東京ーー某所。時刻は昼過ぎ。
「へ?首都高走るから、アライメント取り直し?ホント、首都高好きだな〜。ま、ウチは機械屋で儲かるならやるけど、理由は気になるからね」
水色の髪をツインテールにした、作業着を着た少女は呆れた表情でそれを発した。
「うふふ。だって〜元気な子たちが居るみたいだから、久しぶりに首都高もいいかな〜って」
桃色の髪を揺らしながら、そう答える女性。
「大半みんな飽きたのに、レミリアんとこと、雛と幽々子くらいだよ、未だにクルマやってんの」
「ふふっ。それもそうかも〜。でも暇つぶしにはとってもいいじゃない。面白い人も居ますもの」
「……まあ、いいけどさ。亡霊サマの考えてることはよくわからないや、私にはね」
アライメント作業を見守る女性と進める少女の軽快なやり取りが続く。
「つれないわね、にとり。気に入ったクルマで、心ゆくまで遊ぶ。なかなか風流じゃない?」
「風流って……筑波で58秒台乗せといて、よく言うよ!クルマ系雑誌に取材受けるようなレベルのくせに」
水色のワイドボディ化された、マツダ、RX-7。FD3S型がドライブオンリフトの上に鎮座していた。固定ヘッドライト、カーボン製パーツのディフューザー、ウィング、カナード、ボンネットはカーボン特有の色気を放ち。
ガンメタリックの5本スポークのホイールは水色のグラマラスなRX-7のデザインに花を添える。
先ほどからやり取りを繰り広げている女性、西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)の駆る、サーキットからストリートまで、幅広く対応する相棒ーー。かつては、湾岸を300キロで駆け抜けた、モンスターセブンがそこに居た。
そして、応対する少女は河城(かわしろ)にとりといい、幻想郷時代から機械が好きだった河童の少女は、現代でも機械好きは変わらず、一人だけの工場(こうば)を営んでいる。
一時期、幻想郷の少女たちを虜にしていたチューニングの世界も、彼女たちらしいと言えばそれまでなのだが、飽きて離れた連中のほうが大半で、未だにのめり込んでいるのは数人しかいない。
この、西行寺幽々子はロータリーエンジンを積んだRX-7に魅せられてしまい、未だに離れられずにいる。
生きることも死ぬこともない輪廻の外から外れた亡霊だから皮肉にも回転運動の原動機の虜になったのか。
幽々子本人が持つ趣味人らしい嗜好に刺さったのかーー。
幽々子は下火になってきた首都高から去った人物であったが、そんな彼女の興味をそそる情報を得た為、真相を確認すべく、そして、暇潰しがてら首都高へ舞い戻る為の準備を進めるのだった。
「ま〜た、懲りずに撃墜した、されただの、するんでしょう?何がそんなに面白いのさ。あんたなんかサーキット走っても有名人?有名な亡霊?あ〜、どっちでもいいけど、今さら公道で何すんのさ」
幽々子の見た目の麗しさもあるが、趣味で走り続けたドライビングテクニックの高さ、そしてモンスターを駆り、サーキットでも一流のタイムへ食い込む存在は、自動車雑誌の格好のネタになった事もある。
名物オーナーとしても名を馳せたこともあった事を知るにとりからすれば、この人が公道を再び攻めたいという心理は理解が及ばなかった。それに、首都高だってある程度知り尽くしたはずなのに、と。クルマ好きの理想はだいたいしゃぶり尽くしたはずなのに、今さら?と。
「そうね〜。懐かしい空気を味わってみたくて、かしら。サーキットにはサーキットの理と雰囲気があって。公道には、公道の雰囲気があって〜。あの頃、アツかったじゃない」
昔を懐かしむように言う幽々子。
確かに、幽々子の言うとおり、昔の自動車はアツかった。多くの人々がクルマに熱中し、チューニングにハマり、今では考えられない値段でスポーツカーが誰でも購入でき。ガソリンも安かった。裏には夥しい数の事故、失敗、死人を積み上げきてだが、それでも文化だった。自分たちがクルマにハマっていた時のことを思い出す。
この亡霊はきっとその意味でも、亡霊なのだ。令和の時代、幻想入りしてしまいそうな公道文化の残り火。電子制御やネットワークに首輪を繋がれて、家電のように大人しくなっていった自動車ではなく、かつて主流だったどこか、生きているようなクルマを愛する亡霊ーー。
「とりあえず、作業は済んだよ。たぶん、幽々子が求めるような足の出来にはなってるはずだから。エンジンとかは聞いた感じ問題はなさそうだし」
アライメントテスターの数値を確認し、各部の最終点検を済ませたにとりは、作業終了を伝える。
「ありがとう、にとり。久しぶりの首都高、楽しんでくるわよ〜」
にこやかに、待ち遠しそうに幽々子はセブンへ目配せをする。ああ、今夜から楽しみだと。
冥界の姫君の考えることはにとりにはよく分からなかったが、とりあえず工賃は稼げるので、それで良いことにするのだった。それに、自分が組んだ13B-REWが未だに生きている事も、手掛けた身としては嬉しかった。
「さて、溜まった仕事も片付けなきゃだし。首都高がまた熱を帯びるなら、儲かりそうな仕事も降ってくるかな〜」
来訪者を見送ったにとりは、まだ見ぬこれから湧いてくるかもしれない仕事に想いを馳せて、呟くのだった。