あれから、幾分か時は流れ。
各々それぞれの活動をしている5人が一堂に会する仕事の日ーー。仕事自体は滞りなく終わり、楽屋での一幕での出来事。
「あ〜疲れた……。でも〜!あともう少ししたら〜あたしも遂にヴェルファイアオーナー!」
祐天寺にゃむは注文したヴェルファイアの納車が何よりも楽しみであり、それが仕事のモチベーションにもなっていた。
にゃむ自身、セルフプロデュース能力に長け、この納車すらも配信のネタにし、さらには企業プロモーションへと繋げる事まで視野に入れた投資でもあったのだ。
自身の野望に繋げられるルートを人生初の納車から開拓できることすらも楽しみだった。
「サキコもウミコもさ〜、普段からクルマ乗ってるんだからアピールしていけばいいのに。もったいないよね〜」
ちょっと前、100万以上も支払ってC6をマットブラックでラッピングした海鈴に、にゃむの何気ない発言がずしりとのしかかる。
祥子も祥子で他人事ではなかった。レクサスは表向きのクルマで、首都高を攻め上げる為だけのフェアレディZをまだ誰も見たことはないし、知っているのは共犯の海鈴だけだ。流石に、祐天寺にゃむや三角初華にはバレたくなかった。
「でもさ〜、今日のマスカレードのウイコ、なんか以前よりもめちゃくちゃ良かったんだよね〜。SNSでも話題だし。あたしもすっご……って思っちゃって」
「ありがとう、にゃむちゃん。嬉しいな、そう言ってもらえると」
どういうわけか、MR2で夜な夜な走り回っているはずのドロリス、初華の表現力に磨きが掛かっていたようで。今までのAve mujicaのライブ、マスカレードの中で1、2を争うほどの出来栄えで幕を下ろすことができた。
他ならぬ、初華自身が思わぬ副産物をSNSのタイムラインの感想欄からも感じ取っていた。
流石にライブを控えた週には誰一人首都高に上がる事を選ぶ三人ではない。
それに、初華だってアレを手にしてから慣れた、と言えども、祥子や海鈴のように走れているわけではない。それでも、シートで感じる安心感と裏腹に、どこか悲しみを感じる愛車の咆哮を聞くと、私がその悲しみを和らげてあげたいという、祥子以外の理由も出来つつあったし、首都高でMR2とともに自身の激情を晴らせているような感覚さえあった。
そんな、思案にぼんやりと初華が浸ってる最中、またもや、にゃむが口火を切る。
「ウイコとムーコはクルマ持たないの?新しいキャラづくりになりそうじゃん?おもしろいかな〜みたいな。クルマ系女子って動画ジャンルあるしさ、話題抜群じゃん」
「私……免許ないから……」
ポツリとムーコと呼ばれた、若葉睦が返答する。女優としての顔も持つ彼女からすれば、わざわざ自身でクルマを運転する必要も感じていないのも確かで。
「じゃ〜、ウイコ!元sumimiで〜、今やドロリスとして大活躍!なウイコがクルマって意外性あるじゃん」
どうやら、自身が新車を買ったのが余程嬉しいのか、それとも楽屋のムードメーカーをしてくれているのか。
「……にゃむ。そこまでにしましょう」
何か嫌な予感がする祥子は、にゃむのおしゃべりのブレーキを踏んだ。柔らかく、ロックしないように。こんな時にさえ、真っ先に走りのことが思いつく自身が頭の中まで首都高に染まっているような感覚がして、少しだけ苦しい表情になってしまう。
「は〜い。ま、でもカッコよくウミコは相変わらず乗り回してんじゃん。良いと思うよ〜」
「ありがとうございます。気に入ってますからね」
腕を組みながらメンバーのやり取りを傍観していた海鈴の頭の中は、新生コルベットでどのエリアを走ろうか、いやリハから本番までこなしたのだから、湾岸へ出向くのは辞めようか、などとばかりで。
新しくなったマフラーがどんな全開サウンドを奏でるのか、楽しみでしょうがなかった。
「マスカレードも無事終えることが出来ましたわ。明日から皆さん数日のオフですから、しっかりリフレッシュしましょう」
祥子の伝令の後、ステージ衣装から各々私服に着替えて、楽屋を後にする5人。交通手段も違うメンバーたちは各々帰りへと進む。
別れ際。
「祥……」
少し不安げな表情を睦に呼び止められる祥子。思わず二人は足を止めた。
「なんだか……今の祥を見てると……嫌な予感するから……気をつけて」
「ええ……ありがとう。睦」
嫌な予感……?睦にも薄々感じ取られているのかもしれない……?祥子の胸中が穏やかでないものになっていくーー」
「送迎……来てるから。またね……祥」
足早に去っていく睦の後ろ姿を祥子はただ眺めるしかなかった。
このバンドは護らなければならない。他ならぬ、運命共同体と称し、自身を神になるとまで言って、マスカレードの脚本、構想から作曲、営業の手筈までやってきた。何かを忘却する為に都市迷宮を1秒を削り取る行為に、熱狂している自身は……それでも、走るのか。
鍵山雛の話が蘇る。
「それでも……もう少しだけ。走らねばなりませんの。きっと……」
恐らく、海鈴もオフを利用して、首都高へ上がる気であろう。
明日一日を完全に休業し、それからでも走っても遅くないと無理矢理、祥子は自身を正当化し、一人帰り道を歩き出す。
初華は初華で、あのパンフレットに従い、オフを利用して一度MR2をメンテナンスに出すことに決めた。
祥子や海鈴、そして私は何に惹かれて命懸けのルーレットをしているのかーー。
知りたい……。
帰りのタクシーの後部座席の退屈さを紛らわせるよう、初華は流れていく夜景に没頭していく……。