獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】   作:半熟ハラミ丼

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第十二話 帰る場所

 ミルガズィアさんに腕を引っ張られて、あたしは光の道をひたすら走った。

 振り返りたかった。けど、振り返ったら足が止まりそうで、歯を食いしばって前だけ見た。

 ゼロスの奴、大丈夫なんでしょうね。

 魔族の心配なんて、自分でもどうかしてると思う。あいつは胡散臭くて、何考えてるか分かんなくて、あたしたちを利用してる。分かってる。分かってるけど、それでも、あの背中を置いてきたのが妙に引っかかってた。

「出口だ!」

 ミルガズィアさんの声と同時に、視界がぱっと開けた。

 洞窟に戻ってきた。そう思った瞬間、耳に飛び込んできたのは爆音だった。

「霊王結魔弾(ヴィスファランク)!」

 アメリアの声。

「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)!」

 ゼルの声。

 洞窟の中が、戦場になっていた。

 レッサー・デーモンの群れと、その奥に人型の魔族が数体。それを相手に、アメリアとゼルが立ち回っている。

 そして、もう一人。

 藍色の袖が、ひらりと舞った。

 三日月だった。

 太刀が閃くたびに、魔族が塵になって消えていく。この前の森で見たのと同じ、冴え冴えとした目。普段のぼんやりしたおじいちゃんとは別人みたいな動きで、敵の間をすり抜けていく。

「リナ!」

 洞窟の隅から、ガウリイの声がした。

 岩陰の前で、光の剣を構えて立っている。その後ろに、道案内の子供が小さくなって隠れていた。

「ガウリイ! 何がどうなってんのよ!」

「お前らが行ってすぐ、こいつらが来たんだ! 坊主を守っててくれって言われてさ!」

 なるほど。子供を安全なところに置いて、ガウリイが番をしてるわけね。

「リナさん! ご無事でしたか!」

 アメリアが、デーモンの顔面に拳を叩き込みながら叫んだ。

「なんとかね! それより、こいつら全部ガーヴの手下よ! ガーヴ本人が、異界黙示録のところまで来たの!」

「なんだと!?」

 ゼルが振り返った。その顔が、さっと青ざめる。

「魔竜王が、直々に……!」

「ゼロスが足止めしてくれてる! その間に逃げてきたのよ!」

「ゼロスさんが!?」

 アメリアが目を丸くした。

「あの、いつも何もしないゼロスさんが、ですか!?」

「あたしだってびっくりしてるわよ!」

 叫びながら、あたしは呪文を練った。

 考えるのは後。今は、こいつらを片付けるのが先。

「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 光の槍が、一体の魔族を貫く。ミルガズィアさんが人の姿のまま突っ込んでいって、素手で魔族を一体ねじ伏せた。竜の長老、さすがに強い。

 三日月の太刀が、最後の一体を斜めに断ち割った。

 黒い塵が、洞窟の空気に溶けて消えていく。

 静けさが戻った。

 あたしは、肩で息をしながら周りを見回した。アメリアも、ゼルも、ガウリイも、ミルガズィアさんも、なんとか無事だった。

 三日月は、太刀を払って鞘に納めていた。その目が、もういつものぼんやりした目に戻っている。

 ――と思ったら、違った。

 三日月は、あたしが出てきた光の扉の方を、じっと見ていた。

「三日月?」

「……ゼロスは」

 静かな声だった。

「まだ、向こうか」

 あたしが答えるより先に、空間が軋んだ。

 

     *

 

 灰色の虚無を抜けた先は、ひどく騒がしかった。

 いや、騒がしかったのは一瞬前までで、今はしんと静まり返っていた。その静寂のど真ん中に、僕は落ちた。

 文字通り、落ちた。

 空間の裂け目から放り出されて、受け身も取れずに岩の床に叩きつけられる。存在の輪郭が、ぐしゃりと歪んだ気がした。

「ゼロス!?」

 リナさんの声がした。

「ゼロスさん!」

 アメリアさんの声。

 足音が、いくつも駆け寄ってくる。

「ちょっと、大丈夫!? うわ、ひどい……!」

 リナさんが、僕の傍らに膝をついた。その顔が、真っ青になっていた。

「大丈夫ですか、ゼロスさん! しっかりしてください!」

 アメリアさんが、半泣きで僕の肩を揺さぶる。揺さぶられるたびに、削られた存在がぐらぐらした。

「アメリアさん……揺らさないで……」

「あっ、ごめんなさい!」

「おい、ゼロス。生きてるか?」

 ガウリイさんが、僕の顔を覗き込んだ。いつもの呑気な顔ではなかった。眉が、ぎゅっと寄っていた。

「……いやあ」

 僕は、笑おうとした。

「流石に、今回ばかりは……大丈夫じゃないですねえ」

「見りゃ分かるわよ、そんなの!」

 リナさんが怒鳴った。怒鳴りながら、その声が少し震えていた。

 不思議だった。

 僕は魔族だ。ついさっき、それを知られたばかりだ。リナさんを利用していることも、とっくに見抜かれている。

 それなのに、みんな、心配そうな顔をしていた。

 リナさんも。アメリアさんも。ガウリイさんも。

 少し離れたところで、ゼルガディスさんが腕を組んで立っていた。何も言わない。けれど、その目はずっと僕から離れていなかった。いつもの険しい顔の奥に、隠しきれない何かが滲んでいた。

 ――ああ。

 胸が、じんわりと温かくなった。

 魔族の僕を、この人たちは心配してくれている。こんなふうに誰かに案じられたことなど、一度もなかった。

 皆の顔を、順番に見た。

 その流れで、最後に、あの人の顔を見た。

 三日月さんは、リナさんの少し後ろに立っていた。

 駆け寄ってはこなかった。声を上げることもなかった。ただ、静かに僕を見下ろしていた。

 その顔に、大きな表情の変化はなかった。けれど、三日月の浮かぶ瞳の奥が、ほんのわずかに揺れているように見えた。

 目が合った。

 今度は、逸らさなかった。逸らせなかった。

 ――ああ、そうか。

 灰色の虚無の中で、ずっと伸ばしていた手の先にあったもの。

 僕は、この人に会いたかったんだ。

 それだけだったんだ。

 顔には出さなかった。出せるほどの力も、もう残っていなかった。けれど、胸の奥で張りつめていた何かが、ふっとほどけていくのが分かった。

「ゼロス」

 三日月さんが、口を開いた。

「……よく、戻ったな」

 穏やかな声だった。扉の前で、気をつけてな、と言ってくれたときと同じ声だった。

「……ええ」

 それだけ答えるのが、精一杯だった。

 視界の端で、岩陰の子供が、じっとこちらを見ていた。笑ってはいなかった。何かを確かめるような、静かな目だった。

 けれど、今の僕には、それを気にする余裕さえなかった。

 

     *

 

 空間が、再び裂けた。

 今度は、僕が落ちてきたときのような小さな裂け目ではなかった。洞窟の空気そのものを引き裂くような、荒々しい亀裂だった。

 熱を帯びた風が吹き込む。圧倒的な気配が、洞窟を満たしていく。

「……逃げられると思ったか」

 低い声が響いた。

 赤い髪。獣の目。肩に担いだ剣。

 魔竜王ガーヴが、亀裂の向こうから悠然と歩み出てきた。

「ガーヴ……!」

 リナさんが、弾かれたように立ち上がった。

「嘘だろう……あれが、魔竜王……」

 ゼルガディスさんが、剣を構えたまま一歩後ずさる。

「ひっ……!」

 アメリアさんが、思わず息を呑んだ。

 ガウリイさんが、光の剣を握り直して前に出る。ミルガズィアさんが、低く唸るような声を漏らした。

 洞窟が、一瞬で騒然とした。

 ガーヴの目が、ぐるりと一同を見回した。リナさんを捉え、ミルガズィアさんを捉え、三日月さんの上で、一瞬だけ止まった。

 それから、床に倒れたままの僕を見下ろした。

 獣の目が、細くなった。

 さっきまでの、獲物を見る目とは違っていた。何かを見定めようとする目だった。

 僕の奥にあるものを、もう一度確かめようとするような。

「よう、獣神官」

 ガーヴが、口の端を吊り上げた。

「話の続きを、しに来てやったぜ」

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