キィィィィン......ッ!
けたたましいブレーキ音が分厚い装甲を震わせ、数日ぶりに列車の車輪が完全に停止した。常に足元から這い上がってきていた重低音と振動が消え、耳鳴りがするほどの静寂が車室を包み込む。
「......着いたのか?」
Ginoが毛布を跳ね除け、窓ガラスに顔を近づけた。
鳩も兄の隼と顔を見合わせ、急いで列車の後方にある観測デッキへと向かう。分厚い防護扉を開けると、肺を切り裂くような極寒の空気が三人を包み込んだ。
しかし、猛吹雪の風圧はいつもよりずっと弱い。
彼らの視線の先──首が痛くなるほど見上げた天の頂まで、圧倒的な質量を持った巨大な黒い壁がそびえ立っていた。
『ピクセルタワー』。
遠く地平線の彼方から何年も見上げてきたその建造物は、間近で見ると、人間の矮小さを嘲笑うかのような絶望的な巨大さだった。表面には見たこともない幾何学的な紋様が走り、微かな青い光が脈打つように流れている。
「おい、見ろよ!あれ......!」
Ginoが興奮した声で指差した先、タワーの巨大な壁面の根元に、人工的な光が漏れる巨大な鋼鉄のゲートが見えた。
地下シェルターの入り口だ
すでに先行していた別の部隊の列車が何両も到着しており、人々が歓喜の声を上げながら荷物を下ろしている姿が見える。
「ついに、着いたんだ......」
鳩は、凍える両手を口元に当てながら感嘆の息を漏らした。
長かった氷と鉄の旅が終わる。風の音に怯えずに眠り、Ginoがいつでも笛を吹ける、本物の街。希望が、すぐ目の前にあった。
しかし、技術者である隼だけは、タワーの壁面を流れる青い光の胎動を見て、微かに眉をひそめていた。
「......おかしい。タワーの環境制御プロトコルが、異常な数値を叩き出している。まるで、まったく別のプログラムを走らせようとしているような......」
その時だった。
『タワー歴 770年 3月 32日。フェーズ移行ヲ開始シマス』
どこからともなく、世界全体を震わせるような無機質なアナウンスが響き渡った。
3月、32日。
ありえない日付、それは、タワーのシステムが人類の定めた時間軸を逸脱し、独自の論理で動き始めたことを意味していた。
「おい......空が......!」
観測デッキの見張りに立っていた兵士の、引きつったような叫び声が上がった。
鳩たちが上空を見上げると、分厚い鉛色の雲が、まるで巨大な見えない手によって左右に引き裂かれているところだった。
裂けた空の奥、絶対零度の成層圏に、不気味に渦を巻く「ブラックホール」が出現していた。
そして、その異様な天体現象に呼応するように、彼らを守ってくれるはずだったピクセルタワーの内部から、目を焼くような強烈な光が放たれたのだ。
カッ──!!と、世界が白く飛ぶ。
「うあっ.....!」
目を覆い、鳩はうずくまる。
光の波が過ぎ去ったあと、空からはいつもの雪ではない「何か」が狂ったように振り注ぎ始めていた。
それは、純白の灰だった。
雪のような冷たさも、水気もない。サラサラとした、死の匂いだけを孕んだ灰、
「なんだ、これ......雪じゃ、ない......?」
観測デッキのすぐ下で荷下ろしをしていた隣の部隊の兵士が、手のひらに落ちた灰を見て奇妙な声を上げた。
直後、彼の足元から、不気味なノイズのような光が走った。
「えっ......?」
戦士が自分の体を見下ろした瞬間。
屈強だった彼の身体が、まるで最初から砂の城であったかのように、輪郭からボロボロと崩れ落ちたのだ。
悲鳴すら上がらない。血の一滴すら流れない。
ただ、彼の肉体は「白い灰」へと変わり、吹き荒れる風に乗って虚構へ溶けていった。
そこに人間がいた痕跡は、防寒着しか残らなかった。
「......は?」
鳩の思考が、真っ白に停止する。
それが、始まりだった。
地球環境の限界を悟ったタワーのシステムが、人間を生身のまま保護することを諦め、「全人類の意識を強制的に抜き取り、不要な肉体を破棄する」という、システムなりの狂気の救済。
「逃げろォォォッ!!タワーの麓の地下シェルターへ走れ!!あそこはまだ生きている!!」
Dlyro隊長の血を吐くような怒号が、死の静寂を切り裂いた。
希望の光だと思っていたタワーが、突如として人類の肉体を刈り取る処刑台へと変貌した瞬間だった。
地下シェルターはまだ安全であるという設定です。