一夜限りの仮面舞踏会。   作:@ペケ

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地上の戦闘機。

祥子と雛の逢引きが始まり、数日。

 

「ごめんね、私のクルマに付き合ってもらって」

 

「いえ。まさかこうして鍵山さんのクルマに同乗できるとは思ってなかったもので」

 

祥子のレッスンをするうちに、雛自身もランナーとしての何かが蘇ったのか、自身のRを乗り回したくなった。それに、オーバー300km/hの世界を、祥子にも体感して欲しかった。

 

引くか、それでも走るか、選んで欲しかった。

 

ああ、底が見えない沼に全てが絡みとられていくような、そんな気がする。

 

自身のZとは違う。

 

このクルマは刈り取りに来ているーー。

 

それは命なのか、これまで積み上げたものなのか。

 

眼前に死神の鎌が見えた気がした。

 

ーー湾岸線、川崎浮島JCT。

 

東京湾アクアラインへ向け、ワインレッドの車体が悠然と進んでいく。

 

「祥子ちゃん。今夜ばかりは覚悟を決めてね」

 

なぜ、覚悟が問われたのか。祥子にはよく理解はできなかったが、初めて雛と会った時とは雛の雰囲気は何かが違った。

 

全てが、地上の戦闘機として造られたBNR32スカイラインの本当を雛は明かす事にした。スピードに取り憑かれた存在の姿を目の当たりにして、何かが伝わればいいと。

 

RB26DETTにビッグシングルタービンを組み合わせ、ハイカムを組み込み、2.8リッターへ排気量拡大をされ、ピストン、コンロッド、バルブスプリングも惜しげもなく強化品に置き換えられ、ピークパワーを追求されたエンジン。

 

パワーを受け止めるべく、駆動系も惜しげもなく強化され、800馬力を超える絶大な力を余すことなくタイヤへ伝える。

 

純正コントロールユニットを置き換え、制御系を全て組み直し、トライアンドエラーの果てに生まれたのが、雛が操るモンスターGT-Rなのだ。

 

雛がアクセルペダルを踏み付け、車体が暴れ、祥子の身体を揺さぶる。顔色一つ変えず、雛は車体を抑え込み、猛然とクルマを加速させてゆく。

 

スピードメーターはあっという間に300km/hへ迫る。すれ違い、かわしていくクルマが止まって見える。息が詰まるーー。

 

獰猛な獣のように、GT-Rは吠え、その残響にトンネルが支配されていく。

 

新幹線かと思うような速度を、タイヤが四つ付いただけの乗り物が絞り出し、超えていく。

 

眼前に広がる、見たことのない景色に、祥子は現実感を失う。

 

吹き飛び、連なるような感覚の照明と、クルマのメーターにライトアップされた車内の中で、この非常識をただ感じ取るしかなかった。

 

……320……330……

 

まるで、ゲームのような、おとぎ話のような速度をスピードメーターが刻み続けている。

 

一体、これはなんなのだ。

 

叫びたくなる衝動を祥子は抑え、目の前の非現実に浸る。

 

これはきっと、ヴァーチャルなのだ。

 

そして、自身と体躯の変わらぬ少女の底知れぬ胆力にも否が応でも思い知らされる。

 

どうして、こんな常軌を逸した速度で冷静でいられるのか。万一、事故でも起こしたら、即死するような世界。クルマだって、バラバラに砕け散るだろう。

 

海鈴も自身も、成れの果てはこの世界なのかーー。

 

祥子がスピードの恐怖に耐えてる最中でも、32スカイラインは300km/hのクルージングを続ける。

 

一体どんな改造を施せば、こんな世界に耐えうるクルマが出来るのだろう。ドライバーも腕も折り紙付きではあるのはもちろんなのだが、造り込まれたマシンのレベルの高さにも驚愕させられる。

 

これほどの速度を出しながらも、どこか安定している。どこも悲鳴を上げるような要素がない。

 

見た目の為かと思っていた、大げさな空力パーツがそれを可能とする。

 

祥子は恐怖感の中で、底知れぬ奥深さも感じ取っていた。

 

このクルマは、激情だ。ありったけの激情を感じる。だが、その激情は高度な調律により、造られているーー。

 

そう、まるで自身が率いるAve mujicaのような。激しく、どこか退廃的で、それでも気高く、美しい。

 

ああ、マスカレードはここにもあるのだと。

 

速度を落とす車内の中で、祥子は思わず笑ってしまった。数分だけの、禁断のライブを観たような感覚に思わず笑いがこぼれる。

 

LIVE、そうこれはLIVEなのだ。どれだけ狂っていても、生きている。

 

「祥子ちゃん、大丈夫?」

 

いきなり笑い出した祥子を心配し、雛は心配そうに声をかける。

 

「……あまりにも、凄いものを見せていただいたんですもの……」

 

雛としては、久しぶりの全開アタックに気を取られ、祥子への配慮を忘れていたことに負い目もあった。口ではああ言ったものの、どこかセーブするつもりだった手筈で。

 

ついこの前までは、セダンを乗っていたような人間に、ハイエンドフルチューンの世界を無加工で投げつけてしまった。

 

雛も祥子も海鈴も、何かを求めて、走っている。栄誉も、賞賛も、無いにも関わらず。

 

それでも、そこまで行って解るセカイがあるという事だけは祥子にも理解できた。

 

「結局、これさえもマスカレード、なのかもしれません……」

 

鋼鉄の衣装を纏い、首都高というステージで、熱狂と激情のまま、演じる。

 

まさしく、禁じられた遊びーーなのだと。

 

「……一応ね。祥子ちゃん。下火になったとは言え、人のウワサは生きてるから、気をつけて走ってね」

 

「ええ。それは承知の上ですわ」

 

雛と祥子を乗せたGT-Rは海ほたるPAにて、転回し、川崎浮島JCT方面へクルージング速度で引き返していく。

 

「夜な夜な首都高走ってて、それがやる気のあるクルマだと、どうしても、ね」

 

「もう、それでも下火になったとは伺っておりましたの。違いまして?」

 

「う〜ん。ごく一部は本気組って呼ばれてる人たちも、まだ存在してるのは確かなの。私とのレッスンを終えた後、通い詰めすぎるのはナシでお願いしたいな」

 

「なぜ、今さらそんなことを……」

 

あれほどまでに負荷をかけたはずのGT-Rはまるでそれくらいではびくともしない、と言い張るように二人を乗せて快調に走り続ける。

 

「ま、神さまのお告げ、かな。寝る間を惜しんでまで走るのはあまり関心しないから、ね」

 

祥子も海鈴も、雛が指摘した通り、寸暇を縫うように首都高へ通い詰めているのも事実であった。

 

厄神さまとの夜は、祥子自身にクルマとの向き合い方を教えてくれたような気がした。

 

「おっしゃる通りかも知れません。確かに、ここには得体の知れない魅力もありまして、それを追いかけたくて、なぜか足が向いてしまうのです」

 

「気持ちはわからなくもないけどね。私だって、祥子ちゃんに偉そうに言える立場じゃないのは自覚してる。こんな物まで造っちゃったし。でも、生き急ぐように走り続けては欲しくないかな」

 

雛は、Zに乗った初日の祥子の走りを思い出しながらそう呟く。

 

確かに、速かった。初日とは思えないほどの適応を見せていた。それゆえに失われてしまうのはあらゆる意味でもったいなく感じる。

 

大切なコトは走る事で伝えるしかないーーのだから。

 

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