あの出来事以降、何かに取り憑かれたかのように、初華は秘密裏に首都高へ通っていた。
そんなことを知るはずもない、祥子、海鈴もまたそれぞれの日常を過ごし、時計の針だけが等しく進んでいくーー。
祥子と大黒の現地で自分たちが密かに噂になっている現実を受け止めた海鈴は、祥子との同乗時の手隙を使い、以前タイヤとオイル交換をしてもらったアメ車ショップへとコルベットを持って行った。
差し入れのロイヤルパープルに不気味さはあったが、アメ車ユーザーとして流石に捨てるのは勿体なく感じ、クルマを預けるのならついでにとコルベットの助手席に突っ込んでーー。
二回目の来店で、リペイントというよりかは、フルラッピングなのではあるが、前回の依頼よりも遥かに高額な作業のため、今回は店主との打ち合わせが必要となった。
「二回目も来店してくれてありがとうございます。ウチとしても八幡さんみたいなユーザーが嬉しくてですね」
割とガタイもよく厳つい雰囲気の風貌とは裏腹に気さくな人だな、と目の前の男性にそんな感想を抱く。
「いえ、私も本格的な整備をお願いできる場所が配信の縁から繋がれてありがたいと思ってます」
店内には、海鈴と店長の二人しかおらず、これならばある程度の話をしてもいいかもしれない。今から、というより、これからも信用できるショップになるかもという期待が海鈴にもあった。
「ロイヤルパープル、使ってくれました?」
「ああ、貴方だったんですね。びっくりしましたが、何故店名で送らなかったんですか?油脂類の差し入れはいくらなんでも私も初めてですよ」
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。店の名前で送ったらビジネス丸出しになってしまいますから。前回高額整備も依頼いただきましたし、八幡さんみたいに、大事に乗ってくれる人にはオマケしたくなるのも人情な気がして」
前回の見積もり、納品書を海鈴は思い出す。確かにオイルとタイヤで30万オーバーは驚いた記憶がある。
「大事に……ですか」
こんな会話から雑談を進めていくと、店主自身もアメリカ車が好きで、本国の整備を学ぶために若かりし頃、アメリカへと飛び本国での修行経験がある事を話してくれた。
海鈴は海鈴で、些細なことからコルベットを選んだものの入れ込んだ経緯を簡潔に伝えると、店主は海鈴の予想よりも喜んでくれ、同好の士との会話を楽しみつつ、商談も交える。
ここまで親切にしてくれるのだから、私の配信でこの店の事宣伝しますか?と尋ねると、店主からは海鈴の予想とは違う反応が返ってくる。
「う〜ん。確かにありがたいけど。あなたが誰かも知った上でウチも取引はしてる。それでもな、なんつーか、あなたが有名だからって理由よりかは、本当にクルマを大事にする姿勢が嬉しいから、なんだよ。ああ、失礼。こっちの方が話しやすいから、これで許してな」
「本当に、大事にする……姿勢……?」
海鈴からするとなかなかに不思議な理由を聞いた気がして、思わずきょとんとしてしまう。
「そう。見た所、だいぶC6で走り回ってるのは前回の整備で分かってね。確かに、アメ車って憧れる人は多いんだけど、やっぱり日本に合わないものを持ってきたら、ハードルってあるだろう?」
確かにこの店主の言うことはもっともだと頷ける。馬鹿みたいに高い税金、ハイオクをゴクゴク飲み干すエンジン、いちいち高い整備代。海鈴の金銭的な立場からしても、自身が割とコルベットにお金を突っ込んでる自覚はあった。
「どうしても見かけや見栄で整備がおざなりって個体も多くてな。それで、俺自身はあまり手広くやるつもりもないんだ。ま、すげーデカい店でもないし、従業員だって2、3人くらい。これ以上来られても捌ききれないってのもあるし」
「色々、あるんですね。それならば、どうしてわざわざ配信の縁を使って私を呼んだのです?」
「そうだな。ま、付き合っていく中で困ったり、店探しに苦労して欲しくないって親切心かな。割とハマってそうな感じがしたし」
改めて、配信文化の持つ力を海鈴は我が身で感じた気がした。
「だけど、マットブラックにラッピングなんて、本当に良いのかい?ベロシティ・イエロー、せっかく綺麗に乗ってるのに」
「ええ。この色気に入ってるんですが、流石に目立ちすぎますし……ラッピングなら戻せるんですよね」
「塗装よりかは、そうだな。ま、八幡さんがそれで良いなら精一杯やらせてもらう。あと、これはおすすめではあるんだけど……」
海鈴は店主のおすすめプランを聞いたのち、それもまとめて依頼することに決める。海鈴が選んだタイヤの銘柄などから、それなりに走り込んでいる事を察した店主の提案により、走りに特化したブレーキパッドと、他のコルベットユーザーの客注流れ品の在庫、C6用のスポーツマフラーまで特価で施工してくれる話になったのだ。
「そうだ。まあ、C6出来上がるまでの代車も乗ってみると良い」
「代車、良いんですか?」
「シボレー以外のメーカーも触れて欲しいからな。乗ってみな」
C6のない間、クルマなし生活を覚悟していたが完全な店主の好意で、フォード・マスタング(SN95)を代車として貸してもらえた事にも海鈴は驚いた。
「だけど、代車でムチャはしないでくれよ」
「大丈夫です。私は自分のC6でなければ信用して踏ん……」
しまった!と海鈴は思い、口を咄嗟につぐんだが
「あっはっはっ。まあ、何も聞かなかった事にしておくから」
苦笑いした店主の発言に少し安堵を覚える。
用意されたディープ・フォレスト・グリーンのマスタングで帰路につく中で海鈴はまた違った自動車が持つ輪がある事や、自分の一挙一動の影響力の高さなど、様々な事をぼんやり考えながら、自身のクルマとの違いを楽しんでいた。
「……いつまで、あそこを走れるんでしょうね」
一抹の不安も今更ながらに感じ始める部分もあった。
それでも、あのショップに預けた新生コルベットがスポーツマフラーにより、どんな音を奏でるのかーーというワクワク感や期待が、不安をかき消した。
配信をやっていなければ、この店に出会う事もなかった。もしかすると、自動車も出会いを連れてくるのかもしれない。だとしたら、より一層、あのリスクを背負い続ける走るという行為をこれほどムキになってまで続けている、祥子と私は一体なんなのかーー。
コルベットとは違う代車の乗り味を感じつつも自問自答が深まる。