深夜の首都高、都心環状線内回りへと、真っ白なフェアレディZが合流する。
「そういえば、レミリア、名変は?」
「とりあえずオークションから落としてウチの名義にしてあるわ。だからナンバーがなにわ、なのよ。まだセッティング出てないから、踏みちぎるのはなしよ」
「ま、捕まるときは私たち仲良くだしね」
雛がにこりとレミリアに笑いながら声をかけるが
「よしてよ、縁起でもない」
レミリアは頬を膨らませて見せた。
「さて、どんな方向性で詰めていくのかしら?オートマのZ34なんて骨が折れそうだわ」
車載のコンピュータと繋いだノートパソコンを膝に置き、パソコンのディスプレイを睨みながら、レミリアが呟く。
「大丈夫よ、レミリア。アナタ昔R35のデモカー造ってたじゃない。少し、この子も調べた限りでは癖はあるものの、書き換えくらいならいけそうじゃない?」
そう言って、雛はZ34の速度を上げるべく少しアクセルペダルを踏みこむ。踏み込むというよりかは、少し強めに倒しただけだったが。
「一応、実走に入る前に純正データの吸い出しと、仮定のマップは組んできたけれど……貴方これまだ慣らし運転中だからね、くれぐれも全開は辞めてよ」
「わかってるって。それにしても、なかなか戦闘力のありそうな雰囲気は感じるわね」
二人の手により、2週間ほどで公道を走れるまで組み直されたフェアレディZは、まだ慣らし運転にも関わらず、純正とは一味違う動力性能を手にしていた。元々がVQ37VHRというパワフルなV6自然吸気エンジンに、さらに過給までプラスされているのだから、その力は2シーターのZを強烈に押し進める。
とはいえ、まだセッティングも出ておらず、新たなパワーを余すことなく引き出せてはいない。無闇に踏めば、エンジン制御と車両制御の兼ね合いもあり、機構の破損もあり得る。それに、四輪アライメントも完璧には出てはいない。
「とりあえず、ブーストは極力かけないように首都高二周くらい、かな?」
「そうね。新しい部品を馴染ませるのがまずは目的よ」
そうは言ったものの、セッティングを担当するレミリアも一筋縄では行かない予感を感じていた。
可変バルブタイミング、可変バルブタイミングリフト量制御という機構をどう合わせていくか、そして統合制御されているミッションの制御とエンジンをどう合わせるか。
「もうこの年式からこんな制御をしているのね」
フェアレディZ34も、2008〜2012年の自動車だからこそ、十分にもう古さは確かにあるが。それでも、90年代スポーツから比べれば、さらに複雑で、さらに制御が複雑になっていることをレミリアは改めて思い知らされる。とはいえ、この悩みさえも面白く感じられる。
「雛、今日は慣らし運転で切り上げて明日以降、本気でデータ取るわ」
「わかったわ。とりあえず私の方はアライメントの方向性が見えたから」
おおよそ、首都高を100km以上走り込み、ロールアウト一日目は終わりを告げる。
「ところで、雛、貴方アライメントテスター持っていたのかしら」
「アライメントテスターならあるわよ。シャシダイはないけども」
なら、足回りは妥協なく調整できそうだ。と、レミリア自身も安堵の表情を浮かべる。
ーーアライメント調整を施され、実走セッティングの二夜目を迎える。
時刻は深夜3時。
昼間の交通量が嘘のように減り、限られた時間だけではあるが、首都高がサーキットのような雰囲気を漂わせる。
「さて、レミリア。行くわよ。今日は踏んでいいんでしょう」
「ええ、踏んで頂戴」
昼間、雛が満足するまで調整していたタイヤの整列、アライメントのセッティングを出している間、レミリアはバッテリーにパワーユニットを繋ぎ、電圧を安定させた状態で、コンピュータチューンのための解析とベースデータづくりを進めていた。
全ては、実走行下のテストに向けて……。
これほどまでに手が加えられると、純正の制御だけでは、力を引き出せない限りか、エンジン本体の破損に繋がる可能性すらあり得る。
しかし、ある種、チューニングに魔法があるのだとしたら、それは電子の海に手を加える、コンピュータチューニングなのだ。
「パチェほどは、コンピュータに強くないけれど……。私もある程度は出来るのよ」
親友の名前を呟きながら、レミリアはパソコンの画面を睨みながら、わずかな、谷や、高回転域の制御を整えていく。
ある程度、想定されるベースデータは組んできた。紅魔館ならば、シャーシダイナモという、仮想の走行状態を作り出せる設備があるからこそ、クローズドですらない、公道でセッティングを出していくこの瞬間が、懐かしくも思えた。
「さて、仕上げよ。湾岸線へ向かって頂戴」
雛とレミリアを乗せたフェアレディは江戸橋JCTを9号深川線方面へ流れ、湾岸線合流を目指していく。
湾岸線ーー。
都心環状線とは異なり、首都高速道路が誇る、超高速のステージ。踏みちぎれる、とは言えど、200km/hオーバーのスラロームや、路面の経年劣化に伴う、細かな起伏。
ただ、走るだけなら、難しくもないレイアウトだが、雛たちが走るような速度域ならば、屈指の難易度へと変貌する上にーー。マシンのトータルバランスを試される、この上ないテストコースでもあるのだ。
車高、スプリングレート。空気圧、減衰力。空力、エンジンパワー、そして性格を決めるギヤ比。
「辰巳JCTから湾岸線入るわ」
「ええ。思いっきり踏みなさい」
ブーストが立ち上がり、エンジンが唸りを上げる。
心配していたトランスミッションの変速にももたつきや滑りはなく、Z34特有の完成度の高いシフトフィールを活かしきれているような感覚もある。
…250…260…270…280…290……
社外品に換装されたデジタル表記のスピードメーターが、常識はずれの速度を刻んでいく。
タコメーターも7000回転まできっちり回っている事を雛の瞳に焼き付ける。
「水温、油温、A/T油温。まだ正常よ」
「OK!こちらも粗方はOKよ」
二人とも、これなら納車しても恥ずかしくない出来栄えだと、笑みを浮かべる。
推定450馬力、最高速はメーター読みで290km/hを超える事は確認できた。
もし、祥子がその先を感じたいならば、派生メニューも幾つもある。
それに、まだエンジン本体には手を入れていない。
走りの1台目にしては、良い贈り物になるのではないだろうか。そう思える1台を造ることができた。
「何台手がけても、完成させることの悦びは色褪せないわね」
「ふふっ。そうね。しかし、まあ時代は進むものね。今回の件で改めて思ったわ」
「なんだかんだで、自動車もずっと学問なのかもね。毎度、毎度ECU書き換えやるたびに痛感するわ」
速度を落とす車内の中で、お互いの仕事を讃えつつも、技術の深みを話し合う。
白いフェアレディZは速度を落とし、法定速度まで下げると、クーリング走行へ移る。
労わるように。