「お疲れ様でした〜」
バンドメンバーが首都高の魔力に魅入られているとは知らない祐天寺にゃむは、多忙なスケジュールを縫って、次の配信の準備の為にレンタカーを借りていた。
クルマを買ったディーラーに相談し、納車待ちのヴェルファイアの同型車種を手配してもらった。流石にグレードは選べなかったが、同型車種で予行演習の質が良くなるならなんでもよかった。
「あ〜とりあえず仕事終わりっと。映えそうなスポットで車載配信なんかもアリだよね〜」
車内に乗り込み、呟く。
仕事の合間に配信スケジュールを組み立て、場所に目星は付けた。なんて言ったって、人生初の納車イベントをコンテンツにするのだから。知名度があって、映える方が良い。おまけにアクシデントまであれば取れ高ばっちりだ。
全てが計算づくーー。
とはいえ、はるばる九州から覚悟を決めて上京し、今や贅沢な高級車を購入できる身分になれたことも素直に嬉しい。故郷に錦を飾れる自分が誇らしい。熊本、そして九州人なりの愛郷心も原動力なのだから。
血反吐を吐くような日々の末にーー。
にゃむは首都高へ向かう車内で色々思い出しながら、考える。
ヴェルファイアエグゼクティブラウンジを注文する前に考え抜いた事を。
数ある自動車メーカーを比べて、自身の分析の中で感じ取ったからこその作戦を確認するように。
クルマが詳しくない人でも、トヨタは知ってる。プリウスやアクアをはじめとしてアルファード、ヴェルファイア、ランクル、ハイエース、とか車種自体の知名度も抜群。だいたい誰でも聞いたことある名前ばっか。
流石に、レクサスは親しみやすさが薄れる気がして、あたしのイメージに合わないから辞めた。あたしサキコじゃないし。
ま、レクサスだって買おうと思えば買えちゃうけど。今のあたしならヨユー。
それに。
メーカーでなくとも、別法人のディーラーだって、今や人気マルチタレントの祐天寺にゃむが、クルマを買い、入庫してくれるという事実を作ることが、それもあたしのチャンスになるかもしれない。
クルマを買い、乗ることがチャンスになるなら?
これを使わない選択はあたしにはないし、しない。
人柄や人気が容易に経済に結びつく現代。それをさらなる成功の足掛かりにし、盤石なものへ変えてやる。そのためのイベントの台本は作り込まなきゃ。
お客さんが望むモノ、見せてあげるのがあたしの仕事だからさーー。
ーー当然、あたしは走り屋のことも調べた上で、湾岸線。SNSでもちらほら話題になっているみたいだし。彼らにだって、知名度の差はあれど話題性があることがわかった。
じゃあさ、どうする?ーー偶然、映ってくれれば、取れ高になりそうじゃん。偶然のアクシデントだって、エンタメだし。
それを込みの下見なのだから。
湾岸線西行きーー。
あの出来事以降、三角初華は鍵山雛から手解きを空き時間に受ける日々を送っていた。愛機に慣れ親しんだからこそ、次なるステップアップの為に。
雛からのお題は湾岸を全開で走れるようになる事。まずはスピードに慣れる事からということらしい。
「良いよ、初華ちゃん。ちゃんと上手になってきてる」
助手席に座る雛がそう言って微笑む。
「ありがとうございます」
流石にお手本で雛が見せたようなMR2の5速を使い切るような速度の巡航までは届かないものの、200km/hオーバーのスラロームならば、できるようになってきた。
「ん〜、でも祥子ちゃんも初華ちゃんもセンスあるね。ほんと」
初華からすれば、祥子を追いかけたい。それが一つの目標なのだがーー。
難しいとされるMR2を、独学で積み上げた初華自身の努力もあり、着々とモノにしていく初華を素直に雛は褒めた。確かに、傍目からしたら非合法極まりない行為ではあるが、物事が上達する喜びはここにもあるのだと初華も感じていた。
「初華ちゃん。何も知らずに一人で走っていたんだよね」
「はい。さきちゃんのこともあるけど、この子の事知ってあげたくて、それで」
「そっか。この湾岸線のコントロールに慣れたら、C1にもだいぶ生きると思うから、頑張って」
雛から受けた説明を思い出す。チューニングはされていて抑えられているとはいえ、エンジンやミッションなど重たい部品が車体やや後方に位置するため、設計上の重量バランスが後ろ寄りな事、高速域ではフロントの接地感が薄れやすくなる特性を持っている事。何よりリヤタイヤのグリップを抜かない事。
基本的には急な操作をせずに、曲がる、止まる、走るのメリハリをペダルでつけていく、と。そのアクセルワークを湾岸線スラロームと直線で練習しているのが今だった。
湾岸線西行きを大黒で折り返し東行きへ。東行き有明JCTから11号台場線、芝浦JCTから1号羽田線合流の後、浜崎橋JCTで C1内回り。
江戸橋JCTから6号向島線を進み箱崎JCTで9号深川線、辰巳JCTから、また湾岸線西行きへという巨大でバラエティ豊かな練習ルートを伴いーー。
湾岸線西行きを制限速度に合わせて、レンタカーでの下見を進めるにゃむ。多摩川トンネルを下っていく。
「有明あたりは夜景もあるし〜、運転もしやすいかな〜。深夜なら変な運転もあんまりいないし、話しながら運転しても大丈夫そうじゃない?」
と、一人きりの車内で呟くにゃむの耳に聞き慣れない音が飛び込んでくるーー。
「うっそ!マジでいんの!?」
その爆音はのち、ミラー越しに確認できる光源が勢いよく迫ってきたかと思うと、瞬く間ににゃむが運転するレンタカーをちぎっていく。姿はすぐに見えなくなった。まるでレーシングカーが走り去って行くような音を残響にして、トンネルの外へと消えて行った。
「うわ〜、これ使えそうじゃん。あんな速度、よく出せるわ〜あり得な。ま、エンタメには使えそうかもだけど〜」
それはバンドメンバーの愛車で、運転しているとは、にゃむが知るはずもなく、他人事のように呟く。
とはいえ、賛否両論の荒れ具合になる予想はあるが自身の配信中にコレが起きたら、良い話題の火種にはなりそうだと、改めて感じる。
「完全、運任せにはなるけど、狙ってみよっかな〜」
その後も、にゃむは一通り大黒パーキングエリアの下見を済ませ、神奈川5号大黒線へ復帰すると、生麦JCTから横羽線上りへと流れていき、都心環状線方面へと走って行った。
首都高そのものが複雑で接続箇所が多すぎるため、経路も走り方も実地を通して決めたかった。配信本番で使う経路をメモにまとめたにゃむは、待ち望んだ納車とそれを飾る配信の日を思い、一人柔らかな笑みを浮かべ、首都高を後にしたーー。