Orbis Insaniae -狂気の円環-   作:@ペケ

26 / 26
首都高の夜に始まりますは、スピード狂いたちのマスカレイドーー。

今宵も役者は集う……。


Rotae Dentatae Congruentes ー噛み合う歯車。

「少し日が空いてしまいましたわ……」

 

深夜、首都高速道路。都心環状線内回りーー。

 

白のフェアレディZが、華麗に、苛烈に加速していく。辺りに響かせるエキゾーストノートは対照的にどこまでも猛々しいモノ。

 

「空気圧もセッティングの一つ、とは。またも少し学べた気がします」

 

いつからだろうか、走る為だけに、充電式のコンプレッサーとエアゲージを使うようになった。相も変わらず、惜しげもなくハイオクガソリンをVQ37VHRへ捧げ、フェアレディZはそれを大量に飲み干していく。

 

頻度が減った分、祥子の一度の走り込みの時間は増加したが、対策を施されたフェアレディZにとって、まだ余裕のあるものだった。

 

自身が思っていた以上に、このフェアレディは強いーー。それを身体で知った祥子は、向上したドライビングスキルを用いて、このコンクリートとアスファルトの迷路を華麗に舞うーー。

 

タイヤ空気圧をやや落とし気味にしたおかげか、以前よりもタイヤの食いつきが良いように感じられる。一般車のパスも、GSで走り込んでいた頃よりもさらに技術が向上し、スムーズさに磨きがかかる。

 

祥子が走り出したあとを、追うようにか、偶然か。

 

雛が操る、初華のMR2が内回りへとコースインしていくーー。

 

合流ランプを爆音とともに突き進むMR2に、初華は自身の乗る車両の真の姿を、助手席で味わう。

 

思えば、まなはよくこの怪物に嫌な顔をしないで乗ってくれたものだと箱根ドライブの事を思い出す。そして、自身の代わりに運転する、鍵山雛が涼しい顔でそれでもどこか楽しそうにペースを上げていく姿と、自身の後方に位置する本気のエンジンの咆哮に、全身に恐怖を叩き込まれる。

 

自分も走り込んだつもりだった。それでも、こんな姿を私は知らない。

 

「良くできてるわ、このMR2。少し立ち上がりが繊細だけれど、それでも踏んでいける」

 

制限速度、車線などお構いなしに、ひらり、ひらりと紅い閃光のように駆け抜ける。思わず、初華の顔が引きつる。

 

加速、旋回、減速。その動作のいずれもが初華を揺さぶる。あの乗りづらいシートはこれに耐える為のモノだったと身体が知る。

 

さきちゃんは本当にこんな事を……こんな世界にいるの?……だとしたら、どうして?

 

暴力的なメリーゴーランドの乗客となった初華の頭にさらなる疑問が積み重なっていく。

 

「……おっと!」

 

咄嗟のカウンター。グリップ走行に徹しているはずが、ややスライドするも雛は抑え込んだ。なるほど、確かにアブない顔を持ち合わせている。

 

「初華ちゃん!このクルマ、曲がってる最中にアクセルから足を離したら、飛んでいくからね!」

 

「は、はい!」

 

このスピードと車両に響く音の中で、走る事に集中し続ける雛に、初華は少し前に教わったランナーという生き物を初めて知る。

 

一般車とのあまりの速度差に、その一般車たちがスローモーションのように見える。そして、それを予見したかのようにかわしていく自分のクルマ。そうして、スピードだけを求めていくーー。

 

「コーナー直前で、しっかりブレーキは踏み込むの!」

 

前のめりになる車体に釣られ、自身の身体がシートベルトへ押し付けられる。次に来るのが、ステアリング操作に合わせて襲いくる旋回G。ジェットコースターのように迫り来る壁が流れた後に、立ち上がり加速の後にくる加速Gに、身体がまたシートへと縫い付けられる感覚。両足は、フロアを押すように、可能な限り突っ張る。

 

耳にはマシンが撒き散らす爆音や、タイヤの鳴き声。眼前には猛烈な勢いで流れていく景色と流れ星のように過ぎ去っていく、他車のテールランプや街灯の灯り。

 

特等席のプラネタリウムのようで、より、リアルになりすぎた4DXやCGのような。

 

「居たわ……まさか、会えるとはね」

 

自身の乗るクルマの少し先に白い車体が初華にも視認できた。

 

祥子のフェアレディZのミラーにもそれは映し出される。

 

この速度域で近づいてくるのは、間違いなく、自分のような人種しかいない。それに今日はらしいクルマも居ないのだから、相手にすることにし、ペースを上げる。

 

「お、やる気って事かな……初華ちゃん。前のアレ見える?」

 

「は、はい。あ、あれが、さきちゃん……?」

 

「そう。借りたクルマで申し訳ないけど、どこまでランナーらしくなったか、見せてもらうから!それに、初華ちゃん……」

 

昼間の雰囲気が嘘のような雛の雰囲気。

 

「祥子ちゃんを追う事の意味を見て、考えて」

 

そう言うと、雛も前方の祥子のフェアレディZを猛追すべく、さらに速度を上げる。先行する祥子は霞ヶ関トンネルから、赤坂ストレートへ向け、逃げ切りのように速度を上げる。

 

C1屈指の高速セクション。

 

二人ほどのマシンと腕なら200km/hオーバー確実の区間。

 

躊躇いなく、踏んでいく。

 

「くっ……速いですわ!」

 

振り切るどころか、接近してくるではないか。相当の手練れが自身を追っている事に気付く。谷町JCTを一ノ橋JCT方面へ。

 

コーナリングで勝負を仕掛ける。

 

「だいぶ走り込んでるね、本気組だよ、祥子ちゃん」

 

東名方面へ逃げる事もできたはずだが、前方車は引き続きC1で戦うつもりだ。

 

助手席に座る初華は初華で、突如2台がサーキットのように限界ギリギリまで走り出したのか、まるでわからなかったが、こんな非現実を可能にしてしまう自身のクルマに、競技用の意味を知る。

 

一ノ橋JCTを再びC1内回り方面へ。JCTのコーナーで減速しつつも閃光のように駆け抜けていく2台の距離がじりじりと縮む。

 

芝公園付近は複合コーナーとなっており、仕掛けるとしても、逃げるにしても、ここが好機ーー。

 

先行する祥子はより直線的に芝公園付近の複合コーナーをまとめ上げ、逃げの一手を打つ。それでも、ミラーから消えない挑戦者。それどころか、どんどん距離が近づいてくる。

 

冷や汗が滲んでくる。ステアリングホイールを強く握り直し、浜崎橋JCTのブレーキング勝負に持ち込む。

 

この後に待ち構えるのはいずれも減速が必要な上に、銀座付近まで勝負を持ち込めば、狂ったスピードで橋脚を処理するハメになる。

 

一人で走るよりも、随分と消耗が激しい。

 

先行する祥子の一瞬のブレーキフラッシュの後、ブレーキランプが光ってからも雛はギリギリまでブレーキングを遅らせて、背後を取る。

 

プレッシャーに負けずに、浜崎橋JCTを汐留方面へ抜けた祥子ではあったが、後続車が背後を取る。

 

力量負けしている……!それに、マシンの力も似ているか、向こうが上かもしれないーー。

 

初華は先程のコーナーの飛び込みで死を覚悟したが、それでもまだイカれたチェイスの続きが繰り広げられている事に、自分がまだ生きている事を知る。

 

浜崎橋を立ち上がり、汐留手前のS字へ数メーターほどの車間距離で2台は飛び込む。一気に迫る白い車体の華麗なZのテールに初華は追突を覚悟するが、雛は躊躇いなくテール・トゥ・ノーズでプッシュし、追う祥子も必死で雛をブロッキングして、コーナーを抜ける。

 

ここから、汐留JCTを越え、下りからのトンネル前ーー。

 

フェアレディの行手を阻むように、トラックのウインカーが点滅するのが見えた。

 

「どいてくださいまし!」

 

トンネルは割ときつめの複合コーナー。トラックをかわし、イン側からの進入。

 

「ん〜、踏んで生き残るのは流石だよっ……!」

 

全く自身のテールに食らいついて離してくれない挑戦者が、プレッシャーをかけ続けてくる。流石に集中力がきついが、トンネルを抜けたあとは銀座ランプ付近の曲率のきついS字。タイムアタックのライン取りをしようにも、またもや一般車。

 

ブレーキフラッシュの後、減速からアプローチ。イン側を走る一般車が左車線へ入ってこないことを祈りながら、S字の切り返しの立ち上がりへ向け大外から、京橋方面へ向け、立ち上がる。

 

橋脚付近までもつれ込んでしまったーー。緩やかな高速コーナーの後、アウトとインを隔てる橋脚が待ち構える。

 

「仕掛けるなら、2本目を抜けたあとね!」

 

サイドバイサイドへ持ち込みたいが、エスケープラインを残しておかなければC1屈指の危険箇所で二回目の橋脚へ、どちらかが吸い込まれる。

 

減速勝負から、プレッシャーをまたもかけ続ける。先行は橋脚をアウト側へ抜ける、ならばーー。

 

祥子のフェアレディから、後続のライトの灯りが姿を消す。江戸橋JCT前の登りストレートへ全開で立ち上がっていく。イン側から、後続車が抜けてきて、またアウト側へ車線変更し、一列の隊列になり200km/hオーバーへ駆け抜けていく。

 

「1番右に一台、あとはガラ空きならーー」

 

サイドバイサイドからの再びのブレーキ勝負。車体重量の軽さを活かして、フェアレディZがブレーキを踏んだあと、わずかな隙間を目掛け、祥子の走行ラインを雛の操るMR2が潰す。

 

そして、ブレーキング勝負に軍配を上げた雛は、江戸橋JCTのC1内回り方面の左コーナーを理想的ラインで駆け抜け、突き放す。

 

「はあ、はあ……もう、無理……ですわ」

 

仕掛けられた祥子はブレーキングからそのままスローダウンし、戦線を離脱する。

 

生きた心地がしないドッグファイトを目の当たりにした初華の時間も、戦線離脱した祥子のフェアレディの姿が完全に消えたことを確認した雛が減速をした事で終わりを迎えた。

 

「わ、私、生きてる?」

 

神田橋ランプを過ぎ、減速していく車内の中で初華は呟く。

 

「ああ、面白かった……これだから首都高は辞められない」

 

満足げに呟く雛。

 

「祥子ちゃんを追う、って、この世界に入るコト、なんだ」

 

心なしか、初華の乗るクルマのエンジン音に喜びを感じる初華。これほどまでに、自身を引き出してもらえた事がきっと嬉しいのだろうと、ひしひしと感じた。

 

「それでも、やる?」

 

生の特等席で見る本気のルーレット族の走り。何度も助手席でも死を覚悟した。本当に遺書を書いてくればよかったと思うほどの体験。

 

それでも、命を、全てを賭けて、さきちゃんの事も、この子の事も知ってあげられるだろうかーー。

 

ペースを落とした車内に。

 

「……考えさせて、欲しいな」

 

という初華の声が響いた。

 

雛からしても、即決はして欲しくはなかった。自身もどうも走る事になるとアブないラインまで踏んでしまうーー。

 

「一体、あれは……なんだったのでしょう」

 

鮮烈に、自分の踊り出て、翻弄するように差し込まれた先ほどの光景が頭から離れないーー。一人で走り込むのとは全然違う世界が広がっていた。そして、これが、撃墜される……という事なのか。

 

「駆け引きも覚えなくてはなりませんわ」

 

先ほどの車線変更のトラックを踏みちぎってかわせたのは、運が良かった。自身がチキらずに踏んで行ったから、今無事なのも確かだがーー。一般車というイレギュラーへの対応能力を磨かなければ、自身はきっと首都高が墓標になるだろう。

 

初めて、首都高の魔を、自分のクルマで味わう祥子の胸中に、燃料が追加された気がした。

 

ーーもっと、速くなれば、何かが見えるような。

 

星を追いかけているのか、沼に沈んでいるのか、もはや分からなかったが、それを考えるのも面倒になってきた祥子は、この敗北を分析しながら、クーリング走行を続ける事にした。

 

「……それにしても、あんな飛び込みを見せられては……」

 

楽譜を真っ二つに割るような鮮烈な飛び込みが、切れ味の良い刃物だったと、ただ認めるしかなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。