獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】 作:半熟ハラミ丼
その噂を聞いたのは、迷子係を押し付けられて三日目の昼だった。
「山の上の古い砦に、盗賊団が住み着いてるんだとさ。街道を通る商人から、荷をごっそり巻き上げていくらしい」
宿の主人が、声をひそめてそう言った。
リナさんの目が、きらりと光った。
「……へえ」
嫌な予感がした。いや、予感というより、知っていた。頁の上で、何度も読んだ顔だ。
「お宝の匂いがするわ……!」
「リナさん、違います! そこは『困っている人たちを救わなきゃ』です!」
アメリアさんが、拳を握って立ち上がった。
「悪の盗賊団を、正義の鉄槌で成敗するんです!」
「そうそう、それそれ。で、ついでに奪われたお宝を回収するのよ」
「ついでの方が本命だろう」
ゼルガディスさんが、溜め息まじりに言った。ガウリイさんは、話を聞いているのかいないのか、骨付き肉を齧っていた。
「ほう。盗賊退治とは、勇ましいな」
三日月さんが、湯呑みを置いて、のんびりと言った。
「俺も、ご一緒しよう」
「あんたは来なくていいわよ。……いや、置いてったら置いてったで、どっか行っちゃいそうね」
リナさんは、三日月さんをびしっと指さした。
「いい? 来るなら、あたしたちの後ろから絶対に離れないこと。迷子になったら、置いてくからね」
「うむ。心得た」
三日月さんは、穏やかに頷いた。
僕は、そっと視線を逸らした。
その「心得た」が一度も守られたためしがないことを、この十日で、嫌というほど知っていた。
*
夜。
山道は、月明かりだけが頼りだった。リナさんの明かりの術は、砦に近づくまでは使わない。見張りに気づかれたら、お宝を持って逃げられるかもしれないからだ。
理由が完全にお宝基準なのが、リナさんらしい。
「……ねえ」
先頭を歩いていたリナさんが、ふと足を止めた。
「三日月は?」
全員が、振り返った。
最後尾には、誰もいなかった。夜風に揺れる木々と、細い獣道が、闇の奥へ続いているだけだった。
「さっきまで、いましたよね……?」
アメリアさんの声が、震えた。
「……あの男、本当にどうなっているんだ」
ゼルガディスさんが、額を押さえた。
「ゼロス!」
リナさんの声が、僕に飛んできた。
「あんたの仕事でしょ! 探してきなさい!」
「はいはい。では、ちょっと探してきますね」
僕は、にっこりと笑った。
それから、木陰に一歩入って、誰の目も届かなくなったところで、精神世界へ身を移した。
*
探すまでもなかった。
この世界の理から外れた、あの気配。夜空の月を探すように、すぐに見つかる。
三日月さんは、山の上の砦にいた。
僕たちが向かっていた、まさにその場所だ。一人で、先に着いていた。あの獣道から、どうやって最短の道を見つけたのかは分からない。たぶん、本人にも分かっていない。
そして、捕まっていた。
「おい、見ろよ。この身なり」
「どこの若様だ? この刺繍、絹だぞ」
「身代金がたんまり取れそうだな!」
砦の広間で、むさ苦しい男たちが、三日月さんを取り囲んでいた。縄で後ろ手に縛られて、床に座らされている。
本人は、少しも慌てていなかった。
「ふむ。ここが、お前たちの屋敷か」
きょろきょろと、広間を見回していた。
「なかなか、趣があるな。少々、埃っぽいが」
「……何だ、こいつ」
盗賊たちが、顔を見合わせた。
僕は、精神世界の側から、それを眺めていた。
助けに出る気は、なかった。リナさんたちは、もうすぐ着く。盗賊団程度に、あの人がどうにかなるとは思えない。それに、僕が出ていけば、話がややこしくなるだけだ。
騒ぎの間は姿を消して、終わった頃に戻る。いつものことだ。
……いつものこと、なのだけれど。
*
「茶は、ないか」
三日月さんが、言った。
「は?」
「喉が渇いてな。山道は、なかなか堪える。年寄りには、少々きつい」
「……てめえ、自分の立場分かってんのか」
「うむ。捕まっているな」
あっさりと、頷いた。
「だが、捕まっていても、喉は渇く」
盗賊たちは、また顔を見合わせた。
一番年若い一人が、おずおずと手を挙げた。
「……お頭。茶なら、昼に沸かしたのが、まだ」
「出さなくていい!」
「いや、でも、なんか、可哀想で……」
結局、茶が出た。
縄を解かれた三日月さんは、欠けた湯呑みを両手で包んで、ほう、と息をついた。
「うまいな。誰が淹れた」
「お、俺っす」
「そうか。よい腕だ」
若い盗賊が、照れたように頭を掻いた。
それから、話が転がり始めた。
どこから来た。こんな山奥で何をしている。なぜ、盗賊などやっている。
三日月さんがのんびりと尋ねるたびに、盗賊たちは、ぽつりぽつりと答えた。村が飢饉で潰れたこと。食い詰めて、山に逃げ込んだこと。最初は、ほんの出来心だったこと。
「……そうか。苦労したのだな」
三日月さんは、頭領の話を、黙って最後まで聞いていた。責めもしなかった。慰めもしなかった。ただ、聞いていた。
気がつけば、広間の真ん中に酒樽が引っ張り出されていた。干し肉が炙られ、誰かが調子外れの歌を歌い始めていた。
「……お頭。この人、いい人っすね」
「……ああ。なんか、死んだじいさんを思い出す」
頭領が、鼻をすすっていた。
僕は、精神世界の側で、少し呆れていた。
人質が、一刻もしないうちに、宴の主賓になっている。
画面の向こうでも、確かに、こういう人だった。マイペースで、のんびりしていて、気づけば周りが、この人の調子に巻き込まれている。
目の前のこの人も、少しも変わらない。
画面越しに眺めていた頃と違うのは、その調子に巻き込まれるのが、今は僕たちだということくらいだ。
ふと、気づいた。
広間には、盗賊が二十人近くいる。酒樽も、歌も、炙られた肉もある。
それなのに、僕はさっきから、あの人ばかり見ている。
……監視対象だからだ。冥王様のご命令だ。
そう、自分に言い聞かせた。
*
砦の扉が、吹き飛んだ。
「――火炎球(ファイアー・ボール)っ!!」
轟音と、熱風と、木っ端の雨。
煙の向こうから、リナさんが踏み込んできた。その後ろに、剣を抜いたガウリイさんとゼルガディスさん、拳を構えたアメリアさん。
「盗賊ども!! 大人しく、お宝を全部置いていきなさいっ!!」
「リナさん、先に正義の口上です!」
広間が、静まり返った。
酒樽の前で、三日月さんが、湯呑みを片手に振り返った。
「おお、皆。遅かったな」
「…………は?」
リナさんの顔が、固まった。
盗賊たちが、一斉に立ち上がった。三日月さんの前に、ずらりと並んで。
「てめえら、何しに来やがった!」
「おじいちゃんに手ぇ出すなら、俺たちを倒してからにしろ!!」
「誰がおじいちゃんよ!! っていうか、なんであんたたちが庇ってんのよ!!」
「おじいちゃん、人気だなあ」
ガウリイさんが、感心したように言った。
「感心している場合か」
ゼルガディスさんが、額を押さえていた。
「三日月! あんた、なんでここにいんのよ!?」
「うむ。捕まっていたぞ」
「どこがよ!!」
「茶がうまくてな」
「知らないわよ!!」
リナさんの肩が、ぷるぷると震えていた。それから、両手を、前に突き出した。
「……もういいわ。まとめて、吹っ飛びなさいっ!!」
二発目の火炎球が、広間を揺らした。
*
煙が晴れたとき、盗賊たちは、きれいに床に伸びていた。
三日月さんだけが、なぜか無傷で、湯呑みを持ったまま、ぽつんと座っていた。
「悪の盗賊団よ!!」
アメリアさんが、瓦礫の上に飛び乗った。
「人の物を奪うことは、許されません!! 罪を悔い改め、正しき道を歩むのです!! それが、正義というものです!!」
盗賊たちは、床に伸びたまま、ぼんやりとアメリアさんを見上げていた。あまり、響いている様子はなかった。
「――うむ。よく言った」
三日月さんが、湯呑みを置いて、ゆっくりと立ち上がった。伸びている頭領の傍らに、膝をついた。
アメリアさんの方を見て、それから、頭領を見下ろした。
「お前たちの苦労は、聞いた。だが、奪われた者にも、同じだけの苦労があろう。……やり直すなら、今のうちだぞ」
頭領の目に、じわりと、涙が浮かんだ。
「……おじいちゃん……っ」
「だから誰がおじいちゃんよ……」
リナさんが、力なく呟いた。
結局、盗賊団は翌朝、全員揃って町の憲兵の詰所に自首した。アメリアさんは「正義が勝ちました!」と喜んでいたけれど、どう見ても、決め手は三日月さんの一言だった。
リナさんは、砦の奥の宝物庫から、お宝をしっかり回収していた。奪われた商人たちに返す分を差し引いても、なお、ほくほく顔だった。
*
僕が皆の前に戻ったのは、全部が片付いた後だった。
山を下りる道の途中で、木陰から、ひょいと顔を出した。
「おや、皆さん。もう終わりましたか」
「ゼ~ロ~ス~!!」
リナさんが、ずかずかと詰め寄ってきた。
「あんた、今までどこ行ってたのよ!! 三日月探しに行ったっきり、帰ってこないで!!」
「いやあ、探していたら、すっかり道に迷ってしまいまして」
「迷子係が迷子になってどうすんのよ!!」
「面目ありません」
へらへらと、笑ってみせた。
リナさんは、しばらく僕を睨んでいたけれど、やがて、盛大に溜め息をついた。
「……もういいわ。お宝は手に入ったし」
そう言って、ほくほくと懐を叩いた。機嫌が直るのが、早い。そこも、頁の上で読んだ通りだった。
*
「ゼロス」
三日月さんが、隣に並んできた。
「おぬしも、来ればよかったのに。茶が、うまかったぞ」
「……それは、残念でしたね」
「うむ。それと、これを」
三日月さんが、袖から何かを取り出して、僕の手のひらに載せた。
干し柿だった。
「あの若い者がな。皆で食べてくれと、持たせてくれたのだ。おぬしの分だ」
「……僕の、ですか」
「うむ」
三日月さんは、それだけ言って、また前を向いた。
僕は、手のひらの上の干し柿を見下ろした。
魔族に、食事は必要ない。味も、きっと、ろくに分からない。
それなのに、なぜか、捨てる気にはなれなかった。
少しの間、それを持て余して。
それから、そっと、懐にしまった。