獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】 作:半熟ハラミ丼
あれから、一週間。
三日月宗近という刀について、刀剣乱舞のプレイヤーだった私はそれなりに知っているつもりでいた。おじいちゃん。マイペース。天下五剣で一番美しい刀。
その知識は、どれも間違っていなかった。
間違っていなかったが、一つだけ、画面越しでは決して分からなかったことがある。
彼は、とんでもない放浪癖の持ち主だった。
一日目。昼食を取った食堂から、気づいたらいなくなっていた。三時間かけて町中を探し回った末、町外れの教会の屋根の上で昼寝しているのを見つけた。どうやって登ったのかは、本人も覚えていなかった。
二日目。街道の休憩中、少し目を離した隙に消えた。見つけたのは隣の村の茶屋で、店のおばあさんにお茶と団子をご馳走になっていた。
三日目。宿の部屋で寝ていたはずが、朝には布団が空になっていた。裏の井戸端で、猫と並んで日向ぼっこをしていた。
四日目も、五日目も、六日目も。以下略。
そして毎回、見つけられた本人はけろりとしているのだ。
「おお、皆。どうした、そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないわよ! どこ行ってたのよ!」
「なに、少し散歩をしていただけだ」
「三時間も!?」
「そうか、もうそんなに経っていたか。はは、すまんすまん」
一応、謝りはする。謝りはするのだが、まるで反省の色が見えない。そもそも迷ったという自覚がない。そしてその謝罪が、毎日、欠かさず繰り返される。
ありがたみなど、とうに薄れていた。
*
七日目の朝、ついにリナさんがキレた。
「もう我慢の限界よ!!」
宿の食堂のテーブルが、拳の形に軋んだ。
「なんで毎回毎回、あたしたちが総出で探し回らなきゃなんないのよ! 旅が全っ然進まないじゃない!」
「まあまあリナさん、三日月さんにも悪気は」
「悪気がないから余計にタチが悪いのよ!!」
アメリアさんの取りなしは、一瞬で吹き飛ばされた。
リナさんは肩で息をしながら、ぐるりとテーブルを見回した。ガウリイさんは肉に夢中で、ゼルガディスさんは目を逸らしていて、三日月宗近は今朝もまだ戻ってきていない。
そしてリナさんの視線が、最後に僕の上で止まった。
嫌な予感がした。
「ゼロス」
「はい?」
「今日から三日月を探すのは、あんたの仕事ね」
「……はい?」
「あんた、いつも何もしないで暇なんだから! ちょうどいいでしょ!」
「いやいやいや、待ってください。僕にもいろいろと仕事が」
「その仕事って何よ」
「それは秘密です」
「じゃあ暇ね! 決まり!!」
「そんな無茶苦茶な」
「文句ある!?」
抗議は、三秒で却下された。
ゼルガディスさんが、小さく「諦めろ」と呟いた。ガウリイさんが「ゼロス、頑張れよー」と骨付き肉を振った。アメリアさんだけが、申し訳なさそうに手を合わせてくれた。
こうして、僕の業務がまた一つ増えた。
冥王様からの命令でもなく、獣王様からの命令でもなく、人間の魔導士からの一方的な押し付けで。千年の魔族人生で、たぶん初めてのことだった。
*
仕事そのものに、不満はなかった。
魔族の気配探知を使えば、彼を見つけるのは簡単だ。この世界の理から外れたあの気配は、どこにいても浮き上がって見える。目を閉じて探れば、まるで夜空の月を探すように、すぐに見つかる。
その日の彼は、町を流れる川の土手にいた。
柳の木の下に腰を下ろし、膝の上に団子の包みを広げている。川面に揺れる光を、ただ眺めていた。
「三日月さん」
口にしてから、気づいた。声に出して呼ぶのは、たぶん、これが初めてだった。画面の前では、何度も口にした名前なのに。
声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
「おお、ゼロスか」
「おお、じゃありませんよ。宿はあちらです。真逆です」
「そうか。それは知らなかった」
「知らなかったで済む距離じゃないと思いますが」
「はは。すまんな、手間をかけた」
悪びれもせずにそう言って、三日月さんは団子の包みをこちらに差し出した。
「ちょうどよい。一本どうだ? そこの茶屋で、なぜかもらってしまってな」
「……いただいておきます」
断る理由も思いつかず、僕は串を一本受け取った。三日月さんは満足そうに頷いて、残りを丁寧に包み直した。
問題は、ここからだった。
宿までの帰り道。三日月さんと、二人きりになる。
*
川沿いの道を、並んで歩いた。
「この町の団子は、甘さが控えめだな。俺は嫌いではない」
「そうですか。リナさんたちに見つかったら、全部取られますよ」
「はは、それは困る。では、黙っておいてくれ」
「どうしましょうかねえ」
会話は、普通だった。旅の仲間同士の、どうということのない世間話。僕はいつもの調子で笑い、いつもの調子で軽口を返した。
それなのに、どうにも落ち着かなかった。
毎朝、ログインするたびに眺めていた顔だ。それが今、手を伸ばせば届くところで、団子の甘さの話をしている。一週間経っても、まだ慣れない。
隣を歩く気配が、近すぎる。袖が触れるほどの距離ではないのに、肌の内側がざわつく。神と魔の相性が悪いせいだ、と僕はもう一度自分に言い聞かせた。
「ゼロス」
名前を呼ばれて、反射的に横を向いた。
三日月さんが、こちらを見ていた。
夕陽に照らされた瞳の中で、細い月が静かに光っている。穏やかで、深くて、底が見えない。
その瞳に映っているのが、自分の顔だけではないような気がした。
笑顔の下に積み上げてきたもの。命令のままに通り過ぎてきた年月。それを、黙って見られている。
居た堪れなくなって、僕は先に目を逸らした。
「……何でしょう」
声が、わずかに硬くなった。
三日月さんは、しばらく何も言わなかった。
問い詰めることも、首を傾げることもしない。ただ、僕が逸らした視線の先を、同じように眺めただけだった。
「いや。おぬしは、よく俺を見つけるな、と思ってな」
「仕事ですから。押し付けられた、ですけど」
「そうか」
三日月さんは、小さく笑った。
「助かっている。ありがとう」
それだけ言って、彼はまた前を向いた。袖を揺らし、いつも通りの歩調で、のんびりと。
僕は団子の串を握ったまま、その背中を見ていた。
前の私なら、彼の隣に歩けることを、きっと泣くほど喜んだだろう。
今の僕は、なぜか、その一歩後ろから動けずにいる。
川面で、夕陽がゆらりと揺れた。団子は、まだ一口も食べていなかった。