祥子が待ち侘びる最中、レミリアと雛の2名は、方向性を定め、一心不乱に作業を進めていた。
「持ち主は、レクサスGSで首都高を走り込んでいたの。クルマにはあまり詳しくないんだけど、なんかそれだけが生きてる実感みたいな表情をしてたわ」
「はい?GS?ハイブリッド?あなたがわざわざ別のクルマを用意するって事は。それは置いといてもなかなかトンでるわね。あのクルマ総重量2トン超えよ」
そう、祥子の搭乗していたGS450hは、ハイブリッドスポーツラグジュアリーセダンの宿命か、車体総重量が2トンを超える重量級セダン。その重さを感じさせない走りができていたのは、2GR-FSEエンジンと1KMモーターがもたらす相乗効果によるものだった。加えて、エンジンの苦手な部分を、モーターがカバーすることから、立ち上がりは数値以上に鋭い。もっとも、システム総出力だけでも345馬力を発揮する為、決してローパワーではなく、スポーツカー並みの動力性能は与えられている。
「だけど、流石にリミッターカットまでは面倒見切れないし、持ち主もあのクルマに関してはそこまではって感じだったからね」
「あー、THS-Ⅱね。それで、わざわざZ34買ってもらったの?」
「そ。この年式くらいなら、私の知識でも詰められるし、やる事もシンプルだし、走るにしてもある程度までは行けるじゃない?私自身、日産党だし」
雑談を交えながらの作業。
エンジンは車体から降ろされ、ボルトオンターボキットの取り付けが進む。片方では、足回りが分解され、強化品の取り付けが進む。オートマ用のオイルクーラー、冷却を重視したボンネットへの換装。ラジエターの強化。ハイチューンドの文法をなぞる。
「今のスーパースポーツってこんなに手間かけなくても速いんだけど。なんだかあえて効率的じゃないチューニングなんて久しぶりだわ」
レミリアはそう呟くも懐かしいこの風景に何処か満足げな表情を浮かべる。寂れたような、工場でこれほど手を加えるなど、何年ぶりだろうか。
「そうね。イジって楽しかったクルマ、なんて35以降は消えちゃったしね。だって、最初からみんな速いんだもん」
35GT-Rの付近、以降からは、もはやチューニングをすることに意味があるのかというような完成度、価格帯のクルマが多く出回り。また、メーカー以外では手に入れられにくい情報も増え、昔のように、壊して学ぶなども難しくなったうえに、腕の良さよりも誰が手がけたかのほうが重要視されるようにもなった。そんな時代の移り変わりを見てきた雛は寂しそうに言葉を紡いだ。
「ま、私も貴方が思うことを考えたこともあるわ。輸入車やってる以上、懐かしむだけでもいけないのだけれど。ここまでコンピュータが制御されてネットワークへ接続されてしまったら、それはもはや別物よ。修理書の権利を維持するだけでも一苦労よ」
欧州生まれの存在が、なぜ欧州からふんだくられなければならないのか。同業同士の会話に、レミリアも皮肉を込めて述べる。
「ところで雛、今回はどれくらいの内容で仕上げるのかしら?500?」
サスペンションを組みながら、レミリアが問う。
「500じゃ、ちょっとマージンないかな〜。良いとこ 450馬力狙いかな。流石にエンジン内部を組み直して、死なれても困るし」
「丸くなったわね。でも、私もそうかもしれないわ。このご時世で、私たちが乗っていたようなクルマを作ったらやり過ぎな気もするわ」
レミリアはかつて自身が駆っていた、E46型M3に想いを馳せる。自身が手掛け、欧州の力を思い知らせる為のようなマシン。スカーレットデビルの名に相応しいチューンドを作り上げた。
友人の魔女は卓越した知識の持ち主であったが故に、DME、つまりはエンジンコントロールユニットの改造にもレミリアのショップは強かった。それを当時知らしめたのがBMW M3なのだ。もちろん、彼女自身も部品の選定や組み込み、調整と言ったハード面は大きく関わった。
それでも、自動車の性能向上にコンピューターはいつからか欠かせないものになったからこそ、コンピューターチューンの重みは時代が進むごとにウエイトを増した。
自動車雑誌に乗るような腕の持ち主だった。二人とも。それでも、やはりあの時代は帰ってこないことを二人とも感じている。
それゆえに、かつてのライバル同士が手を組んで、昔懐かしい改造の風景が蘇った今が貴重なように思えた。
「サーキットのパドックでは、こんな雰囲気愉しめないのよ」
「そう。まあ、筑波スーパーラップだのなんだの出ていれば、それもそうよね。いつの間にか、貴方はサーキットの住人になったし。出世したんじゃない?ふふっ」
そう、雛が返すも
「ま、私は今はほとんど現場には居ないわ。マシンを触る事もない。私は顔役。優秀な秘書に、飛び抜けた頭脳、テストドライバーがふたり。現場は今までの実績で優秀な外様で回っているわ。確かに、楽だけれど。これでは幻想郷にいた時とさして変わらない。いかに私たちが現代に馴染んだとはいえ、流石に異変や弾幕ごっこで遊ぶわけにもいかないわ」
「あら、小さいのに、ちゃんと分別はあるのね」
「うるさいわね……!でも、こうして憎まれ口を叩かれるのも懐かしい気分だわ」
「それは何より。東方の私たちってなんやかんやで、ファン層世代交代しているはずなのに、自動車文化は世代交代に失敗しちゃったみたい。ま、今どき珍しいお客さんのために、作ってあげましょうよ」
「メタい話をいきなりするわね。ま、それはさておき、あと何日ほどで仕上げるつもりかしら」
「どうしよ、あと数日。だから、詰めれば、まあ4日くらい?セッティング取らなきゃだし」
そんな会話を交わしながらも、祥子が乗るフェアレディZは純正の姿からどんどんかけ離れていく。
車高は下げられ、常軌を逸脱したスラロームに耐えられるようボディが鍛え直され、たださえ強い心臓に、さらなる強化が施されていくーー。
チューニングに魔法はない。
金属と金属を擦り合わせ、妥協なく、かっちりと組み上げていく。
オーバー200km/hで、巡航に耐えうるよう。強化した心臓を受け止められるよう、ブレーキの力も抜かりなく強化していく。
パワーと、全体のバランスの兼ね合いを取りながら、乗りやすくて、きっちり速い、そんなクルマを目指して。
そして、それらを全て制御していくプログラムの製作に入っていくのだった。