イレギュラー門の問題から早数日が経った。ボーダー全隊員が、門の原因である小型トリオン兵「ラッド」の掃討に当たったらしい。
そう。もちろん、俺は謹慎中だ。C級隊員も出動するほど緊急なものだったのに、何も出来ない俺は、本当になにやってんだか。
ただ川の流れる音を聞きながら、ひたすら河原の小石を手に取る。そして、手裏剣の要領で勢いよく投げる。石は水面を跳ね、向こう岸までたどり着いた。
「もう、失敗することはないな」
昔は、マダラ兄さんに上手く投げられるようにせがんだもんだ。昔に戻れるわけじゃないのに、心がモヤモヤすると決まって河川敷へ足が向いてしまう。
もう一つ石を手に持った瞬間だった。すぐ近くで、ド空気を揺らすような大きな音が響いた。
「あそこって弓手町駅? なんであんなところで」
なぜ戦闘が起きているのか。ただ事ではない気配を察知し、俺は音の元へと駆け出した。徐々に戦闘の激しい音が耳に飛び込んでくる。
息を弾ませて駅へ辿り着くと、そこには想像以上の緊迫した光景が広がっていた。
「なんで、あの子が三輪くんと戦ってる?」
三輪くんと米屋くんが、先日出会ったあの白髪の少年を囲み、銃口を向けている。二人が纏っているのはいつもの制服ではなく、戦闘体だった。
その瞬間、視界にが薄っすらと映像が映り込む。 三輪くんが銃を発砲し、少年の展開した盾を貫通する弾丸。あれはシールドをすり抜ける「鉛弾」だ。直接的な殺傷力はないが、重しに変えて機動力を無くすものだ。
「トリガー起動」
即座に俺はトリガーを起動し、スパイダーをスコーピオンに括り付ける。
スコーピオンはワイヤーが絡みやすいように形状を変えた。
スコーピオンを少年に向かって投げる。ワイヤーは少年の身体に巻きつけられる。三輪くんの弾道から外れるように力一杯後ろへ少年を引っ張る。
三輪くんが放った重い弾丸が空気を揺らした。外れた
「三輪くんこの状況説明してくれる?」
俺が割って入り、二人の間に立ちはだかるように説明を追求する。
「邪魔だ、うちは。コイツは
「この子が?」
俺が少年へ視線を向けると、そこから放たれるトリオンの反応は、先日の爆撃型トリオン兵の時に見たものと同じだった。
「だから排除する」
「強引に出たね。さっき彼を見たけど、彼のトリガー反応は、この間爆撃トリオン兵を川へ落として、街を救ったんだよ」
ボーダーに恩を売りたいとしても、侵略者がそんな回りくどい真似をするはずがない。本当に危害を加えるつもりなら、四年前のように大規模な侵攻を仕掛けてくるはずだ。
「そうでしょ?この間は見過ごしちゃったけど」
「そうだよ。目立たないように手早く済ませたつもりだけど」
核心を突くと、少年は自分の行動を言い当てられたことに少しだけ関心したような声を上げた。
「俺は見た相手のことは大体分かるから」
「なるほど、そういうサイドエフェクトね」
「それで、君がこの街へ来た理由は、侵略とかじゃないでしょ?」
「俺は初めからそうだよ」
「わかった」
俺はすぐさま三輪くんに向き直る。侵略する意思はない。戦闘の痕跡を見ると三輪くんたちはダメージを追ってない。圧倒的に不利な状況でも彼は、平和的解決をするようにしている。
「三輪くん、彼はそう言っているけど、ちゃんと話し合う気はないの?」
「話し合う? 近界民は全て敵だ」
冷徹に言い放つ三輪くんの瞳には、近界民に大切なものを奪われた深い憎しみと、譲れない固い決意が宿っていた。だが、一歩も引かずに返す。
「だからって、そんな一方的なやり方じゃ、ただの侵略者と変わらない。彼は4年前の大規模侵攻を襲った連中とは違う」
「……っ」
「俺は特定の派閥になんて属しちゃいないから言うけどさ。ただ一方的に排除をしても、何も生まれない。その先にあるのは、終わらない憎の連鎖だけだ」
前世の戦国の世で、マダラ兄さんと柱間が率いていた一族は、果てしない争いと血の報復の果てに互いをすり減らし続けた。現に俺は六歳で死んだ。争いさえなければ、いろんな忍術をマスターしたかった。ただ、家族と一緒に穏やかに暮らせればそれでよかった。
でも、周囲の力と争いでしか問題を解決しようとしなかった。一族同士の果てしない殺し合いの果てに、最後の決戦へと追い込まれた。
敗者は死ぬ。戦いにおいてはそれが絶対の理だった。だが、柱間さんはマダラ兄さんを生かす道がないかと模索した。ただ敵を殺せばその場しのぎの平穏は訪れる。
にもかかわらず、彼は両方の一族がどうすれば共に生きられるか、その結果として両一族は結託し、木ノ葉隠れの里ができた。
その話を扉間さんから聞いたとき、俺は嬉しかった。自分の死が、ただの無駄死にではなかったのだと知れたからだ。だからこそ、信じたい。話し合えば、理解し合える道はあるはずだと。
俺はどの派閥にも属さない。玉狛のような「みんな仲良く」という理想に共感はするけれど、平和的解決ばかりを追い求めて身内を危険に晒す気もない。
侵略者が容赦なく牙を向いてくるなら、街を守るためなら自分が命を落とすことも、時には冷徹な決断を下すことも厭わない。綺麗事だけでは誰も守れないことを、痛いほど知っているからだ。
だからこそ、この手で無意味な殺し合いを止められるなら、今ここで動くしかなかった。
「お前に何が分かる」
三輪くんが歯噛みする。中立を保つ立場であるはずの俺ががここまで強く踏み込むのは、俺もボーダーに所属している以上譲れない物がある。
「やるんだね。でも、俺は三輪君を傷つけないから」
「B級のお前が、俺たちを相手に勝てるのか?」
「勝ち負けじゃないよ。ただ、無意味な争いを止めるだけだ」
そもそも正規の任務外での隊員同士の戦闘は隊務規定違反だ。ここで彼らを足止めできればそれでいい。そう判断し、俺は膝をついている少年にそっと声をかけた。
「動けそう?」
「なんとか。レプリカに解析してもらったら、勝ち筋ならあるよ」
すると、少年の腕から奇妙な触手のようなものが伸び、周囲のトリオン情報をスキャンし始める。通常のボーダー制式トリガーとは異なる特殊な機能だった。
「わかった。じゃあ俺は君を守るから、解析が終わったら合図して」
さて、手加減はなしだ。とはいえ緊急脱出にはさせない。俺は眼に力を込める。視界を二人に合わせた。
「おっ、サイドエフェクトまで使うのか。本気だな」
「アイツと長期戦は不利だ。一気にかたをつける」
米屋くんが踏み込んでくる。その瞬間、俺の異変に米屋がハッと息を呑んだ。
「うちは、お前の眼の模様回転してないか!?」
「……っ」
米屋くんの指摘に、自分の眼の異変を自覚する。トリオン体であるため肉体的な痛みや疲労はないはずだが、視覚的な情報処理の負荷で景色が歪み、熱を帯びるような感覚があった。
(先日よりも先の動きがはっきりと見える)
三輪くんの遠距離攻撃。隙がない。そして、米屋くんの槍の攻撃が迫る。攻撃を防ぎながら遊真を守るのは、本来の技量なら難しいはずだった。
しかし、視界の端に米屋くんが入った瞬間、彼の数秒後の動きが何重にも重なって、鮮やかな映像として脳裏にくっきりと浮かび上がった。
(避えられる)
未来の予兆が、映像となって頭に直接流れ込んでくる。歪んで見えなかったそれが、今ははっきりと先読みとして機能している。
もしかして、サイドエフェクトに新しい力を発揮しているのかもしれない。これなら、誰も深く傷つけずにいなせる。
「俺たちの動きを完全に見切ってるな」
米屋くんが驚愕の声を上げる。その隣で、三輪くんの顔が険しく歪んだ。
「迅と似たような未来を視る力か
三輪くんは顔を歪め、いっそう機嫌を悪くするように舌打ちをする。迅さんは派閥が違う。三輪くんとは真逆の立場なので、似たような力に苛立ちがあるのだろう。
「うん、幸運なことにね。こっちは一人、そっちは二…奈良坂くんと古寺くんもいるから、四人。ハンデはあっても良いよね」
流れ込む膨大な情報処理の負荷で視界がわずかに揺らぐのを堪えながら、あえて笑ってみせた。
遠距離からの三輪くんの銃撃はやっぱり邪魔だ。アサギは飛来する弾を、未来視の導くままに最小限の動きで軽やかに躱しつつ、スコーピオンを出す。
そして、スパイダーのワイヤーをそのスコーピオンに素早く結びつけ、米屋くんの振るう槍へ向かって投げ放つ。
「おっと!?」
予想外の軌道から飛んできたワイヤー付きの刃に、米屋くんの攻撃が見事に逸らされる。アサギはその隙を逃さず、未来視のビジョンに導かれるように一気に距離を詰め、米屋くんの背後へと回り込んでスパイダーを素早く巻き付けた。
「動きを止めたよ、米屋くん」
さらに、手元に残したスコーピオンの切っ先を、致命傷にならない絶妙な角度で彼の首元へとピタリと添える。
「うちは、マジかよ……」
突然の激変についていけず、米屋くんが目を見開いて声を上げる。
「卑劣な手段はやりたくないんだけどね」
「うちは!!」
仲間を人質に取られた形となり、三輪が一気に怒気を孕んで距離を詰めた、まさにその時だった。
「解析完了。印は、
突然機械的は声が響く、解析が完了したなら俺の仕事はここまでだ。
「OK。うちは先輩、離れて!」
少年の指示に従い、身を引く。
「
少年の手元から、無数の物体が三輪くんと米屋くんへ降り注がれる。そして、物体は二人へ命中した瞬間、
「おおー、いいなこれ。かなり便利だ」
解析した後、瞬時に他者のトリガーをコピーした。規格外の力に「すごい」と声を漏らした。
うちはアサギのトリガー構成
【メイン】
弧月
旋空
スコーピオン
シールド
【サブ】
スコーピオン
シールド
バッグワーム
スパイダー
【補足設定・戦闘スタイルの背景】
アサギがメインとサブの両方に「スコーピオン」を装備し、さらにメインに「弧月」を置いている理由は、前世の忍だった頃に染みついた「クナイなどの飛び道具や手数を多くして翻弄する戦闘スタイル」のクセがどうしても抜けず、瞬時に刃物を具現化できるスコーピオンを両方に配置している。
本来、近接戦闘において彼にとってシールドの優先順位は低く、本人は「そんなものがなくても避ければいい」とさえ思っていた。だが、それを見抜いた扉間から「そのクセを抜かなければ、いつか死ぬ」と厳しく叱責されて以来、しぶしぶ「シールド」を取り入れた防御を組み込む戦闘方法を徹底的に特訓させられた過去がある。