この作品に登場するアイドル、また、それに関連する芸能事務所や企業、業務内容、イベントは本作オリジナルのものであり、現実のものとは異なります。
この冬に、アイドルを堕とします。 第一章 第五話
全部で五つからなる区で構成されており、中でもセントラルと呼ばれる中央区には、市役所兼オーベイツの本社ビルがある。
窓を排したこの黒塗りのビルは景観破壊の面が強く、多くの市民にとって不満の対象でもあった。
そんなビルに、一人の男が入って行く。
男は慣れないスーツを着飾り、緊張した面持ちで目的たる『お姫様』の部屋へと足を運んだ。
「飯島です。失礼いたします」
悠斗がドアをノックすると、お姫様は「入って」と入室の許可を出した。
そうして今宵、凡そひと月ぶりの悠斗とお姫様の謁見が始まる。
*
side
室内には荘厳な空気が張り詰めているように感じた。俺の格好を眺め見て、お姫様は嘲笑うように鼻を鳴らした。
俺は軽く腰を降り、頭を下げた。
「お久しぶりです。
「十三分。随分と早かったわね?」
亜麻色の髪が左右に揺れる。
「え?……ああ、はい。偶々その場に居合わせた知人に車で送ってもらいました」
「…………」
お姫様の眉が潜まる。
疑っている表情だった。
彼女に嘘は通じない。久しぶりに会うせいで、誤ってふざけた返答をしてしまった。
「ええと」
「近況を報告なさい」
直ぐに訂正をしようとするも、先手を打たれる。彼女の瞳は、退屈させるなと言いたげであった。
「以前始めたライターのアルバイトを辞めました。その代わりに、波留プロダクションという芸能事務所で、マネージャーの仕事を始めました。今日がその初勤務日でした」
「それで?」
「……」
一瞬思考が止まる。
直さま何を話すべきか逡巡し、口を開く。
「担当するアイドルは、
「経緯を」
再び、短い問いが飛んでくる。
「美空玲奈がプライベートで異性と話している様子をカメラで捉えました。それを危惧したのか、彼女の方から俺に接触して来ました。結果的に、写真を流出しない代わりに、月五十でマネージャーとして雇うとの契約を結びました」
「金稼ぎに必死ね?悠斗」
「…………」
「まあ、私に一億もの借金があるものね。月五十なら十七年ってところか。無事に返済できるといいわね?ねえ、悠斗?」
静かなる圧力に、心が甚振られる。
「はい。……必ず」
口ではそう言うものの、途方もない道のりに思えた。
「今日も、そんなお前の手助けをしてあげようとここに呼んだのよ」
「お心遣い、感謝致します」
借金返済の手助け……要は俺に仕事を与えるって事だ。仕事で成功すれば稼げた分だけ借金が減る。逆に失敗すれば損失分だけ借金が増える。
生きた心地のしない仕事が与えられるのだ。
お姫様はサディスティックな表情を浮かべる。
「金稼ぎの良い機会ね。波留プロダクションのアイドル……誰でもいいわ。一人、
「あ、え……?風呂に、ですか」
所謂、ソープのことだ。
「才能がなく金にならない雌でも、身体を売れば今より何十倍もの金になるわ」
文字通りの鬼畜だった。お姫様はヒトを人間として見ていない。金のなる動物としか思っていないのだ。
「それこそ」
嫌味ったらしい語気で彼女は続ける。
「昨年の音楽祭で優勝を果たした美空玲奈がソープに堕ちたら、どれだけの莫大な金になるでしょうね」
「…………」
言葉を失う。
アイツ、音楽祭の優勝者だったのか。それも去年の。少し調べれば分かるようなことさえ、俺は知ろうともしていなかったと自覚する。
アイツに身体を売れと?
……そんなバカな。
「冗談でしょう?……あの女は音楽祭で優勝を果たすぐらい才能があります。わざわざ身体を売らなくても、本業で十分稼げるはずです」
「一例に挙げただけなのに、随分と噛みつくわね。まさか、もう情が湧いた?」
「いえ、そんなことは決して」
俺だってアイツの弱みを握って金を稼ごうとした口だ。だが、お姫様のやり方はあまりにも直球で、残酷で、抵抗感があった。ただそれだけのことだった。
「まあいい。誰にするかはお前の判断に任せるわ」
「ですが、俺はただのマネージャーでしかなくて、そんなの」
アイドルたちを雇う側であれば容易いだろう。それこそこの業界には枕なんて概念もある。しかし俺にそんな権力はない。アイドルをどうこうできる権力はないのだ。
「悠斗、お前は家畜なの?」
「え」
鋭く冷たい眼差しに睨み付けられる。
「言い訳を付け並べるだけなら家畜でも出来る。現状の問題に対して、打開策を考えて行動に移し、解決するのが人間。違う?」
「違わないです」
胃がはち切れそうだった。
「頭を使いなさい、悠斗」
「はい」
「お前は雄で、相手は雌よ。やり方なんていくらでもあるでしょう?」
「……なる、ほど……」
「恋仲を装うなり、心を壊すなり、何でもいいわ。雌は誰かに依存する状況に追い込まれれば、その誰かに対しては従順になるものよ」
「……はい」
あんただって女だろう?
自分で言ってて酷いとは思わないのか。
そんな言葉を言いたくなるが、無意味だと悟る。オーベイツ現会長の
「出来るわね?」
肯定以外を許さぬ雰囲気があった。断れば
「出来ます」
言い切ると、お姫様は満足そうに不敵な笑みを浮かべた。そうして、俺は金の亡者へと心を変えるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
モチベーションになりますので、面白いと思いましたら是非評価、お気に入り登録の方をよろしくお願いします。