初華は、インターネットで見つけたクルマを実際に見に行くため、スケジュールの合間を縫って大阪市内のとあるショップを訪れていた。
紅魔館。
珍妙なネーミングセンスのショップではあるものの、調べた限り評判は良さそうである事、何よりもあの赤いクルマが何故か、理由は分からずとも初華を呼んでいる気がした。敷地内へ入ると、色とりどりの自動車がプライスボード付きで展示されているのが見てとれた。
「商談ご希望の方ですね。少々お待ちください」
丁寧なスタッフに、落ち着いた雰囲気の綺麗な店内。珍妙な店名とは裏腹に高級車ディーラーのような格式を感じさせ、自身の格好が少しラフな気がしてきて、そわそわしてしまう。
店内に飾られた自動車も、初華には種類が分からなかったが、それでも、普段街中にありふれているような自動車とは何かが違うことくらいはわかった。
磨き抜かれた赤色のボディは、様々なステッカーが貼られ、競技車両のように見受けられた。店内照明をボディが反射し、キラめきを纏っているように感じられる。
何か、自分はとんでもない買い物をするような気がして、初華は流石に勢いで動きすぎたかな、と少し後悔をし出した頃ーー。
商談担当のスタッフが現れる。
「はじめまして。その、インターネットで見たクルマを見たくて来たんですが……」
少しうろたえ気味のぎこちない初華にも、スタッフは丁寧に対応してくれた。にゃむが誇らしげに自動車ディーラーでの買い物を語っていたのを思い出すと、初華の緊張が少し和らいだ。
「……ああ、応相談の車両について、ですね」
予約履歴を確認し、商談が始まる。
「実際に見ることは今日、できますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
初華が所望したクルマは屋外の展示場にあるらしく、スタッフの案内の下店外へと歩き出す。先ほど通りがかった展示場ではあるが、奥まった場所に、それは鎮座していた。
「どうぞ、ご覧になってください。検討の一考にしていただければ、と」
そういえば、大阪なのに、関西弁じゃないなと取り止めのないことをぼんやり初華は考えていたが、インターネットの写真からは感じ取れなかった感覚を感じ、食い入るように車両を見始める。
写真よりも、真紅のボディは美しく、それはまるでどこか血液を想起させる。差し色のように随所に配置された、黒のパーツが、全体を引き締める。
車両前方、後方ともに、翼を彷彿とさせる部品が取り付けられていて、先ほどショールームでぼんやりと眺めていた車両に近しい雰囲気を感じさせる。
開け放たれたドアから覗けるのは、籠のようにパイプが張り巡らされた室内に、二つの変わった椅子。普段使用しているタクシーで見かけるような初華の見知った車内とは似ても似つかない。
「……座ってみても良いですか?」
ええ、構いませんよ。というスタッフの返答を持って、初華は運転席へと座ってみる。フルバケットシートの宿命か、スポーツカーの宿命か、ロングスカートを履いている初華にはとても乗り降りをしやすいとは言えなかった。
それでも、シートに収まり、ハンドルを両手で握ると、不思議とすっぽりと自身が包まれる感覚に安心感を感じる。
理屈は何もないが、このクルマを手にして、走ったら祥子のことを知る事が出来るような気がして、気付けば初華は口走っていた。
これ、欲しいな。ください、と。
そのクルマを知るスタッフは内心、何を思ってこのクルマを買うつもりなのだろう、と訝しむものの、在庫車の処分にもなるかなと思い、契約の手続きを三角初華と進めることにーー。
いくつか、注意点を説明されたような気がしたが、初華は早く契約を進めたく、半分くらいは聞き流してしまってもあったのだが。
初華はほぼ一目惚れのような感覚で購入を決断したクルマはトヨタ・MR2のSW20型。
紅魔館は自動車販売、整備、チューニングをワンストップで手掛けるショップ規模であるものの、本業はレース屋に近しいレベルのチューニングショップである。その紅魔館が威信を賭けて、スーパーラップという競技に参入するために作り上げたマシン。
どうにか、公道を走れるレベルには抑えてはあるものの、スーパーラップを走る事はなく、お蔵入りさせた経緯が有り、買い手を待っている状態であった。
中身はそれこそ、海鈴のコルベットや祥子のフェアレディZを圧倒するほどのビルドが施されており、叩き売りにするにはあまりにももったいない個体ではあったものの、買い手が付かない上に眠らせていてもしようがないので、レミリアの経営判断から中古車市場へと流通させ、それをたまたま三角初華が手にすることになる。
購入意思をほとんど勢いで口走ったものの、初華の予想を遥かに下回る金額提示で、契約を結ぶことができた。
スタッフはスタッフで、まさかいきなり商談の始まりで勝手にクロージングが決まった事に内心、驚きを隠せなかった上に、本人確認をしてみれば、あの三角初華が目の前にお客様として来店いる事にも二重の驚きがあったが、努めて冷静に、店舗ルールに則り、売買契約を締結する。
営業として日の浅い彼からすれば、この一日で数百万の売上が決まる。さらに、支払いについても何の問題もない相手だ。オートローンにせよ、何にせよ、信用力は抜群、もしかしたら現金一括も有りえる相手に、ダメ押し任意保険のクロージングまで決まる。運良く転がり込んできた、上客に内心笑みが溢れた。
印鑑登録証明書、住民票まで持参され、実印と見受けられる印鑑まで出てくるのだから、まさかこれほどまで電光石火の契約をするつもりだったのかと、三度、驚かされた。
「ありがとうございました。納車、楽しみにしてますね」
爽やかな表情で、契約を締結した初華は店舗を後にする。
買い手が見つかったMR2はその日のうちに納車及び登録手続きの整備を受けるべく、紅魔館の作業ピットへと移される……。
初華が契約し、去ったその夜。
秘書の十六夜咲夜(いざよいさくや)から上がってきた出庫車リストを確認したレミリアは、一人驚く羽目になる。
「どういう事よ……これ」
買い手がつかなかったウルトラお買い得車のMR2がそこに並んでいた。陸送手配も掛かっており、陸送先は東京ーー。
そして、納車先の指名の苗字の三角はレミリアさえも知っていた。
「Ave mujicaの三角が、なんでウチのあれ買っていってるのよ……」
売ったものはしょうがないし、今さら売ったスタッフを叱るわけにも行かない。それに在庫処分にしていたのはレミリアの判断だ。買い手が付かなくて、スクラップになるよりは良い。
それでも……アイドルの世界にいたボーカリストが何を思ってモンスターマシンを所望したのか。レミリアの関心ごとはそこにもあった。
「アレを面倒見れるのは、雛くらいしか居ないわね……はあ」
アフターの手はずを整えるべく、雛への電子メールを作成し、レミリアは送信した。
「きっとね。あのクルマなら、さきちゃんのこと教えてくれる気が、したんだ」
スムーズすぎる契約に予想したよりも手間が省け、帰りの新幹線の中で初華は車庫証明や駐車場などの手続きを思案しながら、少しの眠りにつくのだったーー。