三尾の妖狐と僕の帰る場所   作:ゆくじろ

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やっと4000文字弱くらいになりました!
筆が乗ってくれたので初投稿です!


第四話 妖狐の力

夕日が沈み、廃墟の中に夜の静けさが広がり始めていた。

 

窓際から離れた僕たちは、いつもの部屋へ戻った。

 

部屋の中央には、以前から使っている小さな火床がある。恋珀が手をかざすと、薪の隙間に小さな炎が生まれた。

 

乾いた木がぱちぱちと音を立て、淡い光が部屋を照らす。

 

僕はその様子を眺めながら、ふと疑問に思った。

 

恋珀は、どうやって火を起こしているのだろう。

 

道具を使っているわけでも、何かを取り出しているわけでもない。ただ手をかざすだけで、炎が生まれる。

 

最初に見たときは驚いたが、今ではそれも日常の一部になっていた。

 

けれど、考えてみれば不思議なことばかりだ。

 

「ねえ、恋珀」

 

「なんじゃ?」

 

「君って、ほかにも不思議な力が使えるの?」

 

僕の問いに、恋珀は少しだけ目を細めた。

 

「ほう。ワシの力に興味があるのか?」

 

「うん。火を起こすところは何度か見たけど、それ以外にも何かできるのかなって」

 

「当然じゃ。ワシを誰だと思っておる」

 

恋珀は少し得意げに胸を張った。

 

「ワシは五千年を生きる妖狐じゃぞ。火を起こす程度のことしかできぬと思われては困るのう」

 

「それはそうだね」

 

「ふふん。ようやく理解したか」

 

彼女は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、どんなことができるの?」

 

「そうじゃな……言葉で説明するより、実際に見せた方が早いじゃろう」

 

恋珀は立ち上がり、部屋の少し広い場所へ移動した。

 

三本の大きな尾が、彼女の動きに合わせてゆったりと揺れる。

 

そして、片手を軽く掲げた。

 

次の瞬間、彼女の指先に淡い光が灯った。

 

光は小さな球体となって空中に浮かび、ゆっくりと形を変えていく。

 

耳が生え、胴体ができ、四本の足が現れる。

 

やがて、それは一匹の狐になった。

 

白い毛並みを持つ、小さな狐だった。

 

狐は床に降り立つと、辺りを見回し、僕の方へ歩いてきた。

 

「……すごい」

 

思わず声が漏れた。

 

狐は僕の足元で立ち止まり、こちらを見上げている。

 

僕がしゃがんで手を伸ばすと、狐は逃げることなく、手のひらに鼻先を近づけた。

 

恐る恐る撫でてみる。

 

柔らかな毛並み。

 

確かな感触。

 

まるで本物の狐を撫でているようだった。

 

「これも妖術なの?」

 

「そうじゃ。ワシの力で作り出したものじゃ」

 

「本物と変わらないね」

 

「見た目だけのまやかしとは違うぞ。ワシが作り出したものは、それが表すものと同じように振る舞うことができるのじゃ」

 

「つまり、この狐も本当に動けるってこと?」

 

「そういうことじゃな」

 

恋珀が指を軽く動かすと、小さな狐はその場で跳ねた。

 

さらに、床を駆け回り、僕の足元をくるくると回る。

 

僕が手を差し出すと、狐はその手に前足を乗せた。

 

「かわいいね」

 

「……そうか?」

 

「うん。恋珀が作ったの?」

 

「そうじゃが」

 

「じゃあ、恋珀に少し似てるのかな」

 

その言葉を聞いた恋珀は、ぴたりと動きを止めた。

 

「な、何を言っておる」

 

「いや、白いところとか」

 

「狐なら白い毛並みのものもおるじゃろう!」

 

「そうだね」

 

「まったく……」

 

恋珀は少し顔をそらした。

 

狐の耳が、ぴくりと動いている。

 

僕はその様子を見て、思わず笑ってしまった。

 

「なんじゃ、また笑いおって」

 

「ごめん。でも、恋珀って面白いね」

 

「ワシは面白くなどないわ!」

 

そう言いながらも、恋珀の頬はほんのり赤くなっていた。

 

小さな狐が消えると、恋珀は再び僕の方を向いた。

 

「ほかにも見たいものはあるか?」

 

「うーん……さっき言ってた幻っていうのが気になるかな」

 

「幻か。ならば、それも見せてやろう」

 

恋珀は僕の正面に立ち、軽く指を鳴らした。

 

その瞬間、部屋の様子が変わった。

 

壁のひび割れが消え、床の傷もなくなっている。

 

薄暗かった室内には柔らかな光が差し込み、窓の外には見たこともない美しい景色が広がっていた。

 

まるで、どこかの庭園にいるようだった。

 

色とりどりの花が咲き、木々の葉が風に揺れている。

 

「……え?」

 

僕は思わず周囲を見回した。

 

さっきまでいた廃墟の部屋は、どこにも見当たらない。

 

「どうじゃ?」

 

恋珀の声が聞こえた。

 

振り返ると、彼女は先ほどと同じ場所に立っていた。

 

「これが幻?」

 

「そうじゃ。ワシが見せたいものを、相手に見せることができる」

 

僕は近くに咲いている花に手を伸ばした。

 

指先が花びらに触れる。

 

柔らかな感触があった。

 

「触れることもできるんだね」

 

「うむ。単に見せるだけではない。幻として作り出したものにも、それに応じた性質を持たせられるのじゃ」

 

僕は花を眺めた。

 

香りまで感じられる気がする。

 

目の前に広がる景色は、現実と見分けがつかないほどだった。

 

「すごいね。これなら、どんな場所にでも行けるみたいだ」

 

「場所を見せるだけならな。もっとも、見せるものによってできることも変わるがの」

 

「じゃあ、例えば海とかも?」

 

「当然じゃ」

 

「空を飛ぶことも?」

 

「そのような幻を作れば可能じゃろう」

 

「本当に何でもできそうだね」

 

「何でもというわけではないぞ。ワシの力にも限りはある。じゃが、人間が思うより多くのことはできるじゃろうな」

 

恋珀は少し誇らしげに言った。

 

僕は改めて周囲を見渡した。

 

こんな力を持っている彼女が、どうしてこの廃墟で一人暮らしをしていたのだろう。

 

人間にはない力があり、長い年月を生きている。

 

僕には想像もできないような経験をしてきたはずだ。

 

「恋珀は、こういう力を使って何かしていたの?」

 

何気なく尋ねると、彼女は少しだけ視線を落とした。

 

「昔はのう。いろいろと使ったものじゃ」

 

「昔って、どれくらい前?」

 

「さてな。人間の暦で数えるのも面倒になるほど昔じゃ」

 

「五千年も生きてたら、そうなるよね」

 

「そうじゃ。人間の一生など、ワシからすればほんの一瞬じゃからな」

 

その言葉には、少しだけ寂しさのようなものが混じっている気がした。

 

けれど、恋珀はすぐにいつもの表情へ戻った。

 

「まあ、今は昔の話じゃ。気にすることではない」

 

「そっか」

 

僕はそれ以上、深く聞かなかった。

 

彼女にも話したくないことがあるのだろう。

 

それを無理に聞く必要はないと思った。

 

やがて、恋珀が指を動かすと、庭園の景色はゆっくりと消えていった。

 

花も木々も、光も、最初から存在していなかったかのように消え、見慣れた廃墟の部屋へ戻る。

 

「どうじゃった?」

 

「すごかったよ。最初、本当に別の場所に来たのかと思った」

 

「ふふん。ワシの力を侮るでないぞ」

 

「これなら、好きな景色をいつでも見られるね」

 

「まあ、そういう使い方もできるのう」

 

恋珀は再び火のそばへ戻り、腰を下ろした。

 

僕もその隣に座る。

 

炎が揺れ、彼女の白い髪を淡く照らしていた。

 

「ねえ、恋珀」

 

「今度は何じゃ?」

 

「その力って、疲れたりしないの?」

 

僕は少し気になっていたことを尋ねた。

 

あれだけ自然な幻を作り出せるのだから、何かしら負担があるのではないかと思ったのだ。

 

恋珀は少し考えるように目を伏せた。

 

「使う力や規模にもよるが、今の程度であれば大したことはない」

 

「そうなんだ」

 

「ただし、ワシの力についてすべてを知ったつもりになるでないぞ。人間には分からぬことも多いのじゃ」

 

「分かった。気をつけるよ」

 

「うむ」

 

恋珀は満足そうに頷いた。

 

僕は火を見つめながら、先ほどの景色を思い出していた。

 

あれほど美しい場所を、彼女は簡単に作り出してしまう。

 

その力があれば、僕たちの生活ももっと便利になるのかもしれない。

 

けれど、それ以上に気になったことがあった。

 

「恋珀は、どうして僕にそんなにいろいろ見せてくれるの?」

 

僕の問いに、彼女は少しだけ首を傾げた。

 

「どういう意味じゃ?」

 

「最初に会ったときは、僕を追い出そうとしてたでしょ。それなのに、今は自分の力まで見せてくれるから」

 

恋珀はしばらく黙っていた。

 

そして、三本の尾をゆっくりと動かした。

 

「……お主が、ワシのことを知りたがっておるからじゃ」

 

「それだけ?」

 

「それだけではいかんのか?」

 

「いや、そんなことはないけど」

 

恋珀は火に視線を向けた。

 

「最初は、お主のことを厄介な人間だと思っておった。勝手に住み着き、何を考えておるのかも分からぬ。いつ出ていくのかも分からぬ」

 

「それはごめん」

 

「謝るでない。今はもう、そうは思っておらぬ」

 

「じゃあ、今は?」

 

恋珀はすぐには答えなかった。

 

少し考えたあと、僕の方をちらりと見る。

 

「……奇妙な人間じゃな」

 

「それ、褒めてる?」

 

「どう受け取るかはお主の自由じゃ」

 

そう言って、恋珀は小さく笑った。

 

僕もつられて笑う。

 

それ以上、言葉を交わす必要はなかった。

 

火の音だけが静かに響いている。

 

僕はこの廃墟に来る前、自分が誰かとこんな時間を過ごすことになるとは思っていなかった。

 

誰かと話すことも、誰かの帰りを待つことも、誰かのことをもっと知りたいと思うことも。

 

ずっと遠いものだと思っていた。

 

けれど今は、隣にいる妖狐のことを少しずつ知っていきたいと思っている。

 

彼女がどんな時間を過ごしてきたのか。

 

何を好きで、何を嫌っているのか。

 

どんなことを考えて、何を大切にしているのか。

 

知りたいことは、まだまだたくさんある。

 

「お主」

 

「ん?」

 

「何をぼんやりしておる。火が消えかけておるぞ」

 

「あ、ごめん」

 

僕が薪を足そうとすると、恋珀が手を伸ばした。

 

小さな炎が薪に移り、再び火床が明るくなる。

 

「こういうことは、ワシに任せておけばよい」

 

「ありがとう」

 

「礼などいらぬ」

 

そう言いながら、恋珀は僕の隣に座り直した。

 

彼女の三本の尾のうち一本が、僕の足元に触れる。

 

僕は特に気にせず、そのまま火を眺め続けた。

 

恋珀も尾を引っ込めることはなかった。

 

まだ、僕たちは互いのことをほとんど知らない。

 

それでも、少しずつ距離が縮まっている。

 

この何気ない時間が、これからも続けばいい。

 

その夜、僕はそんなことを考えていた。




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