豊川さん、本当に大黒行くんですか」
困惑気味の口調で問われるが
「ええ、行きますわよ。海鈴」
仕事終わりに海鈴を祥子は捕まえて、半分強制に近い形でレクサスで大黒へ向かうことにした。
「しかし、快適ですね。このクルマ。豊川さん、これで首都高攻めてるんですか?」
自身の乗るクルマとは違う乗り心地に海鈴は思わず感想を述べつつも、祥子の最近を探り出す。
「いいえ。わたくしも、首都高用に新調しましたの」
「は?ほ、本当ですか……?」
あっさりと首都高用マシンの購入を告白された海鈴のポーカーフェイスが崩れる。隣に座る、この女もだいぶ首都高に染まっているのだ。だからこそ、大黒で情報収集など言い出したのか。
「海鈴もハイペースで通い詰めてるのでは?」
祥子からすれば、海鈴には言われたくなかった。あれだけ目立つクルマでよく通い詰める気になれるものだと。しかし、ここで小競り合いをするよりも、確かめなければならない事の方が優先だ。
「それはそうと。気付けば、私たち、立派な中毒者(ジャンキー)ですよ」
「そうですわね。ただし、あまりにもわたくしたちの正体がバレそうになるのであれば、二人揃って断薬しなければなりませんわね」
そう言う祥子の表情はいつもより険しいーー。
普段コースインする時間帯よりずっと早く、首都高入りをする。深夜帯とは雰囲気が違い、いつものような走りはとても難しそうに感じられた。
「豊川さんが、新しいクルマを用意してまで、熱くなる理由ってなんだったんですか?」
大黒へ向かう最中の雑談の中で、海鈴の疑問が祥子へとぶつけられた。
「始めは、忘れたかったのです。でも、走り続けるうちに、音楽のような世界に似ているような何かを感じ取りまして。鋼鉄の衣装という仮面を被り、この首都高というステージを彷徨う中で、わたくしは、自身を表現してみたくなったのです」
祥子はそう言うものの、海鈴がいつか見た夜の祥子の走りは表現というよりかは、命の切り売りのように見えた。
「海鈴。それではなぜ貴方は走るのです?」
反撃とばかりの祥子の問い。
「そうですね……信じ合えるんですよ。この場所も。自分の相棒に身を委ねて、相棒を信じて、踏み込むーー。それに、ベースの自主練習に似ているんです。重ねれば、重ねるだけ上達が感じられて。もう、ベースに関していえばたぶんきっと昔ほどの上達の喜びは無いかも知れません。でも、この趣味はまだまだ上達できそうな気がして。それに、捌け口にもなりますから」
「何よりも、ここがくれる体験って紛れもないリアル、なんですよ。それも捨てがたいかもしれませんね」
「手触りのある、現実を感じたくてって事ですね。」
ああ、この人も何かを求めてC6を走らせているのだと祥子は理解し、それ以上の追及を避けた。
「それにしても、首都高用に何を買って走っているんですか?」
先ほど祥子が口にした首都高用スペシャルマシンが気になり、海鈴は話題を切り替える。ランデブー走行したら面白いかもしれないし、それにこのお嬢様育ちが首都高用マシンに何を求めて仕立て上げたのが気になった。今、乗っている型落ちのセダンでかなりキレた走りを披露していた以上、それなりの何かを手にしているのは確実であろう。
「海鈴になら言ってもいいかもしれませんわ。フェアレディZです。もっともまだ日が浅いので感覚を掴みに行っているところですが……」
海鈴からすると意外な車種選択ではあったが、日本のスポーツカーとして名前が上がるような車両を仕入れてまで、あの豊川祥子が走っている事実に、共犯者として海鈴は笑みが自然に溢れる。
「何か、わたくしおかしいこと言いましたの?」
「いえ、豊川さん、私の予想以上にハマってるじゃないですか……これでは私たち、運命共同体、みたいなものですよ」
ーー首都高、大黒パーキングエリア。
古くから、様々なクルマ文化の交差点になってきたこのパーキングエリアは現代でもやはり様々なジャンルの好事家を集めるらしく、二人は到着しクルマを降りると、大黒を彷徨き情報収集を始める。
「しかし、すごいですね。それらしいクルマが平日の夜でも居ますよ」
「ええ……」
二人からすれば、それは新鮮であったが、同時に一人で走り込んでいそうな雰囲気の人は少なそうで自分たちが色々な意味でアウェイなのだと気付かされる。
「そーいやさ、C1に速いコルベットいるの知ってるか?」
「あー、いるねー。なかなかマジな走りしてるって話だよな」
「今時よくやるよな〜ホント」
大黒を素性を隠し、彷徨いていると一部の集団が海鈴のコルベットについてと思わしき噂をしているのを聞き、二人の心臓が早くなる。
「……最近は白のZ34も居るよな〜」
二人はその場を立ち去り、レクサスの元へと足早に踵を返す。逃げ込むようにクルマへ乗り込み、大黒パーキングエリアを去る。
「……海鈴、噂になっておりましたね」
苦虫を噛み潰したような険しい表情を浮かべる祥子。
「そうですね……幸いにして、正体まではバレていなかったようですが……」
雛の忠告が本当だったことに、祥子は頭を抱えたくなったのも事実ではあるが、それでも、何故か首都高を離れるという決断には至れないーー。
「でも、速い、と噂されるのは不思議と嫌な気持ちにはなりませんでしたが……ま、それはそれ。これはこれ、も事実でしょうね」
腕を組みながら思案する海鈴は出来るだけ冷静に言葉を紡ぐ。平日の二回までをコースイン限度とし、週末を避ければ、確実性のない噂で収まるような気もする……。
「豊川さん。とりあえず、スケジュールを調整して平日夜の二回まで、入れ替わりでコースインするようになれば、加熱は防げるような気がするんです」
「……わたくしたちが取れる妥協ラインかもしれませんわね……」
ああ、辞めるという選択肢はどうやらオブリビオニス/豊川祥子にも無いのか、と海鈴は返答から汲み取る。海鈴自身も自らに与えられたステージネームのティモリスを思い出すと、自分も結局はステージネームに縛られたような決断や提案を下している事に気付く。
「それと、豊川さん。私は少し首都高を自粛します。あの子のカラーリングを変更しようかと」
「一体、何故ですの?いきなり」
「もう少し、集中して走りたいんですよ。雑音を消す為に」
海鈴にもこの事実は決断材料となり、あのアメ車屋にリペイント依頼を投げる事にした。黄色ではやはり目立ちすぎる。
本当は、二人とも分かってはいるのだ。ここまで入れ込む遊びではないことくらい。それでも、真夜中の遊園地の火遊びに魅入られてしまった二人は走り続けることを選んでしまった。