私が恋愛感情とか理解できるわけないじゃないですか、無理無理!   作:えれくとろきゅーしょにすと

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1+1/2話:事の発端の発端

 入学式が終わり、1年A組の教室。

 

 顔が良い女ラッシュが続く中で彼女の出番は最後だった。

 

 何度か名前を呼ばれてようやく自分だと気がついたらしい彼女は急いでメロンパンを飲み込むと、ゆっくりと、少し離れた席を立った。

 

 薄い緑色の目に掛かる程度の前髪に、後ろで二又に分かれた長いポニーテールはこんにゃくみたいな……綺麗な髪を例えるのにこんにゃくって相応しいのか?

 

 まあ透き通った灰色ってこんにゃくくらいしか思いつかないし仕方ない。

 

 そんなこんにゃくみたいな髪を揺らしながら、彼女は黒板の前に立った。

 

 そこらの男子には負けないほど背が高くて、ゲームの中から出てきたような細長い手足に抜群のスタイル。

 

 姿勢が綺麗ってわけじゃないのにすごくサマになる立ち姿。

 

 王塚さんや瀬名さんが人形のような可愛さだとすれば、彼女は絵画や彫刻のようなある種の芸術性さえ感じるような美人。

 

 きっと探せばそこら中に黄金比が見つかるんだろう。

 

 いや、もちろん王塚さんや瀬名さんも美人だ、これはステータス配分の話だ。

 

 ついでに口元のパンくずを舐める舌がちょっと長くてえっち、そんな第一印象だった。

 

 

「んん、あ……あー……」

 

 

 それから、彼女はマイクもないのに、出しなれていないみたいに声を整えた。

 

 緊張だろうか、なんて考えて一瞬親近感が湧いた。

 

 

「……ふぅ、御神楽(みかぐら) 六華(りっか)と言います。15さ……あ、大半15でしたっけ、このクラス」

 

 

 無表情で飄々と言ってのける御神楽さんに、クラスから温かな笑いが漏れた。

 

 会話に慣れてない様子で元陰キャ(ドーゾク)かと思ったけどこれは違う。

 

 これは無自覚に周りに好かれて上手くやってきたタイプだと、そう理解できた。

 

 

「好きなことは食べること、特技も食べること、あと身体を動かすのも嫌いじゃないです」

 

 

 ほら、こんなのが陰キャなわけがない。

 

 陰キャの特技に運動が入るはずないんだから。

 

 

「好きな言葉は早弁」

 

「こら」

 

 

 先生がツッコむと、またクラスに笑い声が満ちた。

 

 本人が至って無表情なのが余計に笑いを誘う。

 

 狙って出せる面白さじゃない、これは間違いなく生粋の陽だ、違う世界に生まれてきた人間だ。

 

 そんな考えには、またすぐにヒビが入った。

 

 

「苦手なのは、人と話すこと」

 

 

 それで私は分からなくなった。

 

 陽キャが人と話すのが苦手なんてことはあり得ない。

 

 けれど陰キャはそんなことを堂々と言えない。

 

 何なんだ、彼女は。

 

 メモを取る手が止まるくらい、私は御神楽さんの次の言葉を待っていた。

 

 

「でも、人といるのは嫌いじゃないし、話を聞いてるのは好きです。よかったら話しかけてください。頑張って反応するので」

 

 

 そうか、そういうことか。

 

 これは陽キャとか陰キャじゃない。

 

 王塚さんや瀬名さんのような、陽キャの頂点に立つ美少女じゃない。

 

 陰陽の外だ。

 

 太陽や月じゃない、空そのものだ。

 

 陽キャや陰キャに拘っていた私にはたどり着けない領域だ。

 

 

「それでは、皆さんよろしくお願いします」

 

 

 決して方針を変えるわけじゃない。

 

 陽キャを、高校デビューを諦めるわけじゃない。

 

 けれど、彼女の一分か少しの自己紹介(スピーチ)を聞き終えた私の胸には確かに清々しい感情が満ちていた。

 

 そのままゆったりと、もはや神聖に見える歩みで席に戻った御神楽さんは宣言通りに、さも当然かのように4個入りのミニクリームパンの袋を開けた。

 

 その動きすら、私には女神のように見えた。

 

 

▽

 

 

 翌日、学食は驚くほど混み合っていた。

 

 お弁当を片手に席を探しながら、せっかくだから瀬名さん……じゃなくて、紫陽花さんも誘えばよかった、いきなり日和ってどうするんだ、なんて後悔混じりに考えていると、トントンと私の肩が叩かれた。

 

 

「ひゃ……み、御神楽さん!?」

 

「れな子ちゃん、ですよね。席探してるんだったら、一緒に食べません?」

 

 

 頬張った唐揚げを飲み込んだ彼女は、ボックス席の隅を指差した。

 

 いや、遠慮するな甘織れな子。

 

 あの女神、陰陽を越えたあの御神楽さんにお近付きになる超絶大チャンスだぞ。

 

 ここは清水舞台ダイビング、乾坤一擲ムーブメントを……

 

 そう考えたところで、私は気がついた。

 

 何故御神楽さんは1人なのにわざわざボックス席に座っているんだ?

 

 料理が多すぎるから?

 

 いやそんな馬鹿みたいな理由は……否定できないくらい食べてるな御神楽さん。

 

 え、何人前? テレビの大食い番組でしか見たことない量食べてない? っていうか学食ってあんなエベレストみたいなご飯の盛り方してくれるの? 合計いくら? っていうか野球部みたいな量の早弁もしてなかった? その量でその体型、制服越しでもはっきり分かるくびれ維持してるの? 食べるのが得意ってそういうこと? 栄養胸と尻と太ももに行くタイプ?

 

 ……いや、考えを戻せ甘織れな子。

 

 彼女がボックス席を取っている理由、それは連れが来るからじゃないのか?

 

 今から私が知らない人が三人集まって知らない話題で盛り上がる予定だったんじゃないか?

 

 御神楽さんが1人の私を憐れんでくれているのか、あるいは笑いものにしようとしているんじゃ……

 

 いや違う。

 

 この陰陽を超越した御神楽さんがそんなことするはずない。

 

 じゃあなんで……

 

 

「りかちゃんおまたせ──あ、れなちゃん!」

 

「あ、紫陽花さん!?」

 

 

 向かいの通路の人混みを抜けてきたのはあの大天使紫陽花さん。

 

 どうやらお知り合い、中学の同級生のようだ。

 

 そりゃこんな顔の良い人間なんて惹かれ合うに決まっている。

 

 っていうか紫陽花さん、あんなに大人びてるのに御神楽さんの隣りにいると子供みたい……って、きっと彼女がお連れ様なんだろう。

 

 お邪魔する前に退散退散……じゃない、私は陽キャだ、陽キャになるって決めたんだ。

 

 たとえ御神楽さん相手にも……

 

 

「れな子ちゃん、もしかして用事とかありました?」

 

「いや全然! ありがたく! ご一緒させていただきます!!」

 

「もう、れなちゃん大袈裟だよー」

 

 

 そして席に着くと、何故か彼女は嬉しそうな顔をした。

 

 無表情が崩れるのを初めて見た。

 

 

「えっと……どうかしました? 御神楽さん」

 

「「六華」でいいですよ。……私、お友達が少ないのです。本当に、中学の頃も紫陽花ちゃんくらいしかお友達がいなかったので」

 

「……?」

 

「つまり何が言いたいのかと言えば、私もれな子ちゃんとお友達になりたかったんです。ほら、紫陽花ちゃんと仲良くしてたじゃないですか」

 

「!」

 

 

 明かされた情報に声が出ない私はさておき、見られていた。

 

 この女神に、私の行動が見られていた。

 

 認知されていた嬉しさと、見られていた小っ恥ずかしさ。

 

 とっ散らかった感情を片付けている間にも、彼女は山積みになった白米を口に運んでいた。

 

 いや、無理だ。

 

 整理しきれなかった感情を投げ捨ててお弁当を開け、サラダから片付けていく。

 

 少しして主菜に差し掛かった頃、御神楽……六華さんは、また無表情を崩した。

 

 

「……あは、すっごく美味しいです。れな子ちゃんと食べるご飯」

 

 

 その瞳を、かつてないくらいに輝かせて。




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