※クロスオーバーSSです。
自動車とキャラを掛け合わせた話です。
東方やBanGDreamを知ってると楽しく読めるかも。
ーー走り屋。
かつては、ルーレット族や環状族と称し、アンダーグラウンドながらも日本の自動車文化を築き上げた存在。
今や、ドライブレコーダーの普及や、道交法の厳罰化、そしてありとあらゆる意味で難しくなった自動車そのものが原因となり、クローズドのサーキットへ行くか、引退するか、が大半となってしまった。
「では、わたくしはこれで」
気品のある言葉遣いを違和感なく操り、少女は厳かな佇まいで、踵を返し歩き出す。
「毎度の事ながら、打ち合わせには慣れないものですわ」
建物の出口に向かう廊下の中で、疲れを隠せない表情で一人ごちる。
豊川祥子(とがわさきこ)率いるバンド、Ave mujica(アヴェムジカ)の次回のマスカレード、彼女はライブの事をそう表現しているのだが。通常ありがちなアーティストライブと趣向が違い、演劇のようなスタイルで敢行される。音楽ライブなど、たださえ大人数が狂いなく、そして厳しい工期、日程の中で行われるものにも関わらず、彼女の言うマスカレードは更に緻密な打ち合わせと、計算、そして何よりも金銭面でのバトルに打ち勝ち敢行されるのだ。
それゆえ、マスカレード敢行前の彼女へのプレッシャーはお遊びというレベルではなく、建造物を管理する施工管理技士に近いストレスと過密をもたらす。
「あと、何年……これをし続けるのでしょうね」
結成から数年経ち、運命共同体として、なんとか数年をやり過ごしてきたような気もする。気がつけば、運転免許証が取得できる歳になり、有名になった事も相まり、彼女も自分の自動車を手に入れた。
地下駐車場の蛍光灯に照られされるは、磨き抜かれた漆黒を纏う、トヨタ・レクサスGS450h(GWS191型)
中古でそれなりの価格帯で販売されている事、型落ちとはいえ、オブリビオニスの高貴なイメージを崩さない事、そして、万一事故が起きても、レクサスならば搭乗者保護も抜かりないだろうと。
危なげなく、駐車場を後にし、祥子は薄ら笑いを浮かべ、つぶやく。
「……久しぶりに全てを忘却したいものですわ」
ETC車載器に、そっとETCカードを差し込みながら、ステアリングホイールをぎゅっと握り直す。
豊川祥子は生粋の令嬢ではあるものの、その本質は好奇心旺盛なじゃじゃ馬。
そして、祥子が選んだGS450hも、気品のある佇まいとは裏腹に、V6 3.5リッターエンジンに、大出力のモーターを組み合わせた、いわば羊の皮を被った暴れ馬なのだ。
帰り道を外れ、祥子の操るクルマは首都高方面へと流れていく。時間は丁度、深夜帯。交通量がまばらになる好機の時間。
レーザー探知機をちらりと見ながら、首都高への合流ルートをゆったりと力強くかけていく。オービスの場所もだいたいは覚えている。
今からやる行為が無益な事くらいは、自分でも分かってはいるが。都心環状を抜け、湾岸線方面へ駆けていく。
もう幾度となく、緻密に調べ上げ、入れ込んだように魅入られたように通った場所。露呈してはいけない秘密。それでも、スピードの魔力に魅せられてしまった彼女に降りるという気持ちはなかった。
湾岸線に合流するとともに、祥子は右足へ力を込め、アクセルペダルを奥へ倒していく。
モーターによる強力なアシストと、V6エンジンそのものが持つ強烈なパワーが余すことなく後輪へ伝えられ、暴力的な加速を見せて、祥子の駆るGSは漆黒を駆ける一つの矢となる。
「やはり、まあ、こんなものでしょうか」
慣れ親しんだ時速180km/hの景色。
とはいえ、限界は人体よりも機械に来てしまうのだ。名残惜しそうに減速し、夜のPAエリアへ先程の狂気の一人芝居などなかったかのように、消えていくーー。
「へー、今時GSで湾岸か〜。なかなか変わり者もいるな〜」
祥子のGSを興味深そうに追う、一台のスカイライン。もはや、一台で家が建つやらなにやら、25年規制の解けた90年代の日本車スポーツカーをネオクラシック、というのだが、この持ち主にはそんな事はどうでも良かった。
何故か知らないけど、迷い込んだ先でチューナーとして名を挙げるキッカケになってしまったまま、地獄の底まで来てしまい手放せず、そうして、時々、首都高を彷徨う。
同郷の出身は、走りの世界を離れた奴も居れば、走りの世界にハマり込み身を立てた奴も居れば、消えていった奴もいた。
「まるで人間の人生みたい……ふふっ」
ここを走り出してからのことを思い出し、パソコンを眺めながら、パラメータを視認し、セッティングの仕上がりを確認していく。このクルマに乗り出してから数度目のエンジンオーバーホールを施し、徐々に、徐々に煮詰めていく。アタリを付けていく。
そんな作業のさなか、一台の高級セダンが追い抜いていくのを視認する。
そして、冒頭のチェイスへと移行するのだ。
ただ、このクルマにとっては遊びでしかない速度域なのだ。かつて、公道300km/hという今は亡き御伽話を可能にしていた時代の残り香なのだから。
ややあって、祥子と同じPAへそれは入って行き、そうして狙い澄ましたかのように祥子のGSの隣へとするりと入り込む。
無論、祥子が気付かないわけもなく、ちらりと隣を見てみれば、気品とは無縁そうな、だが、機械本来の無骨な魅力を醸し出す自動車が止まっている。
「わたくしの他にも、このような愚かな真似をする者もおりますのね……」
そう呟くと、エンジンを停め、祥子はクルマを降りた。「同族」に逢えるような直感がしたからだ。だが、ドアを開けた直後から、車内にいた時には遮音されていた排気音という名の騒音が祥子の鼓膜を容赦なく叩く。まるで、ライブ会場で轟く重低音のような、大気を揺らす、そんな音質。
少しすると、その音は止み、ガチャリと音を立てて、人が降りてくる。
ああ、しまった。深夜とはいえ、珍しく人影が少ないとはいえ、身を隠さず出てきてしまった失態に今更ながら気付くも、祥子は祥子で結局のところ、この狂った一人芝居に共犯者が欲しかったことを思い出す。
祥子の予想とは裏腹に、少女があの無骨なクルマから降りてきた。
「こんばんは。珍しいクルマで走ってるね〜、ビギナーさんかな?」
柔らかな笑みを浮かべ、緑髪の少女は近づき、祥子へと話しかける。祥子が狼狽えてると、少女は続けて言葉を紡ぐ。
「型落ちのGS……外観は綺麗だし、それなりに手入れされてるね。あえて純正のままのレクサス、なんて久しぶりに見たかも。あなたが持ち主さん?」
「え、ええ……、そうですわ。少々のドライブ、のつもりなのですが」
「……ドライブと言うには、まあまあ過激な走りしてないかな?でなきゃあ、飛び石傷が車体下部に付いたりしないしね。あれ、そういえば、どこかで見たことある顔……」
しまった。祥子はまたもや呆気に取られ、失念していた。あの豊川の娘が暴走行為なんてバレたら、と思うと、たまらなく不安で苛々が込み上げてくる。それになんなんだ、この少女は、いきなり馴れ馴れしい。
「初対面からいきなりベラベラと。まずは貴方から名乗ってはいかが?」
「コホン。じゃあ改めて。私は鍵山雛(かぎやまひな)一応、厄神様をしているの。ま、今は自動車関係の仕事とかそんなのばかりだけど」
「は、はあ。神様……?」
呆気に取られる祥子。昔、自身が神になると啖呵を切ったことを想起するも、目の前の少女が神に類する何かだと自ら名乗られると、流石に戸惑うしかない。
「あら、信じてないみたい。まあ、いいや。それより貴方、仲間欲しそうに佇んでいたけど、よかったら私のクルマ、乗ってみない?一人までなら乗れるよ、忘却の神様」
とたんに祥子の表情が、戸惑いに塗りつぶされる。とにかく、これ以上はここで話し込むリスクもあるため、半ば半強制的に、雛のクルマへ同乗するのだった。
「へー、Ave mujicaのキーボードはスピード狂なのか〜」
本線へ合流し、雛の運転するクルマへ誘われた祥子は、自身についてポツリポツリと話す。相手が同性というのが、救いだろうか。とはいえ、雛の乗っている、祥子の乗っているクルマは、おおよそ普通の人が描くような快適性はほぼなかった。
必要最小限なものしか無い室内のはずなのに、メーターは幾つもならび、自車にならあるはずのふんわりしたカーペットやフロアマットはなく、ワインレッドに染められたボディカラーの鉄板が剥き出しになっている。そして、ピラーには極太のパイプが走り、そのパイプはまるで鳥かごのように室内を走る。くわえて、シートは快適性などなく、シートベルトは見知った3点式ですらなく、リュックサックを彷彿とさせるような4点式シートベルト。
目の前の少女、いや神さまといい、このクルマといい、まるでアニメのようですわ、と祥子は内心頭を抱える。アニメのようなものは、あのバンドや自身の家系、そんなものでお腹いっぱいなのに、と。
「私は祥子ちゃんの世界観、バンド、好きよ。実はファンだったり。それはさておき。何事も深みってあってさ」
「貴方、確かに人形みたいな出立ちしてますものね……深み?それは一体どういうことですの?」
「音楽とかも深みってあるよね?血みどろのような闇のような深み。祥子ちゃんが気晴らしにしてた、なんの生産性もないこの行為も、深みがあってね。せっかく会ったから、教えてあげよっかなって。まあ、今は馴らし中だから、全力、じゃないけど。見てみる?」
「まさかではありませんが、この自動車もアニメやゲームみたいなものでした、なんてことはありませんでしょうね」
「ふふっ、どうかな。ま、今ドキこんなクルマで公道走るお馬鹿さんなんていないしね。さんにーで800馬力のオーバー300km/h、なんて御伽話だもん。でも、本当だったら、どうする?」
「どうするもなにもありませんわ!このクルマに乗ってる以上逃げ場はないでしょう」
「ま、今はMAXなんて出せないから、片鱗だけ、だけど。大丈夫。運転には自信があるから殺しはしないわ。水温ヨシ、油温ヨシ」
数度の問答のあと、雛は手慣れた手つきでクラッチペダルを踏みダウンシフトし、クラッチを戻すと、アクセルペダルを強く踏み込む。
「……っ!なんですの……これ」
爆音を轟かせ、エンジン回転計が暴れる。ものすごい勢いで、レッドゾーンへ飛び込もうとしては、雛のシフトワークで制御され、幾度も飛び込もうとする。
スピードメーターは淀みなく、狂った速度を記録し、周囲の景色は暴風に薙ぎ倒されるかのごとく吹き飛んでいく。
速度計が270km/hを過ぎた時、突如として、怪物は速度を落とす。
新幹線みたいな速度をそれより遥かに小さなクルマが叩き出してしまうのだ。
確かに、深みかもしれない。祥子が初めて感じる、200km/hオーバーの底知れぬ恐怖感に、隣の厄神は顔色一つ変えず、心なしか、笑っているのだ。
ーー再びPAへ。
呆然と、祥子は自身のクルマへ乗り込む。
先ほど、渡された、あのクルマには似つかわしくない、可愛らしい名刺を差し出し、彼女は去って行った。
帰路に着く車内の中で、祥子は別れ際のやりとりを反すうしていた。
「厄いカオしてたから、気晴らしになるかなあって思ったけど、きつかった?」
「あ、あまりに現実離れしていて、呆気に取られてしまいましたの。本音を言ってしまえば、わたくしの見ていた世界はまだ戯れだったのだと」
「う〜ん……戯れでいいと思うよ?昔みたいに速く走れたからって栄光がある時代でもないし」
「では、何故、貴方は走るのです……」
「う〜ん、魅せられちゃったんだと思う。私が神さまなのはほんと。神さまの時からくるくる回ってたから、自動車遊びにハマった気もするけど、人が作ったもので空を飛べそうなスピードで地上を走るって、無益なんだけど、なんかハマって抜け出せなくなっちゃった。あの子が生まれたのはその成れの果てかもね。ま、もしハマりたかったら連絡くださいな、祥子ちゃん。新しいマスカレードに、協力してあげるから」
そう言って彼女は去っていき、祥子も帰路へと急いだ。あくまでも二人が邂逅したのは大都市の一部なのだ、人気の少ない時間帯は限られる。
「どうして、わたくしのやることなすこと……覚悟が問われるのでしょうね……」
知らなければ、幸せでいられたかもしれない、己の半生、出来事を振り返りつつ。一人つぶやく。