三尾の妖狐と僕の帰る場所   作:杉花

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ネタが思い浮かばず繋ぎ回となってしまったので初投稿です!



第十二話 恋珀と日常

朝の光が、壊れかけた窓から差し込んでいた。

 

廃墟の中にある部屋は、まだ少し肌寒い。

 

けれど、湊の身体には温かな感触があった。

 

目を開けると、目の前に白い髪が見えた。

 

恋珀が、湊の胸元に寄り添うように眠っている。

 

三本の大きな尾は、まるで布団のように二人を包んでいた。

 

「……恋珀」

 

小さく呼んでみる。

 

返事はない。

 

どうやら、まだ眠っているようだった。

 

昨日までなら、朝になると先に起きていることが多かった恋珀だが、今朝は違うらしい。

 

湊は彼女を起こさないように、そっと手を伸ばした。

 

白い髪に触れる。

 

柔らかい。

 

そのまま頭を撫でていると、恋珀の耳がぴくりと動いた。

 

「……んぅ」

 

小さな声が漏れる。

 

「起こしちゃった?」

 

「……まだ、起きておらぬ……」

 

寝ぼけた声だった。

 

「そう?」

 

「うむ……だから、もう少し……」

 

恋珀はそう言って、湊の胸元へ顔を埋めた。

 

湊は思わず笑った。

 

「分かった。もう少し寝てていいよ」

 

「……うむ」

 

再び静かな寝息が聞こえ始める。

 

湊は彼女の頭を撫でながら、昨日のことを思い返していた。

 

廃施設での出来事。

 

自分を襲った黒い影。

 

そして、恋珀が命を懸けて助けてくれたこと。

 

あのとき、彼女を失うかもしれないと思った。

 

その恐怖は、まだ完全には消えていない。

 

けれど今、こうして腕の中にいる。

 

その事実が、何よりも嬉しかった。

 

しばらくすると、恋珀がゆっくりと目を開けた。

 

「……おはよう、マスター」

 

「おはよう、恋珀」

 

「もう朝か……」

 

「うん。結構前から明るいよ」

 

恋珀は窓の方へ視線を向けた。

 

それから、湊の顔を見上げる。

 

「よく眠れたか?」

 

「眠れたよ。恋珀は?」

 

「ワシもじゃ。久しぶりに、よく眠れた気がするのう」

 

「いつもは眠れてないの?」

 

「そういうわけではない。ただ、誰かと一緒に眠ることに慣れておらぬだけじゃ」

 

恋珀は少し照れたように笑った。

 

「じゃが、今朝は目覚めてもお主がおる。なかなかよいものじゃな」

 

「僕もそう思うよ」

 

二人はしばらく、そのまま寝床にいた。

 

やがて恋珀が身体を起こす。

 

「さて、そろそろ起きるとするかのう」

 

「そうだね」

 

湊も起き上がろうとしたが、恋珀の尾がまだ身体に巻きついていた。

 

「恋珀、尾が……」

 

「む?」

 

恋珀は自分の尾を見下ろした。

 

どうやら、無意識のうちに湊を包んでいたらしい。

 

「おお、すまぬ。つい、そのままにしておった」

 

尾がゆっくりと離れていく。

 

「温かかったから、もう少し包まれていたかったな」

 

「ほう? ならば、また包んでやろうか?」

 

「いいの?」

 

「もちろんじゃ。ワシの尾は、お主を温めるためにもあるのじゃからな」

 

恋珀は得意げに胸を張った。

 

「ただし、動きにくくなるかもしれぬぞ」

 

「それは困るね」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

 

朝の支度を終えると、恋珀は火の様子を確かめた。

 

湊は水を汲み、簡単な食事の準備を始める。

 

いつもと変わらない朝の光景。

 

けれど、湊はふと手を止めた。

 

「どうしたのじゃ?」

 

「いや……なんだか不思議だなと思って」

 

「何がじゃ?」

 

「昨日までと同じことをしているのに、少し違って感じるんだ」

 

恋珀は火を見つめたまま答えた。

 

「契約を結んだからかもしれぬな」

 

「やっぱりそうなのかな」

 

「うむ。お主の存在を、以前より近くに感じる。離れておっても、どこかで繋がっておるような……そんな感覚じゃ」

 

「僕も似たような感じがするよ」

 

湊は自分の胸元に手を当てた。

 

「恋珀が近くにいると、ここが温かくなる気がする」

 

「ほう……それはよいことじゃな」

 

恋珀は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ただし、契約に頼りすぎるでないぞ。互いの気持ちを確かめることも大切じゃ」

 

「分かってるよ」

 

「ならばよい」

 

食事の準備ができると、二人は並んで座った。

 

湊が用意した簡単な料理を、恋珀はゆっくりと口に運ぶ。

 

「うむ。今日も悪くない味じゃ」

 

「それはよかった」

 

「しかし、少し味が薄いのう」

 

「そう?」

 

「うむ。次はもう少し塩を加えるとよい」

 

「分かった。次はそうしてみるよ」

 

恋珀は満足そうに頷いた。

 

こうして食事の味について話すことさえ、今では当たり前になっている。

 

湊はそれが嬉しかった。

 

食事を終えた後、恋珀は窓辺へ移動した。

 

外では風が木々を揺らしている。

 

「今日は、どうするつもりじゃ?」

 

「特に決めてないよ。恋珀は何かしたいことある?」

 

「そうじゃな……」

 

恋珀は少し考えた。

 

「また、あの場所へ行ってみたいのう」

 

「あの場所?」

 

「昨日の施設ではないぞ。以前、お主と行った森の奥の広場じゃ」

 

「ああ、あそこか」

 

七章で二人が訪れた、木々に囲まれた静かな場所。

 

大きな木があり、草花が咲いていた場所だ。

 

「また行きたいと思っておったのじゃ。今度は、もう少しゆっくり過ごしてみたい」

 

「いいね。何か持っていこうか」

 

「食べ物がよいのう」

 

「じゃあ、簡単なお弁当でも作ろうか」

 

「お弁当か。よい響きじゃな」

 

恋珀の尾が、嬉しそうに揺れた。

 

「では、今日は準備をして、明日にでも行くとするかのう」

 

「うん。そうしよう」

 

二人は明日の予定を話しながら、必要なものを考え始めた。

 

そのとき、湊はふと思い出したように恋珀へ尋ねた。

 

「ねえ、恋珀」

 

「なんじゃ?」

 

「契約を結んでから、何か変わったことって他にもある?」

 

恋珀は少し考えた後、自分の尾を見つめた。

 

「そうじゃな……」

 

三本の尾が、ゆっくりと動く。

 

「お主の感情が、以前より分かりやすくなった気がするのじゃ」

 

「僕の感情?」

 

「うむ。例えば、今のお主は楽しそうじゃ」

 

「それは顔を見れば分かるんじゃない?」

 

「それだけではない。言葉にしておらぬ気持ちまで、ほんの少し伝わってくるような気がする」

 

「へえ……」

 

「じゃが、完全に分かるわけではないぞ。お主が何を考えておるか、すべて見通せるわけではない」

 

「それならよかった」

 

「む? なぜじゃ?」

 

「何でもかんでも分かられたら、少し恥ずかしいからね」

 

恋珀は一瞬きょとんとした後、楽しそうに笑った。

 

「ふふふ。安心せい。お主の心を勝手に覗くつもりはないのじゃ」

 

「ありがとう」

 

「じゃが、嬉しい気持ちくらいは伝わってもよかろう?」

 

「それはもちろん」

 

恋珀は湊の手を取った。

 

「ならば、今の気持ちは伝わっておるか?」

 

「どんな気持ち?」

 

「お主と一緒におれることが嬉しい、という気持ちじゃ」

 

湊は彼女の手を握り返した。

 

「うん。ちゃんと伝わってるよ」

 

「そうか」

 

恋珀は柔らかく笑った。

 

窓から差し込む光が、二人の間を照らしている。

 

契約を結んだからといって、すべてが突然変わるわけではない。

 

朝になれば目を覚まし、食事を作り、話をして、また夜を迎える。

 

そんな何気ない日々が続いていく。

 

けれど、二人はもう知っている。

 

その日々を、互いの命を分け合いながら過ごしていくということを。

 

「マスター」

 

「なに?」

 

「明日が楽しみじゃな」

 

「僕もだよ」

 

恋珀は湊の手を握ったまま、窓の外を眺めた。

 

その横顔は、いつもより少しだけ穏やかに見えた。

 

新しい朝。

 

二人で迎える、何度目かの朝。

 

それは、これからも続いていく日常の始まりだった。

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