「久しいのう……スァロよ」
その日、虚圏に一つの黒が降り立った。
「……お久しいだです、一兵衛」
「……大虚の時は言葉など発さなかったおんしが、仮面を剥いだ今ではたどたどしいとはいえ会話を行えるとは」
坊主頭に立派な黒ひげ、首には数珠をぶら下げた巨大な筆を背負った巨漢。
この男の名は、
だが、この霊圧は兵主部自身のものではないとスァロは見抜いていた。スァロの背中、はるか上空から感じる微弱な霊圧──監視の目を通じて、兵主部の姿を象っているに過ぎないと。
「一兵衛」
「む?」
「私の
「……」
兵主部は「まなこ和尚」とも呼ばれており、「まなこ」──「
現在のスァロは、仮面を剥いだ大虚。大虚とはまた違った、より人間のような出で立ち、死神としての力に近いものを手に入れた。
「……そうじゃな、これは明確に虚とも大虚とも格が違う。……
「破面……ますか」
「おんしは、この三界で初めて現れた破面じゃ。誇れよスァロ。おんしはまた一つ、あの砂浜に近づいた」
「……うん」
「!」
兵主部は目を見開いた。それまで仏頂面も驚くほどに平坦な顔、たどたどしく感情のひとかけらさえ感じない程の声色だったスァロが、笑った。
「……おんしは、まだ
「……ワルドリーンのことは、覚えているだです」
「そうか。……なら、今後もまだ、といったところかのう」
兵主部は穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと消える。霊圧は薄くなっていくが、上から感じる霊圧は残っている。かなり微弱といえど、この孤独をほんの少しだけ紛らわすことができるならば、本望だろう。
(……まだ、私が俺に足るには程遠いだである)
スァロ・スナータという破面の自我は、生前人間だった頃のものが核として在る。それは、人を、
スァロが覚えているのは、自らの名。それと、かつて将来を共に生きようと誓いを交わした
「ワルドリーン……」
あの人の名前だけは忘れぬようにと、虚を食らうたびに名を呟く。
「……破面」
新たな自分を、彼女は愛してくれるだろうか?
いや──
(僕が、ワルドリーンを喰らったのだならば。私にワルドリーンを愛する資格など、ないだです)
え?なんで虚圏に死神が居たのかだって?
……どっかしらに黒腔を開ける技術者がいて、その人に協力を仰いだってことにしておいてください。