この作品に登場するアイドル、また、それに関連する芸能事務所や企業、業務内容、イベントは本作オリジナルのものであり、現実のものとは異なります。
この冬に、アイドルを堕とします。 第一章 第四話
昼時。奴に連れられて食堂にやってきた。長蛇の列を作る食堂内ではあるが、アイドルは特別待遇があるらしく列に並ぶ必要も空いている席を探す作業もいらなかった。
「俺も座っていいのか」
「いいのいいの。私が許可してる」
そうは言うが、周りは女ばかり。完全にアウェーだった。
コイツ、俺を辱めようと?いや、気にし過ぎか……?
とりあえず、周りの目線を意識しまいと、目の前の飯にがっつくことにする。
「美味しい?」
「まあ、普通だな。取立てて褒めるほどでもない」
「そう言うと思った。君に友達がいない事にも納得してきたよ」
「ああ?」
いきなり何だ。
「お世辞って知らない?」
「馬鹿にすんな。それこそ、お前とかそういうの得意そうだよな」
「そりゃ仕事柄食レポする機会もありますから」
「例え不味くても美味しいって言わなきゃいけないのはさぞ大変だろうな」
「まあ、アイドルって究極の偽善だからね」
自虐かと思ったが、奴の表情は何でもなく澄ましていた。
「当人がそれを言うか」
「当人だからこそだよ。知ってる?祭りの主催者は祭りを楽しめないって話」
「何だそりゃ」
「皆が楽しんでいるお祭りを主催者ただ一人だけは楽しめないんだよ。祭り当日、主催者は祭りを成功させる為の業務に忙しいからね」
皮肉話だった。
「……お前もお前でまともに友達がいなさそうだな」
「あ?バレた?」
悪びれなく奴は言った。
「人気アイドル美空玲奈はボッチちゃんでしたか……」
「君と一緒にしないでもらえるかな。私は友達と呼べる存在へのハードルを高く設定しているだけだから」
「変なところで意気地だな、お前」
しかしまあ、周りのアイドルどもが席を隣にして飯をつついている中、俺を除いてコイツの側に誰も座らないあたり、察してしまうところはある。
*
「ふー……」
深い溜め息が漏れる。
何事もなく一日目の勤務が終了した。
正直、全くもって働いた気がしないのだが、これで金が貰えると思うと自然と心が浮つく。
帰りも奴が車で送ってくれるそうだが、肝心の奴はまたプロデューサーにお呼ばれのそうで、ロビーで待ってろとだけ言われた。
「つーか社長とかそのプロデューサーとかにも挨拶してないけど、いいのかね」
入社した実感が無い。このスーツが身に余る物に思えてきた。
「ん」
廊下の奥から歩いてくる一人の女に気がつく。例に漏れずアイドルだ。
誰だか知らないが、こうも日常のようにアイドルの姿を目にするとはな。アイドル好きなら鼻血でも吹き出すんじゃないか。
女は俯いていた。その足取りはどこか不自然で、辿々しかった。自然と視線を奪われる。
バタンと、ロビーに何かが落ちたような物音が響く。
「あ、え?」
目を疑った。俺が視線で追いかけていた女が、いつの間にか床に倒れていた。
おい、倒れたぞ。女が。
直ぐに近くのスタッフらしき男どもが駆け寄って、慌てふためきながら意識確認を始めた。それからは迅速な物 で、まるで以前に同じ事があったかと言わんばかりに、倒れた女はどこかに運ばれていった。
すれ違うように、今度は美空玲奈が姿を見せる。
「お待たせ」
「アレはなんだ?」
「ん、アレってのは、アレ?」
奴は運ばれていく女を指差した。同業が倒れて運ばれているというのに、驚く素振りさえ見せない奴に、冷徹さを感じてしまう。
「倒れたぞ。いきなり」
「自分を追い込みすぎたんじゃない?この時期はよくあるよ。プロデューサーに実力を認めてもらわなきゃ、音楽祭には出られない。焦りを感じて無理をして、結果過労で倒れてしまう。そんなところ」
「心配しないんだな」
「別に仲良い人じゃないしね。心配する義理もない」
「薄情なやつ」
「そういう君だって、彼女が目の前で倒れたというのに、助ける素振りさえ見せてないんじゃないの?違うかな?」
「さあな」
人のことは言えないってか。
「取りあえず帰ろっか」
そうして、俺と奴は事務所を出る。
冷やされた外気は牙を剥いて俺たちを襲う。思わず身震いしてしまう。
「さっむぅ」
奴がそう口にした時だった。
ポケットが着信音と共に震え始めた。
「ちょい電話」
「長くなりそう?」
「あー……多分」
携帯画面には『
「じゃ、車取ってくる。ここで待ってて」
奴は駐車場の方へ歩き出した。
その後ろ姿をぼんやりと捉えながら、俺は携帯の通話ボタンを押した。
「飯島です」
「私よ」
声というのはその人を印象付ける大事なファクターだ。嫌な相手の声は、その声を聞いただけで心臓を握られたような恐怖を覚えるもの。俺はこの声を前に、息が詰まる思いだった。
「何でしょうか?」
探るような声で伺う。
「至急、招集を。いい?」
「何かあったのでしょうか」
「それは来たら話すわ」
いい?と聞いておいて、もし断ったら何をされるだろうか。そんな恐怖を想像し、俺は語気を更に堅くする。
「……承知致しました。早急に向かいます」
俺如きが断れるはずもなかった。
「良い返事よ。それじゃ」
彼女は俺の返答に満足したのか、そこで通話が切れる。
「はあ……」
こんなに辺りは寒いというのに、俺の額は汗まみれだった。早まった動悸を感じつつ、ハンカチで汗を拭う。
一台の車が俺の前に停まった。それに乗り込む。
「ん?どうかした?ライオンを前にした子鹿のような顔をしてるけど」
「いや、何でもない」
顔には出してないつもりだったが、容易に見破られた。奴は冗談のつもりで言ったのだろうが、あながち間違いでは無かった。奴に顔を見られまいと、窓の方を向く。
「……まあ、いいや。それじゃ、出発」
「セントラルに行けるか?」
「何でよ?」
「近くの店で酒買って帰る」
「はあ?何で君の買い物に私が付き合わなきゃいけないのよ」
「別に買い物に付き合えなんて一言も言ってない。そこで降ろせと言ってるんだ」
「はあ、アル中だったの?君」
「てめえには関係ねえよ」
「……分かった。ええっと、セントラル広場に向かえばいいんでしょ?」
「ああ」
「言っておくけど、後になって迎えに来いとか言われても無視するからね」
「分かってる。そもそも、そんな事言わねえよ」
車内。本来ならば仕事終わりでリラックス出来る空間のはずが、俺には戦地へ向かう軍用車の車内のように感じられた。
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