神骸を焚べよ ~祝福なき傭兵たちは、今日も地獄の最前線を往く~   作:匿名希望()

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第16話 会合

会合は、分院の三階にある奥の広間で開かれた。

書記局の書記が会合に呼ばれるのは、記録を取るためだけだった。席はない。広間の隅に置かれた小さな書見台の前に立って、交わされた言葉を交わされたとおりに書き留める。発言は許されていない。テオがこの役目を任されるようになって二年になるが、そのあいだに一度も口を開いたことはなかった。

 

広間の窓は西に向いていて、沈みかけた陽が、長い卓の上に赤い光を落としていた。卓には椅子が五つ置かれている。テオは書見台の上で帳面を開き、墨壺の蓋を取ってペン先を確かめた。指が少し冷えていた。昼間、裏口の廊下で泥鼠の三人がヴァレリオとすれ違ったときのことが、まだ頭の隅に残っていた。

 

最初に入ってきたのは、騎士団から報告のために呼ばれた騎士隊長だった。ローヴェン・ヴァル・カスティエル。前線の騎士の中では古株で、白いものの混じった髪を短く刈り込んでいる。椅子に腰を下ろす前に、ローヴェンは一度だけ書見台のテオに目をやって、すぐに逸らした。人間が会合の場にいることを、快く思っていない顔だった。

 

続いて、大神官セイルが入ってきた。穏やかな顔立ちのエルフで、大神官というよりは書庫の奥で古い本を読んでいる学者のように見える。セイルは席に着くと、窓の外の夕陽に目を細めて、誰にともなく、美しい夕暮れですね、と言った。

 

その後ろから、聖女イルザが静かに入ってきた。白い法衣を着た若いエルフの女で、ほとんど足音を立てない。目を伏せたまま席に着き、膝の上で両手を重ねた。首元に細い銀の鎖が見えていたが、その先は法衣の内側に隠れていた。

 

香の匂いが先に広間へ流れ込んできて、オーレン卿が現れた。指という指に宝石の指輪をはめた貴族神官で、椅子に腰を下ろすなり、卓の上の水差しを自分の杯に傾けた。

最後に、ヴァレリオが入ってきた。誰も立ち上がらなかったが、広間の空気がひとつ張り詰めたのが、隅にいるテオにもわかった。ヴァレリオは上座に腰を下ろし、卓の上で指を組んだ。

 

「始めよ」

 

ローヴェンが、騎士団の報告書を読み上げた。

「東の前線、西の坑道の奥にて、大型の穢れ一体を確認。騎士アイレン・ヴァル・シルヴェリスの指揮のもと、年季兵の小隊を率いてこれを討伐。騎士団の損害なし。年季兵の損害は、大筒一門の喪失のみ」

ローヴェンは報告書を卓に置いた。その口元がわずかに歪んでいたのを、テオは見ていた。騎士が年季兵を率いて討伐したという書き方を、この古株の騎士隊長は信じていないらしかった。

 

「大型の穢れ、とだけありますね」セイルの声は穏やかなままだった。そのまま、ゆっくりと広間の隅へ顔が向けられた。

「書記局には、別の記録が上がっているのではありませんか」

テオのペンが止まった。

答えることは許されていない。テオは書見台の帳面に目を落としたまま、息を詰めていた。広間の誰もがテオを見ていて、テオは誰の顔も見られなかった。

 

「書記局の記録は、書記局のものだ」ヴァレリオが言った。「この場で読み上げるものではない」

「では、私の推測としてお聞きください」セイルは少しも動じずに続けた。

「坑道の奥にいたのは、ただの大型の穢れではなかった。三百年ぶりに姿を見せた主の一体だった。そしてそれを討ったのは騎士ではなく、年季兵の小隊だった」

 

広間が静まり返った。オーレン卿が、杯を口に運びかけたまま止まっている。

「年季兵が主を?」オーレン卿は笑い声を上げた。「セイル殿は冗談がお上手だ」

「主であれば、年季兵の小隊ごときに討たれはせぬ」ヴァレリオは組んだ指をほどかなかった。

「弱った穢れだったのだろう」

「そうであれば、よいのですが」

セイルはそう言って微笑み、それ以上は何も言わなかった。

 

テオは止まっていたペンを動かして、二人の言葉を交わされたとおりに書き留めた。書きながら、背中に冷たいものが走るのを感じていた。坑道の奥にいたものが主だと、書記局の記録を読まずに言い当てられる者はいないはずだった。セイルは、書記局か騎士団か、そのどちらかに目を置いている。

 

「主が、還ろうとしておられるのです」

細い声が、卓の端から聞こえた。イルザだった。目を伏せたまま、膝の上の手を重ねている。

「私には聞こえます。この半年、ずっと。主がお戻りになろうとして、深い底から私たちを呼んでおられる声が」

 

ローヴェンが椅子の上でわずかに身じろぎした。オーレン卿は聞こえなかったふりをして、杯の水を飲んだ。

「聖女殿のお言葉は、いつも心に沁みます」セイルが目を細めた。

ヴァレリオは何も言わなかった。ただ、しばらくのあいだイルザの顔を見ていた。イルザは顔を上げず、その視線に気づいているのかどうかも、テオにはわからなかった。

「次だ」

 

ローヴェンが、もう一通の報告書を開いた。今日の夕方、テオが通用口の手前で受け取ったものの写しだった。

 

「獣人の草原にて、灰牙族の村がまた一つ滅びました。これで四つ目になります。生存者は、ほかの部族の行商人が一人のみ。灰牙族の兵団長ガルドより、騎士団への援軍の要請が届いています」

 

「騎士団の兵を割くには及びませんな」とオーレン卿がすぐに言った。

「草原の前線には、年季兵を回せばよろしい。年季兵なら、いくら失っても補充がききます」

「年季兵だけでは、群れは止まりません」ローヴェンが卓の上で拳を握った。

「止める必要はないのですよ、隊長殿。引きつけて、騎士団の詠唱が届くところまで連れてくればいい」オーレン卿は卓の上に指を一本立てて、何かを地図の上でなぞるように動かした。

「灰牙族の村は、川沿いに西へ点々と続いています。順番に狙われているのなら、次はヴェルディア伯の領のあたりでしょう。あそこで迎え撃てばよろしい」

 

テオは、オーレン卿の言葉を一字一句書き留めた。書き留めながら、どうしてこの貴族神官が、灰牙族の村の並び方をそこまで正確に知っているのだろうと思った。

 

セイルは、オーレン卿ではなくヴァレリオを見ていた。

ヴァレリオは組んでいた指をほどいた。

「草原には、年季兵の大隊を回す。東の前線から一つ」

そこで一度、言葉が切れた。

「泥鼠も含めよ」

テオのペンが、また止まりかけた。テオは手を止めずに、その一言を書き留めた。昼間、廊下で三人の前を通り過ぎたときの、何も映していなかったヴァレリオの目を思い出していた。

 

「泥鼠?」オーレン卿が眉を上げた。「坑道の件の、あの小隊ですか」

「穢れに慣れた者を使うのは、理に適っている」

ヴァレリオはそれだけ言って、立ち上がった。会合は、それで終わりだった。

セイルは席を立つ前に、もう一度ヴァレリオの背中を見ていた。口元には、さっきと同じ穏やかな笑みが浮かんだままだった。

 

ヴァレリオが出ていき、ローヴェンとオーレン卿とセイルが続いた。テオは書見台の帳面を閉じて、墨壺に蓋をした。広間にはもう、イルザしか残っていなかった。

イルザは椅子から立ち上がると、音を立てずに書見台のほうへ歩いてきた。テオは慌てて頭を下げた。

 

「顔を上げて」イルザの声は、会合のときと同じように細かった。

「あなたは、聞いたこと、見たことを見たとおりに書くのですね」

「それが、務めですので」

「主の声も、いつか書き留めてくださいね。聞こえるようになったら」

「私には、聞こえませんので」

イルザはそこで初めて、目を上げてテオを見た。淡い色の目が、何かを確かめるようにテオの顔の上を動いた。

 

「人間には、聞こえる方が多いのですよ」淡い色の目が、テオの顔から離れなかった。「焚べ続けた方は、特に」

テオは返事ができなかった。イルザは微笑んで、広間の出口へ向かった。振り向いたときに首元の鎖が揺れて、法衣の内側に隠れていたものが一瞬だけ外へこぼれた。

 

小さな銀の飾りだった。教会の紋の外側に、細い輪がひとつ重ねてあった。

イルザは飾りを指先で法衣の内側へ戻し、そのまま広間を出ていった。テオは閉じた帳面の上に手を置いたまま、しばらく動けなかった。二日前に書記局へ回ってきた、第七小隊の生き残りの死亡記録。容体急変、埋葬済み、と書かれたその記録に押されていた封蝋の紋と、同じ形だった。

 

オーレン卿がアルセイアに滞在するときに使う屋敷は、分院から通りを二本隔てたところにあった。

書斎の卓の上には、草原の地図が広げられていた。川が一本、地図を東西に横切っていて、その流れに沿って小さな印がいくつも並んでいる。灰牙族の村だった。そのうちの四つには、すでに墨で斜線が引かれていた。

 

「斜線の並びを見れば、子どもでもわかる」オーレン卿は、杯を片手に地図を見下ろしていた。

「東から西へ、川を下るように、ひとつずつ。間引きとやらは、灰牙族の血の匂いを順番に辿っているだけだ」

卓の脇に控えていたエルフの秘書が、地図の西の端を指で示した。

「このまま西へ進めば、次はヴェルディア伯の領に入ります。伯の麦畑で働いている小作人の多くは、灰牙族ですので」

 

「灰牙族の小作人が消えれば、ヴェルディア伯の麦は誰が刈る」オーレン卿は杯を傾けた。

「来年の秋には、伯は領地を手放すしかなくなる。そのとき、買い手がいないのは気の毒だろう」

「年季兵の囮は、どこに置かせますか」

「伯の領の東の境だ。間引きを引きつけて、そこで騎士団の詠唱を待つ。群れは伯の領の中で止まる。止まるまでに、いくつ村が残るかは知らんがね」

秘書は黙って頷き、地図の上に小さな錘をひとつ置いた。

 

「ひとつ、気がかりがございます」秘書は錘から指を離さずに言った。「ヴェルディア伯は、小作人を逃がすおつもりのようです。伯の印を押した避難の書状を持たせて、使いをもう草原へ出したと」

 

「着かなければいい」オーレン卿は杯を口に運んだ。「草原の街道は長い。使いがひとり行方知れずになったところで、異形の仕業ということになる。軍議には、伯の許しはまだ下りていない、と伝えさせておけ」

 

秘書は、黙って頭を下げた。

「それと、例の件ですが」秘書は懐から一枚の紙を取り出した。

「シルヴェリス家について、古い噂を確かめました。三十年ほど前、あの家に祝福を持たない娘が生まれたという話が、一時期だけ流れていたそうです。すぐに立ち消えて、家はその娘を、宝物庫の魔具で祝福があるように見せかけて育てた、と」

 

「その娘が、今は騎士アイレンか」

「はい。草原へ回される年季兵の監督に、そのまま就くことになるかと」

オーレン卿は、指にはめた宝石のひとつを親指でゆっくりと回した。

「シルヴェリス家は、ヴェルディア伯の姻戚だったな」

「はい。伯が領地を手放すとなれば、真っ先に手を差し伸べるのはシルヴェリス家でしょう」

「ならば、その前に手を出せなくしておけばいい」オーレン卿は地図から目を上げた。

「魔具には限りがある。草原で、尽きるまで戦わせてやれ。騎士たちの目の前でな」

 

秘書は紙を折りたたんで、懐に戻した。それから、少しためらうように口を開いた。

「聖女様のおっしゃる、主が還るという話は、どうお考えですか」

オーレン卿は、短く笑った。

「還るのなら還ればいい。そのときに、どの家がいちばん高いところに立っているか。私が気にしているのは、それだけだ」

 

オーレン卿は杯を卓に置いて、地図の上の斜線をもう一度眺めた。燭台の明かりが、指輪の宝石にちらちらと映っていた。

 

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