時の感覚が、ゆっくりと麻痺していく。
仮想都市『phigrOS』の空は、鳩がプログラムした通り、12時間ごとに正確な朝と夜を繰り返していた。ネオンサインが街を彩り、人々の笑顔が溢れ、穏やかな時間が流れる。
だが、タワーの最上階、冷たい電子のノイズだけが響く中枢管理室において、その規則正しい昼夜の交代は、ただの「数値の更新」に過ぎなかった。
「......100年?ううん150年......だっけ」
暗がりの中、操作パネルの光に照らされた鳩は、ポツリと呟いた。
データと化した彼女の体は、お腹が減ることも、眠くなることも、年を取ることもない。
ただ「意識」というプログラムだけが永遠に稼働し続けている。
管理室の中から、彼女は一度も出ていなかった。
モニターに映し出される広場では、今日もGinoが嬉しそうに、梆笛を吹き、兄の隼が穏やかな顔でそれを聴いている。10年前も、50年前も、100年前も、まったく変わらない暖かな光景。「お兄ちゃん......Gino......」
彼女は空中に手を伸ばす。
指先が触れるのは、冷たいガラス状のモニターだけだ。ホログラムの兄の頬を撫でることも、Ginoの笛に拍手を送ることも、その手に触れて温もりを感じることもできない。
彼女は、自分が作った世界の「神様」でありながら、その世界から完全に排除された「透明な幽霊」だった。
『ピッ。管理者ノ精神波形二、激シイ減衰ヲ確認。ポッポ、休憩プロトコルヲ推奨。』
首元の端末『Alpaにゃん』が、心配そうに電子音を鳴らした。
「大丈夫よ、Alpaにゃん。疲れなんて、データにないんだから」
鳩は力なく微笑み、ペンの頭をそっと撫でた。
「でもね......時々わからなくなるの。あの寒くて、おなかが空いて、死にそうだった列車の中と......何一つ不自由がなくて、誰も死なないこの冷たい部屋と。どっちが本当の『地獄』なのかなって」
声が、暗い室内に虚しく消えていく。
街の人々にとって、毎日が新しく、希望に満ちた一日だ。
だが、鳩にとっては、同じ動画を永遠に再生し続けられているかのような、終わりのない孤独の牢獄だった。
触れ合いたい。
「ポッポ」と笑って名前を呼んでほしい。
お兄ちゃんの淹れてくれた、ただのぬるい白湯が飲みたい。
そんな人間らしい欲望が胸を突き上げるたび、彼女は自分自身の「心」を殺すように強く目を閉じた。
ダメだ。欲望に負けて姿を現せば、この嘘は破綻する。彼らに現実の死を突きつけ、絶望させることになる。私さえ耐えればいい。私がこの孤独を引き受けさえすれば、大好きな人たちは永遠に笑っていられるのだから。
「......私は、大丈夫。みんなが幸せなら......私は......」
自分に言い聞かせるように呟くその声は、自分自身すら騙せないほど掠れていた。
永遠のときの中で、彼女の「人間の心」は、誰にも気づかれないまま、すりガラスのように少しづつ、透明に摩耗していった。
そして、その過酷な犠牲によって保たれていた完璧な箱庭に、ついに防ぎようのない「綻び」が訪れようとしていた。