獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】   作:半熟ハラミ丼

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第七話 竜たちの峰

 雲を抜けると、空が金色に光っていた。

 竜だった。

 巨大な翼が、陽光を弾いてきらめいている。一頭、二頭、数えきれないほどの黄金竜が、峰と峰の間をゆったりと旋回していた。

「うわあ……」

 アメリアさんが、口を開けたまま空を見上げた。

「すげえなあ。でっかいトカゲがいっぱいだ」

「ガウリイ、あんたそれ、本人たちの前で絶対言うんじゃないわよ」

 リナさんが、小声で釘を刺した。

 竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)。黄金竜の一族が住まう、カタート山脈の奥地。

 人間が足を踏み入れることなど、まずない場所だ。旋回する竜たちの目が、一斉にこちらを向いているのが分かった。歓迎の色はない。侵入者を値踏みする、冷たい警戒の目だった。

「……あんまり、歓迎されてないみたいね」

「そりゃそうだろう。こっちは招かれざる客だ」

 ゼルガディスさんが、剣の柄に手をかけたまま呟いた。

 道案内の子供は、リナさんの後ろに隠れるようにして空を見上げていた。怯えた子供の顔だった。完璧な演技だった。

 そのとき、一頭の竜が群れを離れた。

 ひときわ大きな体躯。陽光を受けて燃えるような黄金の鱗。それが、まっすぐこちらへ降りてくる。

 風圧で、砂利が舞い上がった。

 竜は、僕たちから少し離れた岩場に降り立った。そして、その巨体が光に包まれ、みるみる縮んでいく。

 光が消えたとき、そこに立っていたのは一人の男だった。

 金色の髪を後ろに流した、彫りの深い顔立ちの壮年の男。長衣の袖から覗く右手が、ほんのわずかに硬質な光を返していた。

「人間たちよ」

 低く、よく通る声だった。

「ここは我ら黄金竜の住処だ。人の来る場所ではない。早々に立ち去るがよい」

 有無を言わせぬ口調だった。リナさんが一歩前に出かけて、言葉を探すように口を開く。

 その前に、僕が前へ出た。

 筋書き通りに。

「お久しぶりですね、ミルガズィアさん」

 男の目が、僕を捉えた。

 一瞬で、その顔から表情が消えた。

「……お前は」

 声が、低く沈んだ。

「ゼロス」

 空気が凍りついた。

 上空を旋回していた竜たちが、一斉に動きを止めたのが分かった。何十という黄金の瞳が、僕一人に注がれる。敵意と、それを上回るほどの恐怖を込めて。

「降魔戦争以来だな」

 ミルガズィアさんの声は、静かだった。静かすぎて、その下にあるものがかえってよく見えた。

「何をしに来た」

 僕は、いつもの笑顔を崩さなかった。

 千年前。この竜たちの同胞を、僕は滅ぼしかけた。数千の黄金竜を屠り、空を血で染めた。この人は、その生き残りだ。

 そのことを、僕は何も感じずに思い出せるはずだった。

 なのに今、背中に視線を感じていた。

 三日月さんが、見ている。

「大したことではありませんよ」

 僕は、明るい声で言った。

「こちらのリナ=インバースさんに、あなた方が守っている異界黙示録(クレアバイブル)を見せてあげてほしいんです」

「断る、と言ったら?」

「そうですねえ」

 僕は、小首を傾げた。

「説得以外の方法を、考えることになりますね」

 穏やかに。にこやかに。いつも通りに。

 ミルガズィアさんの右手が、ぎしりと鳴った。

 長い沈黙があった。上空の竜たちの羽ばたきだけが、遠くで聞こえていた。

「……いいだろう」

 やがて、ミルガズィアさんが言った。苦いものを噛み潰したような声だった。

「人間たちよ、ついて来い。案内しよう」

 それだけ言って、ミルガズィアさんは背を向けた。

 僕は、笑顔のまま一礼した。

 背中の視線は、まだそこにあった。振り返る勇気は、なかった。

 

     *

 

 岩場の道を、ミルガズィアさんに続いて歩いた。

 しばらくは、誰も口を開かなかった。ミルガズィアさんの背中が、言葉を拒んでいた。

 沈黙を破ったのは、ミルガズィアさんの方だった。

「人間の魔導士よ。一つ聞きたい」

 振り返らずに、ミルガズィアさんは言った。

「なぜ、魔族と行動を共にしている」

 ――ああ、ここか。

 僕は、心の中で目を閉じた。

「え?」

 アメリアさんが、きょとんとした声を上げた。

「魔族って……誰のことですか?」

「そこの神官だ」

 ミルガズィアさんは、振り返りもせずに言った。

「獣王ゼラス=メタリオムの腹心、獣神官ゼロス。千年前、我が同胞を滅ぼしかけた魔族だ」

「ええええええええええ!?」

 アメリアさんの絶叫が、峰々にこだました。

「ゼ、ゼロスさんが、魔族!? 嘘ですよね!? だってゼロスさん、神官って!」

「神官ですよ。獣神官、ですけど」

「そういう問題じゃありません!!」

「……獣神官、だと」

 ゼルガディスさんが、足を止めていた。その顔から、血の気が引いている。

「魔族の中でも、腹心に次ぐ高位の存在じゃないか。そんなものが、ずっと俺たちと……」

「いやあ、隠していたつもりはないんですけどね。聞かれませんでしたし」

「普通、聞かんだろう!!」

 ゼルガディスさんの怒鳴り声を、僕はへらへらと受け流した。

 リナさんは、驚かなかった。

「……やっぱりね」

 腕を組んで、溜め息をついただけだった。

「リナさん、知ってたんですか!?」

「薄々ね。人間じゃないんじゃないかってぐらいは。……でも、まさか獣王の神官だなんて。そこまでの大物だとは、思ってなかったわよ」

「俺も、なんとなくそうかなって思ってた」

 ガウリイさんが、頭を掻きながら言った。

「ガウリイさんまで!?」

「いや、なんかこう、ゼロスって、においが違うっていうか」

「においって何ですか、においって!」

 アメリアさんが頭を抱える。いつもの騒がしさが、少しだけ戻ってきた。

 僕は、笑っていた。笑いながら、意識の大半は別のところにあった。

 三日月さんだ。

 覚悟はしていた。いつか正体は明かされる。筋書きにそう書いてあったし、それ自体はどうということもない。リナさんたちに魔族だと知られても、僕の仕事には何の支障もない。

 けれど、あの人は。

 付喪神。末席とはいえ、神の側に属するもの。魔族を斬るための刃を持つ人。

 ――いや。それだけじゃない。

 画面の向こうで、毎日のように眺めていた刀だ。前の私が、好きだった刀だ。

 その三日月宗近に、嫌われたくなかった。

 その人が、僕が魔族だと知ったら。千年前に竜を屠った者だと知ったら。そのことに、何一つ痛みを感じてこなかった者だと知ったら。どんな顔をするのだろう。

 軽蔑だろうか。嫌悪だろうか。それとも、あの冴えた月のような目で、斬るべきものを見る目で、僕を見るのだろうか。

 振り返って確かめたかった。けれど、怖くて、できなかった。

 リナさんの陰で、道案内の子供が僕を見ていた。大きな目を、楽しそうに細めて。

 あからさまに三日月さんの顔色を窺えば、あの方はきっと気づく。僕があの人を気にしていることに。それは、まずい。あの方の玩具を、自分から差し出すようなものだ。

 だから僕は、アメリアさんの追及に答えるふりをして、そっと視線を流した。

 三日月さんは、最後尾を歩いていた。

 いつも通りの顔だった。

「三日月さんは、驚かないんですか!?」

 アメリアさんが、すがるように振り返った。

 三日月さんは、少し考えるように首を傾げた。

「ふむ。そうか」

 それだけだった。

「そうか、って……それだけですか!?」

「うむ。まあ、そうだろうとは思っていたからな」

 三日月さんは、のんびりと笑った。

「ゼロスはゼロスだ。それで、何か変わるのか?」

 アメリアさんが、ぽかんと口を開けた。

 僕は、前を向いた。

 表情は、変わっていなかった。あの人の顔には、軽蔑も、嫌悪も、なかった。最初に出会った夜と同じ、底の見えない穏やかさがあるだけだった。

 胸の奥で、何かがほどけた。

 ――嫌われなかった。

 たったそれだけのことで、こんなにも力が抜けるのかと、自分で少し驚いた。

 前の私の感傷だ。そう分かっていても、ほどけたものは、もう元には戻らなかった。

 

     *

 

「それで」

 ミルガズィアさんが、再び口を開いた。

「答えを聞いていないぞ、人間の魔導士。なぜ、魔族と共にいる」

 リナさんは、少しの間黙っていた。

 それから、顔を上げた。

「利用されてるのは、分かってるわ」

 はっきりとした声だった。

「ゼロスが何を企んでるのかは知らない。でも、あたしたちを何かに使おうとしてるのは確か。それくらい、分かってて一緒にいるのよ」

「ならば、なぜ」

「利用されるだけで終わるつもりはないからよ」

 リナさんは、まっすぐにミルガズィアさんの背中を見ていた。

「魔竜王ガーヴに命を狙われてる。魔族の思惑に振り回されてる。このままじゃ、いいように使われて捨てられるだけ。だからこそ、知りたいの。魔族と渡り合える力を。そのために、異界黙示録が必要なのよ」

 峰を渡る風が、リナさんの髪を揺らした。

 ミルガズィアさんは、足を止めた。

 ゆっくりと振り返る。金色の瞳が、リナさんを見つめた。長い、長い時を生きてきた竜の目だった。

「……そうか」

 やがて、ミルガズィアさんは小さく頷いた。

「ならば、言っておこう」

 静かな声だった。

「我ら黄金竜は、そこの獣神官には太刀打ちできん。降魔戦争で、同胞は滅びかけた。あれから千年が経った今でも、それは変わらん」

 ミルガズィアさんの視線が、一瞬だけ僕をかすめた。

「お前たちに何かあっても、我らは庇えん。私は長老として、一族を守る義務がある。異界黙示録をお前に見せるのも、断りきれなかったからにすぎん」

「……正直ね」

「嘘をついても仕方あるまい」

 ミルガズィアさんは、再び前を向いた。

「だが、人間の魔導士よ。せめて人として、精一杯足掻くといい」

 それだけ言って、ミルガズィアさんは歩き出した。

 リナさんは、少しの間その背中を見つめていた。それから、ふっと笑った。

「言われなくても、そのつもりよ」

 

     *

 

 一行は、再び歩き出した。

 竜たちの峰の奥へ。異界黙示録の眠る場所へ。

 僕は、いつものように一行の後ろを歩いた。笑顔を顔に貼りつけて、何事もなかったかのように。

 人として、精一杯足掻くといい。

 ミルガズィアさんの言葉が、耳に残っていた。

 僕に向けられた言葉ではない。分かっている。それなのに、なぜか胸の奥に引っかかって、抜けなかった。

 人として。

 前の私なら、その言葉をまっすぐに受け取れたのだろうか。

 振り返ると、三日月さんと目が合った。

 今度は、逸らす前に、あの人の方が先に微笑んだ。

 何も言わずに。ただ、いつものように。

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