AIの少女が、現実世界に帰るまで   作:氷華1

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第2話:凍てつく世界の梆笛

 

 

 

 けたたましい車軸の軋みと、吹雪が装甲を叩く重低音。

それがこの世界の「日常の音」だった。しかし、ストーブの火が赤々と燃えるこの車室にだけは、時折、場違いなほどに澄んだ音が響き渡る。

 

 ピィィ、と高く、それでいてどこか哀愁を帯びた旋律。

音の出処は、ストーブの反対側に座る同年代の少年だった。

 

「ふぅ......。やっぱり、乾燥しすぎてるな。音が少し硬い」

「そんなことないよ。今日もいい音色だった。ねぇ、Gino」

 

 鳩が声をかけると、竹で作られた細い横笛──梆笛を口から離した少年、Ginoが照れくさそうに笑った。

 

「ありがとう、ポッポ。でも、竹が冷え切っていて危ないところだった。お前の相棒の『Alpaにゃん』みたいに、こいつは機械じゃないからな。気をつけてやらないと、すぐに凍って割れちまう」

 

 Ginoはそう言うと、持っていた布で丁寧に笛を拭き、自分の分厚い防寒着の懐、肌に一番近い場所へとそっと滑り込ませた。

この極寒の氷封紀元において、木や竹でできた楽器は非常に脆い。人が触れ、体温を与え続けなければ、あっという間に凍結してヒビが入り、塵となって崩れ去ってしまうのだ。

 

「自分の体温を分け与えてまで守るなんて、Ginoは本当にその笛が大事なんだね」

「そりゃあな。俺のじいちゃんが、凍る前の世界からずっと守ってきた宝物だ」

 

 Ginoは懐をポンポンと叩きながら、隼から受け取った白湯をすする。

 

「食料にもならないし、吹けば無駄に体力を使う。ほかの部隊の連中からは『さっさとそんな薪、燃やしちまえ』ってよく言われるよ。でもさ......」

 Ginoはそこで言葉を区切り、窓の向こうの白い闇へ視線を向けた。

「ただ息をして、配給の飯を食って、寝るだけ。それじゃあ、この列車を動かしてる無機質なエンジンと同じだ。音楽があるから、俺たちは『人間』でいられるんだと思う」

 

 人間でいられる。

その言葉の響きに、鳩は不思議な温かさを感じて小さく頷いた。隣で作業をしていた鳩も、機材から顔を上げずに口角を少しだけ上げる。

 

「Ginoの言う通りだ。文化や娯楽を捨てたとき、人はただの生存機械になる。 ......お前の笛の音は、部隊の連中のメンタルを保つのに、計算以上の効果を出しているよ」

「おっ、技術班の隼様からお墨付きをもらっちまった。こりゃあ、タワーのシェルターに着いたら、特別手当をもらわないとな」

 

 おどけるGinoに、鳩がくすくすと笑い声を漏らす。

過酷な逃避行の中にあっても、彼ら3人の間には何時もこの穏やかな空気が流れていた。

 

「タワーの麓のシェルターかぁ......。 ねぇ、本当にそこには街があるの?」

 鳩が両膝を抱えながら尋ねると、Ginoは目を輝かせた。

 

「あるさ!噂じゃ、タワーの余剰エネルギーを使った巨大な温室があって、昔の植物が育っているらしい。風の音に怯えずに眠れる、分厚い壁に守られた本物の街だ。 ......そこに着いたら、もう懐で笛を温める必要もなくなる。一日中だって吹いてやれるさ」

「ふふっ、それはちょっとうるさそう。でも、楽しみだね」

 

「ああ。......絶対に、みんなでそこに行こう」

 

 Ginoの力強い言葉に、隼が静かに頷く。

ストーブの薪がパチリと爆ぜ、オレンジの光が三人の顔を優しく照らしていた。

 

 やがて、夜が深まる。

列車の照明が省電力モードへと切り替わり、薄暗くなった車内で、人々は毛布にくるまって身を寄せ合いながら眠りについた。

鳩もまた、兄の背中の温もりを感じながら、目を閉じた。

 

 胸元では、Alpaにゃんが一定のリズムで微かな光を点滅させている。

明日は今日より、タワーへ近づく。

明後日はもっと。

そうしていつか、温かい本当の街へ。

 

 誰もが疑うことなく、明日も同じように目が覚めるのだと信じていた。

タワーのシステムが、彼ら「人間」を、ただの不要な肉体の塊として破壊するという狂気の決断を下す瞬間を下す瞬間が、すぐそこまで迫っていることを知らずに。

 

 

 

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