もう、戻れない。
でも、強制された遊戯でもなく、ファンなど関係のない遊びなのだから、危なくなったら辞めればいい。
多忙な日々を過ごす最中で、祥子はまだ見ぬ相棒へ思いを馳せる。ただ、走るだけだった祥子からすれば、ベースマシンへのこだわりは特になく、速く走れればそれだけで良かった。
祥子のこだわりのなさは、雛からすればありがたくもあった。雛が操るような90年台のスポーツカーは、世界的な需要もあり、1000万円出しても手にすることができないシロモノになりつつある。さらに、祥子が操っていたGSに関してはマニュアルトランスミッションではなく、無段階変速、いわばオートマチックトランスミッションに類する機構なのだ。
「久しぶりね、レミリア。なかなか見ないお客さんよ。それで、うちにフェアレディ送って欲しいの」
「貴方、まだ馬鹿げた世界にいるの?それはそうと、この時代にお客さん?さんざんやりすぎる、貴方に、不思議なものね」
「もう、久しぶりなのに、貴方にそう言われちゃうのね。ま、紅魔館くらい大きかったらサンヨンの業販くらいはできるでしょう?」
「ええ、それはできるけど、一体このご時世に何をするつもりなの?国産スポーツカーなんて、物好きくらいにしか需要ないものを欲しがる人なんて久々に見たわ」
かつて、公道を弾幕ごっこのように駆け抜けた戦友へ、久方ぶりに連絡を取る。雛とは違い、レミリア率いる紅魔館メンバーは関西エリアで一旗上げ、そのまま根付いてしまったのだ。とはいえ、流石にあの頃のような無法地帯をいつまでもやる訳もなく、レミリア自身はストリートから競技の世界へ殴り込み、一定の地位まで育て上げた。
レミリア・スカーレットは吸血鬼ゆえに、欧州車をメインに扱ってきたが、基本的にはディープは儲からないとの理由で、幅広く手掛けるのが今のやり方であった。
「こっちには、環状を踏みちぎるようなお馬鹿さんはだいぶ減ったのよ。私自身も現場から離れて経営ばかりだし……」
「そっか。久々に、二人で組んでみない?ベース車がZ34なら、そこまで煮詰めなくてもパワーは出るし、予算も割とある案件なの。久しぶりにメカニック、戻ってみない?」
「へえ。貴方にそこまで言わせるお客さんなんて、まだこの時代にいたものね……。良いわ、付き合ってあげる。ベース車はオークション仕入れで構わないわね?」
「ありがと。助かるわ。昔のランナー時代の仲がまだ生きてるとはね〜」
「白々しいわね。あんなイカれたクルマ作って散々私を泣かせておいて、それだもの。ま、期待しないで待ってて頂戴。貴方の言うクルマなら、そこまで入手も難しくないわ」
チューナー同士のやり取りも、すぐ話がまとまり、近況報告などをして、しばしの会話を楽しむ二人。
結局のところ、彼女たちが現代に居るのも、そして、自動車の世界に未だに居るのも、様々なブームの残り香でしかないのだ。
「ところで、雛。貴方、まだ湾岸走ってるの?」
「ほんのたま〜に、ね。今回のお客さんは、そこで見つけたの」
「……呆れた。R32を今時惜しげもなくいじくり回してる変な神さまって居るのね。で、そこの戯れの中で、見つけた、と」
「そうそう!ま、シェイクダウン中だったから、270で辞めて帰ったけど。昔みたいにフルブーストでベタ踏み、はなかなかやりにくくなったのよね〜」
「ま、相変わらずそうで、何よりだわ。とりあえず、仕入れ済み次第、うちで陸送するから一週間ほど、時間を頂戴」
そう言い残し、通話が終わる。
思い返せば、レミリア自身も手がけるほど、面白いユーザーやクルマにしばらく会っていないような気がする。
500年ちょっと生きていれば、暇つぶしもしたくなる。そんな、気軽な気持ちで始めたクルマの世界は少なくともレミリアでさえも退屈させることはなかった。あの頃は、走る事へのハードルも低く、大衆向けの中に、埋もれないベース車もゴロゴロあり、投機対象のような値段の上がり方もなかった。
種族も関係なく、地位も関係なく。速いやつがえらい、というあの世界にレミリアもつかり切ってしまった。それゆえに、どこか、昨今の自動車界隈に退屈を覚え、潰すに潰せない規模となった組織の経営に専念する日々だった。
「はあ、懐かしいわね。しかし、こんな話が転がり込んでくるとはいくらなんでも都合が良すぎ、かもね」
それでも、久しぶりに身体の底からワクワクできるかもしれない話に、レミリアも笑みをこぼす。
未だに、公道から離れられない人種はごく少数ながらも居る、のだと。