
「ん、おはよ」
二人の声に軽く手を挙げて、レーダーを見ていたエレーナへと視線を向けた。
「距離、順調ですわ。何事もなければ、あと二時間ほどで到着するかと」
「そ。んじゃ、そろそろ着替えとくか……」
そう言うや否や、織衣は身につけていた大きなシャツとハーフパンツも脱ぎすてると、艦橋の隅に備え付けられたクローゼットから赤と黒を基調としたドレスを取り出した。
「入りますか?お嬢様」
「……」
小馬鹿にした声を黙殺し、ドレスを被る。
そして、コルセットの紐を力一杯引き絞った。
「う……くっ……」
少し息が詰まりつつも背中で結び、すぐ上のチャックを摘むと、首元へと引き上げようとして、
「…………」
「……ぷっ……ああ、いえ、なんでもないです」
「くっ……!」
悔しそうにドレスを脱ぐと、それを床へと叩きつけた。
アメノミハシラ。
ロンド・ミナ・サハクの拠点であり、独自の武力と生産設備を有する宇宙施設である。
織衣たちは、スターケージで宇宙を航行しながら生活する、いわば放浪者であり、ジャンク類を換金しつつ、大規模なメンテナンスや酸素、食料の補充などは、アメノミハシラで購入していた。
そして、
「なるほど。宇宙海賊に、とはな。私もいくつかの勢力は確認済みではある」
「面倒なことこの上ないですわ、まったく」
織衣は、ロンド・ミナ・サハクの招きに応じ、応接室で語らっていた。
カップから立ち上る香りが部屋を甘く包む。織衣の好みに合わせたものである。
「それに品性も下劣で。二言目には嫁にしてやるだの女の喜びを教えるだの。ああ腹が立つ」
ピンクのドレスに身を包んだ織衣が肩をすくめると、ミナはフッと口角をあげ、
「覚悟もなしに、放浪生活に身を置くわけでもあるまい」
「ええ、もちろん。とはいえ──」
「そなたが品性がないと感じたことを、否定してはいないとも」
コトリ、とカップが置かれる。
「一見、世界に平和が戻ったようには見える。が、そなたも知っての通り」
「……ええ、まあ。兵器開発は未だ進んでいて、まさしく薄氷の上を渡るが如く、ですわ」
織衣の言葉に、ミナは大仰に頷いて、
「必要とあらば、そなたらもここへ来るが良い。信念に従い生きるそなたらを、私は歓迎するとも」
「……ええ、ありがとうございます。ミナさん」
差し伸べられた手を取り、固く握手を交わした。
整備士が行き交う中を、ドレス姿のまま。
ミナとの会談を終え、織衣は生産プラントへと足を運んだ。
エレーナと千尋に、艦と機体の整備依頼を任せきりにしていたが、細かい整備は自身で行っていた身としては座りが悪い。
チラチラと視線を向ける整備士たちの間を縫って、特別に借りている人目のつかないスペースへ。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です、いつもありがとうございます」
足を踏み入れると、すぐに専属の整備士たちが織衣に深々と礼をする。
秘密保持のため人員は厳選されており、顔馴染みとなった彼らはすぐに作業へと戻っていく。
その中から一人、大柄な男がのしのしと近づいてきた。
「おう、嬢ちゃん。整備は順調だが、どうした?」
「ご無沙汰しておりますわ、アルバートさん。自分の艦と機体ですもの、少々気になってしまいまして」
そう言って、愛機に目を向ける。
今まさに、太陽のようにも見える形状のバックパックが、本体から取りはずされようとしているところだった。
「がはは、いつみてもどえれぇかわい子ちゃんだぜ、こいつぁよぉ。試作実験機の残骸を回収、改修したじゃじゃ馬──」
「ええ。プロヴィデンス・グレイチェイン。自慢の我が子ですわ」
先の大戦の終盤、核エンジン搭載機の開発過程で生み出された試作実験機。
その残骸を回収し、レストアした機体こそが織衣の愛機、プロヴィデンス・グレイチェインである。
「毎度確認してるが、運用に問題は出てねぇか?」
「ええ。大型ビームライフルと大型ビームソードをオミットしたおかげで、今のところエネルギーの供給には不自由しておりませんわ」
グレイチェインを囲む足場へと移り、コックピット前へと移動しながら、二人の会話は弾む。
「増設したソードドラグーンにはまだ少し違和感がありますけれど。使ううちに慣れると思います」
バックパックとスカートにそれぞれ四機ずつ追加された、近接戦闘用高速兵装。他の砲塔とは異なり、先端にビーム刃を展開し、対象へ突撃する運用である。
「ま、中遠距離用の砲塔とは訳がちげぇやな!」
アルバートは豪快に笑い、織衣の背をバシバシと叩いた。
遠慮のないアルバートへジト目を向けながら織衣が頷く。ソードドラグーンと通常のドラグーンを同時に展開した場合には、それぞれから全く異なる軌道と間合いを求められる。その管理は、織衣の空間認識能力をもってしても容易ではなかった。
「実体剣はどうだ?」
グレイチェインは、正式機に採用された核エンジンではなく、試作型の核エンジンを修復して使用している関係上、エネルギーの生成速度が遅い。そのため、エネルギーの無駄な消費を抑えるため、近接格闘用の兵装も実体剣となっていた。
「機体の出力のおかげで、前大戦後期の機体程度であれば出力負けはいたしませんわね。とは言え、振れば振るだけマニピュレーターや各関節部に負荷がかかりますし、使用はなるべく避けてますわ。あくまでドラグーンシステムが主兵装ですの」
「それで良い。エネルギーの消費ばかり気にして撃墜されちまっても、三途の川をそれで渡れるわけじゃあねえからな!がっはっは!」
「とはいえ、ドラグーンシステムも戻ってきた時に急速補充するエネルギー消費が極めて大きいですから、無理はできませんけど。飛ばさずに撃てれば便利なのですけどね」
吊り下げられるバックパックを眺めながら、織衣が肩をすくめる。
オーライオーライ、と整備士たちの声が響く。バックパックの天頂、一際大きな円錐状のパーツが、クレーンに吊り上げられる。
「そこは痛し痒しだな。正規品であればすぐさまエネルギー補給できるはずだが、なぁ」
アルバートは残念そうに首を振りつつ、ため息を吐く。
正規品など望むべくもない。手に入れる手段がないのだから。
故に、機体に備え付けられていた未完成品を、レストアして使用しているのである。