この冬に、アイドルを堕とします。【毎日更新】 作:ゴスちゃん
この冬に、アイドルを堕とします。 第二章 第十一話
それでも心の平穏を保つ為には、酒を辞められなかった。
「俺はなあ!病人なんかじゃねえんだよぉおお……」
「ええと……」
「あーもお、うぜええ!うぜえええ!同情を向けんなよぉおお、俺にぃいい」
「悠斗、いい加減飲むの辞めよう」
「あぁ?おめえ…何の権利があって俺にそんな口……ひっく」
「はあ。これは重症だな……」
頭がふらふらする。気持ちが良い。幸せな気分だ。
*
頭が痛い。気持ち悪い。最悪な気分だ。
「ううう……吐きそう」
「あれだけ飲めばな……」
寝起きは過去最悪レベルの体調の悪さだった。昨晩の記憶がない。どうせヤケ酒をかましたんだろうが……。
その割に部屋は片付いていた。
「片付けてくれたのか、さんきゅ……」
「感謝はいいから、水を飲め」
「ああ……」
ミナカが水を注いでだカップを口元まで持ってきてくれた。そのまま飲む。
「ふー……」
頭を抑える。
「悠斗は中々に酒癖が悪いんだな」
「自覚は、ある。因みにどれぐらい飲んだんだ、俺は」
「仕事から……いや、病院から帰ってきたかと思えば、六時間ぐらいぶっ続けで飲んでいたな」
最悪の姿をミナカに晒し続けたわけだ。
ミナカにとっては見るに耐えない六時間になっただろう。
「迷惑かけてすまない」
流石に罪悪感があった。
「いや……まあ……。酒を控えることは出来そうか?」
「……分からん。嫌なことがあると、つい酒に逃げたくなる」
「嫌なこと、か」
「生きてると嫌なことが多すぎて、その度に酒に頼ってたら、気づけばこんなザマだ。お前は俺みたいになるなよ。ほんと、借金とか絶対作るなよ……」
「ん?借金があるのか?」
あ、やばい。つい、余計なことまで喋ってしまった。
くそ、頭が痛いせいで、正常な思考が出来てないぞ……。
「べ、別に大したことじゃない。ほんと、まじイージーだし……」
「悠斗……」
「勘違いすんな……生活に支障があるわけじゃない。だから、気にすんな……」
あれ……違うか。
俺は出来るのならミナカを家から追い出したいんだ。だから、今の場面は生活が苦しいから出て行ってほしい旨を悟らせるべきだったな……。
あぁ、ダメだ。頭が働かない。
このままでは隠し事を洗いざらい話してしまいそうだ。ミナカと一緒にいるのはまずい。
立ち上がり、スーツに身を通す。
「仕事に行くのか?」
「当たり前だ。今日は平日……なんだから」
「無理するべきじゃない。そんな様子じゃまともに働けないだろう。今日は休むべきだ」
「馬鹿言え。ガキじゃねえんだぞ。そんな理屈が通用するか」
きっと、通用する。
俺の場合、雇い主である美空玲奈さえ認めてくれればいいのだから。だがしかし、このままミナカと接していたら必要以上に自分の弱みを曝け出してしまいそうで怖かった。
携帯を手に取り、美空玲奈に発信を掛ける。直ぐに繋がった。
「もしもし?今から向かうところだけど」
「早く来い。待ってるから」
「……はあ、大丈夫?声色が変だけど」
「うるせえ。朝から下痢が出て機嫌悪いんだよ」
「ふうん?まぁ、詳しい話は車内で聞くよ。それじゃあね」
通話が切れる。
「っち」
やはり美空玲奈相手に変な誤魔化しは通用しないか。昨日の病院の帰り、俺が機嫌を悪くしていたのを奴は知っている。
仕方ない話だ。最悪、何か聞かれてもだんまりを突き通せばいいだろう。
俺はミナカに振り返る。
「それじゃあな。留守番よろしく頼む」
「ああ……」
小さく呟くミナカの表情はどこか不満げだった。
*
「なるほど、それでこんな状態だと」
出社し、控室にて美空玲奈に体調を崩している事情を説明させられた。
「よくもまあ、出社しようと思えたね」
「あんま褒めんな」
「………はあ」
なんて言われるか内心ドギマギしたが、帰ってきたのは哀れみを含んだ溜息だった。
「お酒飲むと嫌なことを忘れられるの?」
「まぁ」
「……私も一時期お酒に頼っていたタチだから、あんまり偉そうには言えないけどさ。そんな生活を続けてたら、いつか、身体と心が壊れちゃうよ」
「…………」
おふざけが一切ない、真面目なトーンだった。いつもの腹黒さも今だけは微塵も見受けられない。
茶化す気が起きなかった。
「分かる?そうなったら、いずれは薬に手を出しちゃうの」
そんな馬鹿な。
「あり得ないって思うでしょ?でも、そうなるよ。きっと」
「……なあ」
「何?」
俺はつい胸の内に蟠る疑問をぶつける。
「心配してんのか?俺のこと」
「…………」
その言葉に、美空玲奈の瞳が動揺を孕んだように揺れ動いた。……ように見えた。
「いや、怒ってる」
静かな声だ。杞憂だったようだ。
「そうか」
そう言われて、何故か安心した。
「迷惑だもん。仕事場にそんな状態で来られたら」
「気を付ける」
「お酒辞められる?」
ミナカと同じことを訊かれた。
「分からん……けど、辞める努力はしてみる」
「ま、良しとしよう。今日はここでゆっくり休むことだね。……良かったよ。幸いにも、私、今日はどこかに行く仕事の予定が入ってないんだ」
入ってようが入ってなかろうが、いつも俺を無視してどこか行く癖に何を言ってるんだか。
「…………」
机に寝伏すと、唐突に眠気が襲ってくる。微睡に意識が遠ざかる中、微かに声が聞こえる。
「もしもし、美空玲奈です。……あの、すみません、……はい、申し訳ないのですが、今日のラジオの出演は無しでお願いします。……はい、ええ。体調が悪くなってしまって。……はい、唐突な連絡になってしまい申し訳ございません」
*
規則的な時計の針の刻む音が耳に入る。
「今、何時だ……?」
ぼやけた頭を起こす。辺りを見れば、机の向かいに美空玲奈の顔があった。
「ん、おはよう。ねぼすけさん」
俺の起床に気付いた美空玲奈はイヤホンを外し、ノートパソコンを閉じた。
時計を見る。もう既にお昼過ぎだった。
「……あー」
やらかした。昼は
「心配しなくても、琴美ちゃんには事情を話したよ」
「え?」
「彼女の方からここを尋ねてきたんだよ。飯島悠斗いる?ってね。ま、君は案の定ぐーすかぴーだったから、ヤケ酒かましてぶっ倒れたって説明しといた」
「なんて言ってた?」
「貸し一つって伝えておいてと。呆れ顔だったね」
「そうか」
奴らしい言葉だ。
立ち上がってみる。若干視界がふらついたが、頭の痛みはすっかり引いている。
「少しは良くなった?」
「ああ、おかげさまでな」
「そ。……ふぁーぁ、なんだか今度は私の方が眠くなっちゃったなぁ……」
大きな欠伸が漏れ出る。
「仕事は?」
「私は優秀だからね。やることは午前のうちに全部終わらせたよ」
「そうか」
まさに何もない一日。
終業までの午後の間、俺も美空玲奈も何をするでもなく、ただひたすらにまったりとした時間が流れた。
*
終業後、八木麗琴美に会いに奴の控室を訪ねるも、空室だった。近くを通りかかったスタッフに聞けば、まだ小ステージで練習に励んでいるそう。
そんなわけでそこを訪れた。
「っ」
扉を開くと、むせかえるような熱気が流れてきた。歌声が耳に響く。
一瞬目が合うも、八木麗琴美はマイクを持つ手を緩めず歌い続けた。仕方なく扉の側で待つ。
その手が下ろされたのは曲が終わってからだった。ステージの上で、八木麗琴美は息を整えていた。そんな彼女に近づく。
「お一人か?」
「ええ……そうね。こんな時間だもの」
「マネージャーは」
「帰らせたわ」
どうやら自主残業らしい。
「それで、何の用?」
肩で息をしている辺り、相当疲れているようだ。
「昼の埋め合わせをしようかなって思ったんだが……、その様子じゃ明日にしておくか」
「埋め合わせ?何かするの?」
「夜、一緒に食事でもどうかなって」
「あぁ……そういうね……」
「やめておくか?」
「……ううん。大丈夫、行ける。ただその前に、シャワー浴びてきていい?」
「ああ、構わない。汗だくのままは嫌だろうし」
「ええ……」
とぼとぼとシャワー室へと歩いていく小さな背中。
どこか元気がないように見えた。
普段だったら、昼の約束をすっぽかしたことに対して詰めてきそうなものだ。疲労のあまり、その元気さえ無いのだろうか。
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