神骸を焚べよ ~祝福なき傭兵たちは、今日も地獄の最前線を往く~ 作:匿名希望()
双子の大筒がふたたび火を噴いたのと、塊の表面に並んだ顔がいっせいに目を開けたのとは、ほとんど同時だった。
光の塊が左の脇腹で弾けて、肉が大きく抉れる。だがグレンの目は、抉れた傷よりも、塊の表面を埋め尽くしていく顔のほうに吸い寄せられていた。裂け目のような口の縁に並んでいたものだけではない。腕や脚の付け根や肉の襞のあいだ、さっきまでただの皮膚だと思っていたところからも、次々と瞼が持ち上がっていく。人間の顔もエルフの顔もあり、獣の顔もあった。何十という目が、灯りの中に立つ八人を、ひとりずつ確かめるように見ていた。
それから、顔たちがいっせいに口を開いた。
声はひとつではなかった。男の声も女の声も、しわがれた声も幼い声も、何十という喉から同じ言葉が、てんでにずれながら重なって吐き出された。
「なぜ、わかれる」
空洞の壁がびりびりと震えた。ピートが耳を押さえてうずくまり、双子の片方が装填しかけていた神骸片を取り落とす。
「ひとつになれば、もう、争う必要もない」
その中に、横穴の壁で聞いたのと同じ、かすれた男の声が混じっていた。
グレンは右の前腕を押さえた。刻印の線が、皮膚の下で疼いている。焚べてもいないのに熱を持ちはじめていて、耳の奥の声が、塊の声に引きずられるように大きくなっていった。
「黙らせな!」マルタが怒鳴った。「双子、撃ち続けるんだよ!」
双子が我に返って、二発目を撃ち込んだ。同じところへ三発目、四発目と重ねていくと、焼けた肉が黒く縮れて、抉れた跡は人がひとり立てるほどの窪みになった。
グレンは二粒の神骸片を、右の前腕と右の腿の刻印にそれぞれ押し当てた。前腕と腿の皮膚の下で、血が同時にぶつぶつと煮えはじめる。それが煮えきる前に床を蹴って、窪みまで一息に跳んだ。着地した足が肉に沈んで、すぐに足首へ絡みついてきた。灼けた刃でそれを払い、窪みの奥の壁へ刃を叩き込む。腕の刻印の力に任せて斜めに引き下ろすと、肉の裂ける重い手応えとともに、生温かい汁が噴き出した。裂け目に筒先を押し込んで引き金を引くと、光の杭が内側で弾けて、裂け目が拳ふたつぶん広がった。
縁から這い出してくる新しい肉を、アイレンの細い白炎がなめて止める。
「いけるぞ」ドミが大筒の陰で拳を握った。
塊が身じろぎしたのは、その直後だった。窪みのまわりの肉が、ぐしゃりと音を立てて剥がれ落ちた。焼け焦げて縮れていた縁ごと、皮を脱ぎ捨てるように一枚まるごと床へ落ちて、その下から焦げ跡ひとつない新しい肉が現れた。
「嘘だろ」
焼けば止まるはずだった。坑道の入口で確かめたばかりのそれを、塊はたった数度の攻撃で覚えて、焼けたところごと捨ててきた。
次の瞬間、小屋ほどもある肉の山が、信じられない速さで床の上を滑った。狙いはグレンでもアイレンでもなかった。空洞の入口近くで大筒を据えていた双子のほうへ、肉の波が押し寄せていく。
「双子!」
リーフェの杭が波の先端を撃ち抜いたが、止まらなかった。ダミがドミの襟首を掴んで横へ飛び、一拍遅れて、二人がいた場所を肉の波が呑み込んだ。大筒がその中に消えて、鉄の筒が押し潰される軋んだ音が聞こえた。
「あいつ、わかってやがる」床に転がったまま、ドミが息を切らして言った。「一番痛いのがどれか、わかってて、真っ先に潰しに来やがった」
肉の波は大筒を呑んだまま引いていき、塊の表面の顔たちが、またいっせいに目を細めた。グレンには、それが笑っている顔にしか見えなかった。
坑道で群れていた異形とは違う、とグレンは思った。あれはただ生き物を混ぜ合わせただけのものだった。目の前のこれは、どこを狙えば相手が崩れるのかを見て、選んで、動いている。考えているのだ。
足元の床が波打った。床だと思っていたものも壁だと思っていたものも、この空洞そのものが、とうに塊の一部になっていた。床の肉が盛り上がって、そこから犬ほどの大きさの継ぎが何体も這い出してきて、壁からも腕が生えはじめた。
「囲まれるよ!」マルタが叫んだ。「固まりな、背中合わせだ!」
泥鼠は空洞の入口近くに寄り集まった。リーフェは焚べ筒を構えたまま膝立ちで撃ち続け、アイレンの剣が這い寄ってくる継ぎを斬り払う。焼き切れなかった切り口からまたつながろうとする肉を、グレンが刃筒の灼けた刃で焼き直していく。大筒を失った双子は、腰の小さな焚べ筒で応戦していた。
ユーリの悲鳴が上がった。足元の床から伸びた肉の帯が、ユーリの足首に巻きついていた。引き倒されたユーリが、肉の中へずるずると引きずられていく。グレンが振り下ろした刃で肉の帯が焼き切れて、ユーリは転がり出たが、足首には赤く腫れた跡が残っていた。痣になるのかどうかは、今はわからなかった。
そのとき、ピートが立ち上がった。誰も立てとは言っていないのに、少年はふらふらと塊のほうへ一歩踏み出していた。
「ピート!」
ユーリが叫んで、少年の腕を掴んだ。ピートは振りほどこうとはしなかった。ただ、痣のある右足だけが勝手に前へ出ようとしていて、包帯の上からでもわかるほど、脛が脈打っていた。
「足が」ピートの声が震えていた。
「足が勝手に、あっちの心臓に合わせて、引っぱられて」
塊の表面の顔たちが、ピートのほうを向いていた。いくつもの口が、また同じ言葉を吐き出した。
「おいで」
ユーリとマルタが二人がかりで、ピートの体を床に押さえつけた。
グレンは塊を見上げた。考える時間はほとんどなかった。焼いたところは剥がして捨てられ、掘れば塞がれ、大筒はもう呑まれている。継ぎは床から湧き続けていて、ピートは呼ばれている。このまま押し合えば、先に神骸片が尽きるのは泥鼠のほうだった。
「ピート、心臓はどこだ」
ピートは床に押さえつけられたまま、顔だけを上げた。
「奥です。真ん中の、いちばん深いところ。でも」ピートの顔が歪んだ。
「さっきから動いてるんです。グレンさんが掘ったら、心臓が奥に逃げた。今は、右の奥のほうに」
グレンは息を呑んだ。十九年戦ってきて、逃げる核など見たことも聞いたこともなかった。
マルタがピートを押さえたまま、腰の袋の中身を確かめた。ひびを入れた神骸片を布で縛った包みが、ひとつだけ残っていた。
「あたしの置き土産は、これが最後だよ。帰り道の分は別だけどね」
リーフェが焚べ筒の火室を覗いて、短く言った。
「私の分は、あと四粒だ」
アイレンは何も言わなかった。剣の炎は、もう糸ほどの細さしか残っていなかった。
グレンは自分の袋に手を突っ込んだ。指に触れた神骸片は、六粒だった。刻印三つに焚べて、刃に焚べる分を残す。足りるかどうかは、やってみなければわからなかった。
空洞の入口のほうで、ぬるりと湿った音がした。振り返ると、来た道の坂の口が、肉の壁でゆっくりと塞がれていくところだった。
「……帰り道まで食われたね」マルタのくわえた煙草の先が、細かく揺れていた。
塊の顔たちが、もう一度いっせいに口を開いた。
「ひとつに」
グレンは三粒の神骸片を左手に握り込んだ。右の前腕と右の腿、それに背中。三つの刻印に、一度に焚べるつもりだった。
「グレン」マルタの声が低くなった。
「三つ全部いっぺんにやる気かい。そんなことしたら、あんた」
「わかってる」
グレンはそう答えて、前腕の刻印に最初の一粒を押し当てた。