獣神官ゼロスに転生した元とうらぶプレイヤーですが、なぜか三日月宗近が落ちてきました【第一章】   作:半熟ハラミ丼

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第八話 扉の前で

 峰の奥深く、切り立った岩壁に、その洞窟は口を開けていた。

 中は、ひんやりと静かだった。外の風の音が嘘のように遠のき、自分たちの足音だけが岩肌に反響する。

 奥へ進むほど、空気が変わっていった。澄んで、重く、どこか張りつめている。人間の皆さんにも分かるのだろう。誰も、無駄口を叩かなかった。ガウリイさんでさえ、黙って歩いていた。

 やがて、ミルガズィアさんが足を止めた。

 行き止まりだった。正面の岩壁に、淡い光が揺らめいている。目を凝らすと、それは岩そのものではなかった。空間が、水面のように波打っているのだ。

「この先が、異界黙示録の在る場所だ」

 ミルガズィアさんが言った。

「ここから先は、我ら黄金竜にとっても神聖な場だ。案内するのは、人間の魔導士、お前一人とする」

「えっ、あたしだけ?」

「そうだ」

「待て」

 声を上げたのは、ゼルガディスさんだった。

「俺も異界黙示録に用がある。この体を元に戻す方法を、ずっと探してきたんだ。ここまで来て、門前払いはないだろう」

 ミルガズィアさんは、ゼルガディスさんを一瞥した。

「そこの獣神官の頼みは、その魔導士に異界黙示録を見せることだった。それ以上を聞く義理はない」

「なっ……」

「これでも譲歩しているのだ。不満なら、帰るがいい」

 取りつく島もなかった。ゼルガディスさんは歯噛みして、それ以上は何も言わなかった。言えなかった、のだろう。この竜が引いた一線を越えれば、何もかもが台無しになる。

 さて。

 ここで、僕の出番だ。

「では、僕も同行させていただきましょうか」

 ミルガズィアさんの眉が、ぴくりと動いた。

「……何だと」

「いやあ、一応これも仕事でしてね。リナさんが異界黙示録をご覧になるところを、最後まで見届けるようにと言われているんですよ」

 嘘ではない。冥王様のご命令は、リナさんを都合のいい方へ転がすこと。その要が、この先にある。

「それに、ほら。魔竜王ガーヴがリナさんの命を狙っているでしょう? こんな奥まで来られるとは思いませんけど、念のための護衛ということで」

「貴様が、護衛だと」

 ミルガズィアさんの顔に、隠しようのない嫌悪が浮かんだ。

 神聖な場に、魔族を入れる。しかも、千年前に同胞を屠った張本人を。長老として、竜として、これ以上の屈辱はないだろう。

 僕は、にこにこと笑って待った。

 断れないことは、お互いに分かっていた。

「……好きにしろ」

 やがて、ミルガズィアさんが吐き捨てるように言った。

「ただし、余計なことをすれば、たとえ敵わずとも、この身を賭して止める」

「肝に銘じておきます」

 僕は、恭しく一礼した。

 

     *

 

「リナさん! お土産、お願いしますね!」

 扉の前で、アメリアさんが元気よく手を振った。

「お土産って何よ。観光じゃないのよ」

「異界黙示録の切れ端とか!」

「持って帰れるわけないでしょ!」

「おーい、リナー。俺にも何か頼むぞー。食えるやつ」

「あるわけないでしょうが!!」

 ガウリイさんとアメリアさんの呑気な声に、リナさんが叫び返す。ゼルガディスさんは壁にもたれて腕を組み、そっぽを向いていた。それでも、口の端がわずかに緩んでいた。

 張りつめていた空気が、少しほどけた。

「リナ」

 三日月さんが、声をかけた。

「気をつけてな」

「……ええ。ありがと」

 リナさんが、少し照れくさそうに頷いた。

 三日月さんの目が、それからゆっくりと僕に移った。

「ゼロスも」

「……僕も、ですか」

「うむ。気をつけてな」

 いつもの穏やかな声だった。

 魔族だと知られたあとで、それでも、何も変わらない声だった。

「……ええ。行ってきます」

 それだけ返すのが、精一杯だった。

 

     *

 

 ミルガズィアさんが、光の揺らめく岩壁の前に立った。何かを唱えると、波紋が大きく広がり、向こう側へと続く道が開いた。

「行くぞ」

 ミルガズィアさんが、光の中へ踏み込んだ。リナさんが、一度だけ皆を振り返って、それに続いた。

 僕も、足を踏み出しかけた。

 そのとき、視線を感じた。

 洞窟の隅。アメリアさんの陰に隠れるようにして、道案内の子供が立っていた。

 何も言わなかった。笑ってもいなかった。ただ、大きな目でじっと僕を見ていた。

 ――ちゃんと、やってね。

 声には出ていない。頭の中に響いたわけでもない。それでも、はっきりと分かった。あの目は、命令していた。

 僕は、小さく頭を下げた。誰にも気づかれない程度に。

 子供の目が、満足そうに細くなった。

 それから、その目がすっと横へ流れた。

 三日月さんの方へ。

 心臓のない胸の奥が、ひやりと冷えた。

 三日月さんは、扉の方を見ていた。リナさんと僕を見送るように、穏やかな顔で。子供の視線に気づいているのかいないのか、その横顔からは何も読み取れなかった。

 大丈夫だ、と僕は自分に言い聞かせた。

 冥王様は今、正体を隠している。ただの道案内の子供として、ここにいる。リナさんたちの目の前で、表立って何かをするはずがない。それは筋書きの上でもそうだった。

 大丈夫なはずだ。

 それなのに、足が重かった。

 あの方と、あの人を、同じ場所に残していく。たったそれだけのことが、どうしてこんなに落ち着かないのだろう。

「ゼロス、何してるの! 置いてくわよ!」

 光の向こうから、リナさんの声がした。

「……はいはい、今行きますよ」

 僕は、いつもの笑顔を作り直した。

 振り返らないように、光の中へ踏み込んだ。

 振り返ってしまえば、あの子供に気づかれる。僕が何を気にしているのかを。

 背後で、波紋が静かに閉じていく気配がした。

 最後に聞こえたのは、アメリアさんの「いってらっしゃーい!」という明るい声と、ガウリイさんの腹の虫の音だった。

 その中に、子供の笑い声が混じっていなかったことだけが、せめてもの救いだった。

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