空を覆う見たこともない巨大な飛行型トリオン兵が、爆弾を撒き散らしながら街を襲撃している。爆風によって建物が激しく崩れ落ち、その瓦礫が人々の避難経路を完全に断ち切っていた。
「助けて! 誰か助けて!!」
倒壊した建物の奥から聞こえる悲鳴。俺は素早く駆け寄り、中にいる人々を刺激しないよう、できるだけ穏やかで聞き取りやすい声をかけた。
「皆さん瓦礫周辺に近づかないでください。すぐに助けます」
鞘から弧月を抜き、瓦礫に向けて切り出す。トリガーは通常兵器よりも遥かに威力が高い。瓦礫を切ることは容易い。そして、刃は正確に入口を塞ぐ巨大な岩を切り刻み、安全な隙間を作り出した。
「ありがとう!」
「慌てず落ち着いてシェルターへ」
非難誘導を行いながら周囲の状況を確認していると、視界の端に白い隊服を着用した人物が飛び込んでたきた。
あれはまだ正隊員ではない、眼鏡をかけたC級隊員だ。本来、ボーダー基地外での一般隊員によるトリガー使用は厳重に禁止されている。
「君、C級隊員だよね?」
「すみません、緊急時でしたので」
少年は自分が規律に違反していることを重々承知している様子で、肩を震わせた。だが、市民を守るためにトリガーを起動したその真っ直ぐな意思に、俺は深く賛同する。
「大丈夫、まずは市民を守ること優先でもし、トリオン隊が解除されたら、直ぐに君も避難してね」
「はい!」
「あのトリオン兵は誰が対応しているの?」
「木虎です」
木虎藍。A級隊員として申し分ない実力者だ。だが、あのトリオン兵は今までに見たことがない型だ。彼女のトリオンは決して多くない。撃力が足りるかどうか?俺も援護に回った方がいいかもしれない。
「わかった。引き続き避難誘導お願い」
と言葉をこぼした瞬間だった。空中のトリオン兵の背中に筒状の突起が出現する。眼でみるとトリオンが放出している。
(自爆か!?)
考える隙を与えずにトリオン兵のスピードが上がる。間に合わないと思った瞬間だった。トリオン兵の身体に鎖のようなものが繋がれた。そして、トリオン兵は綱引きのように鎖に引っ張れれ、川へ落ちた後に自爆した。
爆風が吹き荒れ、ひとまず安心した。だが、先程のトリオン反応は一体何なんだ。根源を探るように俺はいても立ってもいられずに走ると、白髪頭の子がいた。
「三門中の子?」
背は小さいが紺色のブレザーは三門中学校の生徒だろう。
「むむ? ボーダー隊員ですかな?」
白髪の少年は大きな目で俺を見上げてくる。
「うん。さっきこの辺りで他の隊員見なかった?」
「さあ、俺はここにいたからさっぱり」
この近くでトリオン反応があったから、いるはずだと思ったがもう根源は消えてしまった。無いものを探しても仕方ない。
それにまだ周辺の戦闘や自爆の危険はひとまず消え去ったものの、新たな敵が湧き出るか分かったものではない。
「そっか。ここは危ないから、君も早く避難した方がいいよ」
「それが、友達が待ってまして」
「なら、一緒にいこうか」
見過ごすわけにはいかないと、俺は白髪の少年の歩幅に合わせるように一歩踏み出し、友達のいる場所へと並んで歩き出した。
〇〇〇〇
「あ、木虎さん」
「うちは先輩!? どうしてここに…!」
「偶然居合わせたからね。トリオン兵の対処お疲れ様」
「いえ、私はあの近界民をとめられなかったので、誰かが手を貸してくれたんだと思います」
木虎さんは悔しそうに引き締まった唇をぐっと噛み締め、俯き加減に拳を握りしめた。悔しさを滲ませるその真面目すぎる後輩の姿に、俺は優しい笑みを浮かべる。
「でも、想定外の状況で市民を守り抜き、被害を最小限に抑えられたのは、間違いなく木虎さんの素早い判断があったからだよ」
真っ直ぐな称賛の言葉を向けられ、木虎は息を呑んだように顔を上げる。いつも隙のない彼女がわずかに気まずそうに頬を朱に染めた。
「ありがとうございます、うちは先輩」
素直に受け止めてくれたその嬉しそうな表情にホッとしながら、俺はすぐ傍らに控えていた白髪の少年に視線を移す。
「友達いた?」
「いたぞ。あそこだ」
「あの眼鏡の子だね」
周囲を見渡すと、ボロボロの状態で立ち尽くす例のC級隊員の少年。眼鏡をかけた青年の姿があった。現場のことも色々と聞きたいところだったが、その前に周囲の一般市民たちが怒号を上げ始める。
「馬鹿言うな! なにが『助かった』だ!」
「うちの店は壊されちまったんだぞ!」
「おれの家もだ」
命は助かった。だが、被害は甚大だ。建物は壊されており、普段ならボーダーが完璧に対処しているはずのことができていない。行き場のない怒りと混乱が、今にも目の前の眼鏡の少年へ向けられてしまいそうだった。
「近界民による新手の攻撃です。詳しくは近々ボーダーから発表があると思います」
木虎さんが気丈に市民へ説明をする。そして、俺は戸惑いながら立ち尽くす眼鏡の子に優しく声をかけた。
「救助活動ありがとう、後は俺達に任せて」
眼鏡の子の肩にそっと手を置き、労うように微笑みかけった。そして、市民の説明を終えた後、ボーダー本部へ向かう。C級隊員の子は先に事情聴取のため会議室へ呼ばれているので、ここで一旦お別れだ。
「木虎さん改めてお疲れ様」
「うちは先輩もお疲れ様です」
「いつもありがとうね、木虎さん」
市民への対応をテキパキとこなした木虎さんの姿に、俺は心から感謝した。
「木虎さんがいると市民の皆も安心するし」
「当然のことをしているだけです。それよりも、うちは先輩噂で戦闘禁止令出ていませんでしたか?」
木虎さんがふと怪訝そうな顔をして首をかしげる。その鋭い指摘に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「そのことは内密にお願い。多分もう……」
言葉を続けようとした瞬間スマホから着信音が響く、画面を見ると着信音主は扉間さんだった。
「扉間さんに怒られる」
綱手から言い渡された「戦闘禁止令」を破った後悔と気まずさが、一気に押し寄せてくる。
電話に出ると、案の定低い声で「今すぐ会議室の出入り口まで来い」と告げられた。俺はトボトボと足を引きずりながら、これから浴びるであろうお説教を覚悟して、指定された会議室の扉の前へ行った。
〇〇〇〇
場所へ辿り着くと待っていたのは、腕を組んで険しい顔で立っている扉間さんだった。静かな怒気を湛えて俺を捉える。自業自得とはいえ、その鋭い視線に思わず縮み上がった。
「会議終わったんだね」
「あぁ、今な。……それで、オレに伝えることがあるのではないか?」
俺は完全に逃げ場を失った小動物のように肩をすくめる。分かっている、自分がどれだけ危ういルール違反をしたのかを。
「禁止令無視をして、勝手に現場へ行ってごめんなさい」
絞り出すような俺の謝罪に、扉間さんは盛大に息を吐き出した。
「今回は有事だったから不問にするが、せめて動くなら一報を入れろ。お前の今の身体の状態を考えれば、単独行動など言語道断だ」
「返す言葉もありません」
深いため息をつく扉間さんに素直に頭を下げると、俺はふと気になっていたことを尋ねた。自分の眼の不調や禁止令のことなんてどこかへ吹き飛んでしまうほど、あの現場で必死だった少年たちのことが気がかりだったのだ。
「扉間さん、さっきのC級隊員の子、大丈夫だった?」
「三雲か? 迅が引き受けたから、問題ないだろう」
「そっか、よかった」
あの子三雲君って言うんだ。また今度お礼言わないと。ルールに厳しい組織だから、どうなるか心配した。
さて、問題はまだ山積みだ。俺はになっていた街の異常事態について話題を切り替える。
「門の原因、掴めそう?」
「あぁ。今はトリオン障壁を展開し、門を強制封鎖しているところだ。だが、46時間のタイムリミットがある」
「46時間」
予想以上に時間がない。警戒区域外での門の発生に、障壁による一時的な封鎖。状況は刻一刻と悪化している。自分がルールを破ってまで飛び出した責任も感じつつ、焦燥感に駆られて口を開いた。
「明日休みだし、調査手伝おうか?」
禁止令のことも忘れ、反射的にそう申し出ると、扉間さんは即座にピシャリと首を横に振った。
「いや、迅のサイドエフェクトで原因は割り出せるそうだ」
「そっか、迅さんなら頼りになるね」
迅悠一、玉狛支部所属のS級隊員。ボーダーの誰もがその名を知る実力者であり、彼の持つ「未来視」のサイドエフェクトは、予測不能な脅威に立ち向かうボーダーにとってまさに切り札だ。扉間さんがこれほど冷静に構えているのも、彼を信頼しているからこそだろう。
「明日も忙しくなるからな。お前は家で休んでおけ」
「それは扉間さんもでしょ? 障壁の展開とか、開発室で急ピッチで作業してくれたんでしょ?」
「俺のことはいい。行くぞ」
心配されるのを嫌うように、呆れたように視線を逸らす扉間さんの顔が見えた。