今日も今日とて、湾岸を走る。
八幡海鈴が自動車に入れ込んでから、彼女自身に一つの欲望が芽生えた。
配信文化の流行りもあり、海鈴自身も配信をするようになり、フリートークのコーナーで自身のアメリカ車への話をなんとなしにしたのだ。
すると、リスナーの中にちらほらと昔走り屋をしていた人たちがコメントを残していくではないか。
配信の都合もあり、海鈴はそれについて言及することは出来なかったが、ファンからすれば意外な海鈴の嗜好の話で配信そのものは盛り上がった。
とはいえ、湾岸線を200km/hで踏みちぎってるような話などできるわけもなく、当人からすれば不完全燃焼ではあったものの、海鈴自身も走り屋と呼ばれる人種の歴史に触れるきっかけになった。
どうやら、この非合法の遊戯が一大勢力を持っていた事、そしてそれは日本が元気だった時の時代がもたらしたもの。そして、映画や漫画、ゲームなどで海外に輸出され、一つのジャンルとして根付いたこと。
特に興味深かったのは、数台でしのぎを削るようレースを繰り広げる人たちが居て、伝説になっていることだった。令和の今からは到底考えられない話な上に、海鈴がその熱狂を知ることも今はできないだろう。
「豊川さんが目覚めてくれれば、あの熱狂を追体験できるのかもしれませんが……」
海鈴の狙いは、それであった。同じバンドメンバーだからこそ、後腐れのない戦いができる上に、それなりの腕前は見受けられた。曲がりなりにも、走りに向かない高級セダンをよくあそこまでコントロールできるものだと、祥子の走りを追走した時感心したことを思い出す。
「ま、探してばかりも仕方ありません。帰りますか」
湾岸線を大黒JCTへ進み、K5号、首都高神奈川大黒線を走り、生麦JCTから横羽線へと合流。都心環状線へと歩を進める。
この行為が生産性があるかと言われれば、無いとも言えるし、自身が暴走族の一員になってしまったようにも思う。しかし、この首都高速道路というものは、どうしてか、ある種の自動車好きの聖地として今も昔も変わらずあるように感じてしまう。
高速料金を払うだけで、入れてしまうサーキットのような。レイアウトだってそうなのだ。都心環状を始めとし、ジャンクションを上手く使えば、ぐるりと一周できてしまう。時間帯と路線さえ間違えなければ、昼間の交通量が嘘のようにはけている瞬間もある。
公道を命がけで踏みちぎるなど、質の悪いものかもしれないが、上手く走らせる事にだって練習や研究がいる。それに、だいたいが自分だけで完結する。それも海鈴が走る事にハマった理由だ。
煩わしい変装もしなくて良い、人混みをカムフラージュして歩く必要もない。行きたいところまでドアtoドアで自分の操作で行ける。
観客なんていない、自己満足の世界。
何をするにも観客がついて回る海鈴の仕事からすれば、ある意味一つのオアシスでもあるのだ。
「私は音楽ができれば、それで良かった。そんな気がするんですけどね」
いつからか、音楽をやるにも、何をするにも面倒なことだらけだと、どこかに疲れを感じていた。契約、納期、スケジュール、分析。ビジネスとしての自身が板についていくのは分かる。Ave mujica加入前だってサポートとしてベースを弾き、金銭やキャリアに変えていった。
だけれども、何処か、満たされない。
これほどまでに好きなことで生きるのは面倒だっただろうか。
ようやく、見つけたこの世界までビジネスの種にはしたくなかった。いわば、手付かずの自然のように残しておきたい風景なのだ。
黙っていると、色々考えてしまう自分も鬱陶しく感じ、海鈴はコルベットのエンジンにアクセルペダルを介し、大量の混合気を送る。
途端に、V8エンジンが唸りを上げ、強烈なパワーをトルクチューブがトランスアクスルへと伝達し、ドライブシャフト、そしてハブを介してタイヤホイールへ伝え、蹴り出されたかのように、タイヤは空転し、車体を加速させていく。
持ち主の叫びを代弁するような力強いエキゾーストノートとともに、コルベットは夜の闇へ消えていくーー。
祥子は新しい自身のクルマが来るまで、首都高を自粛した。
作曲もしなければならないし、バンドのプロデュース業もある。
GS450hは専ら祥子の通勤用の足として用いられていた。それに、幼馴染みの初華にいくらなんでも、暴走族紛いの行為が露呈してしまう事も避けたかった。
バレたのが、海鈴で良かった。
彼女なら、そう簡単にベラベラとあちらこちらに話すタイプでもない上に、どうやら海鈴は海鈴であの行為にハマっている様子も見受けられる。
とはいえ、あんな事はいずれ辞めなければならない。そんな事は分かっている。
それでも、何かに狂わなければ、やっていられないような世界で、オアシスにも等しいあの世界をそう簡単に捨てるのも難しい話だ。
現に、もう私財を投げ入れてしまった。
運命共同体、共犯者、マスカレード。
彼女自身が作り上げた世界観に、誰よりも彼女自身が苦しんでいるように思えた。
ブームが去るのは、年々早く、話題はまるでガソリンのように次々と燃えていく。その人々の熱狂を受けて、祥子たちのバンドも存続している。
それでも、だ。
その熱狂にくべつづけられる燃料は、果たしていつまで持つだろうか。
あと何年、やれるだろうか。
そんな迷いも一人で抱え込むしかないのだ。
祥子は、誰にも気付かれぬよう、密かに新たなマシンという名の鋼鉄の衣装を待ち侘びた。
依頼してから、3週間経つーー。
信じて、待つしかないのだ。
忙しい日々をこなしながら。