獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】   作:半熟ハラミ丼

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第十四話 冥王

 絶叫が、止んだ。

 ガーヴの体は、斜めに断ち割られていた。裂け目から、黒い靄のようなものが絶え間なく噴き出している。

 リナさんが、肩で息をしながら漆黒の刃を消した。膝が、がくりと折れかける。ガウリイさんが、その体を支えた。

「……やった、の?」

 アメリアさんが、震える声で呟いた。

 誰も、答えなかった。

 答える前に、笑い声が聞こえたからだ。

「……くっくっく」

 ガーヴが、顔を上げていた。

 裂けた体のまま、獣の目がぎらぎらと光っている。

「やるじゃねえか、リナ=インバース。この俺に、ここまで傷を負わせるとはな」

「嘘……」

 リナさんの顔から、血の気が引いた。

「神滅斬を、まともに受けて……まだ……」

 絶望が、洞窟を満たした。

 リナさんの切り札は、もう残っていない。ガウリイさんも、アメリアさんも、ゼルガディスさんも、ミルガズィアさんも、満身創痍だ。三日月さんは、岩壁にもたれたまま動けない。僕は、床に転がっている。

「認めてやるよ。てめえらは、遊び相手には上等すぎた」

 ガーヴの気配が、膨れ上がった。

 空気が軋む。岩壁にひびが走る。今までの比ではない、本物の殺意が洞窟を覆い尽くしていく。

 本気を出すつもりだ。

 ――けれど。

 僕は、知っていた。

 この先に、何が起きるのかを。

 

     *

 

 ガーヴの胸から、小さな腕が生えていた。

 白い、細い、子供の腕だった。

 背中から、心臓のあるはずの場所を、まっすぐに貫いている。

「……が、ぁ……?」

 ガーヴの目が、見開かれた。ゆっくりと、首だけを後ろへ巡らせる。

 そこに、子供が立っていた。

 道案内の、村の子供。岩陰で小さくなって震えていたはずの、あの子供が。

「やっと、隙を見せたね」

 子供が、にっこりと笑った。

 可愛らしい笑顔だった。可愛らしいからこそ、ぞっとするほど不気味だった。口の端が、子供の顔には似つかわしくない角度で吊り上がっていた。

「てめえ……っ、冥王……!」

 ガーヴの声が、驚愕に歪んだ。

「いつの間に……!」

「いつの間に、って」

 子供は、くすくすと笑った。

「ずっと、そこにいたよ。君が気づかなかっただけさ」

「え……?」

 アメリアさんが、呆然と子供を見つめていた。

「あ、あの子……案内してくれた、あの子が……どうして、ガーヴと……」

「なんだ……何が、どうなってる……!」

 ゼルガディスさんが、剣を構え直す。けれど、その切っ先は、どちらに向けるべきか迷うように揺れていた。

 リナさんが、目を見開いて子供を見ていた。その顔に、少しずつ理解の色が広がっていく。

「ぐ……おおおおおっ!」

 ガーヴが、吠えた。

 胸を貫かれたまま、体をよじる。背後の子供を振り払おうと、裂けた腕を振り上げる。

 子供は、動かなかった。

 腕を、わずかに、奥へ押し込んだだけだった。

「無駄だよ。ねえ、ガーヴ。君はもう、とっくに終わってたんだ」

 ガーヴの体が、内側から崩れ始めた。

 黒い塵が、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。赤い髪が、獣の目が、逞しい腕が、端から少しずつ消えていく。

 最後に、その目が僕を見た。

 ほんの一瞬だった。何かを言おうとしたのかもしれない。話の続きを、と。お前のその魂は、と。

 何も言えないまま、魔竜王ガーヴは、塵になって消えた。

 

     *

 

 洞窟が、静まり返っていた。

 誰も、動けなかった。

 子供は、ガーヴの消えた空間から腕を引き抜くと、ぱんぱんと手を払った。まるで、泥遊びのあとのように。

「あの……」

 アメリアさんが、かすれた声を出した。

「あなた、誰なんですか……? 村の子供じゃ……ないんですか……?」

「ああ、ごめんね。自己紹介がまだだったっけ」

 子供は、くるりとこちらを向いた。

「ぼくは、フィブリゾ。冥王(ヘルマスター)フィブリゾ。北の魔王様の、五人の腹心の一人だよ」

 空気が、凍りついた。

「冥王……!?」

 ミルガズィアさんの声が、震えていた。あの竜の長老が、子供の姿をしたものを前にして、明らかに怯えていた。

「冥王、だと……ガーヴと同格の、腹心……」

 ゼルガディスさんが、一歩後ずさった。

「そ、そんな……あんな小さな子が……」

 アメリアさんは、まだ状況が飲み込めないように、何度も首を振っていた。

「あ、それと」

 冥王様が、ちらりと僕の方を見た。

「ゼロスも、ご苦労さま。ちゃんとここまで連れてきてくれて、ありがとね」

 ――ああ。

 全員の視線が、僕に集まった。

 リナさんの、アメリアさんの、ゼルガディスさんの、ガウリイさんの。

 そして、岩壁にもたれた三日月さんの。

 僕は、何も言えなかった。いつもの笑顔を作ることさえ、できなかった。

 

     *

 

「……全部、あんたの仕組んだことだったのね」

 沈黙を破ったのは、リナさんだった。

 震える膝を、ガウリイさんに支えられながら。それでも、まっすぐに冥王様を睨みつけていた。

「ガーヴがあたしを狙ってたのも、あんたがゼロスを使ってあたしをここまで連れてきたのも。あたしを囮にして、魔族に反逆したガーヴを始末する。それが、あんたの狙いだったんでしょう」

「うん。それも、一つだね」

 冥王様は、あっさりと頷いた。

「さすがリナ=インバース。頭の回転が速いや」

「一つ……?」

「そう。一つ」

 冥王様は、楽しそうに指を一本立てた。

「君には、まだやってもらいたいことがあるんだ」

 大きな目が、リナさんを見つめた。

「使ってほしいんだよ。金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)様の力を呼び出す、あの呪文を」

 リナさんの顔が、凍りついた。

「……重破斬(ギガ・スレイブ)を……?」

「そう、それ」

「冗談じゃないわ!」

 リナさんの叫びが、洞窟に響いた。

「あれが何なのか、あたしはもう知ってる! 金色の魔王の力は、混沌そのもの! 制御に失敗したら、世界が丸ごと混沌に呑み込まれる! そんなもの、使えるわけないでしょう!」

 異界黙示録で知ったばかりの真実だった。だからこそ、リナさんの声には、恐怖と怒りが同じだけ込められていた。

「だろうね」

 冥王様は、少しも気を悪くした様子もなく頷いた。

「今の君なら、そう言うと思ったよ」

 それから、にっこりと笑った。

「だから、使いたくなるようにしてあげる」

 次の瞬間、冥王様の姿が消えた。

「――ガウリイ!?」

 リナさんの悲鳴が上がった。

 リナさんを支えていたはずのガウリイさんの体が、宙に浮いていた。その首筋に、子供の細い指がかかっている。

「リ、ナ……!」

「ガウリイを放しなさい!!」

「放してほしかったら、サイラーグにおいでよ」

 冥王様は、ガウリイさんを片手で吊るしたまま、のんびりと言った。

「待ってるからね。リナ=インバース」

 冥王様の目が、最後に一度だけ動いた。

 岩壁にもたれた、三日月さんの方へ。

 楽しそうに。とても、楽しそうに。

 それから、冥王様とガウリイさんの姿は、空間に溶けるように消えた。

 

     *

 

「ガウリイ……ガウリイ……っ!」

 リナさんが、何もない空間に手を伸ばしていた。

 膝から崩れ落ち、床に拳を叩きつける。何度も。何度も。

「なんで……なんでよ……!」

 アメリアさんが、リナさんの背中にすがりついて泣いていた。ゼルガディスさんが、拳を握りしめて俯いていた。ミルガズィアさんは、苦い顔で目を閉じていた。

 筋書き通りだった。

 ガーヴは冥王様に滅ぼされ、ガウリイさんは攫われ、リナさんはサイラーグへ向かうことになる。全部、頁の上で読んだ通りだった。

 いつもなら、何も感じなかった。

 筋書き通りに事が運べば、僕の仕事は順調だということだ。誰が泣いても、誰が攫われても、それは書かれていたことだから。

 それなのに。

 リナさんの嗚咽が、耳から離れなかった。

 あの人のこと以外で、こんなふうに胸が軋むのは、初めてだった。

 岩壁にもたれた三日月さんの狩衣が、赤く染まったままだった。その目が、泣き崩れるリナさんを見つめていた。それから、ゆっくりと僕の方へ向けられた。

 責める目ではなかった。

 それが、余計に苦しかった。

 ご苦労さま、ゼロス。

 冥王様の声が、頭の中で何度も繰り返された。

 そうだ。僕が連れてきたのだ。リナさんを、ここまで。この場面へ。筋書き通りに。

 三日月さんの傷も、リナさんの涙も、その筋書きの先にあった。

 そして僕は、その全部を見ていることしかできなかった。手を伸ばすことも、声をかけることも、何一つ。

 胸の奥に、何かが深く突き刺さっていた。

 抜けなかった。抜き方も、分からなかった。

 ――ここにいられない。

 そう思ったときには、もう空間を渡っていた。

 誰にも、何も告げずに。

 最後に聞こえたのは、リナさんの泣き声だった。

 最後に見えたのは、こちらを見つめる三日月さんの、月の浮かぶ瞳だった。

 

     *

 

 気がつくと、カタートの峰の上にいた。

 風が強かった。雲が、足元を流れていく。竜たちの姿は、どこにもなかった。

 僕は、岩の上に座り込んだ。

 削られた体が、軋んでいた。けれど、痛むのは体ではなかった。

 筋書き通りに進んでいる。

 仕事は、順調だ。冥王様に、お褒めの言葉までいただいた。

 ――ご苦労さま、ゼロス。

 耳の奥で、あの無邪気な声が、何度も繰り返された。

 皆をカタートまで連れてきたのは、誰だ。ガウリイさんが攫われるのを、知っていて黙っていたのは。三日月さんが血を流すのを、見ていることしかできなかったのは。

 僕だ。

 止める手立てを、考えなかったわけではない。けれど、どれ一つ、使えなかった。使えば、獣王様に背くことになる。冥王様を、敵に回すことになる。それが分かっていて、僕は、指一本、動かさなかった。

 命じられた通りに動く。それで、何の不都合もなかったはずだった。

 僕は、膝を抱えた。削られた体の軋みより、胸の奥の方が、ずっと重かった。

 夜になれば、空に月が昇るだろう。

 あの人と同じ名の月を、どんな顔で見上げればいいのか、分からなかった。

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