獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】   作:半熟ハラミ丼

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第四話 お茶会

 その噂を聞いたのは、迷子係を押し付けられて三日目の昼だった。

「山の上の古い砦に、盗賊団が住み着いてるんだとさ。街道を通る商人から、荷をごっそり巻き上げていくらしい」

 宿の主人が、声をひそめてそう言った。

 リナさんの目が、きらりと光った。

「……へえ」

 嫌な予感がした。いや、予感というより、知っていた。頁の上で、何度も読んだ顔だ。

「お宝の匂いがするわ……!」

「リナさん、違います! そこは『困っている人たちを救わなきゃ』です!」

 アメリアさんが、拳を握って立ち上がった。

「悪の盗賊団を、正義の鉄槌で成敗するんです!」

「そうそう、それそれ。で、ついでに奪われたお宝を回収するのよ」

「ついでの方が本命だろう」

 ゼルガディスさんが、溜め息まじりに言った。ガウリイさんは、話を聞いているのかいないのか、骨付き肉を齧っていた。

「ほう。盗賊退治とは、勇ましいな」

 三日月さんが、湯呑みを置いて、のんびりと言った。

「俺も、ご一緒しよう」

「あんたは来なくていいわよ。……いや、置いてったら置いてったで、どっか行っちゃいそうね」

 リナさんは、三日月さんをびしっと指さした。

「いい? 来るなら、あたしたちの後ろから絶対に離れないこと。迷子になったら、置いてくからね」

「うむ。心得た」

 三日月さんは、穏やかに頷いた。

 僕は、そっと視線を逸らした。

 その「心得た」が一度も守られたためしがないことを、この十日で、嫌というほど知っていた。

 

     *

 

 夜。

 山道は、月明かりだけが頼りだった。リナさんの明かりの術は、砦に近づくまでは使わない。見張りに気づかれたら、お宝を持って逃げられるかもしれないからだ。

 理由が完全にお宝基準なのが、リナさんらしい。

「……ねえ」

 先頭を歩いていたリナさんが、ふと足を止めた。

「三日月は?」

 全員が、振り返った。

 最後尾には、誰もいなかった。夜風に揺れる木々と、細い獣道が、闇の奥へ続いているだけだった。

「さっきまで、いましたよね……?」

 アメリアさんの声が、震えた。

「……あの男、本当にどうなっているんだ」

 ゼルガディスさんが、額を押さえた。

「ゼロス!」

 リナさんの声が、僕に飛んできた。

「あんたの仕事でしょ! 探してきなさい!」

「はいはい。では、ちょっと探してきますね」

 僕は、にっこりと笑った。

 それから、木陰に一歩入って、誰の目も届かなくなったところで、精神世界へ身を移した。

 

     *

 

 探すまでもなかった。

 この世界の理から外れた、あの気配。夜空の月を探すように、すぐに見つかる。

 三日月さんは、山の上の砦にいた。

 僕たちが向かっていた、まさにその場所だ。一人で、先に着いていた。あの獣道から、どうやって最短の道を見つけたのかは分からない。たぶん、本人にも分かっていない。

 そして、捕まっていた。

「おい、見ろよ。この身なり」

「どこの若様だ? この刺繍、絹だぞ」

「身代金がたんまり取れそうだな!」

 砦の広間で、むさ苦しい男たちが、三日月さんを取り囲んでいた。縄で後ろ手に縛られて、床に座らされている。

 本人は、少しも慌てていなかった。

「ふむ。ここが、お前たちの屋敷か」

 きょろきょろと、広間を見回していた。

「なかなか、趣があるな。少々、埃っぽいが」

「……何だ、こいつ」

 盗賊たちが、顔を見合わせた。

 僕は、精神世界の側から、それを眺めていた。

 助けに出る気は、なかった。リナさんたちは、もうすぐ着く。盗賊団程度に、あの人がどうにかなるとは思えない。それに、僕が出ていけば、話がややこしくなるだけだ。

 騒ぎの間は姿を消して、終わった頃に戻る。いつものことだ。

 ……いつものこと、なのだけれど。

 

     *

 

「茶は、ないか」

 三日月さんが、言った。

「は?」

「喉が渇いてな。山道は、なかなか堪える。年寄りには、少々きつい」

「……てめえ、自分の立場分かってんのか」

「うむ。捕まっているな」

 あっさりと、頷いた。

「だが、捕まっていても、喉は渇く」

 盗賊たちは、また顔を見合わせた。

 一番年若い一人が、おずおずと手を挙げた。

「……お頭。茶なら、昼に沸かしたのが、まだ」

「出さなくていい!」

「いや、でも、なんか、可哀想で……」

 結局、茶が出た。

 縄を解かれた三日月さんは、欠けた湯呑みを両手で包んで、ほう、と息をついた。

「うまいな。誰が淹れた」

「お、俺っす」

「そうか。よい腕だ」

 若い盗賊が、照れたように頭を掻いた。

 それから、話が転がり始めた。

 どこから来た。こんな山奥で何をしている。なぜ、盗賊などやっている。

 三日月さんがのんびりと尋ねるたびに、盗賊たちは、ぽつりぽつりと答えた。村が飢饉で潰れたこと。食い詰めて、山に逃げ込んだこと。最初は、ほんの出来心だったこと。

「……そうか。苦労したのだな」

 三日月さんは、頭領の話を、黙って最後まで聞いていた。責めもしなかった。慰めもしなかった。ただ、聞いていた。

 気がつけば、広間の真ん中に酒樽が引っ張り出されていた。干し肉が炙られ、誰かが調子外れの歌を歌い始めていた。

「……お頭。この人、いい人っすね」

「……ああ。なんか、死んだじいさんを思い出す」

 頭領が、鼻をすすっていた。

 僕は、精神世界の側で、少し呆れていた。

 人質が、一刻もしないうちに、宴の主賓になっている。

 画面の向こうでも、確かに、こういう人だった。マイペースで、のんびりしていて、気づけば周りが、この人の調子に巻き込まれている。

 目の前のこの人も、少しも変わらない。

 画面越しに眺めていた頃と違うのは、その調子に巻き込まれるのが、今は僕たちだということくらいだ。

 ふと、気づいた。

 広間には、盗賊が二十人近くいる。酒樽も、歌も、炙られた肉もある。

 それなのに、僕はさっきから、あの人ばかり見ている。

 ……監視対象だからだ。冥王様のご命令だ。

 そう、自分に言い聞かせた。

 

     *

 

 砦の扉が、吹き飛んだ。

「――火炎球(ファイアー・ボール)っ!!」

 轟音と、熱風と、木っ端の雨。

 煙の向こうから、リナさんが踏み込んできた。その後ろに、剣を抜いたガウリイさんとゼルガディスさん、拳を構えたアメリアさん。

「盗賊ども!! 大人しく、お宝を全部置いていきなさいっ!!」

「リナさん、先に正義の口上です!」

 広間が、静まり返った。

 酒樽の前で、三日月さんが、湯呑みを片手に振り返った。

「おお、皆。遅かったな」

「…………は?」

 リナさんの顔が、固まった。

 盗賊たちが、一斉に立ち上がった。三日月さんの前に、ずらりと並んで。

「てめえら、何しに来やがった!」

「おじいちゃんに手ぇ出すなら、俺たちを倒してからにしろ!!」

「誰がおじいちゃんよ!! っていうか、なんであんたたちが庇ってんのよ!!」

「おじいちゃん、人気だなあ」

 ガウリイさんが、感心したように言った。

「感心している場合か」

 ゼルガディスさんが、額を押さえていた。

「三日月! あんた、なんでここにいんのよ!?」

「うむ。捕まっていたぞ」

「どこがよ!!」

「茶がうまくてな」

「知らないわよ!!」

 リナさんの肩が、ぷるぷると震えていた。それから、両手を、前に突き出した。

「……もういいわ。まとめて、吹っ飛びなさいっ!!」

 二発目の火炎球が、広間を揺らした。

 

     *

 

 煙が晴れたとき、盗賊たちは、きれいに床に伸びていた。

 三日月さんだけが、なぜか無傷で、湯呑みを持ったまま、ぽつんと座っていた。

「悪の盗賊団よ!!」

 アメリアさんが、瓦礫の上に飛び乗った。

「人の物を奪うことは、許されません!! 罪を悔い改め、正しき道を歩むのです!! それが、正義というものです!!」

 盗賊たちは、床に伸びたまま、ぼんやりとアメリアさんを見上げていた。あまり、響いている様子はなかった。

「――うむ。よく言った」

 三日月さんが、湯呑みを置いて、ゆっくりと立ち上がった。伸びている頭領の傍らに、膝をついた。

 アメリアさんの方を見て、それから、頭領を見下ろした。

「お前たちの苦労は、聞いた。だが、奪われた者にも、同じだけの苦労があろう。……やり直すなら、今のうちだぞ」

 頭領の目に、じわりと、涙が浮かんだ。

「……おじいちゃん……っ」

「だから誰がおじいちゃんよ……」

 リナさんが、力なく呟いた。

 結局、盗賊団は翌朝、全員揃って町の憲兵の詰所に自首した。アメリアさんは「正義が勝ちました!」と喜んでいたけれど、どう見ても、決め手は三日月さんの一言だった。

 リナさんは、砦の奥の宝物庫から、お宝をしっかり回収していた。奪われた商人たちに返す分を差し引いても、なお、ほくほく顔だった。

 

     *

 

 僕が皆の前に戻ったのは、全部が片付いた後だった。

 山を下りる道の途中で、木陰から、ひょいと顔を出した。

「おや、皆さん。もう終わりましたか」

「ゼ~ロ~ス~!!」

 リナさんが、ずかずかと詰め寄ってきた。

「あんた、今までどこ行ってたのよ!! 三日月探しに行ったっきり、帰ってこないで!!」

「いやあ、探していたら、すっかり道に迷ってしまいまして」

「迷子係が迷子になってどうすんのよ!!」

「面目ありません」

 へらへらと、笑ってみせた。

 リナさんは、しばらく僕を睨んでいたけれど、やがて、盛大に溜め息をついた。

「……もういいわ。お宝は手に入ったし」

 そう言って、ほくほくと懐を叩いた。機嫌が直るのが、早い。そこも、頁の上で読んだ通りだった。

 

     *

 

「ゼロス」

 三日月さんが、隣に並んできた。

「おぬしも、来ればよかったのに。茶が、うまかったぞ」

「……それは、残念でしたね」

「うむ。それと、これを」

 三日月さんが、袖から何かを取り出して、僕の手のひらに載せた。

 干し柿だった。

「あの若い者がな。皆で食べてくれと、持たせてくれたのだ。おぬしの分だ」

「……僕の、ですか」

「うむ」

 三日月さんは、それだけ言って、また前を向いた。

 僕は、手のひらの上の干し柿を見下ろした。

 魔族に、食事は必要ない。味も、きっと、ろくに分からない。

 それなのに、なぜか、捨てる気にはなれなかった。

 少しの間、それを持て余して。

 それから、そっと、懐にしまった。

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