神骸を焚べよ ~祝福なき傭兵たちは、今日も地獄の最前線を往く~   作:匿名希望()

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第6話 使者

「預かる、というのは」とマルタが言った。

煙草をくわえたまま、司祭とグレンのあいだに半歩だけ割り込むような立ち方をしている。

「大神官府が、年季兵の拾ってきた腕を何に使うんです」

司祭は嫌な顔ひとつせず、マルタのほうへ向き直って頭を下げた。

「申し遅れました。大神官府書記局のテオと申します。ヴァレリオ様の下で、記録の整理をしております」

「テオ、ねえ」マルタは煙草の先を少し上げた。

「司祭様にしちゃ、ずいぶん素朴な名前だ」

 

「聖名はいただいておりませんので」テオは気を悪くした様子もなく答えた。

「人間の司祭で聖名を授かっているのは、贖罪司祭長様お一人だけです」

「書記が、わざわざ前線まで」

「書記だからこそです。見たものを見たとおりに書き留めるのが、私の務めですので」

 

テオと名乗った司祭は、地面に置かれた腕の前にしゃがみこんだ。懐から薄い革の手袋を取り出して両手にはめ、腕の切り口や手首に巻きついた紐を、ひとつずつ確かめていく。その手つきが妙に慣れているのを見て、こういうものを扱うのは初めてではないのだろうとグレンは思った。

 

双子は少し離れたところに座りこんで、ひそひそと何か言い合っていた。人間が法衣を着ているのを、二人とも初めて見たらしい。グレンにしても、居住区の片隅で葬式をあげる人間の司祭なら何度か見たことがあったが、教会の紋を胸に縫いつけて前線まで馬で乗りつけてくる人間には会ったことがなかった。

 

「訊いてもいいか」とグレンは言った。

「どうぞ」

「人間が、大神官の下で働けるのか」

テオは腕から目を離さずに答えた。

「教会の門は、すべての種族に開かれています。人間も例外ではありません。ただ、祝福のない者には奇跡が起こせませんから、私たち人間の司祭にできるのは説教や弔いのほかは、こうした記録の仕事くらいです。教会では、私たちのことを贖罪司祭と呼んでいます」

 

「贖罪」

「神を殺した種族の司祭ですから」テオは淡々と言った。

「罪を償うために仕える、という意味です。人間の神学校を出た者の多くは、居住区の小さな礼拝所で一生を終えます。私のように大神官府に上がる者は、ごく稀です」

 

ピートの足に包帯を巻いていたユーリが手を止めて、テオのほうを見ていた。何か言いたそうな顔をしていたが、結局黙って包帯を巻き直した。

 

グレンは十九年のあいだに、聖連合のずいぶん多くの土地を歩いてきた。エルフの森の王国にも、獣人の部族が治める草原にも、雇われて行ったことがある。国も王も種族ごとにばらばらだったが、どこの王の戴冠にも教会の大神官が立ち会い、どこの街の真ん中にも教会の尖塔が立っていた。聖連合というのは、つまるところ教会の名のもとにまとまった国々の寄り合いで、その教会の頂にいるのが大神官府だった。大神官は何人かいて、そのうちの一人がヴァレリオという名前だということは、グレンでも聞いたことがある。主席大神官で、聖連合でいちばん偉い神官だという話だった。

 

「その主席大神官様が、なんでうちみたいな小隊を名指しするんです」

とマルタが訊いた。

「評判じゃ、年季兵の命なんぞ神骸片一粒より安く見積もる方だって話ですがね」

「そういう評判は、私も耳にします」

テオは否定しなかった。腕から手を離して、手袋を外しながら続けた。

「ヴァレリオ様は、前線の記録にはすべて目を通しておられます。年季兵の小隊ひとつひとつの戦果まで」

「戦果ねえ」マルタは鼻で笑った。

「戦果の記録なら、うちのは大半が騎士様の手柄になってるはずですけど」

「存じております」

テオがあっさり言ったので、マルタは煙草を口から離した。

 

「査定官が騎士団の戦果として記録したものも、その前の段階の報告も、書記局には両方届きます。どちらが本当なのかを見比べるのも、私たちの仕事のうちです」

「見比べて、それで何か変わるんですか」

「いいえ」とテオは言った。

「何も変わりません。今のところは」

 

双子のどちらかが「今のところは、だってよ」と小声で言い、もう片方が肘でつついて黙らせた。

テオは馬の鞍に括りつけてあった木箱を下ろして、蓋を開けた。内側に神骸片が何粒も埋め込まれていて、箱の中だけ空気がひんやりしている。テオはそこに腕を収めて蓋を閉め、紐で固く縛っていった。

 

「この腕は、教会の教えでは穢れと呼ばれるものです」と、テオは紐を結びながら言った。

「神殺しの罪が形を得たものが異形で、異形に触れた者もまた穢れを帯びる。そう教えられています」

「穢れなら、なんで人の言葉を喋るんだ」

グレンが言うと、テオの手が一瞬止まった。

「喋ったのですか」

「あつい、と言ってた。何度も」

テオはしばらく黙っていた。それから懐から小さな帳面を取り出して、何かを書きつけた。

「ありがとうございます」と、テオは帳面を閉じながら言った。

 

帰り支度をしかけたところで、テオはふとピートのほうに目をやった。包帯の隙間から、くるぶしの痣がのぞいている。テオがピートの前にしゃがんで包帯の端を少しだけめくると、ピートの肩が強張った。

「痛みは」

「ないです。ちょっと、熱いくらいで」

テオは包帯を元に戻し、懐から鉄の小札を一枚取り出してユーリに渡した。教会の紋が刻まれている。

「この痣が膝より上まで広がったら、これを持って最寄りの礼拝所へ。書記局に知らせが届くようにしておきます」

「広がらなかったら」とユーリが訊いた。

「そのときは、捨ててくださって構いません」

ピートは自分の足首を見下ろしたまま、何も言わなかった。

 

木箱を馬に運びかけたところで、テオはふと足を止めて、マルタのほうへ向き直った。

「それと、隊長殿。年季明けのときの家族登録で何かお困りのことがあれば、書記局へお知らせください。書類の行き違いは、珍しいことではありませんので」

マルタは返事をしなかった。煙草をくわえたまま、テオの顔をじっと見ていた。いつもならすぐに出てくる軽口が、そのときだけは出てこなかった。

 

テオは木箱を馬に積み直して、鐙に足をかけた。それからもう一度振り返って、グレンを見た。

「グレン殿。刻印をお持ちですね」

グレンは袖を下ろしていた。刻印は見えていないはずだった。

「坑道から出てこられたとき、右の前腕を押さえておられましたので」とテオは言った。

「刻印を長く使った方は、焚べた日に声を聞くと聞いております」

グレンは返事をしなかった。マルタも双子も、黙ってテオを見ていた。

「声がまだ遠いうちは、無理に耳を塞がないほうがいいそうです。ヴァレリオ様の受け売りですが」

テオは馬の腹を軽く蹴った。

 

蹄の音が坑道へ続く道を遠ざかっていくあいだ、グレンは外套の上から、右の前腕の刻印に手を当てていた。熱はもう引いているはずなのに、そこだけまだ少し温かかった。

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