獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】 作:半熟ハラミ丼
ミルガズィアさんに腕を引っ張られて、あたしは光の道をひたすら走った。
振り返りたかった。けど、振り返ったら足が止まりそうで、歯を食いしばって前だけ見た。
ゼロスの奴、大丈夫なんでしょうね。
魔族の心配なんて、自分でもどうかしてると思う。あいつは胡散臭くて、何考えてるか分かんなくて、あたしたちを利用してる。分かってる。分かってるけど、それでも、あの背中を置いてきたのが妙に引っかかってた。
「出口だ!」
ミルガズィアさんの声と同時に、視界がぱっと開けた。
洞窟に戻ってきた。そう思った瞬間、耳に飛び込んできたのは爆音だった。
「霊王結魔弾(ヴィスファランク)!」
アメリアの声。
「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)!」
ゼルの声。
洞窟の中が、戦場になっていた。
レッサー・デーモンの群れと、その奥に人型の魔族が数体。それを相手に、アメリアとゼルが立ち回っている。
そして、もう一人。
藍色の袖が、ひらりと舞った。
三日月だった。
太刀が閃くたびに、魔族が塵になって消えていく。この前の森で見たのと同じ、冴え冴えとした目。普段のぼんやりしたおじいちゃんとは別人みたいな動きで、敵の間をすり抜けていく。
「リナ!」
洞窟の隅から、ガウリイの声がした。
岩陰の前で、光の剣を構えて立っている。その後ろに、道案内の子供が小さくなって隠れていた。
「ガウリイ! 何がどうなってんのよ!」
「お前らが行ってすぐ、こいつらが来たんだ! 坊主を守っててくれって言われてさ!」
なるほど。子供を安全なところに置いて、ガウリイが番をしてるわけね。
「リナさん! ご無事でしたか!」
アメリアが、デーモンの顔面に拳を叩き込みながら叫んだ。
「なんとかね! それより、こいつら全部ガーヴの手下よ! ガーヴ本人が、異界黙示録のところまで来たの!」
「なんだと!?」
ゼルが振り返った。その顔が、さっと青ざめる。
「魔竜王が、直々に……!」
「ゼロスが足止めしてくれてる! その間に逃げてきたのよ!」
「ゼロスさんが!?」
アメリアが目を丸くした。
「あの、いつも何もしないゼロスさんが、ですか!?」
「あたしだってびっくりしてるわよ!」
叫びながら、あたしは呪文を練った。
考えるのは後。今は、こいつらを片付けるのが先。
「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」
光の槍が、一体の魔族を貫く。ミルガズィアさんが人の姿のまま突っ込んでいって、素手で魔族を一体ねじ伏せた。竜の長老、さすがに強い。
三日月の太刀が、最後の一体を斜めに断ち割った。
黒い塵が、洞窟の空気に溶けて消えていく。
静けさが戻った。
あたしは、肩で息をしながら周りを見回した。アメリアも、ゼルも、ガウリイも、ミルガズィアさんも、なんとか無事だった。
三日月は、太刀を払って鞘に納めていた。その目が、もういつものぼんやりした目に戻っている。
――と思ったら、違った。
三日月は、あたしが出てきた光の扉の方を、じっと見ていた。
「三日月?」
「……ゼロスは」
静かな声だった。
「まだ、向こうか」
あたしが答えるより先に、空間が軋んだ。
*
灰色の虚無を抜けた先は、ひどく騒がしかった。
いや、騒がしかったのは一瞬前までで、今はしんと静まり返っていた。その静寂のど真ん中に、僕は落ちた。
文字通り、落ちた。
空間の裂け目から放り出されて、受け身も取れずに岩の床に叩きつけられる。存在の輪郭が、ぐしゃりと歪んだ気がした。
「ゼロス!?」
リナさんの声がした。
「ゼロスさん!」
アメリアさんの声。
足音が、いくつも駆け寄ってくる。
「ちょっと、大丈夫!? うわ、ひどい……!」
リナさんが、僕の傍らに膝をついた。その顔が、真っ青になっていた。
「大丈夫ですか、ゼロスさん! しっかりしてください!」
アメリアさんが、半泣きで僕の肩を揺さぶる。揺さぶられるたびに、削られた存在がぐらぐらした。
「アメリアさん……揺らさないで……」
「あっ、ごめんなさい!」
「おい、ゼロス。生きてるか?」
ガウリイさんが、僕の顔を覗き込んだ。いつもの呑気な顔ではなかった。眉が、ぎゅっと寄っていた。
「……いやあ」
僕は、笑おうとした。
「流石に、今回ばかりは……大丈夫じゃないですねえ」
「見りゃ分かるわよ、そんなの!」
リナさんが怒鳴った。怒鳴りながら、その声が少し震えていた。
不思議だった。
僕は魔族だ。ついさっき、それを知られたばかりだ。リナさんを利用していることも、とっくに見抜かれている。
それなのに、みんな、心配そうな顔をしていた。
リナさんも。アメリアさんも。ガウリイさんも。
少し離れたところで、ゼルガディスさんが腕を組んで立っていた。何も言わない。けれど、その目はずっと僕から離れていなかった。いつもの険しい顔の奥に、隠しきれない何かが滲んでいた。
――ああ。
胸が、じんわりと温かくなった。
魔族の僕を、この人たちは心配してくれている。こんなふうに誰かに案じられたことなど、一度もなかった。
皆の顔を、順番に見た。
その流れで、最後に、あの人の顔を見た。
三日月さんは、リナさんの少し後ろに立っていた。
駆け寄ってはこなかった。声を上げることもなかった。ただ、静かに僕を見下ろしていた。
その顔に、大きな表情の変化はなかった。けれど、三日月の浮かぶ瞳の奥が、ほんのわずかに揺れているように見えた。
目が合った。
今度は、逸らさなかった。逸らせなかった。
――ああ、そうか。
灰色の虚無の中で、ずっと伸ばしていた手の先にあったもの。
僕は、この人に会いたかったんだ。
それだけだったんだ。
顔には出さなかった。出せるほどの力も、もう残っていなかった。けれど、胸の奥で張りつめていた何かが、ふっとほどけていくのが分かった。
「ゼロス」
三日月さんが、口を開いた。
「……よく、戻ったな」
穏やかな声だった。扉の前で、気をつけてな、と言ってくれたときと同じ声だった。
「……ええ」
それだけ答えるのが、精一杯だった。
視界の端で、岩陰の子供が、じっとこちらを見ていた。笑ってはいなかった。何かを確かめるような、静かな目だった。
けれど、今の僕には、それを気にする余裕さえなかった。
*
空間が、再び裂けた。
今度は、僕が落ちてきたときのような小さな裂け目ではなかった。洞窟の空気そのものを引き裂くような、荒々しい亀裂だった。
熱を帯びた風が吹き込む。圧倒的な気配が、洞窟を満たしていく。
「……逃げられると思ったか」
低い声が響いた。
赤い髪。獣の目。肩に担いだ剣。
魔竜王ガーヴが、亀裂の向こうから悠然と歩み出てきた。
「ガーヴ……!」
リナさんが、弾かれたように立ち上がった。
「嘘だろう……あれが、魔竜王……」
ゼルガディスさんが、剣を構えたまま一歩後ずさる。
「ひっ……!」
アメリアさんが、思わず息を呑んだ。
ガウリイさんが、光の剣を握り直して前に出る。ミルガズィアさんが、低く唸るような声を漏らした。
洞窟が、一瞬で騒然とした。
ガーヴの目が、ぐるりと一同を見回した。リナさんを捉え、ミルガズィアさんを捉え、三日月さんの上で、一瞬だけ止まった。
それから、床に倒れたままの僕を見下ろした。
獣の目が、細くなった。
さっきまでの、獲物を見る目とは違っていた。何かを見定めようとする目だった。
僕の奥にあるものを、もう一度確かめようとするような。
「よう、獣神官」
ガーヴが、口の端を吊り上げた。
「話の続きを、しに来てやったぜ」