三尾の妖狐と僕の帰る場所   作:杉花

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用意していたネタが尽きかけてるので初投稿です!


第十三話 恋珀と森に眠るもの

翌朝。

 

廃墟の窓から差し込む光が、部屋の中を明るく照らしていた。

 

「マスター、準備はできたかのう?」

 

恋珀は赤い着物の裾を整えながら、湊の方を振り返った。

 

「うん。お弁当も持ったよ」

 

「よし。では、出発じゃな」

 

昨日約束した森の広場へ向かうため、二人は荷物をまとめていた。

 

小さな包みには、湊が作った食べ物が入っている。恋珀はそれを受け取ると、嬉しそうに中身を確かめた。

 

「ふむ。なかなかよい出来ではないか」

 

「まだ食べてないでしょ」

 

「見た目も大切なのじゃ」

 

「それはそうだけど」

 

恋珀は満足げに頷くと、包みを大事そうに抱えた。

 

二人は廃墟を出て、いつもの森へと続く道を歩き始めた。

 

木々の間を抜ける風は穏やかで、鳥の声が遠くから聞こえてくる。

 

恋珀の三本の尾が、歩くたびにゆったりと揺れていた。

 

「今日は人の気配もないのう」

 

「そうだね。ここならゆっくりできそうだ」

 

「うむ。せっかくの二人きりの時間じゃ。邪魔はされたくないものじゃな」

 

「恋珀、楽しみにしてたんだね」

 

「当然じゃろう。お主と出かけるのは楽しいからのう」

 

何気ない会話を交わしながら、二人は森の奥へ進んでいった。

 

やがて、木々の隙間から広場が見えてくる。

 

以前と変わらない景色。

 

大きな木が中央に立ち、その周囲には草花が咲いている。

 

湊は広場に足を踏み入れ、辺りを見回した。

 

「やっぱり、いい場所だね」

 

「じゃろう?」

 

恋珀は得意げに笑った。

 

「ここは昔から変わらぬ。人の住む場所は移り変わっても、このような場所は残ることがあるのじゃ」

 

二人は大きな木の根元に腰を下ろした。

 

湊が包みを開くと、恋珀はさっそく中身に目を向ける。

 

「おお。これは楽しみじゃ」

 

「そんなに期待されると、ちょっと緊張するな」

 

「安心せい。多少失敗しておっても、ワシが食べてやるのじゃ」

 

「それはありがたいけど、できれば美味しく食べてほしいな」

 

恋珀は小さく笑い、湊の作った食事を口に運んだ。

 

「うむ。美味いのじゃ」

 

「よかった」

 

「以前よりも上達したのではないか?」

 

「そうかな?」

 

「うむ。ワシが保証する」

 

その言葉に、湊も笑顔を浮かべた。

 

しばらくは、穏やかな時間が流れていた。

 

食事を終え、二人で木々の間を眺めていると、恋珀がふと顔を上げた。

 

「……む?」

 

「どうしたの?」

 

恋珀は返事をせず、森の奥を見つめている。

 

三本の尾が、ぴたりと動きを止めていた。

 

「何か聞こえたか?」

 

「いや……音ではない」

 

恋珀はゆっくりと立ち上がった。

 

「妙な気配がするのじゃ」

 

「妖怪?」

 

「分からぬ。妖気に似ておるが、少し違う。かなり古いもののようじゃな」

 

湊も立ち上がり、恋珀の視線の先を見た。

 

そこには、木々が密集した薄暗い場所がある。

 

以前この広場を訪れたときには、気にも留めなかった場所だった。

 

「行ってみる?」

 

「……そうじゃな。じゃが、ワシのそばを離れるでないぞ」

 

恋珀の声が少しだけ厳しくなる。

 

「分かった」

 

二人は手を繋ぎ、森の奥へと進んでいった。

 

草をかき分け、木々の間を抜ける。

 

しばらく歩くと、地面に石畳が見え始めた。

 

「こんな道があったんだ」

 

「ワシも知らなんだ……」

 

恋珀は不思議そうに辺りを見回した。

 

石畳は長い年月を経て苔に覆われている。ところどころ崩れてはいるが、かつては人が通っていた道なのだろう。

 

その先に、小さな建物が見えた。

 

古びた鳥居。

 

その奥には、崩れかけた社がひっそりと佇んでいた。

 

「神社……?」

 

「いや、これは……」

 

恋珀は鳥居の前で足を止めた。

 

彼女の表情から、先ほどまでの穏やかさが消えている。

 

「恋珀?」

 

「この場所には、結界が張られておる」

 

「結界?」

 

「うむ。外から何かを入れぬためのものではない。中にある何かを、外へ出さぬための結界じゃ」

 

湊は社を見つめた。

 

扉は閉じられている。

 

窓もなく、中の様子は分からない。

 

それなのに、なぜか視線を向けられているような感覚があった。

 

「中に何かいるのかな」

 

「分からぬ。じゃが、長い間ここに封じられておったようじゃ」

 

恋珀は鳥居に手を触れた。

 

その瞬間。

 

二人の手元が、淡く光った。

 

「っ……!」

 

恋珀が驚いて手を離す。

 

湊も自分の手を見た。

 

契約を結んだときに感じた、あの温かな光。

 

それが今、二人の手の間にかすかに浮かんでいた。

 

「恋珀、これって……」

 

「契約が反応しておる?」

 

恋珀は湊の手を握り直した。

 

すると、光はさらに強くなった。

 

鳥居の奥。

 

社の扉が、ゆっくりと軋んだ音を立てた。

 

開いたわけではない。

 

ただ、内側から誰かが触れたように、ほんの少し揺れたのだ。

 

そして。

 

「……やっと、見つけた」

 

声が聞こえた。

 

幼い子供のような声だった。

 

湊は息を呑んだ。

 

恋珀はすぐに湊を自分の後ろへかばう。

 

「何者じゃ!」

 

返事はない。

 

代わりに、社の隙間から白い光が漏れ始めた。

 

その光の中に、小さな人影が浮かび上がる。

 

人間の子供のような姿。

 

けれど、その輪郭はぼんやりとしていて、顔までは分からない。

 

「……恋珀?」

 

湊が小さく呼ぶ。

 

恋珀は答えなかった。

 

彼女はただ、その人影を見つめていた。

 

やがて、子供の声が再び響く。

 

「その人と、契約したんだね」

 

「……お主、なぜそれを知っておる」

 

「ずっと待っていたから」

 

「何を待っておった?」

 

人影は、少しだけ首を傾けた。

 

「あなたたちが来るのを」

 

恋珀の尾が大きく広がる。

 

「ふざけるでない。お主は何者じゃ。なぜこの場所におる?」

 

すると、人影はゆっくりと社の奥へ下がった。

 

「ここから出して」

 

その声は、先ほどよりもずっと小さかった。

 

「お願い……もう、ひとりは嫌なの」

 

湊は恋珀の肩越しに社を見つめた。

 

その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

けれど恋珀は動かなかった。

 

「マスター。近づいてはならぬ」

 

「でも……」

 

「まだ何も分かっておらぬ。相手が何者かも、何を望んでおるのかもな」

 

恋珀は湊の手を強く握った。

 

そのとき、社の奥から再び声が聞こえた。

 

「……あれ?」

 

人影が湊の方を向いた。

 

「その人……あなたの命と繋がっているんだね」

 

湊の背筋に、冷たいものが走った。

 

「どうして、それが分かるの?」

 

問いかけても、人影は答えなかった。

 

ただ、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

 

「ねえ」

 

その声が、森の中に響いた。

 

「あなたたちの契約、少しだけ見せて」

 

直後。

 

鳥居の周囲に張られていた結界が、音もなく消えた。

 

恋珀は湊を抱き寄せるように引き寄せた。

 

「マスター、下がるのじゃ!」

 

社の扉が、ゆっくりと開き始める。

 

中から溢れ出した光が、二人を包み込んだ。

 

そして、その光の向こうから。

 

誰かが、こちらへ歩いてくる足音が聞こえた。




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