貞操逆転観念世界で男女の友情が成立すると思った愚かな少年⋯⋯を傍観する彼女持ち男子の話〜周りがギスギスしててもイチャイチャしたい〜 作:タワマン太郎
土曜日。
午前十時。
ボクは自宅のリビングで、スマートフォンを眺めていた。
画面に表示されているのは、彩姫とのメッセージアプリ。
『明日は十時に駅前で待ち合わせでいいかしら?』
『うん。大丈夫だよ』
『楽しみにしているわ』
『ボクも楽しみ』
……うん。
明日は彩姫とのデートだ。
付き合い始めて二年。
こうして休日に二人で出かけることは何度もあったけれど、毎回楽しみなのは変わらない。
さて、明日はどこに行こうか。
そんなことを考えていると、スマートフォンが震えた。
『優凛! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!』
送り主は天羽暁だった。
『どうしたの?』
『明日、美咲と出かけることになったんだよ』
『へぇ。よかったね』
『それでさ、女の子と二人で遊びに行くときって、何か気をつけた方がいいことあるか?』
……。
…………。
なるほど。
ついに来たか。
ボクは少しだけ考えてから、返信した。
『相手が行きたい場所を聞いてあげるといいんじゃないかな』
『なるほど! ありがとう!』
『あと、相手が楽しんでいるかどうか、ちゃんと見てあげてね』
『分かった!』
うん。
これでいいだろう。
……ちなみに、暁はまだ気づいていない。
桜庭美咲が彼にとって、ただの幼馴染ではなくなっていることに。
いや。
正確には、暁にとっては今も昔も大切な幼馴染なのだろう。
ただ、美咲さんにとっては違う。
彼女にとって暁は、ずっと好きだった男の子なのだ。
……頑張ってほしい。
心の底からそう思う。
◇
日曜日。
午前九時五十分。
駅前。
「優凛!」
「あ、彩姫」
待ち合わせ場所に到着すると、すでに彩姫が待っていた。
今日の彼女は、白いブラウスに淡いピンクのスカートという装いだった。
普段の制服姿とはまた違った雰囲気で、とてもよく似合っている。
「待たせちゃった?」
「いいえ。私も今来たところよ」
「そっか」
「……それより」
彩姫は少しだけ視線を逸らした。
「今日の服、どうかしら?」
「すごく似合ってるよ。可愛い」
「……っ」
彩姫の頬がほんのり赤くなる。
「ありがとう。優凛も素敵よ」
「そう?」
「ええ。とても可愛いわ」
「……ボク、男なんだけど」
「知っているわ」
彩姫は微笑んだ。
「でも、私にとって優凛は世界で一番可愛い男の子だもの」
「それは褒めてる?」
「もちろん」
……まあ、彩姫が嬉しそうだからいいか。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
ボクたちは手を繋いで歩き出した。
◇
最初に訪れたのは、駅前にある大型ショッピングモールだった。
「何か見たいものはある?」
「そうね……」
彩姫は少し考えた後、ボクの顔を見た。
「今日は優凛と一緒なら、どこでもいいわ」
「ふふ。じゃあ、ゆっくり見て回ろうか」
「ええ」
まずは雑貨屋に入った。
可愛らしい小物やアクセサリーが並ぶ店内。
彩姫は楽しそうに商品を眺めている。
「これ、可愛いわね」
「本当だ」
彼女が手に取ったのは、小さな月の形をしたキーホルダーだった。
「優凛に似合いそう」
「ボクに?」
「ええ。名前にも月が入っているでしょう?」
「なるほど」
確かに、ボクの名字は月見だ。
「じゃあ、これにしようかな」
「いいの?」
「うん。彩姫が選んでくれたものだし」
そう言うと、彩姫は嬉しそうに微笑んだ。
「なら、私もこれを買うわ」
彼女が手に取ったのは、星の形をしたキーホルダーだった。
「お揃い?」
「ええ。月と星で、ちょうどいいでしょう?」
「ふふ。そうだね」
会計を済ませ、ボクたちはそれぞれのキーホルダーを受け取った。
彩姫はさっそく、自分の鞄につけている。
「優凛もつけて?」
「うん」
ボクも鞄につけた。
月と星。
何だか、ボクたちらしい組み合わせだ。
「……嬉しいわ」
「ボクも」
彩姫はボクの腕にそっと寄り添った。
そのまま、次の店へ向かう。
◇
昼食は、ショッピングモール内にあるレストランで取ることにした。
「優凛は何にする?」
「うーん……オムライスかな」
「じゃあ、私はハンバーグにしようかしら」
「いいね」
注文を済ませ、料理が運ばれてくるのを待つ。
すると、彩姫がふと口を開いた。
「そういえば、昨日天羽くんから連絡があったのでしょう?」
「うん。明日、美咲さんと出かけるって」
「……それだけ?」
「女の子と二人で出かけるときの注意点を聞かれたよ」
「…………」
彩姫は目を閉じた。
「そう」
「うん」
「それで、何て答えたの?」
「相手の行きたい場所を聞いてあげたらいいって」
「なるほど」
「あと、楽しんでいるかどうか、ちゃんと見てあげてねって」
「…………」
彩姫は少しだけ考え込んだ。
そして、ぽつりと呟く。
「……優凛は、天羽くんに甘いわね」
「そうかな?」
「そうよ」
「友達だからね」
「……そうね」
彩姫は苦笑した。
「でも、優凛」
「なに?」
「あなたは私とのデートで、いつもちゃんと私のことを見てくれるでしょう?」
「うん」
「それが嬉しいの」
彼女は少しだけ照れたように笑う。
「だから、今日は私のことだけ考えていてほしいわ」
「もちろん」
ボクは即答した。
「今日は彩姫とのデートだからね」
「……ふふ」
彩姫は幸せそうに微笑んだ。
ちょうどそのとき、料理が運ばれてきた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
オムライスを前に、ボクはスプーンを手に取る。
すると、彩姫がこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「……一口、ちょうだい?」
「いいよ」
ボクはスプーンで少しだけオムライスをすくい、彼女の口元へ運んだ。
「あーん」
「……っ」
彩姫は一瞬だけ周囲を気にした後、口を開けた。
「……美味しいわ」
「よかった」
「優凛も、私のハンバーグを食べて?」
「いいの?」
「もちろん」
彼女もハンバーグを一口分切り分けて、こちらへ差し出す。
「あーん」
「……いただきます」
ぱくり。
うん、美味しい。
そんなボクたちの様子を、少し離れた席に座っていた女子グループが眺めていた。
「……ねえ、あれって月見くんじゃない?」
「本当だ。聖道さんとデートかな?」
「いいなぁ。あんなに仲良しなんだね」
「というか、あの二人って本当にお似合いだよね」
……聞こえているけれど、気にしないことにしよう。
◇
午後二時。
ボクたちは映画館に来ていた。
彩姫が見たいと言っていた恋愛映画だ。
「楽しみね」
「うん」
チケットを購入し、上映時間までロビーで待つ。
すると、彩姫がボクの肩に頭を寄せてきた。
「優凛」
「なに?」
「少しだけ、こうしていてもいい?」
「もちろん」
彼女は嬉しそうに目を細めた。
そのときだった。
「あれ?」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
そこには、天羽暁と桜庭美咲がいた。
「おお! 優凛!」
「暁?」
「こんなところで会うなんて奇遇だな!」
「そうだね」
ボクは二人を見た。
暁はいつも通りの服装。
美咲さんは、普段より少しだけおしゃれをしている。
……なるほど。
これはデートだ。
本人たちはどう思っているのか知らないけれど。
「こんにちは、優凛くん。彩姫さん」
「こんにちは、美咲さん」
「こんにちは、美咲さん」
彩姫も微笑んで挨拶を返す。
「二人も映画?」
「ああ! 俺たちも今から見るところなんだ!」
「そうなのね」
「優凛たちは何を見るんだ?」
「恋愛映画だよ」
「へぇ! 俺たちも同じだ!」
「…………」
「…………」
ボクと彩姫は顔を見合わせた。
同じ映画。
つまり、同じ上映回だろうか。
「じゃあ、一緒に入ることになるのかな?」
「そうだな!」
暁は嬉しそうに頷いた。
その隣で、美咲さんが少しだけ複雑そうな顔をしていた。
「……暁」
「ん?」
「私たち、今日は二人で来たんだよね?」
「そうだけど?」
「…………」
「?」
暁は首を傾げた。
美咲さんは何かを言いかけて、結局口を閉じた。
……頑張れ。
ボクは心の中で応援した。
◇
映画が始まった。
内容は、幼馴染同士の恋愛を描いた作品だった。
長年一緒に過ごしてきた男女。
互いに大切な存在だと思いながらも、なかなか気持ちを伝えられない。
そんな二人が、ある出来事をきっかけに自分の本当の気持ちに気づいていく。
……なかなか面白い。
隣を見ると、彩姫は真剣にスクリーンを見つめていた。
そして、終盤。
主人公の少年が、幼馴染の少女に告白する場面。
『ずっと前から、君のことが好きだった』
その言葉に、少女は涙を浮かべながら頷く。
映画館のあちこちから、小さな息遣いが聞こえた。
彩姫も少し感動しているようだった。
上映終了後。
「……良かったわね」
「うん。面白かった」
「特に最後の告白の場面が素敵だったわ」
「そうだね」
ボクたちは映画の感想を話しながら、ロビーへ向かった。
その途中で、暁が美咲さんに尋ねていた。
「なあ、美咲」
「なに?」
「最後の告白、すごかったな!」
「……うん」
「俺もああいう友情っていいと思うんだよな!」
「…………」
美咲さんの表情が止まった。
「……暁」
「ん?」
「今の映画、恋愛映画だよ?」
「分かってるぞ?」
「じゃあ、どうして友情なの?」
「だって、ずっと一緒にいた二人が最後に気持ちを伝えたんだろ? あれって、友情が深まった結果なんじゃないか?」
「…………」
美咲さんは何も言わなかった。
そして、隣にいたボクを見た。
助けを求めるような目だった。
……ごめん。
これはボクにもどうしようもない。
◇
午後四時。
ショッピングモールの外。
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るよ!」
「うん。またね、暁」
「おう! また学校でな!」
暁は笑顔で手を振った。
美咲さんも小さく頭を下げる。
「優凛くん、彩姫さん。またね」
「うん。またね」
二人が去っていく。
その背中を見送っていると、彩姫が小さく呟いた。
「……美咲さん、大丈夫かしら」
「どうだろうね」
「少し心配だわ」
「うん」
ボクも同じ気持ちだった。
あの様子では、今日も美咲さんの気持ちは伝わっていないのだろう。
むしろ、映画を見たことで余計に複雑になったかもしれない。
「……ねえ、優凛」
「なに?」
「私たちは、あんなふうにならなくてよかったわね」
「ふふ。そうだね」
ボクたちは顔を見合わせた。
「彩姫」
「なに?」
「好きだよ」
「……私もよ」
彼女はボクの手を握り直した。
そして、少し背伸びをして、頬にキスをする。
「今日は楽しかったわ」
「ボクも」
「またデートしましょうね」
「もちろん」
ボクたちはゆっくりと歩き始めた。
◇
一方、その頃。
天羽暁と桜庭美咲は、駅へ向かって歩いていた。
「今日は楽しかったな!」
「……うん」
「映画も面白かったし、いろいろ話せたし!」
「そうだね」
美咲は隣を歩く暁を見つめた。
今日のために、服を選んだ。
髪型もいつもより丁寧に整えた。
映画も、二人で楽しめそうなものを選んだ。
そして、できれば今日こそ、自分の気持ちを伝えたいと思っていた。
けれど。
「なあ、美咲」
「なに?」
「俺さ、今日改めて思ったんだけど」
「……うん?」
「お前って、本当に大切な友達だよな!」
「…………」
美咲の足が止まった。
暁は気づかず、少し先を歩いている。
「昔からずっと一緒にいるし、これからもずっと仲良くしていきたいと思ってる!」
「……暁」
「ん?」
美咲は立ち止まったまま、彼を見つめた。
「私が、もし……」
「うん?」
「私が、暁のことを好きだって言ったら?」
「…………」
暁は目を丸くした。
美咲の心臓が大きく跳ねる。
ついに。
ようやく。
彼が自分の気持ちに気づいてくれる。
そう思った。
しかし。
「えっ?」
「…………」
「俺のことが好き?」
「う、うん」
「友達として?」
「…………」
沈黙。
そして、暁は真剣な表情で頷いた。
「そっか! ありがとう!」
「…………」
「俺も美咲のこと、大好きだぞ!」
「…………」
「これからもよろしくな!」
美咲は空を見上げた。
今日は、とてもいい天気だった。
雲一つない青空。
実に爽やかな日曜日だ。
……どうしてだろう。
少しだけ、泣きたくなった。
◇
その日の夜。
ボクのスマートフォンに、一件のメッセージが届いた。
『優凛くん』
送り主は美咲さんだった。
『ちょっと相談してもいいかな』
『もちろん。どうしたの?』
しばらくして、返信が届く。
『今日、暁に好きって伝えたんだ』
『そうなんだ』
『でも、友達として好きって意味だと思われちゃった』
『…………』
『私、どうすればいいのかな』
ボクは画面を見つめた。
これは、なかなか難しい相談だ。
暁の鈍感さは、もはや一種の才能と言ってもいい。
けれど、だからといって美咲さんに諦めてほしいわけでもない。
少し考えてから、返信した。
『もう一度、ちゃんと伝えてみたらどうかな』
『ちゃんと?』
『うん。友達としてじゃなくて、恋愛対象として好きなんだって』
既読がつく。
そして、少ししてから返信が届いた。
『……そうだね』
『私、諦めたくない』
『うん。応援してるよ』
『ありがとう、優凛くん』
そこで会話は終わった。
ボクはスマートフォンを置く。
すると、ちょうど彩姫から通話がかかってきた。
「もしもし?」
『優凛? 今、大丈夫?』
「うん。どうしたの?」
『声が聞きたくなったの』
「そっか」
『……今日、楽しかったわね』
「うん。また行こうね」
『ええ。約束よ』
「約束」
彩姫の声を聞いていると、自然と頬が緩む。
……やっぱり。
ボクには彩姫がいれば十分だ。
彼女と一緒に過ごす時間が、一番幸せなのだから。
ちなみに。
この頃、暁のスマートフォンには、別のメッセージが届いていた。
『暁くん。今日、美咲ちゃんとデートだったんだよね?』
白石莉乃からだった。
『おう! 楽しかったぞ!』
『そっか。よかったね』
『莉乃も今度一緒に行こうぜ!』
『……うん。そうだね』
莉乃は画面を見つめ、しばらく考えた。
そして、別のグループチャットを開く。
『みんな、聞いて』
『どうしたの?』
『私、もう待つのやめようと思う』
『……莉乃ちゃん?』
『暁くんに、ちゃんと告白する』
そのメッセージを見た少女たちが、次々と反応を返す。
『……ついに?』
『莉乃ちゃんが動くなら、私も動こうかな』
『美咲ちゃんはどうするの?』
『美咲ちゃんには悪いけど、私も譲るつもりはないよ』
次々と増えていくメッセージ。
そして、最後に莉乃が送った一言。
『だって、好きなんだもん』
――天羽暁。
君が信じている男女の友情は、どうやら君の周囲では少しずつ崩れ始めているらしい。
そして、その一方で。
「優凛。大好きよ」
「ボクも大好きだよ、彩姫」
ボクたちの関係は、今日も至って順調だった。
……本当に、平和な休日だった。
少なくとも、暁の恋愛事情を除けば。