獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】 作:半熟ハラミ丼
最初に気づいたのは、僕だった。
床に寝かされたまま、ぼんやりと天井を見上げていたときだ。空間の向こう側で、何かが軋んだ。
顔を向ける。
何もない虚空に、細い亀裂が走っていた。
そこから、気配が漏れてきていた。
知っている気配だった。金色のものではない。もっと小さくて、もっと騒がしくて、もっと温かい。
「……三日月さん」
掠れた声で呼ぶと、隣に座っていた三日月さんが顔を上げた。僕の視線の先を追って、その目が見開かれた。
亀裂の中に、光が灯った。
小さな光だった。それが、ゆっくりと膨らんでいく。輪郭が生まれる。二つの影が、寄り添うように形を取っていく。
栗色の髪。金色の長い髪。
光が消えたとき、そこに、二人が立っていた。
リナさんと、ガウリイさんだった。
「リナさん!! ガウリイさん!!」
アメリアさんが、弾かれたように駆け出した。ゼルガディスさんも、無言でその後に続く。
僕は、動けなかった。
体が言うことを聞かないのもあった。けれど、それ以上に、全身から力が抜けていた。
――帰ってきた。
本当に、帰ってきた。
筋書き通りだった。そうなるはずだと、知っていた。何度も自分に言い聞かせた。三日月さんにも、大丈夫だと言い続けた。
けれど、正直に言えば。
待っている間、生きた心地がしなかった。
魔族に、生きた心地も何もないのだけれど。
隣で、三日月さんが息をつくのが聞こえた。
*
「……あれ? ここ、どこ?」
リナさんが、寝起きのような顔で辺りを見回していた。
「俺たち、何してたんだっけ……」
ガウリイさんも、同じような顔で頭を掻いている。
「リナさん! よかった、本当によかったです!」
アメリアさんが、リナさんに飛びついた。
「ちょ、アメリア、苦しい! 何!? 何なの!?」
「心配したんですよ!! リナさん、混沌の中に消えちゃって、ガウリイさんも追いかけていっちゃったって聞いて……!」
「混沌……? あ」
リナさんの目が、少しずつ焦点を結んでいった。
「……そっか。あたし、重破斬を……」
「まったく、無茶ばかりしやがって」
ゼルガディスさんが、腕を組んで言った。いつもの不機嫌そうな顔だった。けれど、その声は、わずかに震えていた。
「ゼル……アメリア……」
リナさんが、二人の顔を見比べた。それから、隣のガウリイさんを見上げた。
「ガウリイ。あんた、なんで追いかけてきたのよ。死ぬとこだったのよ、分かってんの?」
「ん? いや、だって、リナがいなくなったら困るだろ」
「困るって何よ、困るって!」
「飯、誰と食うんだよ」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
いつもの調子だった。
いつもの、騒がしくて、呆れるほど呑気で、温かいやり取りだった。
僕は、床に寝転がったまま、それを眺めていた。
よかった、と思った。本当に。
*
そのときだった。
リナさんの視線が、ふとこちらを向いた。
僕と、目が合った。
リナさんの顔から、表情が消えた。
次の瞬間、その顔が、みるみる赤く染まっていった。眉が吊り上がり、目が据わり、こめかみに青筋が浮かぶ。
――あ。
まずい。
そう思ったときには、リナさんはもう走り出していた。一直線に。こちらへ。
「ゼ~~ロ~~ス~~~!!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいリナさん、僕今動けな」
言い終わる前に、張り倒されていた。
寝転がっていたところを、さらに張り倒された。どういう理屈なのか分からないが、とにかく張り倒された。そのまま腕を取られ、背中に膝を乗せられ、肘の関節を逆方向へ、ぎりぎりと。
「いだだだだだだ!!!」
「あんた!! ガウリイを売ったでしょ!! 冥王に!! あたしの目の前で!!」
「――すみませんでした」
口から出たのは、言い訳ではなかった。
自分でも、驚いた。いつもなら、ここで「いやあ、あれはですね」と笑ってごまかすところだ。ずっと、そうやって、のらりくらりと躱してきた。
けれど、あの時の、息を呑む音が、まだ耳の奥に残っていた。
「リナさんの目の前で、ガウリイさんを差し出しました。言い訳は、しません。……本当に、すみませんでした」
ぴたりと。
腕を締め上げていた力が、止まった。
「……は?」
リナさんの、間の抜けた声が、頭の上から降ってきた。
「なに、それ」
「何、と言われましても」
「なんで素直に謝ってんのよ。いつもみたいに、へらへら言い訳しなさいよ。……調子狂うじゃない」
背中に乗った膝から、少し、力が抜けた。けれど、腕は離してくれなかった。
「……なんだか、気持ち悪いです」
アメリアさんが、拳を握ったまま、眉をひそめていた。
「ゼロスさんが、まともに謝ってます……」
「何か企んでいるんじゃないのか」
ゼルガディスさんが、腕を組んだまま、冷ややかに言った。
「ひどい! 謝っても駄目なんですか!?」
「駄目に決まってるでしょ!!」
リナさんが、我に返ったように、また腕を捻り上げた。
ぎりぎりぎりぎり。
「いだだだだだ!!」
「謝って済むなら、警察はいらないのよ!!」
痛い。本当に痛い。魔族に関節などないはずなのに、なぜか痛い。ガーヴに削られた傷に、リナさんの膝がめり込んでいる。
けれど、さっきより、少し、力が弱い気がした。
「おー、リナ、元気そうだなあ」
ガウリイさんが、のんびりと笑っていた。売られた当人だというのに。
*
「リナ」
静かな声がした。
三日月さんだった。いつの間にか、リナさんの傍らに膝をついていた。
「そろそろ、勘弁してやってはくれんか」
「……三日月」
リナさんが、僕の腕を極めたまま顔を上げた。
「こやつがそうしたのは、俺を助けるためだ。ならば、俺にも責がある。責めるなら、俺も一緒に責めてくれ」
三日月さんは、穏やかに笑っていた。けれど、その目は真剣だった。
リナさんは、しばらく三日月さんを睨んでいた。
やがて、大きく、大きく溜め息をついた。
「……分かったわよ」
ようやく、腕が解放された。
僕は、床に突っ伏したまま、しばらく動けなかった。
「でも、まだ許したわけじゃないからね!」
リナさんが、ぷいとそっぽを向いた。
「はい……肝に銘じます……」
床に頬をつけたまま、僕はそう答えるのが精一杯だった。
*
そのとき、リナさんの目が、三日月さんの上で止まった。
「……ちょっと待って」
リナさんが、三日月さんの腕を掴んだ。右腕を。それから、左腕を。
「三日月、あんた、腕……」
リナさんは、見ていたのだ。冥王の一撃で、三日月さんの両腕が飛んだところを。血を噴き出して、倒れ伏したところを。
「なんで、ついてるの。傷も、ない。服の血も……」
「ああ、これか」
三日月さんは、のんびりと袖を振ってみせた。
「なに。見た目ほどひどくはなかったのだ。この通り、大丈夫だ」
「大丈夫って……」
リナさんの目が、三日月さんから外れた。
そして、床に突っ伏している僕へ向いた。
じっと、見ていた。
関節技を極めている間にも、気づいていたのだろう。僕が、思っていた以上にふらふらだということに。力の入らない腕。定まらない足元。いつもならするりと抜け出すはずの技を、まともに受けていたこと。
傷一つなく元気な三日月さんと、ふらふらの僕。
リナさんの目が、その二つを、見比べた。
何かを、察したようだった。
リナさんは、口を開きかけた。
それから、三日月さんの顔を見た。
三日月さんは、何も言わずに、ただ穏やかに笑っていた。言わないでくれ、とその笑顔が言っていた。
リナさんは、開きかけた口を閉じた。
「……ふーん」
それだけ言って、リナさんは三日月さんの腕を離した。
「いつか、ちゃんと教えなさいよ」
三日月さんに向かって、小さな声で。
「いつか、な」
三日月さんも、小さく答えた。
僕は、床に頬をつけたまま、そのやり取りを聞いていた。
リナさんは、それ以上何も聞かなかった。
勘の鋭い方だ。きっと、だいたいのことは見当がついたのだろう。それでも、黙っていてくれた。三日月さんの意を汲んで。
胸が、少し温かくなった。
*
「さて!」
リナさんが、勢いよく立ち上がった。
「なんだかよく分かんないけど、とにかく全員無事ってことでいいのよね!?」
「はい! 正義は勝ったんです!」
アメリアさんが、拳を突き上げた。
「勝ったのは金色の魔王だがな」
ゼルガディスさんが、ぼそりと突っ込んだ。
「細かいことはいいのよ! 冥王はいなくなった、ガウリイは戻ってきた、あたしも戻ってきた、三日月もぴんぴんしてる! これ以上、何がいるってのよ!」
「腹が減ったなあ」
「あんたはそればっかりか!」
リナさんが、ガウリイさんの頭をはたいた。ガウリイさんは、へらへらと笑っていた。
アメリアさんが笑い、ゼルガディスさんが溜め息をつき、三日月さんが「はっはっは」と楽しそうに笑った。
「よし! 生還祝いよ! 街に戻って、とびっきりのご馳走を食べるわよ!」
「おー!」
「はい!」
「……まあ、悪くはないな」
「うむ。それはよいな」
皆の声が、広間に響いた。
僕は、まだ床に転がっていた。
さっきまで、皆さん死にかけていたはずなのに。リナさんは混沌に呑まれ、ガウリイさんは水晶に閉じ込められ、アメリアさんとゼルガディスさんは冥王様の一撃で気を失っていたのに。
元気ですねえ、と思った。
リナさんたちは、本当に、しぶとくて、騒がしくて、眩しい。
前世で、頁の上で読んだ通りだ。いや、それ以上だった。文字では、この声の大きさも、この熱も、分からなかった。
「じゃ、行くわよー!」
リナさんの号令で、皆が歩き出した。
その瞬間、体がふわりと浮いた。
「……え」
背中と膝の裏に、腕が回されていた。気がつくと、僕は抱き上げられていた。
三日月さんに。
「あ、あれ?」
「うん? どうした」
三日月さんは、何でもないような顔で僕を抱えたまま、皆の後について歩き出していた。
「いえ、あの、三日月さん?」
「なんだ」
「僕は、その、お邪魔でしょうから。その辺に放っておいていただいても、構いませんけど……」
三日月さんの足が、止まった。
見下ろしてくる目が、細くなった。
「おぬし、俺に、恩人を捨てて行けと言うのか」
言葉に、詰まった。
「……いや、そういうわけじゃなくてですね」
もちろん、僕は置いていかれるものだと思っていた。
当然だ。冥王様の手先として皆をここまで導き、ガウリイさんを売った魔族だ。ご馳走の席に呼ばれる理由など、どこにもない。皆さんが行ってしまったら、少し休んで、動けるようになったら獣王様のところへ戻ろう。報告すべきことは、山ほどある。
「では、どういうわけだ」
「ほら、その。僕がいると、リナさんたちにとっては、あまりよろしくないんじゃないかと……」
三日月さんは、何も言わずに、前を歩くリナさんの方へ顔を向けた。
リナさんが、振り返っていた。
腕を組んで、仁王立ちで。まだ、怒っている顔だった。
しばらく、僕と三日月さんを睨んでいた。
それから、大きく、大きく溜め息をついた。
「……三日月に免じて、今回だけは特別だからね!!」
指を、びしっと僕に突きつけた。
「変なことしたら、今度こそ締め上げるからね!! 覚えときなさいよ!!」
「リナさんがそうおっしゃるなら」
アメリアさんが、渋々といった顔で頷いた。
「……ふん。好きにしろ」
ゼルガディスさんは、そっぽを向いたまま言った。
ガウリイさんは、よく分かっていない顔で「お、ゼロスも来るのか?」と笑っていた。
「――だ、そうだ」
三日月さんが、僕を見下ろして言った。
穏やかな、いつもの顔だった。どこか、得意げに見えた。
目が、合った。
逸らさなかった。
逸らす理由が、もう、どこにも見つからなかった。
代わりに、少しだけ、笑い返した。
何も、言い返せなかった。
そもそも、言い返したところで、自分の足で立ち去るだけの力も残っていなかった。
僕は、黙って、三日月さんの腕の中に収まった。
*
サイラーグの街を、皆で歩いた。
通りには、もう誰もいなかった。笑いながら泣いていた人々は、皆、還るべき場所へ還っていった。静かな、本当の静けさが、街を包んでいた。
夕陽が、石畳を赤く染めていた。
三日月さんの腕の中は、温かかった。
揺れに合わせて、狩衣の袖が頬に触れる。規則正しい足音が、すぐ耳元で聞こえる。前を歩くリナさんたちの賑やかな声が、少し遠くから届いてくる。
不思議な気分だった。
千年、誰かに抱えられたことなど、一度もなかった。誰かの腕の中で、こんなふうに力を抜いたことも。
恥ずかしい、と思った。魔族の、それも獣神官ともあろうものが。
けれど、それ以上に。
――気のせい、だろうか。
歩くうちに、三日月さんが僕を抱える腕の力が、少しずつ強くなっていく気がした。
ほんの少しだけ。落とさないように、というには、少し強く。
離さない、とでも言うように。
僕は、何も言わなかった。
言えば、きっと腕を緩められてしまう気がした。
だから、目を閉じた。
夕陽の温もりと、腕の温もりの中で。
第一章 完
読んでいただきありがとうございました!
次からは幕間、そして2章へ続きます。スレイヤーズTRY軸ですね。
ここからゼロス(転生主)くんはどうなるのでしょうか。お楽しみに
あとがき
まさかのスレイヤーズと刀剣乱舞のクロスオーバー。
好きなもの同士を掛け合わせたらこうなりました。クロスオーバー最高!
ここまで読んでくださる同志が世界中に一人でもいらっしゃることを祈って