貞操逆転観念世界で男女の友情が成立すると思った愚かな少年⋯⋯を傍観する彼女持ち男子の話〜周りがギスギスしててもイチャイチャしたい〜 作:タワマン太郎
体育祭が終わってから、三日が経った。
校内には、まだ体育祭の余韻が残っている。
廊下には各競技の写真が貼り出され、教室では順位や活躍した生徒の話題が尽きない。
そして、ボクたちのクラスで最も話題になっている人物といえば――。
「なあ、優凛。ちょっと相談があるんだけど」
「……また?」
「またってなんだよ!」
天羽暁である。
体育祭で白石莉乃さんから告白された彼は、あの日以来、どうやら恋愛というものについて真剣に考え始めたらしい。
もっとも、その考え方は相変わらず少しばかりズレているようだけど。
「莉乃のことなんだけどさ」
「うん」
「俺、あいつのことをどう思ってるんだろうな」
「それをボクに聞くの?」
「だって、お前は彩姫と付き合ってるだろ? 恋愛のことなら詳しいんじゃないか?」
……どうしてそうなるんだろう。
恋愛経験があることと、他人の恋愛感情を正確に分析できることは別問題だと思う。
「そうだね。少なくとも、好きな相手とは一緒にいたいと思うし、その人が楽しそうにしていると嬉しくなるかな」
「なるほど……」
「それに、他の人と仲良くしているのを見て、少し寂しくなることもあるかもしれない」
「ふむふむ」
「だから、まずは自分が莉乃と一緒にいるとき、どう感じるのか考えてみたら?」
「分かった! ありがとう!」
暁は納得したように頷いた。
……本当に分かっているのかな。
僕がそんなことを考えていると、教室の入口から声がした。
「暁くん!」
白石莉乃さんだ。
彼女はいつも通りの明るい笑顔で暁に近づいてくる。
けれど、ボクには分かった。
その笑顔が、いつもより少しだけ硬いことに。
「今日のお昼、一緒に食べない?」
「おう! いいぞ!」
「じゃあ、屋上に行こうよ。天気もいいし!」
「分かった。じゃあ、優凛。またな!」
「うん。またね」
暁は莉乃さんと一緒に教室を出ていった。
その背中を見送っていると、隣の席から声がかかる。
「……月見くん」
「ん?」
振り向くと、桜庭美咲さんが立っていた。
いつも通り整った制服姿。綺麗にまとめられた黒髪。誰に対しても丁寧で、落ち着いた雰囲気の彼女。
けれど、今の表情は少しだけ曇っていた。
「天羽くん、白石さんとお昼を食べに行ったね」
「そうだね」
「……最近、ずっと一緒にいるよね。二人」
「体育祭のこともあったし、白石さんも暁と話したいんじゃないかな」
「そうだよね」
美咲さんは小さく笑った。
けれど、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「ねえ、月見くん。白石さんは、天羽くんのことが好きなんだよね」
「うん。本人から直接聞いたよ」
「……そっか」
彼女は視線を落とす。
「じゃあ、私はどうしたらいいんだろう」
その言葉に、僕はすぐには答えられなかった。
美咲さんも暁のことが好きだ。
それは、もう疑いようがない。
ただ、彼女はまだ一度も、自分の気持ちを真正面から暁に伝えていない。
その間に、莉乃さんが先に告白した。
そして暁は、その告白を受け止めようとしている。
美咲さんにとって、決して穏やかではない状況だろう。
「美咲さんは、どうしたいの?」
「……分からない」
「そっか」
「でも、取られたくないって思ってる」
小さな声だった。
普段の彼女からは想像できないほど、弱々しい声。
「莉乃は大切な友達なの。昔から仲良くしてきたし、何でも話せる相手だった」
「うん」
「だけど……暁くんのことになると、素直に応援できない」
美咲さんは唇を噛む。
「そんな自分が嫌になるよ」
「別に、嫌になる必要はないと思うけど」
「え?」
「好きな人を誰かに取られたくないって思うのは、そんなにおかしなことじゃないよ」
僕はそう答えた。
恋愛は、いつも綺麗な感情だけでできているわけじゃない。
誰かを好きになれば、嬉しいこともあれば、苦しいこともある。
時には、相手の幸せを素直に願えないことだってあるだろう。
「……ありがとう」
美咲さんは少しだけ表情を和らげた。
そのときだった。
「美咲ー! 何してるの?」
教室の入口から、女子生徒が声をかけてきた。
莉乃さんと仲の良い女子グループの一人だ。
「あ、ううん。何でもないよ」
「そう? 莉乃が探してたよ。あとで来てって」
「分かった。ありがとう」
美咲さんはそう答え、僕に軽く頭を下げてから教室を出ていった。
……どうやら、彼女の悩みはまだまだ続きそうだ。
◇
昼休み。
僕は彩姫と一緒に中庭のベンチに座っていた。
「はい、優凛。あーん」
「ありがとう」
彩姫が差し出してくれた卵焼きを口に運ぶ。
甘くておいしい。
「どう?」
「おいしいよ」
「ふふ。よかった」
彩姫は嬉しそうに微笑む。
こうしていると、周囲で何が起きていようと関係ないような気がしてくる。
……実際には、そうもいかないのだけれど。
「そういえば、天羽くんのことだけど」
「うん?」
「また相談された?」
「よく分かったね」
「優凛の顔を見れば分かるよ」
彩姫は僕の隣で、少しだけ呆れたように息を吐いた。
「天羽くんって、本当に大変な人だね」
「悪い人じゃないんだけどね」
「それは知ってるよ。でも、あの子の周りにいる女の子たちは、そろそろ限界なんじゃないかな」
「……そうかもしれない」
僕は昼休みの教室を思い出す。
美咲さんの表情。
莉乃さんの少し硬い笑顔。
そして、その二人を取り巻く女子たち。
体育祭の告白以来、暁を巡る空気は少しずつ変わり始めている。
「優凛は、どう思う?」
「何が?」
「天羽くんは、白石さんと付き合うと思う?」
「どうだろうね。本人もまだ自分の気持ちが分からないみたいだし」
「そっか」
彩姫は僕の手を取った。
指を絡めるようにして、そっと握ってくる。
「……優凛は、私の気持ちが分からなくなったりしないよね?」
「え?」
「私のこと、好き?」
「もちろん」
即答すると、彩姫は満足そうに笑った。
「ならいいの」
……こういうところは、本当に可愛いと思う。
◇
その日の放課後。
僕が帰り支度をしていると、教室の前方から少し大きな声が聞こえてきた。
「だから、私はちゃんと考えてるって!」
莉乃さんだった。
普段の明るい声とは違う。
少し苛立ちの混じった声。
「でも、莉乃。あんまり急かさない方がいいんじゃない?」
「急かしてないよ!」
「そうは言っても、毎日一緒に帰ったり、お昼に誘ったりしてるじゃん」
「それくらい普通でしょ?」
「まあ、そうだけど……」
女子数人が、莉乃さんを囲むように話していた。
その中には美咲さんの姿もある。
「莉乃、少し落ち着こう?」
美咲さんが声をかけた。
すると莉乃さんは、少しだけ表情を変えた。
「……美咲はいいよね」
「え?」
「暁くんと昔から一緒にいられて。幼馴染なんだから、私よりずっと有利じゃん」
「そんなことないよ」
「本当に?」
莉乃さんは笑っていた。
けれど、その目は笑っていなかった。
「だって、暁くんと一緒にいる時間なら、美咲の方がずっと長いでしょ?」
「それは……そうだけど」
「それなのに、何もしないんだもんね」
教室の空気が変わった。
美咲さんの表情から、笑みが消える。
「莉乃、それは……」
「ごめんね。責めてるわけじゃないよ。ただ、私はちゃんと行動したから」
「……うん」
「だから、これ以上は遠慮しないつもり」
莉乃さんはそう言って、鞄を持ち上げた。
そのまま教室を出ていこうとする。
けれど、扉の前で立ち止まった。
「美咲」
「なに?」
「私、暁くんのこと本気だから」
それだけ言い残し、莉乃さんは教室を出ていった。
残された美咲さんは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
周囲の女子たちも、気まずそうに視線を逸らしている。
僕は小さく息を吐いた。
……とうとう始まったか。
◇
帰り道。
僕は彩姫と並んで歩いていた。
「さっきの話、聞こえてた?」
「うん。少しだけね」
「女の子同士って、怖いね」
「そうだね」
彩姫はそう言って、僕の腕にそっと寄り添った。
「でも、あの二人の気持ちは分かる気がする」
「そうなの?」
「好きな人がいるなら、簡単には譲れないもの」
彩姫は僕を見上げる。
「私だって、優凛のことなら譲りたくないよ」
「……ボクは誰かに譲られるつもりもないけどね」
「ふふ。そうだね」
彩姫は嬉しそうに笑った。
僕たちはそのまま駅へ向かう。
すると、スマートフォンが震えた。
画面には天羽暁の名前。
『優凛、今ちょっといいか?』
嫌な予感がする。
『どうしたの?』
返信すると、すぐに既読がついた。
『美咲と莉乃が喧嘩したっぽいんだ』
『……そうなんだ』
僕は思わず足を止めた。
隣で彩姫が不思議そうにこちらを見る。
「どうしたの?」
「暁から」
「ああ……」
画面には、さらにメッセージが届いていた。
『二人とも大切な友達だから、仲直りしてほしいんだけどさ』
……なるほど。
どうやら暁は、まだ何も理解していないらしい。
僕は少しだけ考えてから、返信した。
『二人の問題だから、まずは本人たちの話を聞いてあげたら?』
『分かった。ありがとう!』
送信完了。
僕はスマートフォンをポケットにしまった。
「何て返したの?」
「本人たちの話を聞いてあげたらって」
「……優凛」
「うん?」
「それ、たぶん一番難しいことだと思うよ」
「そうかな?」
「だって、天羽くんは二人がどうして喧嘩したのか、本当の意味では分かってないんでしょう?」
「……確かに」
彩姫は苦笑した。
そして、僕の手を握る。
「優凛は、あまり巻き込まれないようにね」
「努力するよ」
もっとも、あの二人の問題に暁が首を突っ込む以上、僕にも相談が飛んでくる可能性は高い。
そんな予感がしていた。
そして、その予感は翌日の朝、早くも的中することになる。
◇
翌朝。
教室に入った僕は、すぐに異変に気づいた。
美咲さんと莉乃さん。
二人が、まったく会話をしていなかった。
それどころか、目も合わせていない。
いつもなら一緒に登校しているはずなのに、今日は別々に来たらしい。
女子たちも、どちらの側につくべきか迷っているようだった。
「おはよう、優凛」
「おはよう、健太」
佐藤健太が、僕の隣にやってくる。
「……なんか、面倒なことになってるな」
「そうだね」
「昨日の放課後、二人が揉めたらしいぞ」
「聞いたよ」
「しかも、今朝になって暁が美咲に『莉乃と仲直りしてくれ』って頼んだらしい」
「……え?」
僕は思わず聞き返した。
「それで美咲さんは?」
「笑って『分かった』って答えたらしい」
「そうなんだ」
「でも、そのあと莉乃さんに『暁くんに頼まれたから仲直りするの?』って聞かれて、何も答えられなかったとか」
……なるほど。
それは、かなりまずい。
「莉乃さんからすれば、自分の気持ちを暁に伝えたのに、美咲さんとの関係まで暁のために我慢しなきゃいけないのかって話だろうな」
「そうだな」
健太は頭を掻いた。
「一方で美咲さんは、美咲さんで暁に頼まれたら断れない。幼馴染だし、ずっと好きなんだから」
「……そうだね」
「なあ、優凛」
「うん?」
「お前、あいつらのことどう思う?」
僕は教室の前方を見た。
美咲さんは窓際で本を読んでいる。
莉乃さんは友達と話している。
どちらも普段通りに振る舞っているつもりなのだろう。
けれど、二人の間には、はっきりとした距離ができていた。
「……どっちも、苦しいんだと思う」
「だよな」
そのとき。
「おーい! 優凛!」
暁が教室に入ってきた。
いつもの明るい笑顔。
そして、いつものように僕の席へとやってくる。
「昨日のことなんだけどさ!」
僕は彼の顔を見た。
何も知らない。
何も分かっていない。
それでも、二人を仲直りさせたいと思っている。
きっと、彼は悪くない。
ただ――。
「俺、今日の放課後に二人を誘って話し合おうと思うんだ!」
「……暁」
「ん?」
「それ、やめた方がいいかもしれないよ」
「えっ、なんで?」
暁は不思議そうに首を傾げた。
僕は答えに迷った。
何を言えばいいのだろう。
二人は友達同士の喧嘩をしているわけじゃない。
同じ男の子を好きになってしまった、二人の女の子なのだ。
そして、その男の子は、二人の気持ちをまだ理解していない。
「……二人の気持ちを、ちゃんと考えてからにした方がいいと思う」
「もちろん考えてるぞ!」
暁は胸を張った。
「二人とも大切な友達だからな!」
……うん。
やっぱり、分かっていない。
僕は心の中で、そっと美咲さんと莉乃さんに同情した。
どうやら、この騒動はまだまだ終わりそうにない。
むしろ、ここからが本番なのかもしれなかった。