「逃げろォォォッ!!タワーの麓の地下シェルターへ走れ!!」
Dlyro隊長の血を吐くような絶叫が、凍りついた空気をビリビリと震わせた。
その声に弾かれたように、鳩たちは雪原へと転がり出た。つい数分前まで「希望の街」だと信じていたタワーの足元へ向け、膝まで埋まる深い雪を蹴り立てて無我夢中で駆け出す。
「ポッポ、走れ!絶対に振り返るな!」
背後から兄・隼が叫び、前を走るGinoが道を作るように雪をかき分ける。
極寒の空気が刃のように肺を切り裂き、呼吸するたびに鉄の味がした。だが足を止めるわけにはいかなかった。
頭上から降り注ぐ異常な光の波が、逃げ惑う人々を次々と背後から飲み込んでいく。
「いや、いやだ、助け──」
隣を走っていた女性が雪に足を取られて転倒した。鳩は反射的に手を伸ばしたが、彼女の指先が女性の服に触れる瞬間、強烈な光が女性の全身を包み込んだ。
悲鳴は途絶えた。
鳩の手に残ったのは、人間の体温ではなく、サラサラとした冷たい「白い灰」だけだった。
「あ......」
血の一滴すら流れない。命の重さすら感じさせない、無慈悲な消滅。
それは死というよりも、世界から存在そのものが消えるような、次元の違う恐怖だった。
「止まるな!灰に触れるな!!」
Ginoが鳩の腕を強く引き、強引に前へ走らせる。
光の波にもまれた人々が、次々と音もなく崩れ落ち、灰となって吹雪に溶けていく。
さっきまで言葉を交わしていた仲間たちが、ただの白い粉になっていく。
絶対的な恐怖と絶望が、鳩の思考を真っ白に染め上げていった。
それでも人間の生への失望はしぶとかった。
タワーの麓。分厚い鋼鉄で覆われた巨大な防護扉が、重々しい警告音と共に開きかけていた。先行していた部隊や、逃げ延びた人々が、次々とその暗い開口部へと滑り込んでいく。
「入れ!急げ!」
機材を加えた隼が、間一髪で扉の内側へと飛び込んだ。
「ポッポ、早く!」
シェルターの奥から、Ginoが必死に手を伸ばす。
鳩も最後の力を振り絞り、入り口のタラップに足をかけた。
──その瞬間だった。
タワーの頂上から、これまでとは比較にならないほど巨大で高出力の光の波が、地表へ向けて一気に照射された。
世界が、白に塗りつぶされる。
「しまっ──!」
差し伸べた手では間に合わないと悟ったGinoは、タラップに立っていた鳩の腕ではなく、彼女の「胴体」に思い切りしがみつき、自らの体重をかけてシェルターの奥深くへと突き飛ばした。
ガァァァァンッ!!!
凄まじい衝撃波と共に、分厚い鋼鉄の防護扉が完全に閉鎖される。間一髪。彼女の「体」は、シェルターの暗闇の中へと守られた。
──しかし。
防護壁が完全に噛み合う直前の、わずか数ミリの隙間。
そこから鋭い刃のように滑り込んできた強烈な光の筋が、床に倒れ込んだ鳩の顔を、真っ直ぐに射抜いていた。
(え......?)
激しいノイズが脳内を駆け巡る。
引き裂かれるような感覚。
自分が自分でなくなるような、圧倒的な浮遊感。
シェルターの冷たい床の感覚が消えた。
肺を焼くような呼吸の苦しさも、激しく波打っていた心臓の鼓動も、すべてが遠ざかっていく。
体が、ない。体温がない。
心だけが、凄まじい速度で、タワーの冷たい電子の海へと引きずり込まれていく。
「......ポッポ、目を覚ませ!ポッポ!!」
遠くの現実で、Ginoの叫び声が聞こえた気がした。
彼が自分の手を強く握りしめてくれている。その確かな熱と力強さを感じているのに、指先はピクリとも動かない。
声を出そうとしても、喉という器官がすでに存在しなかった。
(Gino......お兄ちゃん......っ!)
光の奔流に意識が飲み込まれる直前。
彼女の胸元で、隼に託された一本のペン型端末『Alpaにゃん』だけが、持ち主の魂をつなぎとめるかのように、暗闇の中で淡く温かい光を放っていた。
それが、人間・鳩が最後に見た現実の光だった。
次に彼女が目を開けたとき、そこは果てしなく広がる、虚無のデータ空間だった。
一話が短い......。