獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】   作:半熟ハラミ丼

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第十九話 サイラーグ

 

「三日月さん!? き、傷が……治ってます!?」

 アメリアの素っ頓狂な声で、あたしは完全に目が覚めた。

 飛び起きて奥の部屋に駆け込むと、三日月が寝床の上に座っていた。

 昨日の夜、血まみれで運び込んだはずの三日月が。

 包帯は解かれていた。その下の肌には、傷どころか跡一つない。狩衣にべったり染みついてた血も、きれいさっぱり消えてる。顔色だって、昨日の真っ青が嘘みたいに、いつもの涼しい顔に戻っていた。

「おはよう、皆。よく眠れたか?」

「よく眠れたか、じゃないわよ!」

 あたしは、思わず三日月の肩を掴んでいた。

「どういうことよ、これ! アメリアの治癒(リカバリィ)、全然効かなかったじゃない! なんで一晩で治ってんの!?」

「はっはっは。そう揺さぶるな」

 三日月は、いつものようにのんびり笑った。

「なに。優しい者が、力を貸してくれたのだ」

「優しい者?」

「うむ」

「誰よ、それ」

「さてな」

 それ以上、三日月は何も言わなかった。

 とぼけた顔で笑ってるけど、その目は、言う気がないって言っていた。何を聞いても、のらりくらりとかわされるのは目に見えてた。

 あたしは、ふと部屋の中を見回した。

 狭い寝間。三日月の寝床。枕元の太刀。それだけだ。誰かがいた形跡なんて、どこにもない。

「三日月さんがご無事なら、それでいいじゃありませんか!」

 アメリアが、ぱんと手を叩いた。目の縁が、少し赤かった。

「……そうだな。今は、そっちを詮索してる場合じゃない」

 ゼルが、戸口にもたれたまま言った。

 その通りだった。

 ガウリイが、攫われてる。

 その事実が、胸の真ん中にどすんと落ちてきた。

 昨日の夜は、何も考えられなかった。囲炉裏の火を見つめて、ただ、ぐるぐると同じところを回っていた。ガウリイの声。冥王の笑顔。宙に吊るされた体。何度も、何度も。

 でも。

 あたしは、両手で自分の頬を思いっきり叩いた。

 ぱぁん、と乾いた音が響いた。

「リ、リナさん!?」

「……よし」

 じんじんする頬のまま、あたしは顔を上げた。

「行くわよ。サイラーグへ」

 いつまでもめそめそしてたって、ガウリイは帰ってこない。あいつを取り戻すには、こっちから乗り込んでいくしかないんだ。

「冥王だかなんだか知らないけど、あたしの相棒に手ぇ出したこと、たっぷり後悔させてやるんだから」

 アメリアが、ぱっと顔を輝かせた。

「はい! 正義の鉄槌を下しに行きましょう!」

 ゼルが、小さく鼻を鳴らした。その口の端が、わずかに上がっていた。

 三日月は、何も言わずに頷いた。

 その目が、一瞬だけ、窓の外を見た気がした。誰もいない、朝の空を。

 

     *

 

 サイラーグまでの旅は、ほとんど覚えていない。

 歩いて、歩いて、ひたすら歩いた。休むのは、本当に必要なときだけ。誰も文句を言わなかった。アメリアでさえ、口数が少なかった。

 三日月は、一度も迷子にならなかった。

 いつもなら、ちょっと目を離した隙にふらっといなくなるのに。この旅の間、三日月はずっとあたしたちの真ん中にいた。のんびりした顔はいつも通りだったけど、その目は、ずっと前を見ていた。

 

     *

 

 サイラーグの街が見えたとき、あたしは足を止めた。

「……嘘でしょ」

 そこに、街があった。

 城壁があって、屋根が並んでいて、煙突から煙が上がっていた。街の真ん中には、天を突くような巨大な樹がそびえていた。

 あり得なかった。

 サイラーグは、滅びた街だ。

 あたしは、知ってる。この目で見たんだから。コピー・レゾとの戦いで、街ごと吹き飛んだ。何もかもが消えて、後には巨大な穴だけが残った。あの神聖樹(フラグーン)だって、跡形もなくなったはずだった。

 それが、全部、元に戻っていた。

「冥王の仕業、か……」

 ゼルが、低い声で呟いた。

「滅びた街を、丸ごと蘇らせたっていうのか。何のために……」

「行きましょう」

 アメリアの声が、少し硬かった。

 

     *

 

 街の中は、賑やかだった。

 市場には人が溢れていた。露店の呼び込み。値切る声。子供たちの笑い声。どこにでもある、普通の街の昼下がりだった。

 普通すぎて、気味が悪かった。

「いらっしゃい、旅の方! 焼きたてのパンはいかが?」

 パン屋の前で、恰幅のいいおばさんが声をかけてきた。にこにこと、人の好さそうな笑顔で。

「あ、あの……」

 アメリアが、戸惑ったように足を止めた。

「サイラーグって、昔……その……」

「昔? なんのことかしら。サイラーグは、ずうっと昔から、この通り平和な街よ」

 おばさんは、笑顔のまま答えた。

 笑顔のまま、その目から、涙がこぼれていた。

「……え」

 アメリアが、息を呑んだ。

 おばさんは、気づいていないみたいだった。いや、違う。気づいてる。気づいてるのに、笑顔を止められないんだ。口はにこにこ笑ってるのに、目だけが、必死に何かを訴えていた。

「さあ、どうぞ。今日のパンは、とっても美味しく焼けたのよ」

 パンを差し出す手が、小刻みに震えていた。

 その唇が、声にならない声で、何かを形作った。

 た、す、け、て。

 あたしは、拳を握りしめた。

 周りを見回した。

 露店の主人も。値切っている客も。走り回っている子供たちも。みんな、笑っていた。笑いながら、その目の奥で、泣いていた。

 死んだ人たちだった。

 あのとき、この街と一緒に消えたはずの人たちだった。

 冥王は、彼らを蘇らせた。意識を残したまま。自分が死んでいることも、操られていることも、分かったまま。それでも、冥王の思い通りに笑って、喋って、暮らしているふりをさせられている。

「……ふざけんじゃないわよ」

 声が、震えた。

 怒りで。

「なんなのよ、これ。死んだ人を、こんなふうに……こんなふうに弄んで……っ」

「許せません……!」

 アメリアが、拳を震わせていた。その目から、ぼろぼろと涙がこぼれていた。

「こんなの、絶対に許せません! 正義の名において、絶対に!」

 ゼルは、何も言わなかった。ただ、剣の柄を握る手が、白くなるほど力が籠もっていた。

 そして、三日月。

 三日月は、パン屋のおばさんの前に立っていた。

 震える手から、そっとパンを受け取った。それから、おばさんの涙で濡れた目を、まっすぐに見つめた。

「……すまんな」

 静かな声だった。

「今は、何もしてやれん。だが、必ず」

 おばさんの目が、わずかに見開かれた。笑顔は、変わらなかった。でも、その目の奥で、何かがかすかに揺れた気がした。

 三日月が、振り返った。

 その目を見て、あたしはぞくりとした。

 いつものぼんやりした目じゃなかった。森で、洞窟で、魔族と戦ったときの、あの冴えた月の目でもなかった。

 もっと静かで、もっと冷たくて、底が見えないほど深い目だった。

「死者を弄ぶか」

 三日月が、呟いた。

「――許し難いな」

 怒っていた。

 いつも穏やかな三日月が、本気で怒っていた。声を荒げるでもなく、顔を歪めるでもなく。ただ、静かに、底冷えするほどに。

 

     *

 

 街の中心へ向かって、あたしたちは歩き出した。

 神聖樹の根元に、城が建っていた。

 前にはなかった城だ。白い壁が、昼の光の中で妙に眩しかった。窓という窓が、こっちを見下ろしているような気がした。

 あそこに、冥王がいる。

 あそこに、ガウリイがいる。

「行くわよ、みんな」

 あたしは、振り返らずに言った。

「おう……じゃなかった。はい!」

 アメリアが、涙を拭って答えた。ガウリイの口癖を真似しかけて、慌てて言い直したのが分かった。

 誰も、笑わなかった。でも、少しだけ、空気が和らいだ。

 ゼルが、黙って隣に並んだ。三日月が、後ろについた。

 笑いながら泣いている人たちの間を、あたしたちは歩いていった。

 冥王の城へ。

 待ってなさいよ、ガウリイ。

 今、迎えに行くから。

 

     *

 

 冥王様の城の、玉座の間。

 僕は、精神世界の側から、そこにいた。

「ゼロス」

 玉座の上で、冥王様が膝を抱えていた。足元には、水晶に閉じ込められたガウリイさんが横たわっている。

「もうすぐ、リナ=インバースが来るよ。楽しみだね」

「はい」

「ここまで、よく連れてきてくれたよ。最後まで、ちゃんと見届けてね」

 冥王様が、にっこりと笑った。

「……承知いたしました」

 頭を下げた。いつも、そうしてきたように。

 

     *

 

 筋書きは、知っている。

 この先、ここで何が起きるのかも。頁の上で、何度も読んだ。

 頁の上では、そう書いてあった。

 けれど、その頁のどこにも、あの人はいない。

 あのお方にとって、あの人は玩具だ。玩具をあのお方がどう扱うのか、僕はよく知っている。

 城の外に、気配が近づいてきた。

 リナさんの、怒りに燃えた気配。アメリアさんの、震えながらも前を向く気配。ゼルガディスさんの、張りつめた気配。

 それから、この世界の理から外れた、あの気配。

 月を探すように、すぐに分かった。

 僕は、そこから意識を外した。

 見ているだけだ。それが、僕の仕事だ。

 千年、そうしてきた。今日も、そうする。

 ――そう、言い聞かせた。

 杖を握る指に、いつの間にか、力がこもっていた。

 外したはずの意識が、気づけば、またあの気配の方へ戻っていく。何度外しても。胸の奥の糸に、手繰り寄せられるように。

 見ているだけだ。

 三度目にそう繰り返したとき、それが仕事の言葉なのか、自分への言い訳なのか、もう、分からなかった。

「来たね」

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