「いらっしゃい……って、さっきのお客さんか」
「責任者と話がしたい」
女性が慌てふためく。
「まさか、うちの上菓子に不備があったのかい?」
「いや、上菓子は美味かった。責任者と交渉がしたい」
女性は首を傾げた。
「騎士様と交渉するのかい」
「僕ではない」
リリアが一歩前に出る。
「リリア・ベルフォードと申します」
リリアは紙袋を抱えていたため、会釈だけした。
女性は素っ頓狂な声を出した。
「ベルフォードって、あの大商家のベルフォードかい!? ちょっと待ってて。父ちゃんを呼んでくるよ。父ちゃん!」
女性は慌てて奥へ向かった。
レオンはリリアに尋ねた。
「リリアは有名人だったのか?」
「有名なのはお父様です」
どたどたと足音が響き渡る。
「奥へ、どうぞ」
女性は息を切らしながら言った。
彼女の後に二人はついていった。案内されたのは会議室だった。
五十代半ばの男性が頭を下げる。
「グスタフ・ハルトマンと申します。先ほどはお見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」
グスタフは顔を上げ、女性に言った。
「エルザ、お客様にお出しする茶菓子を用意しなさい」
「はい!」
エルザは足早に立ち去った。
「イスにお掛けになってください」
二人はイスに腰を下ろし、レオンは目を細めた。
「廃業の話をしていたが、経営状況が良くないのか?」
グスタフは肩を落とした。
「はい……」
「原因はわかっているのか?」
グスタフは首を横に振った。
「お客は来るのですが、多い日で数人。皆目見当もつきません」
レオンはリリアに聞いた。
「リリア、正直に答えて構わない。この店に入る前、どう思った?」
「一人では入りづらいと思いました。今日はレオン様がいたので、勇気を出しました」
グスタフはため息をついた。
「道理で、値段を下げても客足が伸びないのですね」
「廃業する判断は正しい」
「レオン様、私たちの目的は交渉ではなかったのですか」
「ああ。だから、リリアが上菓子を販売する場所を提供する。ここで働く者には上菓子の製造に専念してもらいたい」
グスタフは顔を上げ、レオンの目を見つめる。やがて首を縦に振った。
エルザが会議室に入り、二人の前にお茶と上菓子を置いた。
「エルザ、来客用の菓子はなかったのか!」
「そんなこと急に言われても、ないものはないよ」
レオンは上菓子の包みを開け、口に運ぶ。
「エルザ、キミの判断は間違っていない。上菓子を製造しているのに、他人の菓子でもてなしてどうする」
「確かに、騎士様の仰る通りです」
レオンは机の上で手を組んだ。
「それでは、本題に入ろう。リリアが場所を提供する。売上の三割をもらいたい」
「騎士様、それではうちが潰れてしまいます」
「それでは、売上の一割で構わない。その代わり、上菓子を運んでもらう。そして、店主になったリリアのやり方に口を挟まない」
「リリア様のお店を拝見したいのですが、よろしいでしょうか?」
お茶を飲んでいたリリアは笑顔で頷いた。
「はい。ご案内します」
*
——南区画の物件。
グスタフとエルザは周囲を見渡し、頷いた。
レオンはリリアに尋ねた。
「リリア、店を開くまでに、どの程度時間がかかる?」
「内装のデザインを決めてからになりますので、ひと月はかかるかと思います」
レオンは二人に言った。
「聞こえていたと思うが、ひと月は商売を続けてもらいたい」
リリアは二人に言った。
「後ほど契約書を持って参ります」
グスタフは深々と頭を下げた。エルザも倣った。
「リリア様、よろしくお願いします」
リリアも頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします」
互いに顔を上げる。
「リリア様、騎士様。我々は失礼します」
グスタフは会釈し、エルザとともに店に戻った。
「レオン様、一つよろしいでしょうか?」
「ん?」
「なぜ、初めに無茶な条件を出されたのですか」
「相手は廃業寸前だった。そして、リリアの存在が大きかった」
「私がですか?」
「ベルフォード家は有名なのだろう。だから、相手はベルフォードの名を信用した。そして、僕は利用した」
レオンは淡々とした口調で続けた。
「僕の狙いは上菓子を運んでもらうことにあった。初めに取り分だけを伝えると、相手はそのことばかり考えてしまう。だが、上菓子自体、高級品ではない。売上の一割が妥当だと見越していた」
リリアは目を僅かに見開いた。
「騙しているようで少々気が引けます」
「だが、相手は納得していた。リリアが気にする必要はない」
レオンが目を細め、リリアに向けた。
「僕は約束を果たした」
「はい。わかっています。お父様にレオン様のことを紹介します」
二人はベルフォード家へ向かった。
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