獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】 作:半熟ハラミ丼
獣王様の御座所は、いつ来ても静かだった。
広い部屋に、長椅子が一つ。そこに身を預けた主が、気だるげにグラスを傾けている。千年、変わらない光景だった。
「それで」
獣王ゼラス=メタリオム様が、グラス越しに僕を見た。
「冥王が滅んだそうね」
「はい」
僕は、膝をついたまま頭を下げた。
サイラーグから戻って、三日が経っていた。存在の傷は、まだ半分も癒えていない。それでも、報告を先延ばしにするわけにはいかなかった。
「順を追って、ご報告いたします」
報告は、得意だった。
千年、命令をこなしては、その結果を上げてきた。何が起き、誰が何をし、どうなったか。余計な感想を挟まず、事実だけを、正確に。
冥王様の計画。リナ=インバースを導き、重破斬を撃たせ、その暴走で世界を混沌に還すこと。その過程で、反逆した魔竜王ガーヴを囮で釣り出し、始末したこと。
リナさんが重破斬を唱え、冥王様がそれを暴走させたこと。
そして、金色の魔王様が現れたこと。
その名を口にしたとき、獣王様のグラスを持つ手が、ほんのわずかに止まった。
「……あのお方が、直々に」
「はい。冥王様は、ほんの一瞬で」
「そう」
獣王様は、それ以上何も言わなかった。グラスの中の液体を、揺らしていた。
僕は、報告を続けた。
*
伏せるべきことは、決めてあった。
三日月さんの手入れをしたこと。三日月さんの傷が、手入れでしか治らないこと。仮初めの主従を結んでいること。冥王様のとどめを、僕が受け止めたこと。
そして、金色の魔王様に、僕の魂を見抜かれたこと。
冥王様は、もういない。あの場面を見ていたのは、リナさんと三日月さんだけだ。僕が黙っていれば、誰にも分からない。
嘘は、つかない。ただ、言わないだけだ。
お役所仕事の、もう一つの極意だった。
「異界の剣士の件ですが」
僕は、言葉を選んだ。
「冥王様から調査を命じられておりました、リナ=インバース一行に加わっている者です。名を三日月宗近。付喪神、と名乗る存在です」
「付喪神?」
「異界において、長い年月を経た器物に宿る神だそうです。末席ではありますが、神の名を冠する存在に違いありません」
獣王様の目が、わずかに細くなった。
「神、ね」
「はい。それゆえ、この世界の理とは異なる力を宿しております。魔力を込めずとも、刃一つで魔族を斬ることができます。カタートでは、ガーヴの配下を一太刀で」
事実だった。
ここは、正直に話すと決めていた。
隠せば、いつか綻ぶ。獣王様は、そういうことを見逃すお方ではない。それに、魔族を斬れる異界の神がうろついているという事実は、北の魔王様の陣営にとって無視できるものではない。報告しないことの方が、よほど不自然だった。
「魔力も込めずに、ね」
獣王様が、ゆっくりと身を起こした。
「面白いじゃない」
心臓のない胸の奥が、ひやりとした。
面白い。
冥王様も、そう言った。あの人を、玩具を見るような目で見ながら。
「その剣士、今はどうしているの」
「リナさんたちとは、いったん別れるようです。帰る手がかりを探すため、セイルーンに身を寄せると聞いております」
「セイルーン、ね」
獣王様は、グラスを置いた。
「ゼロス。あなた、その剣士と顔見知りなんでしょう」
「……はい。ひと月ほど、旅を共にいたしましたので」
「なら、ちょうどいいわ」
獣王様は、長椅子に頬杖をついた。
「その剣士の監視を、あなたに任せるわ。定期的に様子を見て、報告を上げなさい。何をしているのか。何ができるのか。この世界に、どう関わろうとしているのか」
「承知いたしました」
僕は、深く頭を下げた。
頭を下げたまま、ほっとしている自分に気づいた。
監視なら、そばにいられる。仕事として、堂々と。手の届かないところで、あの人がどうなっているのか分からないまま過ごすよりは、ずっといい。
それに、監視役が僕なら、報告を書くのも僕だ。
「他にも、いくつか任せたいことがあるわ。そちらは、また追って伝える」
「はい」
「……ゼロス」
名を呼ばれて、顔を上げた。
獣王様が、僕を見ていた。グラスの縁を、指先でゆっくりとなぞりながら。
「随分と、詳しいのね。その剣士のことに」
一瞬、言葉に詰まった。
「……冥王様のご命令で、調べておりましたので」
「そう」
獣王様は、ふっと笑った。
それ以上は、何も聞かなかった。
何かを見透かされたのか、それとも、ただの気まぐれな一言だったのか。千年仕えてきた主の笑みの意味が、今の僕には読めなかった。
「下がっていいわ」
「はい。失礼いたします」
御座所を辞して、精神世界の暗がりに出た。
誰もいないことを確かめてから、長く、長く息をついた。魔族に、息など必要ないのに。
嘘は、一つもついていない。
それでも、千年で初めて、主に何かを隠した。
命令ではなく、自分で決めて。